ホライズン   作:西風 そら

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夏蕾・Ⅴ

 

 

 

 カノンは必死で、固いゴワゴワのたてがみにしがみ着いていた。

 馬は、馬の走り方をしていない。鷹が滑空するように脚を一杯に広げて、見事に風を捉えていた。

 

 足下の景色が光のように流れて行く。

 レンと飛んだ時の比じゃない、嘘みたいに速い。

 でもほとんど風の抵抗を感じない。一体どうなっているの?

 

 正面の山肌に、へばり着くような小さな村。

 

「あすこだよ、降りて、お願い!」

 

 叫ぶ前に馬は急降下を始めていた。

 真ん中の大きな建物の窓の前まで一直線に降りて、いきなり停止。

 背中の少年は馬の首を飛び越えて、そのまま窓に飛び込んだ。

 

「うああああ!!」

 

 中は酒席だった。

 数人の男性が囲むテーブルの上を、突然飛び込んだ子供がゴロゴロ転がる。

 瓶を撥ね飛ばして皿の中身をぶちまけて、その子は反対側の壁に激突して止まった。

 

 一瞬の惨事に、全員唖然として突っ立ったまま。

 今まさに乾杯の声を上げた所で、手に手に酒杯を掲げていた。

 

 床に倒れたカノンの真横で、ユゥジーンが真ん丸に見開いた目で見下ろしている。

 依頼が解決して、感謝の一席を、という所だったのだ。

 

「カ、カノンか?」

 

 茫然とする青年の前で、割れ瓶のカケラをバラバラと落として、少年は立ち上がった。

 そしてやにわにユゥジーンの手の杯を引ったくって、側の村人に突き出した。

 

「飲んで!」

 

「おい、カノン?」

 ユゥジーンは少年の肩を掴んだが、村人全員がが真っ青になって凍り付いているのに、真顔になった。

 

「な、何なんです? 酒に何か入っているんですか?」

 

 村人達はおろおろして、しどろもどろだ。

「い、いや……ただ、ちょっと眠くなるだけだと……」

「な……」

 聞き掛けるユゥジーンの声に被せて、カノンが、ついぞ聞いた事のない激しい声で叫んだ。

「じゃあ飲んでみてよ! ちょっと眠くなるだけならいいでしょ! 違うんだ! これ一口含んだだけで、血を吐いて海老みたいに反って、あっという間に動かなくなる!」

 

 背中に冷水を浴びたような顔のユゥジーンの横で、叫びながら少年は涙をぼろぼろ溢す。

 

「どうしてそんな酷い事が出来るの!?」

 

 

 外で甲高い馬のいななき!

 同時に、戸口や窓を破って、黒革の鎧の野党達がなだれ込んで来た。

 ヒトの形はしているが、身体が熊のように大きく、首から上は猛々しい獣。

 

 その手から、夢に出て来た黒い大きな爪が伸びていた。

 そう、カノンは『起こった事』を視たのではなく、『これから起こる事』を視ていたのだ。

 

 半人半獣の野党達は、巨大な斧を振りかざして、ユゥジーンを囲んだ。

 

「ふん、そんな人数で俺を倒せる気か?」

 青年剣士は背中の二刀に両手を掛けた。

 

「た、助けて下さい! 女子供が捕らえられているんだ!」

 村人の一人が叫んで、ユゥジーンにも動揺が過る。

 

 鎧の獣人の一番大きな男が、一歩前に出て唸るように言った。

「この地が欲しい。お前らに取って代わるのだ。蒼の一族の厄介な剣士を密かに一人づつ片付けて、一気に攻めさせて貰うってぇ算段さ」

 

 ユゥジーンの横で、カノンは膝の震えが止まらない。

 蒼の一族は強くて、彼等の治める草原は平和だと思い込んでいた。

 

「二刀を使う男は特に厄介だという情報だったので、万端の準備をしたのだが。そのチビが現れなければ、何も知らずに一瞬で逝けたモノを」

 獣人達は包囲を縮めた。

 ユゥジーンは脂汗を滲ませて固まっている。

 

「まま待って!」

 カノンが真ん中に飛び出した。

 

「よせ、カノン!」

 ユゥジーンが退けようとしたが、カノンは震える足で踏ん張った。

 

