日輪の剣士   作:紅椿_

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第陸話:鬼退治

 鬼狩りとなった者へ、鎹鴉という人の言葉を話すように訓練された鴉が一人一羽付けられる。

 鎹鴉は御館様より命じられた任務を伝令し、任務地へ鬼狩りを導く。

 鬼狩りとなった晴哉にも勿論つけられる訳で。

 

「カアァカアァ、御館様ヨリ伝令!伝令ィ!!鬼狩リガ一人晴哉ァ!御館様ヨリ伝令ィィ!!」

「聞こえているよ、暁」

「南西ニ三十五里ィ!飛騨ノ国、飛騨ノ国ィィ!若イ女ガ消エテイルゥ!!東郷明彦ト共ニ向カエェェ!!」

 

 晴哉により暁と名付けられた若い鎹烏が元気よく晴哉の頭上を飛び回る。

 腕を伸ばしてやればおとなしく降り立ち、ピョンと肩へ乗り移る。

 

「記念すべき初の任務だ」

「気合入レロ晴哉ァ!御館様ガ期待シテイタゾォ!!」

 

 耳元で鳴く暁を頭を撫でて黙らせてやる。

 鬼狩りにつく鎹烏の中でも一等若く、一等優秀だと言っていたが、如何せん元気が良すぎる。

 実を言うと、晴哉にとっても初の任務なのだが、暁にとっても訓練を終えて初めての任務であったのだ。

 

「暁といったか、其の鴉。随分と気合が入っとるみたいだな」

「東郷殿」

「初任務、初任務ゥ!カアァ!!」

「そうかお前も初任務か」

 

 宿舎の門の前で、腰に刀を下げた東郷と落ち合う。

 今回の任務、晴哉は東郷と共に向かうことになっていた。

 圧倒的な才を誇れど、今まで相手にしてきたのは仕掛けられた罠と人間である。

 晴哉は鬼と対峙したことも、戦ったこともないのだ。

 故に、主に動くのは晴哉だが危険な状態になれば東郷が出張る事となっている。

 

「任務地ニ遅レル!鬼ガ出ル!鬼ガ出ルゾォ!!カアァァ」

「おっと、そうだな。教えてくれてありがとよ、五右衛門」

 

 首に紺色の手拭いを巻いた東郷の鴉が頭上を旋回しながら鳴き、東郷と晴哉は出立の支度を整える。

 

「ご武運を」

 

 見送りに来ていた奉公人の若い娘が、二人の背中に向けてカツカツと火打石を打ち付けて火花を散らす。

 切り火を切ってもらったことへの礼を言い、南西へと旅立つ。

 

「そういえば、切り火は知っていたんだな」

「神職の出である故、禊や祓といった清めの儀には精通している」

 

     ☆

 

 鎹烏の案内に従い、飛騨の国のとある村にたどり着く。

 簡素な造りの家屋に、畑や田が並ぶ、何ら変わったこともない極一般的な村だ。

 

「そこのお侍様方、こんな辺鄙な村に何の御用です?」

 

 鍬で畑を耕していた男が顔を上げ、さも不思議そうに聞く。

 城下町でもなく、栄えている訳でもない村に他所の者が来るのが珍しいのだろう。

 東郷と晴哉は厳密には侍では無いが、上等な着物と腰に提げた刀で侍だと思われたらしい。

 

「ここら辺に奇妙な妖が出ると聞いてな。ふと立ち寄ったまでだ」

 

 他所の事はその土地の者に聞くのが一番だ。

 土地にも詳しいし、昔から住んでいる者ならば昔と今を比べて変化を感じられるからだ。

 

「妖ですかい…」

「嗚呼、何か知っているなら教えてくれ」

「妖でなくともいい。奇妙な出来事でもなんでもだ」

「妖は知らんですが、奇妙な出来事と言やぁ神隠しぐらいですなぁ」

「神隠し…?」

「へえ、この辺りに昔から伝わる話で」

 

 あそこ、と男が指した先には、陽の光を一筋も通さないほど木々が鬱蒼と茂った森があった。

 

「あの森の近くを通るといつの間にか神様に連れ去られちまうんじゃ。ただ、最近妙な事が続いてましてねぇ」

「妙なこと?」

「村の者は神隠しにあわんように皆あの森の近くは通らんのですが、最近は森の近くを通っとらん者も忽然と姿を消すんですよ」

 

