ホライズン   作:西風 そら

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夏蕾・Ⅱ

    

 

 

「あら、いらっしゃい!」

 ハウスの入り口で大量の衣類を抱えた女性と鉢合わせし、カノンは慌てて脇へ避けた。

 サォ教官の奥方だ。

 

 ハウスっていうのはサォ教官の個人宅で、正式な施設ではない。

 皆がそう呼んでいるだけの、子供達の溜まり場。

 拠(よ)り所のない子供の帰るべき家を作る、ってのが教官センセの信念で、常時、様々な事情の子供達が十数人たむろっている。

 食べ物は分け合って食べ、夜は雑魚寝。

 そんな所へお嫁に来てくれるなんて、女神のようなヒトだ。

 

「おおい、チビ達、砂漠のお兄ちゃんが来たわよ! えっと、カノン、レンも呼んで晩御飯食べて行きなさいな。二人っくらい増えても変わんないから」

「ありがとうごさいます。でも今日は、ユゥジーン、早く帰れるって言っていたから」

「そう」

 奥方は残念そうに肩を竦め、カゴを抱えて洗濯場へ歩いて行った。

 

「わっ?」

 そんなに広くはない居間に、チビッコ達がギュムッと詰まっている。

 こ、こんなに人数いたっけ? 

 

「えっと、今日の宿題は何の科目?」

 

「宿題はもうやっちゃったョ!」

「えっ、そうなの? じゃあ……」

「歴史の授業!」

「レ――キシ――のジュギョ――!」

 子供達が目を輝かせて、口々に叫んだ。

 

「ああ、はいはい」

 いつも宿題が終わったら、オマケで、歴史の授業と称してポチポチと語っていた奴だ。

「どこまで話したっけ?」

「西の国の王様が、砂漠の軍師に無理難題を押し付けたトコ!」

 皆、わっと期待顔になって、飴色の肌のセンセを見上げた。

 

 大陸史や西洋史をベースに、砂漠の古い言い伝えを絡ませ、子供にも分かりやすくした歴史のお話。

 小さいお話が繋ぎ合わさって、全体の歴史の流れが見えて来る。

 材料は全て『ソラの書物の部屋』からだ。

 

「歴史はバラバラに流れる物じゃなくって、沢山の支流が合わさって出来た一本の大河のような物……なんだって。受け売りだけれど」

「ふう―ん」

「こんなんで面白いの?」

「うん!」

 

 子供達が妙に食い付いて来るので、語り手も手が抜けなくて、話し終えるとヘトヘトになった。

 

 帰る準備をしている所で、戸口の御簾が上がった。

「ただいまぁ!」

 三つ編みをきっちり編んだ上級生の女の子数人が、裁縫袋を下げてどやどやと入って来た。裁縫の手習い所から帰って来たのだ。

 

「あ、あら、カノン、いらっしゃい。今日はレンは?」

「家で宿題やってる」

「そう……」

 

 会話が進まない。レンがセットでないと、自分なんかとは話す価値もないって事だろう。

 気まずい空気から逃れるように暇(いとま)乞いし、しばらく歩いてから、夕空を見上げて、少年はまた溜め息した。

 

 レンは人気者だ。明るくて物怖じしなくて、誰とでもすぐに友達になれる。留学してすっかり、蒼の里の仲間入りをしている。

 それに比べて自分はどうだろう。 勉強は一生懸命やっているけれど、ただそれだけ。

 子供達だって、知らない土地から来た知らない子が珍しいだけ。きっとすぐに飽きられる。

 何より、皆が自分に、レンはレンは? って聞いて来るのに、いい加減ウンザリしている。

 特に女の子は、挨拶の後は必ずレン。他の言葉はまずかけられない。

 

「まったく、レンに用事があるんだったら直接レンに話し掛けろってんだ」

 今では、声を掛けてくる女の子全員を、否目(ひがめ)で見るようになってしまっていた。

 

 

「レンがどおしたってぇ?」

 

 ・・! 

