日輪の剣士   作:紅椿_

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ハーメルンでは初めての投稿です。
至らぬところもあるとは思いますが、温かく見守って下さると嬉しいです。
また、評価や感想があると作者が喜びます。


序章
第壱話:始まり


 時は戦国_

 とある神籬(ひもろぎ)という神職の一族に、誰もが見惚れるような美貌をもった一人の男児が生まれた。

 夜空を溶かしたような漆黒の髪と朝焼けの瞳をもったその赤子は晴哉(はるちか)と名付けられ、両親からそれはもう多すぎるほどの愛を注がれて育てられた。

 例えその赤子の額と首筋に生まれながらに炎のような痣が浮かんでいたとしてもその愛は変わらなかった。

 

     ☆

 

 晴哉は赤子の頃からその美貌をにこりと緩ませることすらなく、滅多に喋らない様な物静かな子供であったが、七つに成る頃にはすでにその才能の頭角を完全に表していた。

 祈祷や禊祓をやらせれば、その才能を遺憾なく発揮させ、宮司であった父をも唸らせる。

 聞けば、他者の身体の中の筋肉や骨格内臓の動き、体内に溜まる穢れすらも透けているように見えるという。

 神楽を舞わせれば、息も切らさずに一昼夜舞い続け、巫女であった母を心配させる始末。

 聞けば、どんなに長い間舞っていても疲れることのない呼吸の仕方があるのだという。

 

 才能に溢れ、将来は跡を継いで宮司となる晴哉に父は人の命の尊さや神職としての責任を説き、母は感情の薄い晴哉のために大振りの玉虫色の鈴が付いた目の色と同じ鮮やかな朝焼けの組紐を結って、太陽の神が暖かく見守ってくれますようにと漆黒の髪を結んでやった。

 両親が晴哉を愛していたように、晴哉もまた両親を愛していた。

 社務所で寝食をし、依頼が来れば拝殿で穢れを祓い、極偶に穢れを祓いに外に出るような、ほぼ実家の中で完結している日常だったが、確かに幸せな日々だったのだ。

 

 それが壊れたのは晴哉が齢十三の頃だった。

 知人に頼まれて奥方の穢れを祓いに外に出ていた晴哉は、帰ってきてすぐにその違和感となんとも言いがたい不快感に全身を震わせた。

 神の領域が常に近くにあり、いつだって清めを怠ることのない晴哉にとって、こんな感覚は初めてだった。

 鳥居を潜り、護符を懐から取り出して構え、そっと音を立てないように歩いていく。

 

「血の、匂い……」

 

 晴哉のその優秀な鼻がソレを捉えた時、頭をガツンと殴られたかのような衝撃が走った。

 日が昇って数刻もしていない今の時間の境内には両親しかいない。

 ただ怪我をしているだけだとそう思いながらも、呆然と、血の匂いの元へ歩いていく。

 解っている、晴哉の勘はいつだって外れてことがない。

 それでも信じたかった。

 

「父様……母様……」

 

 奥の一室で、父と母は折り重なるように倒れ、夥しい程の血を撒き散らして死んでいた。

 構えていた護符が力の抜けた手からすり抜け、ヒラヒラと舞って血溜まりに浸かった。

 へたり込んだ晴哉は血で汚れるのも意に介さず、両親の手をとった。

 頭を撫でてくれた大きくて少しごつごつとした父の手も、髪を結ってくれた白くて折れそうな程に細い母の手も、あんなに暖かかったというのに今となっては冷たく固いままだ。

 

 過去は過去だ。

 起きたことを今更悔いたって仕方の無いことだ。

 それでも、もう夜も遅いからと引き止める知人を振り払って帰っていれば何か違ったのだろうかと思わずにはいられなかった。

 

 涙は出なかった。

 只々胸の中にぽっかりと大きな穴が開いたような喪失感があるだけだった。

 

 

 ぼんやりと両親の亡骸の傍で過ごしていれば、ある日、血が飛んだままの襖がスパンッと開けられた。

 そこに立っていたのは、腰に一振りの刀を差した袴の男だった。

 

「お前さん、こんな場所で何をしている!」

 

