「おい、聞いたか?なんでも最近入った奴がとんでもなく強いらしいぞ」
「ああ、なんでもどんな鬼だろうと一太刀で首を斬り飛ばすらしい」
「俺も聞いた事がある。実際に共に任務にあたった奴曰く、その太刀筋はまるで陽光の様で見惚れる程に美しいと」
水柱である水上は、ふと耳に入った会話に足を止める。
あの顔合わせの日より数日が経っており、柱や一般の鬼狩りと共に任務にあたっている晴哉は既に噂の的らしい。
「陽光の如き太刀筋、ねぇ…『日柱』の名に相応しいじゃないか」
柱とは特別な存在だ。
晴哉も柱になるにあたって、多少の認知度がなければ鬼狩りという組織の中に亀裂を生むことになる。
柱と共に任務にあたる鬼狩りですらそれなりの成果を残している者だけだ。
晴哉と共に任務にあたった鬼狩りが他の者に話し、噂となり、噂を聞いていた者が共に任務を熟してやはり噂は本当だったと触れ回る。
どれもこれも御館様の先見の明による采配ともなれば、流石としか言いようがない。
学のない水上には御館様の考えることは分からないが、此処までこれば推測するのもできなくはない。
きっと、そろそろ柱との合同任務が入る事だろう。
「水上殿じゃねえか。どうかしたんで?」
振り返れば、件の噂の新人の面倒を見ていた者がいるではないか。
「東郷、お前あの晴哉って奴の面倒見てたんだよな。彼奴は一体どんな奴だ」
「晴哉ですかい…?彼奴は、正直言葉にすんには些か厳しい。ただ、とんでもない奴なのは間違いない。俺ァあんなにも綺麗な太刀筋は見たことがねぇ」
東郷の何気ない言葉に水上は首を傾げる。
東郷の扱う型は水上や煉獄の様に古くから続くものではない独自の型である。
神職の生まれで刀どころか鍬すらも持ったことのなかった晴哉は、東郷によって一から仕込まれているはずだ。
それなのに今の言い方では、まるで晴哉が教えていない型で刀を振るった様ではないか。
「俺ァ彼奴が『下壱』の鬼を倒したとき、震えちまったのさ。信じられるか、水上殿。柱のあんた達とも共に任務をした事のある俺がだぜ?」
東郷は自虐するように嗤って話すが、その瞳は熱に浮かされたかの様だった。
水上はそんな東郷の様子にぶるりと震えた。
「俺からはそう大したことは言えねぇ。ただ、きっと彼奴は誰の想像よりも上を行く。それが善と出るか、悪と出るか…」
けれど、少なくとも味方ではある。
善が出ればそれでいい、悪が出れば全員で止めるまでだ。
☆
晴哉は炎柱の煉獄総寿郎と共に任務に赴いていた。
様な羽織と玉虫の鈴がついた髪紐を靡かせながら煉獄と晴哉は並んで走る。
「晴哉!此度の任務については聞いているな!!」
「嗚呼、西の村で幾人の村人が姿を消し、其処に向かった鬼狩り達も同様に消えていると」
「そうだ!柱には担当の地区があるが、その村は俺の担当の一つだ!!」
柱となれば屋敷が与えられ、通常の任務に加えてその周辺地区の見回りもする必要がある。
一人でも多くの人を救い、一体でも多くの鬼を殺せるようにと、屋敷は全国のあちこちに置かれている。
あと一月も経てば晴哉も自身の屋敷を貰い、柱として全国を駆け回ることになる。
「村には藤の家がある!!この調子なら日が暮れるまでには村に着けるだろう!!」
既に日は傾いている。
藤の家まで距離がある為、走らなければ日が暮れてしまうだろう。
日が暮れれば、もう鬼の時間だ。
煉獄と晴哉が村に着いたのは陽光がもうあと一筋の光ばかりを残すだけになった頃だった。
夜に外に出ると攫われると噂が立っているのか、人間の気配は全て家屋の中にある。
代わりに鬼の気配が薄く残っていて、どうも哀しくなる。
行方不明の村人や鬼狩り達はやはり鬼の被害にあったのだろう。
「総寿郎にぃちゃん!!」
「む!二郎か!!」
タッと駆け寄ってきた小さな影が煉獄に抱きつく。
八歳ぐらいの、泥だらけで目を赤く腫らした男児だった。
「助けて、総寿郎にぃちゃん!!一郎にぃちゃんがいなくなっちゃったんだ!!」
煉獄は二郎の前に膝を着いて正面から見据える。
炎の瞳の中に二郎の姿が写り込む。
ゾッとするような、炎のように熱く、それであって真剣で冷静な目だった。
「一郎はいついなくなったんだ」
「昨日の、夜」
俺が悪いんだ、と泣き出した二郎を宥める煉獄を横目に、晴哉はそっと辺りを見渡す。
ほんの微かにだが、村に入った時から血の匂いがしている。
糸を引くように細く村の中を小さな存在が動き回っている様に。
煉獄はきっと気付いていない。
「昨日の夜、飯の時に薪がもう無いことに気付いたんだ。薪の補充は俺の仕事なんだ。でも、俺は忘れてて...」
二郎はグズグズと鼻を啜り、泣き出した。
晴哉は先程二郎が飛び出してきた家を見やる。
蜘蛛が巣を張っている様に、細い糸のような血の匂いが比較的濃くこびりついている。
「初めは、俺が行くって言ったんだ。俺の仕事だから」
「一郎は、代わりに薪を取りに行ったのか?」
「...うん」
二郎は腹を空かせながら待っていたが、一郎は朝になっても帰ってこず、今になっても帰っては来なかった。
