出来たら評価や感想が欲しいなぁ…なんて
翌日の早朝。
日が昇ってすぐ、晴哉は女中の案内の元で産屋敷邸にほど近い屋敷に足を運んでいた。
「ここが鬼狩り様たちが寝泊まりする宿舎となっております」
此処で寝泊まりする時間よりも鬼を追って歩き回り藤の家に泊まることの方が多いのだが、決して休暇がないという訳ではない。
長期の任務があればその分に見合った休暇が与えられるし、功績を上げればそれに見合った給与が与えられる。
大抵の人間は失った者の仇を討つ為に鬼狩りとなるが、中には給与目当ての者や代々鬼狩りを生業としている血族の者もいる。
「宿舎には奉公人がおりますので、食事などの支度や後片付けなどは皆様がされる必要はございません。ただ、任務から帰られた後などには一言告げていただく様にお願い致します」
時折腰に刀を差した者や忙しそうに駆け回っている者にすれ違い、会釈しながら屋敷を見て回る。
ただ、気になったことが一つ。
すれ違う皆々が女中の後ろを付いて回る晴哉を見て、揃って酷く感心するような顔をするのだ。
「それがどうにも気になる」
「そりゃあ産屋敷の女中長が案内するなんて余程の事だからな!」
晴哉の疑問に答えたのは女中ではなく、後ろから割り込んできた声だった。
振り向いた先には、炎を沸騰させる様な焔色の髪と瞳の男。
そして、先日まで世話になっていた東郷明彦がいた。
何方も滝のように汗を流しており、鍛錬をしていたのがわかる。
「君が御館様が仰っていた晴哉か!俺は鬼狩りが一人、
歳の頃は二十の中程だろうか。
顔だけであれば無精髭の生えた東郷よりも年若く見えるが、太々とした骨やぎっしりとつけられた全身の筋肉、所々にある歴戦の傷跡、多くの経験を積んだ強者の雰囲気が只者では無いと告げている。
「私は晴哉という。つい先日鬼狩りとなったばかりの新参者だがよろしく頼む」
晴哉と煉獄はがしりと互いの手を握り合う。
しかし、煉獄はふと不思議そうな顔をしたかと思えば突然笑いだした。
「はっはっは!!そうかそうか、刀を握ったことがないのだったな!」
背を反らせる程に笑っていた煉獄だったが、ぐわんと勢いよく戻って来た。
そして、何を思ったか晴哉をジッと見ている。
感情の振り幅が大きいのか、なんなのか、どうにも落ち着きがない。
そんな落ち着きのない煉獄は、ぐわりと立ちくらんでしまうほどの声量で言った。
「どれ明彦、暫く面倒を見てやれ!!」
晴哉は若干目を見開き、東郷は実に分かりやすく口をあんぐりと開けた。
そんな対象的な二人だが、何方もとても驚いていることには変わりない。
「総寿郎さん、何を言って……!?」
「お前が連れてきたのだからお前が面倒を見てやるべきだ!なぁに、御館様には俺から言っておいてやる!!」
☆
突然の煉獄の提案に、御館様こと産屋敷煌哉は賛成を示した。
あくまで一人の鬼狩りの意見であったものが、御館様の命となった。
「という訳で刀が完成するまで、必要ならばそれ以降もお前の面倒を見ることとなった」
ソレに東郷明彦が背ける訳がなく、渋々ではあるが東郷は晴哉の面倒を見ることを了承した。
「面倒をかけてすまない」
「いや、お前はなんも悪くねェから謝んなや」
予定では刀が完成するまでの十日から十五日間。
長いようで短いその期間で晴哉が鬼狩りとして鬼を殺せるのか、もしくは鬼を殺せぬ役立たずとして遺体も残らずに死ぬのか、凡そ決まる。
そもそも自分が連れてきた者が自分の教えで死ぬのは気分が悪い。
渋々と言えど了承した以上は最後までやりきるのが東郷明彦という男だ。
「大抵は刀を使って鬼と戦う。初めは慣れないだろうが、何百何千と振ればいずれ慣れるだろう」
東郷は山を登りながらこれからの事を話しながら、晴哉の様子を観察する。
天照神社から産屋敷邸までの道中や、こうして頂上を目指している間にも息が切れていない事から体力は相当あると思われる。
だが体力だけでは鬼は殺せない。
「よし、着いたな」
「傍から見れば低そうに見えるが、実際に登ってみると案外あるのだな」
「そうだな。だからこの山は新人の鍛錬に丁度良いんだ」
反射神経、判断力、回避能力、其れから勿論体力も、いくらあっても困ることはない。
寧ろあればあるだけ良い。
「普通に地面を歩いても、木を伝っても、何を使ってもいい。半刻以内に麓に戻ってこい」
時刻は卯の刻。
未だ日は顔を覗かせている程度で、朝餉も食べていない。
「半刻経ったら朝餉にする。遅れても俺は先に食べているから、急いで来いよ」
「ああ、わかった」
ただ今登ってきた様子では、この程度の山を降りるのには半刻もかからないだろう。
