日輪の剣士   作:紅椿_

8 / 9
だいぶ間が空いてしまいました…汗

原作では十二鬼月は縁壱などの日の呼吸の剣士に対抗するために組織されたらしいです。


第漆話:柱

 任務を終え、数日の療養の後に晴哉と東郷は宿舎に戻ってきていた。

 東郷は鬼との戦いで刃こぼれした刀を打ち直してもらう為に刀鍛冶の里に出し、自身も軽くは無い怪我をおった為に療養をしていた。

 晴哉もまた怪我こそしていないものの、初の任務が次期柱候補筆頭であった東郷をも甚振った鬼だということで暫くの療養を言い渡されていた。

 

「今日も変わらず精が出るな」

 

 とはいえ、療養と言えど晴哉は怪我をしている訳では無い。

 よって暇さえあれば身体を鍛え、刀を降っていた。

 療養ついでに宿舎の奉公人の手伝いを買ってでて、晴哉に用があった東郷が見つけた時、丁度3000本目の素振りを終えたところだった。

 

「貴殿も怪我が大事ないようで何よりだ」

 

 あの鬼との闘いで東郷がおった傷は、一番大きなものは抉られた脇腹。

 次に左腕と肋骨の骨折。

 あとはまあ大して支障のない軽い怪我ばかりだ。

 晴哉の眼には血の滲む脇腹も、バキバキに折れた骨ですらも、全て見えている。

 

「ああ、お前さんがいなかったら俺はあの時死んでいた。俺を助けてくれたこと、感謝する」

「いや、私は私のするべきことをしたまでだ」

「それでも、だ」

 

 あの日、東郷が相手取っていた左目に『下壱』と刻まれた鬼は、実力の劣る東郷を甚振って遊んでいた。

 もし晴哉がいなかったら、もし晴哉の到着が遅れていたら、東郷は甚振られた末に奴の餌となり血肉へとなっていた事だろう。

 “もし”を言っても仕方の無いことだが、鬼と戦うというのはそういうことだ。

 だがそれはそれとして“もし”は“もし”。

 晴哉は間に合い鬼を倒し、東郷は負傷はあれど生命に関わりは無い。

 

「ああ、そうだ。お前さんに御館様からの文を預かっている。それを渡しに来たんだ」

 

 東郷が懐から取り出した文を受け取れば、質のいい和紙からは藤の香りが漂ってくる。

 切封を解き、手紙を広げれば“明日の巳の刻、屋敷に来られたし”と簡潔に書かれている。

 

「お前さんも柱か。まさか俺よりも先になっちまうとはな」

「いや、まだ分からないだろう。今までがそうであっただけで、私は違うかもしれない」

 

 鬼の中には稀に目に数字の刻まれた鬼が存在する。

 そんな鬼は大抵想像を絶する程に強く、幾多の鬼狩りが奴らに喰われ儚い命を散らした。

 小隊を組んで任務に当たった鬼狩り達が全滅し、命からがら逃げ帰ってきた者の証言だった。

 故に、目に数字の刻まれた鬼を殺せば、鬼狩りの最上位に位置する柱へ任命される。

 今回晴哉が殺した鬼がそうであるのだが、なんせ晴哉は鬼狩りになって数日で初任務だった。

 関わりを持っているのは東郷と煉獄だけであり、他の鬼狩りとは精々宿舎ですれ違ったり食事や湯浴みの時間が偶然合った時ぐらいしか会うこともなかった。

 

「まぁ、この話は置いておこう。決めるのは御館様であって、俺たちが考えたって仕方のない事だ」

 

 漸く顔を出し始めた陽光にその美しい顔が照らされており、東郷ははっと息を飲む。

 眩しいくらいの光は目を瞑るほどだと言うのに、晴哉は真正面から受けてもその目を閉じることは無い。

 その朝焼け色の目が朝日に照らされて深く深く色付いている。

 それは、鬼を滅する陽光の色だった。

 

「……東郷殿、この世に鬼は一体どれだけいるのだ?」

 

 朝焼け色の瞳がこの場を離れ、陽光ですらも通り越して、何処か遠いところをぼんやりと見詰める。

 晴哉には時折こういう所があった。

 東郷の様な平々凡々な人間には理解できない、不思議で何処か神秘的な。

 まるで彼の存在自体が尊き神の所有物の様にも思えた。

 