 晴哉と東郷は顔を見合わせる。

 鬼だ。

 森の神隠しは兎も角、森の近くを通っていない者は鬼が攫い喰っているのだろう。

 

「森の近くを通っていないが神隠しにあったのはどんな者なのだ?」

「近くの御屋敷に奉公に行っとった若い娘っ子ばかりでなぁ、奉公に行っとった者はみんないなくなっちまって、娘も次は自分だと酷く怯えちょる」

 

 村には、もう男の娘しか奉公に行っていた者はいないらしい。

 二人は男に礼を渡し、村の中を見て回る。

 やはり物珍しいのかジロジロと見られているが、邪険にされることは無い。

 

「お前はどう思う?」

「森の近くを通った者も通っていない者も、いなくなったの理由は神隠しでは無い」

 

 晴哉は神隠しが起こるという森をみる。

 本当に神隠しであるならば森は神気に満ちているが、あの森はそうでは無い。

 神気どころか、あの両親を亡くした日のように森には夜の闇以上に何か(・・)が蠢いているように見える。

 

「村の若い女がいなくなるとしても其れは神の御意志。神隠しであるならばそういうものだと誰も探しはしないからな」

「だが、あちらさんも中々に運がないらしい」

 

 一般の鬼狩りであればこの騒動が鬼によるものか本当に神隠しによるものか区別がつかないだろう。

 鬼を狩るためと言えど、神の怒りをかってしまえばどうなるかも分からない。

 その躊躇いの間に鬼は人を喰えるし、逃げ出すこともできよう。

 だがしかし、晴哉に限ってはそうでない。

 

「お前、こういった任務が向いてるかもな」

「そうかもしれないな。私に出来ることならこの力、皆の為に役立てたい」

 

 晴哉は本当に美しいものを知っている。

 尊く祈りを捧げるべきものを知っているのだ。

 あんな見せかけの神に騙されるほど晴哉の神籬としての人生は安くない。

 

「そんで、どうするんじゃ晴哉」

「あの男に告げて傍で守るしかないだろう」

 

 気付かぬ内に姿を消しているのならば、何らかの血気術で直接連れ去られているのだろう。

 そんな鬼から家に閉じこもっている者を守るのならば、近くに居るしかない

 

「そうじゃな」

 

     ☆

 

「お侍様じゃあなかったんか」

「嗚呼、我々は鬼狩り。この村で起こっている神隠しの原因を討ちに来たのだ」

 

 あの男の家で晴哉は己の正体と守らせてほしい旨を告げた。

 男とその妻は、半信半疑ではあったが娘を守ってくれるならなによりと歓迎した。

 娘の部屋で晴哉が守り、東郷は万が一の為に外で待機している。

 

「鬼狩り様は、お強いんか…?その、鬼が怖くはないんか…?」

 

 千恵と名乗った歳若い美しい娘は、布団に包まって震えていた。

 知り合いが皆連れ去られたのだろう。

 次は自分だと、恐ろしいのだろう。

 

「恐ろしいよ。私の大切な者が奪われることが、誰かの大切な者が奪われることが」

 

 千恵は、布団から顔を覗かせて話を聞いていた。

 傾いた日が山々の間に姿を消し、黄昏時がとぷんと闇につかる。

 夜空に輝く月と、部屋に置かれた行灯の光のみが唯一の光源だ。

 

「孤独は寂しいんだ。一人の夜は凍えそうなほど寒い。そんな日々を誰にも過ごして欲しくはない」

 

 晴哉は素早く立ち上がり、その瞬間、一陣の風が吹く。

 千恵は、いつの間にか部屋の端から端まで対角線上に移動した晴哉に抱えられていた。

 

「ひっ」

 

 千恵が怯えた声を出す。

 先程まで千恵が寝転んでいた場所に、鋭い爪のやせ細った手が生えていたのだ。

 

「ここにいてくれ。私が貴方を守る」

 

 部屋の隅に千恵を下ろした晴哉が日輪刀を構える。

 黒の閃光が走り、何かを探すように動いていた手が手首から切られる。

 水揚げされた魚のようにピチピチと動き続ける手首を、晴哉は勢いよく踏みつける。

 千恵は身体を震わせ、悲鳴を出さぬよう口を押さえていた。

 次の瞬間、晴哉は千恵を背中に庇いながら再び刀を振るう。

 

「鬼狩りめ…邪魔をしおって」

 