だがしかし、この山はただの山ではない。
ありとあらゆる場所に様々な罠が仕掛けられていて、それらを使うことによって反射や判断力、回避能力などを身体に叩き込むのだ。
「まさか俺がこちら側に立つことになるなんてな……」
東郷は罠を発動させない様に避けながら山を駆け下りる。
東郷もかつてはこの山で散々師匠に鍛えられたのだ。
初めは引っかかってばかりだった罠も次第に避けられるようになり、今では罠が発動することすらない。
一方、晴哉は頂上で山を駆け下りていった東郷を見送った。
極一般的な者が見れば東郷はまるで消えた様に見えるのだろうが、生憎と相手は一般人の皮を被った
東郷が動き出す瞬間、そして視界から消えるまでの間、その動きを目に焼き付けていた。
「……行くか」
これ以上東郷に迷惑をかける訳にはいかないし、朝餉を食べ逃すのも勘弁だ。
晴哉はスッと息を吸って、吐き出し、何も気負うことなく軽く跳んでみせる。
宙に浮いた足が地面に着いた瞬間、音もなく晴哉の姿は消えた。
全く無駄のない動きで足を踏み出し、土を踏み締める。
「っ!!」
不意に横から飛んできた物体を反射で掴み取る。
それは拳大の石であった。
「なるほど、罠が仕掛けられているのか」
掴んだままだった石を放り、再び麓を目指して駆けていく。
石が投げられ、落とし穴が掘られ、丸太が投擲され、短剣や槍が飛んで来たりと段々と罠の種類と危険度が増していくのは御愛嬌だ。
それらを避けていくうちに、次第に晴哉は罠の位置や発動の仕方自体を把握し始め、仕舞いには発動させることなく駆けていた。
「東郷殿」
「、早ェな」
朝餉の時間までと刀を振っていた東郷の元へ、晴哉は何事も無かったかのように何時もの無表情で帰ってきた。
つくづく恐ろしい男だと思う。
新人用にと手加減された罠しかないと言えど、あの山は一般の鬼狩りでも四半時はかかる。
それなのに、この男は四半時もかからず戻ってきたのだ。
「怪我は?」
「ない」
「そうか、一先ず汗を流してこい。そうしたら朝餉にしよう」
こくりとひとつ頷き、湯浴み場に向かう晴哉の背中を見送る。
息も切らさず、汗のひとつも流れていないその姿に、東郷の背中につぅと冷や汗が流れる。
もしかしなくても、自分はとんでもない男を拾ってしまったのではないかと。
☆
晴哉は、紛れもない才子であった。
この三日、只管に山を走らせ受け身を叩き込んできたが、もうそれに意味はないだろう。
「は、はは、参ったな」
一日目、受け身の形を叩き込むために只管投げ飛ばした。
二日目、避けることを許可したら東郷の手は晴哉に届かなくなった。
三日目、反撃を許した今、気付いたら地面に寝転がって空を見上げていた。
まだ刀を持たせてもいないが、理解してしまった。
否、そんなことは党の昔に理解していたが気付かない振りをしていただけだ。
それでも東郷は晴哉への指導をやめなかった。
才能も、潜在能力も、成長速度も、実力も、何もかもが劣っていようが、今この時は自分は師であるのだ。
「初めての鍛錬はどうだ?」
「正直初めての事ばかりで驚愕の連続だ。山を走ったのも初めてであったし、あれほどまでに投げ飛ばされたのも初めてだ」
鬼狩りの方々は凄いのだな、と己の掌を眺める。
東郷の手には剣ダコや豆の潰れた痕がありゴツゴツと分厚く固かったが、刀を握ったことのない己の手には剣ダコも豆の痕もなく、柔く薄かった。
投げ飛ばされることはなくなったが、それは透き通る世界で骨や筋肉の動きを見て回避しているだけの事。
いくら回避が上手くとも、刀を触れなければ岩のように固いという鬼の頸は斬れない。
汗も流さず息の一つも乱さないまま手持ち無沙汰にしていた晴哉に、見た目は日輪刀の、透鉄曰く刀と呼ぶにもおこがましい鉄の塊を渡してやる。
「長から預かってた鍛錬用の刀だ。本物の日輪刀とは天と地とほどの差があるが、一応斬れない事はないそうだ」
刃を上にして帯に差す事、必ず右手で刀を抜く事などを言い聞かせ、実際に帯に差させる。
持ち方はこうだ、と己の刀を鞘から抜いて見せてやる。
「右手の親指は鍔に付けず、人差し指は付ける。柄巻の巻止めには左手の小指がかからないように」
素材は一級品だが、技術は拙い素人のそれである。
明日からは刀を差したまま山を走らせ、受け身を取らせ、素振りをさせる。
予定よりもはるかに速い上達だが、これより相手取るのは人を喰うバケモノ。
鍛錬はいくらやってもし足りない。
山を駆け、素振りをし、東郷と木刀で斬りあいをすること九日。
とうとう待ち望んでいた者がやって来た。
ひと段落ついたら晴哉や東郷、産屋敷煌哉、煉獄総寿郎などのプロフィール載せようかな。