「さあな。そんな事、何処かで鬼という忌まわしい存在を生み出している鬼の始祖しか知り得ないだろう」

 

 否応にも惹き付けられるその存在から無理やり顔を背け、東郷はぶっきらぼうに告げる。

 鬼狩りは鬼を殺す組織だ。

 それは家族や恋人の仇だったり高額な給与や家系だったりと殺す目的は様々だが、古くから続く割に鬼の情報は少ない。

 分かっている事は主に三つ。

 一つ、鬼は元人間で、人間の血肉を喰らう。

 二つ、殺すには日輪刀で頸を切る、若しくは陽光を浴びせる。

 三つ、藤の花を嫌う。

 たった、たったのこれだけなのだ。

 平安の時より幾万もの人間が鬼に立ち向かい無惨にも殺されて喰われていく。

 そんな中で少しでも未来のためにと必死に繋いだのがこれらの情報だ。

 

「鬼がどれだけいるのか、何故鬼なんていう存在がこの世に存在しているのか、何故人間を喰うのか……どれもこれもわかんねぇ事ばかりだ」

 

 鬼を殺すことに希望なんて抱くわけがない。

 どいつもこいつも家族や恋人の仇だと死んだ目を晒して、鬼を殺すことで自身の不甲斐ない過去を清算することに必死で。

 高い給与が目当てだったり家系によって鬼狩りになる奴は大した目標もないから、よっぽどの才能ある奴か運のいい奴以外はすぐに死んでいく。

 

「俺も、なんでこんな事続けてんのかねぇ……きっと、彼奴も怒ってんだろうな」

 

 悲しい目をして、それでもチェッと一つ舌を打って足元の小石を蹴った東郷は晴哉に背を向けて去っていった。

 

     ☆

 

 翌日、晴哉は産屋敷邸を訪れた。

 客人の来訪に戸を開けた女中長の“しの”は、晴哉の姿を見るや否や無事に帰ってきたことへの安堵の息を漏らす。

 

「おかえりなさいませ、晴哉様。ご無事なお姿を見ることを出来てしのは嬉しゅうございます」

 

 女中として、数多くの鬼狩りを見送ってきた。

 しかし無事に帰ってきた者の顔を見ることが出来たのはきっと半分にも満たないだろう。

 死地へ向かう鬼狩りの背に切り火を打ち、鬼を殺すことの出来ない己を呪いながらもその姿を目に焼き付けてきた。

 

「此処に無事に帰って来られたのは、きっと貴方の無事を祈る心もあったのだろう。こうして再び相見える事が出来て、私も嬉しく思う」

「私の微弱な祈りで皆様がご無事に帰ってこられるのなら、どれほど嬉しいことでしょうか」

 

 煌哉の命で来たのだと言えば、しのは承知したとばかりに静々と歩き出す。

 淡い葉桜色の着物に項で結ばれた艶やかな黒髪が揺れ動く。

 晴哉はそれをぼんやりと眺めながら続いて歩く。

 立派な御屋敷には相も変わらず香が炊かれていて藤の匂いが充満している。

 

「失礼致します、御屋敷様。晴哉様をお連れ致しました」

「うん、入っていいよ」

 

 襖を開ければ、部屋の奥に煌哉が、手前側には五人の男がずらりと背を向けて座っている。

 その五人の中には、炎を沸騰させる様な焔色の髪もあった。

 部屋に入った晴哉に、六対の視線が集まる。

 その目の中に好奇心や期待感はあれど、決して悪くは思われていないようだった。

 

「待たせて申し訳ない、煌哉殿」

 

 しかしその瞬間空気が揺れ、怒気が膨れ上がる。

 鬼狩りにとって御館様(産屋敷煌哉)とは何にも変え難い至高の存在だ。

 特に柱の面々は一般の鬼狩りよりも共に過ごす時が多いからか気持ちが強い。

 彼らは御館様を尊敬し、敬愛している。

 決して、晴哉などが馴れ馴れしく接していい相手ではないのだ。

 

「テメェ……」

「よしなさい、やす」

「……御意」

 

 傍らに置いた刀を手に立ち上がろうとした遠雷だったが、煌哉に制されて渋々と座り直す。

 その様子を、晴哉は無感情に眺めていた。

 