兄は忽然と姿を消した。
少し前から相次いでいる行方不明の村人や、村にやってきた鬼狩り達が気付いたらいなくなっていた様に。
「煉獄殿、私は一度村を見て回る。その子と藤の花の家紋の家で待っていて欲しい」
「俺も行くぞ」
「その子は兄が行方知らずで不安だろう。親しい仲であろう貴殿と共に居れば安心であり、そも鬼がいるやもしれぬ場所に子供を連れていく訳にも行かない」
晴哉は煉獄の炎のような瞳をじっと見た。
煉獄も晴哉の黒の瞳をじっと見詰める。
「その子を守ってくれ、煉獄殿」
「此方も出来る限りの事はしてみる。其方は頼んだぞ、晴哉」
「了解した」
☆
晴哉は村の片隅に生えた木の枝の上に立ち、村を見渡す。
どうにも可笑しな村だ。
晴哉という男は、どうにも生き物の類に好かれる気質であった。
道を歩けば犬や猫が後に続き、鳥が肩や頭で羽を休める。
穏やかな心根とポカポカと暖かい体温が惹き付けるのだろうとは東郷の談だ。
それが今、この村に足を踏み入れてからというもの、生き物の一匹も見ることはない。
(鬼の気配は残り香。血の匂いは蜘蛛が糸を張り巣を作るように村中に巡っている。恐らく血鬼術だ)
匂いがない家はたった一つ。
立派な門に藤の花の家紋が彫られている大きな屋敷だ。
藤の家は産屋敷家から藤の花の香が支給されていて、夜が来る前に炊くようにしていると言う。
日中は血鬼術も陽光の前には無力で、日が沈んでも鬼は藤の花の匂いを嫌って寄り付かない。
(鬼が昨晩現れたのは薪を置いておく小屋。そこで一郎を攫い、)
晴哉は抜刀と同時に刀を振り抜く。
目の前を飛んできた小さな羽虫は真っ二つに斬られていた。
「これは…」
晴哉は羽虫を切った極わずかな血をまじまじと見る。
ただの虫では無い。
この世のものとは思えないおぞましい物が濃縮された様な気配、鬼の血に染った虫だ。
「虫の血鬼術…もしくは生物の身体を操る血鬼術、か。なんと厄介な」
何方の場合でも面倒なことに変わりない。
虫の場合、自然豊かなこの村には虫も多く生息しているのに加え、それはとても小さなものだ。
ほぼ無限に湧く虫を一匹一匹躱していく余裕はない。
かといって邪魔だてる全てを斬り捨てていくわけにもいかない。
身体を操る場合、どこまで操れるのかという疑問も湧くが、虫や動物、果ては人間ですら操られては溜まったもんじゃない。
「一先ず煉獄殿と相談だな」
今のところ鬼は現れていないし、現れる気配もない。
藤の家で作戦を練る時間ぐらいは取れるといいのだが。
☆
晴哉が藤の家を訪ねれば、屋敷の主人に出迎えられて煉獄の部屋へと通される。
「戻ったか!」
煉獄は、夕餉を食べて湯浴みを済ませた二郎を寝かしつけていた。
泣き疲れて寝入ったのだろう、二郎の目元は赤く腫れ、涙の流れた跡が見て取れた。
晴哉はそんな二郎を哀れに思いながらも、煉獄にわかった事と推測を話した。
「なんと、それは厄介な…」
「多くの村人や鬼狩りを喰らい、ここまでの血鬼術だとすれば数字の鬼である可能性も高い」
行燈の灯が晴哉と煉獄の横顔を照らす。
常より声量を落とした煉獄が寝ている二郎の頭をさわと撫でた。
「この子の両親は隣の村に交易に出た時に鬼に喰われて死んだ。俺は、間に合わなかったんだ」
頭ばかりを好んで喰う偏食の鬼だった。
脳を吸われ、眼玉をくり抜かれて舐められ、残ったのは頸なしの死体のみ。
彼らは手を強く繋いだまま死んでいた。
「一郎と二郎は二人きりの兄弟で生きてきたんだ。これ以上、この子から、この子達から一つでも奪わせてたまるものか!!」
「その子が起きてしまうぞ、煉獄殿。……」
煉獄を窘めた晴哉はおもむろに立ち上がり、刀を腰に差す。
ぞわりとした悪寒が背筋を走る。
「む、鬼か」
「いや、鬼ではない。が、近しいものだ。血気術の可能性が高い」
同じように煉獄も立ち上がり、刀を腰に差す。
既に床に就いている主人を起こさぬよう、足音を立てず長い廊下を駆け抜ける。
玄関の戸を開ければ三日月が夜空に浮かんでいる。
「嫌な夜だな」
「何か言ったか?」と聞く煉獄に首を振り、一足で屋根まで跳ぶ。
煉獄もそれに続き、村を見下ろす。
気配があるのは西の方、広い雑木林の近くだ。
「気配はそう大きくない。精々拳ほどだ」
「大きめの虫、若しくは小動物か!!」
頭は悪くないのだろう。
村の中で戦うよりも障害物の多い林の中のほうが戦いにくい。
特に煉獄の扱う炎の型は大振りの威力が高い範囲攻撃が多い。
「行くぞ、晴哉!!」
目指すは西に広がる雑木林。
幾人の村人を喰い、派遣された鬼狩り達をも喰い尽くした、鬼のいる場所へ。
日輪コソコソ噂話
煌哉「晴哉は一般人よりもとても五感が優れているんだ。不思議だよね、これも呼吸だったり“透き通る世界”に通じているのかな。
でも、大正の世に生まれるあの子たちにはきっと負けてしまうと思うんだ」
晴哉「大正?あの子たち?一体何の話をしているのだ?」
煌哉「いいや、何でもないよ」