 唯一の例外の女の子がぴょっこり登場した。

 

「溜め息吐いてると、寿命が百日縮まるのよ」

「ホ、ホント?」

「さあね、確かめたヒトがいる訳じゃなし、だからって嘘って証明も出来ないわよね」

 

 紫の前髪のリリは、相変わらずこまっしゃくれた屁理屈を捏ねながら、当たり前みたいにズカズカと隣に来た。

 並んで歩くとカノンより頭一つ小さいが、生きている年数はちょっと多いという。

 事実、修練所は修了して執務室でバリバリ働いている。

 

「今日は早いんだね。じゃあユゥジーンももう戻っているかな?」

「ああ、ジーンは急の用事が入ったの。棘の森の主様が体調を崩してね。あのお爺チャン、ジーンにしか気を許さないから、多分今日は戻れない。それを伝えに来たの」

「そう……」

 

「ジーンがいなかったら寂しい?」

「まあね、でもレンがいるし」

「あたしは?」

「えっと? リリ、家に来るの?」

「そうじゃなくてっ! 今あたしと一緒にいるのに、いないヒトの事を思って寂しがったりしないで欲しいわ!」

「あ、ゴメ……」

 

 リリがギロリと少年を見据えた。

 

「あっと、え――・・」

 カノンはゴメンを呑み込んだ。このおっかない女の子は、考えなしに謝って済ませようとする子供が大っ嫌いなのだ。

 

「……べ、別にいいじゃないか。ユゥジーンがいないのは寂しいんだもん。でも、リリをないがしろにしたつもりはないよ」

「そうね」

 リリはにっこり微笑んだ。

「そんな事でいちいち怒るあたしがいけないのよ」

「??」

 

「カノンは目の前のヒトをないがしろにしたりしない。皆も、レンがいないと寂しがるけれど、カノンをないがしろにしているつもりなんてないわ。それが分かったら、許してあげましょね」

「…………」

 

 カノンは立ち止まって、スタスタ先を歩く群青色の後ろ頭を見た。

「リリこそ何で、そんなにドンピシャで僕の悩んでいる事が分かるの?」

 

 

 

   ***

 

 

 

「おょ? リリ」

 

 御簾を開けると、レンが着替えの最中だった。

 

 西風の少年二人は、ユゥジーンの自宅に居候している。

 男三人暮らしは例に漏れず、カノンのベッド周り以外はカオスだった。

 カノンの枕元だって、書物が綺麗に積んであるだけで、ヒト一人が横になれるスペースしかない。

 

「声くらい掛けてよ。それとも僕の柔肌が見たかったのか?」

「蒙古斑も消えないガキンチョのお尻なんか見て嬉しい訳ないでしょ」

 

 リリは室内のガラクタを乗り越えて厨房にたどり着き、鍋と萎びた芋を手に取った。

 

「げ! お前が料理すんのか?」

「げ、とは何よ。ユゥジーンが留守するから、このあたしがわざわざ保護者として来てあげたんじゃないの」

「よ、よせ、僕まだ死にたくない!」

「何よぉ!」

 

 言い争いする二人は、くすくす笑うカノンを同時に睨んだ。

「何がおかしいのよ! 突っ立ってるヒマがあったら手伝いなさい!」

「ああ、はいはい」

 

 カノンは手桶を持って外へ出た。 里裏の井戸までのんびり歩く。

 

 リリは、レンといると本当に楽しそうだ。

 一見チャキチャキと快活なリリだが、でも誰にでもって訳ではないのを、カノンは里へ来てすぐに気付いた。

 気を許さない者、許す者を、極端なまでに区別するのがリリって娘だ。

 そして実は気を許す者の方が、凄く凄く少ない。

 

 井戸で水を汲みながら、カノンはその事と、さっきの事を考え合わせていた。

 初対面からガンガン喧嘩出来たレンは、リリにとって大切な存在なんだろうな。

 じゃあ叱られっぱなしの僕は……?

 

 

「ゔ、ゔ、ゔ・・・」

 真っ黒の芋を前に、レンは喉を呻から情けない呻きを上げる。

 

「料理なんか久し振りだから、少々手が滑っちゃったかしら。まあ、ちょっと焦げただけだから大丈夫、大丈夫」

「焦げ! これが? 焦げってのはな、焦げていない部分もあるから焦げっていうんだ。これは炭だ、炭!」

「なによぉ!」

「ま、まぁまぁ」

 

 カノンがナイフを取り出して、芋の黒い表面を削り始めた。

「焦げたトコなんか削っちゃえばいいじゃない。ほら、こうして削れば……」

 削っても削っても真っ黒な中身に、カノンの表情も止まった。

 どんな焼き方をしたらここまで炭に出来るんだ? ある意味才能だぞ。

 

「ほ、ほら、こ、ここが食べられるよ」

 カノンが必死で削り出した空豆程の茶色い塊を、レンとリリは目玉を寄せてじっと見て、そして同時に吹き出した。

 

「カノンの真剣な顔! キャハハ、ああオッカシイィ」

「笑う事ないじゃない」

「笑う以外の何があるっていうの? アッハハ」

 

「まあ、せっかくだから」

 レンが手を伸ばして、茶色の塊を口に放り込んだ。

 