 血塗れの部屋で座り込んでいる子供(晴哉)に目を見開いた男だったが、その傍らに倒れている二人の人間を見つけると慌てて引きはがした。

 その拍子に晴哉の手から母の固くなった青白い手が零れ落ちた。

 

「おい、坊主」

「……」

「おい!」

 

 声を掛けても何の反応も示さない晴哉に、男は焦れたように肩を強く揺さぶった。

 漸く自分と両親以外の人間がいることに気が付いたのか、晴哉はゆっくりと顔を男の方に向けた。

 その憔悴しきった顔は、まるで晴哉こそが死人のようだった。

 

「……何か、御用ですか?」

「何か御用かって言われてもなァ……色々言いたいことはあるが、先ずはその人らを弔ってやらないと可哀そうだ」

 

 男の言った言葉に、晴哉はその朝焼け色の目をパチパチと瞬かせた。

 

「まだ餓鬼の坊主には酷な事だろうがな、お前の手で弔ってやらんと、その人らは浮かばれねェよ」

「私の手で……?」

「ああ、そうだ」

 

 男は晴哉の手を取って立ち上がらせ、その頭を剣ダコのできた硬い手で叩くように撫でた。 

 冷たく固くなってしまった父とも母とも違う、温かくて生きている手だった。

 

     ☆

 

 男はまだ幼い内に両親が殺されたというのに泣き叫ぶどころか何の感情も見せない晴哉に、随分と変わった子供だと思いながらもそれを口にすることはなかった。

 上質な着物に、腰に携えた一振の刀。月代を剃らぬ総髪に髷を結い、顎には無精髭を生やしている。

 歳の頃は二三十代と言ったところか。

 

「俺ァ東郷っちゅうもんだ。生憎と農民の出なんで学はねェが、まぁ訳あって今は鬼狩りをやっとる」

「……私は神籬晴哉という」

 

 弔いを終えた晴哉と男_東郷は、両親の血に濡れた部屋とは別の部屋に向かい合って座る。

 東郷は〝鬼〟という人ならざる者の話をした。

 

「鬼ってのは人を喰って生きるバケモンだ。奴らが死ぬのは陽光に当たるか、俺らが持つこの〝日輪刀〟っちゅう特別な刀で頸を斬った時だけ。そんでまぁ、俺らは奴らを追って鬼狩りをやっとる」

「貴殿が此処に来たのもその〝鬼〟というものを追って……?」

「ああ、そうだ。お前さんの親は喰われちゃいなかったが、人間をあんな惨たらしく殺せるのなんて鬼ぐらいなもんだ」

 

 何故その鬼が両親を殺したのかも、喰わずにこの場を去ったのかもわからない。

 

「俺がもっと早くに来れてれば何か違ったかもしれんが……間に合わず済まなかった」

 

 東郷は静かに頭を下げた。

 確立した移動方法もないこの時代、頼れるのは己の足だけであり、人間である鬼狩りは鬼と違って休息をとる必要がある。

 それ故に、間に合わないことの方が遥かに多い。

 

「頭を、上げてください」

 

 確かに鬼を殺す手立てのある東郷がいれば何かが変わったかもしれない。

 それでも、彼を無責任に責めることはどうしてもできなかった。

 両親を失った悲しみ、両親を殺した鬼への怒り、何も出来なかった自分への後悔。

 今まで感じたこともなかったような負の感情が身体中を駆け巡る。

 晴哉は膝の上に置いていた手を固く握りしめた。

 

「私にも鬼を、父と母の仇を追わせてほしい」

「……お前さんは神職だろう。俺はお前に鬼狩りになってほしいが為に話をしたんじゃねェ」

「もう手遅れだ。神聖なる神の領域は鬼なるものと両親の血で穢れ、清めたと言えどこの身の憎悪はもう既に消すことはできまい」

 

 晴哉の凪いだような朝焼けの瞳には確かに憎悪が宿っていた。

 

「……俺の一存では決められまい。御館様へ指示を仰がねば」

 

 人を喰う鬼であろうと、神職の者にそう易々と刀を持たせて殺生をさせる訳にもいかない。

 武士の出や農民の出の者とは訳が違うのだ。

 

     ☆

 

