はろー・にゅー・わーるど   作:充椎十四

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穏やかな散り際ルート2部のプロローグも更新してます。

半分くらいその6と同じですが、後半が違ってたりします。


凛々しい散り際ルート
その1【別れと出会い】


 乱高下を繰り返していた母の体調が一気に悪化した。胸が上下しているから生きていると分かる、そんな状態だ。

 潤いのない枯れきった手を握って時間を過ごす日が一日、二日――今日で三日目になる。落ちくぼんだ目元、しわの多い額と口元、肌は土気色だ。もう長くないだろう。

 

「マ、リ……」

「わちしはここあます、母上様」

 

 母は首をわずかに動かして私を見た。

 

「ご、え」

「謝らないでほしいあます。わちしたちは親子あますから」

 

 母が瞬きを繰り返す。青黒いまなじりから涙が流れた。

 

「ご、えん」

「母上様? 気にしないでほしいと言ったあましょ」

「ぉむ、ぇんぇ……」

 

 しつこい謝罪。やはり、と腑に落ちるものがあった。

 

「……わちしは幸せでしたよ? 母上様の娘で」

 

 母が正気を失ったふりをしていることは割と最初から知っていた。2歳の幼児(・・・・・)しかいない場所では落ち着いた態度だったし、私を見ながら「あんまり似てない」と溜息を吐いていた。

 狂ったふりをしなければならないほどに追い詰められていたのだろう。それに巻き込まれた方からすれば迷惑千万としか言いようがないが。

 

 私はあのとき、平伏しようとした母さんの腕からすっぽ抜けて道に転がって。母さんは焦って私の名前を呼んで。私の名前はマリアローズと一字違いで。この人はそれをマリアローズと聞き間違えて――私を『我が子』にした。

 目の前で舞った赤い血の鮮やかさは今でもくっきりと思い出せる。

 

「ずっと後悔していたんでしょう、子供から親を奪ったこと」

 

 母の母親は奴隷で、母が5歳のときに死別している。

 

「最初は恨みましたよ。そりゃそうでしょう。でも、あんまり貴方が可哀想だから……恨めなくなりました」

 

 母が瞬きする。私の話を聞いているという合図か。

 

「私の好きなようにさせてくれたでしょう。それに、いっぱい守ってくれましたよね」

 

 あるとき思いついたのだ。マリンフォードの子どもたちが物語を元にごっこ遊びをしていると聞いて、妙案が浮かんだのだ。天竜人にとって不都合な情報を折り込んだらどうだろう?――大人も子どもも私の読み聞かせを聞いているらしいから、中にはその情報を読み取れる人がいるはずだ。

 天竜人という『神』に疑問を抱くような神話も、物語の皮を被ったテロや内乱の手法も、様々なものを読み聞かせた。自由を勝ち取れと、物語を使って囁いた。

 

 母がいなければ殺されていただろう。

 

「たくさん守ってくれた。たくさんたくさん守ってくれた」

 

 だから、引き継ぎは(・・・・・)間に合った(・・・・・)

 

「有難うございます、母上様」

 

 細く冷たい手をとって私の頬に触れさせれば、ゆっくり撫でてくれて――その手から力が抜ける。

 

「死んでしもうたのかえ……」

「はい」

 

 ずっと私の後ろにいた祖父が、腰掛けていた安楽椅子から立ち上がる気配がした。そして頭に冷たく硬い物が触れる。

 

「なら、お前はもう不要だえ」

 

 祖父がそう切り捨てた――

 

「ヌばぁ!!」

 

 ――と思ったところで目が覚めた。布団を蹴飛ばし宙に向かって四つん這いの姿勢になっていたから両足をボスンと着地させる。どっくんばっくんと破裂しそうな胸を押さえながら周囲を見渡せば見慣れた寝室だ。まだ夜明け前の暗い室内には私以外の気配などない。

 

 夢だ。良かった……良かった、夢だった。

 なんか凄くリアルだったけど夢だった。うぇーん良かったよぅ、私は撃たれる覚悟も撃つ覚悟もない小市民なので「覚悟完了」とか言えませんです。無理です死んでしまいます。

 

 夢で安心した。が、二度寝しようと布団を被り直したものの眠気が戻ってこない。

 本当に寝られない。寝よう寝ようと思えば思うほど寝られない。ベッドの上で右を向いたり左を向いたりとローリングを繰り返して時間がじわじわと過ぎ――日が昇った。寝られなかったストレスで小鳥のチュンチュン鳴く声にすら腹が立つ。唐揚げにしてやろうかあいつら。

 

 のそのそと向かった朝食の席には既に祖父の姿があり、私の顔を見た瞬間おはようの挨拶をすっ飛ばして「その面はなんだえ」と一言。今の私はよほど酷い顔をしているらしい。

 

「おはようあます。夢見が悪くて……あまり寝られなかったあます」

「そうかえ……」

 

 ホテルの朝食みたいな料理をもそもそと食べながら、今日見た夢のことを考える。

 母が――母と祖父が壁になってくれなければ、私はとっくの昔に殺されていただろう。母が庇ってくれている理由はなんとなく分かるが、祖父がこれほどまで私を守ってくれる理由は分からない。

 

「お祖父様は、わちしのことや、わちしがしていることをどうお考えあますか?」

「お前の?」

「はい。そういえば聞いたことがないなと思ったのあます――母上様はいつもわちしに賛成するであましょ?」

 

 祖父は渋い顔をして黙り込んだ。口をへの字にして料理を睨んでいる。

 

「お前は、ダファディールの……」

 

