日輪の剣士   作:紅椿_

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第陸話:閑話 柱合会議/□□□□□

 産屋敷邸藤の間にて、五人の男が煌哉を前に跪く。

 

「鬼狩りが一柱、煉獄総寿郎」

「同上、凩重信(こがらししげのぶ)

「同上、遠雷(えんらい)やす」

「同上、水上依織(みかみいおり)

「同上、岩戸光善(いわとみつよし)。以上五柱、御館様の命により馳せ損じました」

 

 彼らは“柱”。

 数百人の鬼狩りの上位に値する最高戦力たちである。

 

「うん、皆よく来てくれたね。最近会ったばかりの子も、なかなか会えなかった子も、皆元気そうで何よりだよ」

「御館様におかれましてもご壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」

 

 空色の羽織を着た水上が口上を述べる。

 若干他の柱から睨まれている気がしないでもないが、水上は気にした様子もない。

 早い者勝ちの御館様への挨拶を皆がしたがるのはいつものことであり、己以外の者が口上を述べる時にはその者を羨むのだ。

 

「うん、ありがとう依織」

「つきましては、我々が今此の場に招集された理由をお聞かせ願いたい」

 

 煉獄はつい先日に大きな任務を終えて療養の為に戻ってきていたが、他の柱は皆、煌哉からの命で急ぎ戻って来た。

 とはいえ、急いだとしても至って普通の人間が全国各地からすぐに戻ってこられる訳がない。

 既に招集の命より数日の時が経っている。

 

「そうだね。私が今回招集したのは皆に少し相談したい事があったからなんだ」

 

 煌哉は遠雷の言葉に、さも当然のように頷く。

 年に一度の柱合会議は数か月前に済まされた。

 鬼を殺し人の命を救うようにと柱たちを各地に送り出している煌哉が態々全員を呼び戻すなど初めての事だ。

 

「相談でございますか!」

「煩いぞ煉獄。声を落とせ」

「すまん、凩!!」

「それが煩いと言われているのに気付け」

「全員煩い」

「そうだな、まずは御館様のお話を傾聴するのが先だろう」

 

 煉獄、凩、水上が揃えば大抵騒がしくなる。

 そんな若手三人を窘めて軌道修正させるのはいつだって少し大人な遠雷と岩戸の二人なのだ。

 そんな彼らを煌哉は微笑ましく思う。

 鬼狩りはどうしても命を懸けて戦うし、柱ともなれば一般の者には任せられないような厳しい任務をこなす。

 だから入れ替えも激しくなってしまう。

 そんな中でも皆が仲良くやっているのを見る事が出来るのがとても嬉しいのだ。

 

「ありがとう、やす、光善」

 

 もちろん柱となるには条件がある。

 目に数字の刻まれた鬼を倒すこと。

 だからこそ煌哉は悩んでいるのだ。

 

「まだ他の皆には伝えていないのだけどね。実は先日、目に数字が刻まれた鬼を倒した子がいるんだ」

「まさか」

「では、その者を柱に?」

 

 優秀な者が増えるのは嬉しい事だ。

 常に任務で走り回っている柱たちも、柱が一人増えるだけで楽になるだろう。

 

「その子の名は晴哉。少々特殊な生まれだけどとてもいい子なんだ」

「やはり晴哉でしたか!あの者はいずれ何事かを成すと思っておりました!」

 

 とはいえ初任務でとは恐れ入った!!と煉獄は豪快に笑う。

 あの時握った手は柔く、刀など握ったことの無い素人のものだった。

 鍛錬を請け負っていた東郷からとんでもない才の持ち主だとは聞いていたが、まさか九日の内に刀の腕を磨き、数多の鬼狩りを貪ってきた鬼をも倒すとは思いもしなかった。

 

「でも、その子に少し問題があってね.」

 

 つい最近に鬼狩りになったばかりで、それも数日前に刀を打ってもらったばかりの子なんだ、との言葉に煉獄以外の皆が静まり返る。

 

「初の任務で数字の鬼を?」

「何番をですか」

「任務に当たった鎹烏が言うには、左目に『下壱』の文字が刻まれていたそうだよ」

 

 有り得ないという空気が漂う。

 数字の鬼はそこらの鬼とは比べ物にならない程強い。

 鬼の始祖の血が濃いのか、切っても切ってもすぐに回復し、厄介な血鬼術を使う。

 それらに葬られた鬼狩りも多い。

 柱ですらも数字の鬼には敵わない。

 

「左目に『下壱』の文字…」

 

 凩が血の気の引いた顔色で呆然と呟く。

 約一年前に『下陸』の鬼を倒した凩は柱たちの中でも一番の新参。

 彼を育て剣術を教えた師匠は、四年前に任務の途中で『下壱』の鬼に遭遇し、凩を逃がして死んだ。

 それから彼は必死に鍛錬して、鬼と戦って、柱となったのだ。

 いつか恩人である師匠の仇をとる事を誓って。

 