 部屋の隅に、鬼は突如現れていた。

 やせ細った体躯に、ボロボロの擦り切れた着物、頭には一本の角が生えている。

 先程切り落とした腕は既に生えており、晴哉に切り裂かれた胸は血がダラダラと流れ出ていたが、次第にゆっくりと塞がった。

 初めて鬼と対峙するが、不思議と恐怖はなかった。

 あるのは、血肉の腐ったような匂いへの不快感と、その身にこびりつく夜の闇のように黒々とした呪いへの哀れみだけだったのだ。

 

「傷の治りが遅いなぁ…何なんだそ「鬼に教える筋合いはない」

 

 スパンと振るわれた一閃が鬼の首に走り、カラーンと遅れて髪紐の鈴が鳴る。

 切り離された首がゴロゴロと転がり、壁に当たって止まった。

 

 信じられなかった。

 見えなかったのだ、鬼狩りが振り込んだのも、刀が振るわれる瞬間も。

 気付いたら首が落ちていた。

 崩れゆく視界で呆然と鬼狩りを見る。

 その朝焼けの色は、死の色だ。

 

「あ、あ゙ぁぁぁぁ!!!死にたくない!嫌だ嫌だ嫌だ!!!」

 

 可哀想な生き物だと思う。

 陽の元で生きられず、人間を食べなければ生きていけないその生体も、そこまでして生きていたいと思う執着も。

 どれも晴哉にはわからないことだ、わかりたくもない。

 叫びながらボロボロと崩れ消えていく鬼を尻目に、血振りをした日輪刀を鞘に収める。

 

 鬼と初めて対峙した。

 鬼の頸を初めて斬り落とした。

 初めて、人を守ることが出来た。

 

「お、鬼は…死んだのか…?」

「死んだ。だがしかし、まだ終わってはいない」

 

 先程、あの鬼が出てきた後すぐから、別の鬼の気配がしている。

 外で待機していた東郷が相手取っているが、どうにも面倒な相手らしい。

 

「貴方は此処で待っていなさい」

 

 そう千恵に言い聞かせ、外に飛び出す。

 家の中にいた時よりも血肉の腐ったような匂いが強く鼻につく。

 先の鬼よりも多く人を喰っているのだろう。

 

 東郷と鬼は神隠しが起こっていたという森のすぐそばで戦っていた。

 東郷を囲むように、全く同じ容姿の鬼が五体。

 

「うん?新しい鬼狩りか」

「晴哉!!」

 

 脇腹からダラダラと血を垂れ流す東郷を前に、鬼はニヤニヤと嗤っていた。

 鬼狩りが一人増えたところで、何ら問題はないと思っているのだろう。

 

「気を付けろ!!そいつは数字の鬼だ!!!」

 

 東郷の叫ぶ声を聞きながら、晴哉は月を背負って宙を飛ぶ。

 数字の鬼の事は聞いていた。

 鬼の始祖によって血を与えられた、とても強い鬼だと。

 五体の、左目に刻まれた『下壱』の文字がいやに目に付いた。

 

 鬼の敗因はたったの三つ。

 一つ、自分を優秀な鬼だと勘違いし、その優秀な血鬼術に頼り切っていたこと。

 二つ、自分の血鬼術を過信していたこと。

 三つ、相手が晴哉だったこと。

 つまりは運がなかったのだ。

 

「、は…?」

 

 鬼の頸が血飛沫を上げて吹き飛ぶ。

 遅れたように髪紐の鈴がカラーンと鳴った。

 四体の鬼は消え去り、残った一体の身体が、ボロボロと崩れていく。

 

 死なないはずだった。

 鬼の血鬼術は、自分の体を五体まで増やせて本体を斬られなければ死なないのだ。

 本体はどの体にも移せる。

 其れなのに、自分の体は崩壊が止まらない。

 五つの頸を同時に斬られたのだ。

 

 鬼狩りの死を映すような朝焼けの色が、酷く美しく、恐ろしい。

 




やせ細った鬼…神隠しに扮して村人を喰っていた。影を渡る血鬼術。神隠しを恐れて村人が森に近づかなくなった為、下弦の壱に利用されることでおこぼれを貰っていた。

下弦の壱…近くの御屋敷に住み着いていた。奉公に来た少女たちを影の鬼を使って攫って喰っていた。本体入れ替えができる分身の血鬼術。一番のお気に入りは最後に食べる派。そう、つまり…
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