 さっきと違い覇気の失せた声がもそもそと話す。

 

「ダファディールの支えだえ。それだけだえ」

 

 そして嫌そうな顔をすると私をギロリと睨む。

 

「それより、マリン・テゾーロとか言ったか。あれはお前の差し金だえ?」

「差し金なんて。わちしは起業の手伝いをしただけあます」

「白々しい。あれに染められて奇妙な言動をする者が増えたと聞いているえ――即刻やめさせるえ」

「何のことあますか? わちしはただ金を出しただけあますから詳しいことは何も……」

 

 娯楽に溢れた日本でもメイドカフェとか地下ドルとかの沼にハマる人がたくさんいたんだから、この世界でならもっと簡単に沼へ引きずり込めるだろう。そう思ってテゾーロにはメイドカフェ(入口)とか執事○館(主に女性向け)とかアイドルマネジメント(おれがPになるんだよ)で総選挙とか色々やってもらった。もろち――もちろんそれらはテゾーロの手腕もあり、ほとんどが成功した。

 しかし「やったー」とただ喜んでいられたのは始めの数年だけ。私は天竜人の選民意識の高さを見誤っていたのだ。

 

 下々民と同じことをしたくない。下々民と同じものを同じように楽しむなど天竜人の誇りが許さない。我々のためだけのエンターテインメントを用意しろ。

 

 こいつらどうしてくれよう? いや、逆に考えるんだジョジョ、本人たちが「普通は嫌だ」って言ってるんだから世間の皆さまが真似しない類の物を勧めたらいいのさ……。SM、赤ちゃんプレイ、マジ○クミラー号と候補をメモにガリガリ書いて、ひらめいた。

 「天竜人一人で」気持ちよくなってもらえばいいのではないか? つまり脳○キとかペニ○ン女攻めとかそういうのを天竜人に流行らせれば良いんだ!

 

 そうして書き上げたのがブラックラベル――渾身の出来と自信の一冊(全二十二巻)だ。

 初心者向け導入本を読んだテゾーロには頭の心配をされ、ステラには「つらいのね」と泣かれた。そうだよつらいよ。

 

 そして、ブラックラベル製造から十年とちょっとが過ぎた今。テゾーロからの報告によると四十歳以下の天竜人の八割が『専用ルーム』の顧客らしい。

 「染めちまえ」「やったれ」と言ったのは私だが、まさかの八割。――テゾーロの手腕が見事だからなのか、それとも天竜人が元々持っている素質ゆえなのか。どっちだとしても怖い。

 

 祖父は疲れた様子でため息をつく。

 

「他の家のことは知らんが、従兄弟たちを怪しい道に引きずり込んだらどうなるか……分かっているえ?」

「あらやだお祖父様ったら、わちしは知らないと言ってるであましょ?」

 

 同時に食事を終えて席を立つ。私は母の部屋へ、祖父は書斎へ――別れた。

 

****

 

 『ヤマタノオロチ退治』は何度も何度も読んだため表紙の四隅が折れたりページが水で膨らんだりしているが、元が丈夫に作られているお陰か、持ち運びに耐える姿を保っている。その本を船長室の小さな本棚に置いてルフィはニシシと笑った。

 

 ルフィがこの本を手に入れたのは6歳かそこらのときだ。海兵になるなら読み書きもできねばならん、と祖父が持ってきて――ルフィはその罠にあっさりとハマり、文字を読むのが得意になった。

 エースやサボとも額をぶつけながら読んだ本だ。この一冊の本に詰まった思い出は多い。

 

「おお〜ん、カヤ恩に着る〜! 船だけじゃなくてこんなにたくさん譲ってくれるなんてよ〜!」

 

 そんなウソップの声が聞こえて「どーした?」と首だけ伸ばせば、タラップを下りたところ――つまり陸地――でウソップがカヤに抱きつき泣いていた。

 彼らの足元には冊子が詰まった木箱が一つ。

 

「おお、ルフィ! お前からも礼を言ってくれ。カヤが『でんでん読み聞かせ物語』の本をこんなにたくさんくれたんだ!」

「『でんでん』の本をか!?」

 

 ルフィの首に体が追いついてバチンと大きな音が響く。衝撃で体が浮き上がったのをいいことにそのまま落下、そして着地。

 

「うっひょぉー! これ全部でんでんの本! すっげー! ありがとな、カヤ!」

「いいえ、この村のみんなを助けてくれたお礼だから……むしろ受け取って欲しい」

 

 海の上で荷物になるといけないし、万国版は重いから私家版にしたわ。読み飽きたら売っても捨ててもいいから。その言葉にウンウンと頷くルフィの目は「でんでんの本」から離れない。

 小さなフーシャ村では私家版ですら手に入れるのが困難だったから、こんなに沢山の種類の本がこれから読み放題と思うとワクワクして堪らない。

 木箱をひょいと抱えて「船長室に置く!」と宣言すればウソップから「バカ言うなバカ船長!」と即怒られた。

 

「食堂に本棚をつけてもらったから、そこに並べればいいのよ」

「そうか! じゃあ食堂に置く!」

 

 私家版の表紙下部には、印刷した出版社や個人の名前が『Printed by 速攻社』などと表記されている。物語を作り語るのは名も分からない女であり、彼らは書き起こして製本した身だからだ。

 ルフィの部屋となった船長室、その本棚に一冊だけ置かれた本の表紙には。

 

 Written by P.Mの文字。それに船員が気づくのは――




数日休むぞ私は、休むからな!
休むからな!!

ってことで次話は一週間かそこら間が開きます。
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