「凩」

「、大丈夫だ、水上。其奴には後で礼を言わないとな」

 

 喜ばしい事だ。

 人の命を脅かす鬼が一体減ったのだ。

 悔しいが、『下陸』の鬼を倒せたのですら偶然のようなものだった凩では、きっと『下壱』の鬼に遭遇すれば死んでいただろう。

 

「俺のことよりも、御館様は何故お迷いに?」

 

 数字の鬼を倒したのなら柱にすればいい。

 たとえ刀を振り始めたばかりだとしても、たとえ初の任務だったとしても、その功績は評価するべきものなのだ。

 

「恐らく、今回の件で晴哉を柱としたとしても他の鬼狩り(子供たち)は受け入れられないと思うんだ。晴哉は明彦と総寿郎以外の子と関わっていないからね」

 

 それでも柱とするべきか、もう少し待つべきか、煌哉は決めかねているのだ。

 鬼狩りの長として、古くから決められた此の仕来りに従うべきだとは思う。

 が、仕来りが全てではない。

 柱も、鬼狩りも、晴哉も人間なのだ。

 出来るだけ多くの人間が納得する方法で事を収めたい。

 

「俺は反対ですね。柱とするのはもう少し待ってからでも遅くないはずです」

「うむ、俺はいいと思いますよ!彼奴は人を惹きつける不思議な魅力がある!」

「儂は良いと思いますよ。むしろ数字を倒したのに柱としないのはそれこそ問題になるのでは?」

「私も反対致しましょう。才があるとはいえ、新参の者に柱は荷が重すぎるかと」

 

 水上と岩戸が晴哉を柱とするのに反対し、煉獄と遠雷が賛成する。

 相談の対象は五人。

 どの柱が言う事も納得出来る。

 残すは凩のみだ。

 

「重信はどう思う?」

「俺は、いいのではないでしょうか。ただ御館様が其奴を他の奴らが受け入れるかどうかを懸念しておられるのなら、ひと月かふた月ほど任務をさせてから柱へと任命すればよろしいかと」

 

 凩の提案に皆がいい案だと満足気に頷く。

 そうすれば晴哉の功績を消すこともなく、時期が来れば柱として受け入れられる。

 皆、本当は判っているのだ。

 凩は己の手で『下壱』の鬼を殺したかったのだと。

 其の為に必死に鍛錬を重ね、文字通り死ぬ思いで柱に成り上がった。

 

「ありがとう、重信」

「いえ、御館様のお役に立てたようで何よりです」

 

 鬼狩りには様々な者がいる。

 愛する人を亡くした者、敵討ちの為に生き戦い続ける者、同僚を目の前で亡くし命からがら逃げ帰って来た者、仇を討って目的を果たした者…

 それらの者を見る度に、煌哉はどうしたってやるせなくなる。

 何時だって此の世界は残酷で、しかしてどうしようもなく美しい。

 

     ☆

 

 時は夜更け、とある武家屋敷の一室に一人の男がいた。

 上等な着物を着、今の時代珍しく髷を結わないその男の瞳は血のように赤かった。

 

「下弦の壱が死んだ」

 

 古い書物を読んでいた男はギンと目を見開く。

 その血のような瞳は瞳孔が猫のように縦に伸び、紙のように白い肌には青い血管が浮いていた。

 鬼の形相とはよく言ったもので、彼は紛れもなく鬼である。

 名は鬼舞辻無惨。

 悪の根源、悲劇を産む鬼を作り出す存在、鬼の始祖である。

 

「この男……」

 

 下弦の壱は並大抵の鬼狩りには殺せない。

 殺されては違う鬼を入れているだけの下弦の陸とは話が違うのだ。

 下弦の壱の記憶、そう大して強くもない鬼狩りを相手取っていたが、次に現れた鬼狩りは実に異質だった。

 鬼と並ぶどころかそれ以上の身体能力。

 どの鬼の記憶を覗いても初めて見る刀の振り。

 見ているだけなのに鳥肌が立つような忌々しい気配。

 こんな事は初めてだ。

 まるで暖かい陽光がすぐ傍にあるような、羨望と不快感がせめぎ合う。

 その死を予見するかのような不吉な朝焼けの瞳が不快で仕方ない。

 

「どうかなさったのですか」

 

 そっと声をかけてきた女_珠世を腕を振って払い除ける。

 吹き飛ばされた珠世が棚にぶつかって書物がいくつか落ちたが、今はそんなことなどどうでもいい。

 

「晴哉……不快だ。実に不快だ!」

 

 鬼狩りが呼んでいたあの男の名を呼べば、苛立ちが募って書物が真ん中から破けるが、それもどうでもいいのだ。

 どうせこの書物にも青い彼岸花のことは乗っていない。

 

「いつか必ず私の手で殺してやろう」

 




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