「・・ガッチガチだぞ」

「無理しなくていいわよ」

「歯には自信あるんだ」

 

 芋の数だけの茶色い塊をレンがガリガリ平らげて、結局夕食はカノンが作った。

 

「ねぇ」

 食事が終わって、リリが改まった顔を上げた。

「あたし、今日、泊まって行っていい?」

 

「寝込みを襲うつもりか?」

「バァカ! ね、いいでしょ」

「う、うん」

「そうと決まったら、カノン、その書物、片付けて頂戴」

「え? ユゥジーンのベッドを使うんじゃないの?」

「このあたしにそんなムサい所に寝ろっていうの?」

 

 確かに、ユゥジーンのベッドに限らず、訳の分からないガラクタの散乱したこのパオの中で、カノンのベッド周りだけが唯一清潔感のある場所だった。

 

 カノンは肩を竦めて書物を移動させ始めたが、少しの心配が掠めた。

 リリはここの所、夜になるとこの家を訪ねて来ては、就寝時間まで入り浸って、そのまま泊まってしまっている。

 

「親父さんと喧嘩でもしてんの?」

 レンがアッサリと口にした。

 カノンはハッとなってハラハラしたが、リリは皿を片付ける手を止めて小さく笑った。

「ううん、今はちょっとあたしと居ない方がいい時期なの。大したことないわよ」

 

 

 二人が蒼の里に留学してすぐに、カノンだけ一度砂漠へ戻った。カノンの祖母、モエギの君の訃報が届いたからだ。

 修練所で授業中だったカノンは、いきなり呼ばれて知らせを受け、放心状態のまま、ナーガ長の馬に乗せられて、西風へ飛んだ。

 

 それまで近寄りがたく感じていた蒼の長様だったが、祖母の死期を早めたのは自分のせいだと動揺するカノンを、本当に親身に慰め、寄り添ってくれた。

 旧知だというモエギの君を見送る姿も、背筋をシャンと伸ばして威々たるものだった。

 

 あんな立派な優しいお父さんの何処が不満なんだろう? 

(まあ、リリは女の子だし、色々あるんだろうな)

 

 

「・・ それで、お前はどうなんだ?」

 

 いきなり話を振られて、ぼうっとしていたカノンは我に返った。

 三人は寝支度して、パオの壁沿いに三角形に配置されたベッドにゴロゴロ転がってお喋りしていた。

 

「え、えっと?」

「聞いてなかったの?」

「ごめん」

「罰としてカノンが一番に告白だわね、恋バナ!」

「なんだよ、それ」

 

 大人のいない子供だけ(リリは大人かもしれないが)の部屋が夜更かしのお喋りで盛り上がるのは、どこの種族だってきっと一緒だ。

 

「恋バナったって」

「カノンの初恋のヒトは?」

「えぇえ? えっと、エノシラさんっ」

「うわっ、無難なトコに逃げたな」

 

「じ、じゃあ次はレンだ、ちゃんと言えよ」

「えへへ、僕、蹴り玉が恋人」

「逃げたな」

 

「よぉし、次はリリだ、包み隠さず白状しろ」

「…………」

「??」

 

 二人は半身起こして、書物の陰のリリを見やった。

 紫前髪の娘は、お喋り途中の半開きな口のまま、眠りの世界へ入っていた。

 

「なぁんだよ、自分で振っといて」

 そう言いながらも、レンは声をすぼめた。

「ガキじゃん、オヤスミ五秒かよ。いっつもヒトの事、ガキンチョガキンチョ言う癖に」

「疲れているんだよ。執務室の仕事、ハードなんだろ。ユゥジーンだっていつもヘトヘトですぐ寝ちゃうじゃない」

「そうだな」

 

 レンはベッドから身を乗り出して、紫の前髪を覗き込んだ。

「あ―あ、無防備に口開けちゃって」

「あんまり覗くなよ」

「黙ってりゃ、めっちゃ可愛いのにな」

「レンは黙っているリリの方がいい?」

「いいや」

 

 





*ハウスのこぼれ話*
 初期のハウス出身者ユゥジーンが、執務室でめっちゃ真面目に働いた
→ ホルズがベタ誉めする 
→ 胡散臭げに見ていた近隣の者の、ハウスを見る目が変わる
→ 衣食住の助けをしてくれるようになる 
→ 一杯食べられる 
→ サォ教官が、卒業生が真面目に働いてくれたお陰だと説明する 
→ 自分達も真面目に働こう思う
→ ハウス出身の子は真面目で良く働くと評判が立つ
 ・・の、好循環で、今日もハウスは元気に成り立っています。
 ちなみにサォせんせの奥方は、ホルズの妹。
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