「皆に晴哉を、晴哉に皆を紹介する前に少しだけ話をしよう」

 

 晴哉は煌哉に諭されて向き合う煌哉と柱との間に横を向いて座った。

 煌哉とも柱とも顔を見やすく、話しやすい位置だった。

 

「私は皆が思っているほど偉くはないんだよ。皆の様に刀を振ることも出来ず、鬼狩り達の長を名乗っていても実際に鬼を見た事もない」

 

 産屋敷の血は宿命(呪い)だ。

 その血の呪いのせいで、産屋敷の人間は皆生まれながらに短命が決められ、身体も弱く脆い。

 煌哉もまた決められた運命に抗う者だった。

 

「私は先代から継いだだけで、私が居なくなった後にこの場に座る者もすぐに決まる」

 

 今でこそ煌哉には子供は居ないが、血を繋ぐことは産屋敷としての義務である。

 代々神職の一族から妻を娶り、少しでも其の寿命を延ばしながら、鬼舞辻を倒すために心血を注いでいる。

 

「今私がこの場に居るのは、皆がそれの如く扱ってくれているだけなんだ。貴方が嫌だと思うなら同じようにしなくていいし、皆も嫌だったらやめてくれていいんだよ」

 

 そっと話し始める煌哉には親が我が子に向けるような慈しみが溢れていた。

 

「私はこの鬼狩りという組織を回す小さな、替えのきく歯車の一つでしかない。それに拘るよりも、皆はひとつでも多くの人の命を救っておくれ」

 

 煌哉はそう言えど、彼を替えのきくただの歯車だと思っている者はここにいない。

 それでも柱は皆一様に御意と頭を下げる。

 晴哉はとうに覚悟を決めた。

 それは柱も、長たる煌哉も同様で、鬼という存在を滅する為に戦い続けるというのなら啀み合う必要は決してない。

 

「晴哉と申す。陽光を司る天照大御神様を祀る神職の一族、神籬家にて生を受けたが鬼狩りとなる為姓は捨てた。先日鬼狩りへと加わったばかりだがよろしく頼む」

 

 これからは共に戦う仲間だ。

 各々思うことがあれど、彼らが仲間であることは変わらず、鬼を滅するという目的も同じだ。

 

「……私は岩戸光善。岩の剣術を使う岩柱だ」

「儂は遠雷やす。雷の剣術を使う鳴柱」

「凩重信。風の剣術を使う風柱だ。……左の眼球に『下壱』と刻まれていたあの鬼の討伐、感謝する」

「自分は水上依織という。水の剣術を扱う水柱。まぁ、よろしく頼むよ」

「うむ!最後は俺だな!!もう既に知り合ってはいるが、俺は煉獄総寿郎だ!炎柱を務めている!!よろしく頼む、晴哉!!!」

 

 岩戸に続き、並んでいた順に右から遠雷、凩、水上、煉獄と順に挨拶をしていく。

 これは柱たちなりの誠意と期待だった。

 既に齢二十を超えた柱たちは、まだ十三の子供に柱として責任ある刀を振らせるべきではないと考えていた。

 たまたま才に恵まれただけの子供なら、本人の前だろうと柱への就任を辞めさせるべきだと進言しようとしていたのだ。

 しかし、晴哉には覚悟があった。

 未来へ繋ぐために鬼を殺し、己の死を目前にしても戦い続けるという覚悟が。

 既に覚悟あるものに今更言うことは無い。

 

「晴哉には一月後に柱に就任してもらおうと思っているんだ」

 

 煌哉は、晴哉へ希望を抱いていた。

 停滞した現状に新しい風が吹く時、きっと自体は変化する。

 かの柱の名を日柱。

 古くより伝わる大筋の岩、雷、風、水、炎と違って、晴哉の扱う剣術には名前が無い。

 元は東郷の扱う名も無き剣術を教わっていたのだが、晴哉が振りを変えているのだ。

 故に、陽光を司る天照大御神を敬う者として『日』の名を与えられたのだ。

 

「その間に柱の皆や他の鬼狩り(子供たち)と交流をし、共に任務を熟してこの組織に慣れて欲しい」

 

 次に全員が集うのは恐らく一月後。

 晴哉の日柱就任の式の時になるだろう。

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