 翌日、日が昇ってすぐに御館様へと指示を仰ぎに出た東郷の背を見送り、文を一筆認めた後、晴哉は本殿の前に静かに正座をし、三つ指をついて深々と頭を下げた。

 

「天照大御神様、我が愚考をどうか御許し下さい」

 

 天照大御神、それは陽を司る神である。

 神籬の一族が古来より祀ってきたその神は偶然か必然か、晴哉の両親を殺した鬼を殺すものであった。

 幼い頃に母から貰った髪紐然り、鬼を殺す陽光然り、晴哉は許されない事を犯そうとしている。

 勿論、自分がどれだけ馬鹿な事をしようとしているのかは自分でよく解っている。

 一時の気の迷いだと、それをしてしまえば取り返しがつかないと言われても全くもってその通りで反論のしようもない。

 それでも、この怒りと憎悪を、両親の死をなかったことにするのはどう足掻いてもできそうにはなかった。

 

「私は、我が両親の命を奪ったモノを許せないのです」

 

 晴哉は自分が普通でないことを知っていた。

 否、初めは誰もが自分と同じように生き物の身体が透けて見えると思っていた。

 しかし、大抵の人間はどういうものなのかを教え、それでいて晴哉は晴哉のままでいいと言ってくれたのは他でもない両親だった。

 孤独だった晴哉の両手をしっかりと握り締め、生きることの喜びを、この世界の美しさを教えてくれたのは両親だったのだ。

 

「例え自分が命よりも大切に思っているものであろうと、他者はそれを容易く踏みつけにできる」

 

 両親と共に慎ましく生きていくことが晴哉の小さな小さな欲望だった。

 小さな一室で肩を寄せ合って過ごし、広い境内を掃除し、穢れを祓い、神にこの身を捧げる。

 それだけで、たったそれだけで良かったのだ。

 

 そんなことすら叶わない。

 鬼が、この美しい世界に存在しているから。

 

「私には、それが許せない……!!」

 

 頭を地面に擦り付けながら、晴哉は嘆きに満ちた声を喉の奥から絞り出した。

 それは懺悔であり、懇願の叫びであった。

 

「数日のうちに、私はこの地を出ます。名を変え、神籬の一族ではなく只の私として……罰は私が全てこの身に引き受ける故、どうか神籬の血の者は御許し頂きたい……!!」

 

 御館様なる方が晴哉を鬼狩りにさせてくれるのかは分からないが、鬼狩りになろうとならなかろうと晴哉はこの地を去ることを決めている。

 出ていく晴哉に変わり、先程書いた文の宛先である父の妹が嫁いだ神籬の分家がこの神社を継ぐことになる。

 罰せられるのは血を裏切ったと言われても仕方のないことをする自分だけでいい。

 これまで、そして今でも信仰している神からならば、どんな罰でも_それが例え死だとしても本望だ。

 

     ☆

 

 五日が経ち、東郷は御館様からだという手紙を持って戻って来た。

 何を話したのか、若干気まずげな顔で手紙を差し出す東郷を特に気にすることなく晴哉は手紙に目を通す。 

 

「……御館様は何と?」

「一度会って話がしたいと」

 

 少し口ごもってから、そうか、と言った東郷が何を思っていたのか少々気になりはしたが、それを聞くことはなかった。

 誰にだって話したくない事はあるだろうし、何より晴哉は人と話すのが得意ではなかった。

 なんせ今まで殆ど神社から出ることはなく、出たとしてもそれは仕事。

 両親以外に所謂世間話を言うものをしたことがあっただろうか。

 

「御館様の元に向かう支度は?」

「既にできている」

 

 支度と言っても持っていくものなど、数着の服と両親の形見_母の簪と父が奉納の舞を舞うときに着けていた耳飾りぐらいだ。

 それ以上のものは必要ない。

 

「では、行くとしよう。……覚悟は?」

 

 東郷は晴哉の顔を見ることなく、厳かに言った。

 それは鬼というバケモノと戦うことか。

 それとも姓を、育った地を、信仰している神に仕える立場を捨て、今までの人生の全てをまっさらにして生きていくことか。

 もしくはもっと違うことなのか。

 何にせよ覚悟はできている。

 否、覚悟を決めるしかないのだ。

 

「問題ない」

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