「せ、戦争なんかしなくても、蒼の一族にいうことを聞かせられる方法があるよ。僕を人質にすればいい!」

 

 獣人達はいきなりな事を言い出す子供にちょっと驚いたが、すぐにせせら笑った。

「ガキが! お前が何者だというのだ!?」

 

「貴重な蒼の長の直系だ!」

 カノンは怖いのを必死で隠して、声を張り上げた。

「僕のお祖母様は、昔、蒼の長の恋人だった。分かるだろ、あんた達みたいなのがいるから、離れた西風の地でひっそり育てられていたんだ!」

 

 

   ***

 

 

 

 獣人達が色めき立った。

 ここへ来る前に様々な情報を下調べして来た用心深い彼らは、今代の長が過去に西風で色恋沙汰を起こした噂まで知っていた。

 ユゥジーンはしゃっくりしたみたいに唾を飲み込んでいる。

 

「本来の跡取り候補のリリが味噌ッカスだから、僕が呼ばれたんだ。里でも一部の偉いヒトしか知らない。今までだって、西風の里に何かあったら、蒼の長は一目散に駆け付けた。僕がいたからだよ!」

 

 トンでもないハッタリだ。

 しかし、マメに調べた事が仇となっている獣人達には、説得力があった。

 

「僕を人質にしておけば、蒼の一族はあんた達に逆らえない。だから、ユゥジーンには何もしなくていいでしょ!」

 

「小僧!」

 リーダーとおぼしき一際(ひときわ)大きな獣人がズシズシと迫り、子供の青銀の髪を掴んで顔を引き上げた。

 血の色の口に、カミソリみたいな歯がギラギラしている。

「人質というのは、交渉が決裂したら八つ裂きにされるモノだ。知っているか?」

 

「……こ、交渉する気があるのなら、今すぐユゥジーンに向けている刃(やいば)を降ろさせて……」

 少年は震え声なのに、言葉は引き下がらなかった。

 

「カノン、もういい、よせ」

 ユゥジーンが言い終わる前に

 

 ――パンパンパン、パパン!!

 

 破裂音!

 緊張が途切れた!

 

「ひ、人質の小屋の方だあ!」

 

 村人が外へ飛び出した。

 一人飛び出したら連動して全員飛び出した。

 獣人達も怯んで集中が分散した。

 

 カノンの髪を掴んでいたリーダーも一瞬手を緩めた。

 それを見計らったように、窓から複数の小さい玉。

 カノンには見覚えがあった。

 

「ユゥジーン、目を守って!」

 

 ――パパパパン!

 

 炸裂音がして、部屋中に刺激臭が満ちる。

 

「こ、胡椒?」

「唐辛子も入っている筈だよ」

 

 丸い爆竹を凝視していた獣人達は、目をやられて悲鳴をあげている。

 素早く伏せて粉塵を逃れた二人は、床を低く走って、包囲を抜ける事に成功した。

 

 表に飛び出すと、カノンの予想通りの顔があった。

 

「レン!」

「カノン、僕を置いて行くなよな!」

 

 赤いバンダナが草の馬の上から、白い歯を見せて親指を立てている。

 

「見張り連中、こっちに気が行っていたから、簡単に『必殺の武器』を浴びてくれた。人質の人達はもう逃げ出したよ」

 

 村端の小屋の前で、黒い獣人達が顔を覆ってうずくまっている。

 しかし難を逃れた数人が、逃げ足の遅い村人を追い掛けようとしている。

 

「レン! 馬貸せ!」

 

 レンは素早く飛び降りて、乗って来た馬をユゥジーンに渡した。

「また盗んで来たんだ、後で弁護してよ!」

「後だ後! 今は安全な場所に隠れてろ!」

 馬上のユゥジーンは二刀を抜いて、風のように獣人に向かって行った。

 

「僕達もずらかろうぜ」

 少年二人は何処かの建物に隠れようと走りかけた。

 

 ――ガシッ!

 

 カノンの頭が後ろからわし掴みにされた。

 

「小僧・・! 許さん・・許さん・・!」

 

 目を真っ赤にしたさっきのリーダーだ。

 鉤みたいな爪が額にズブズブと食い込むのが分かった。

 

「あ゛あ゛・・!」

 

「はなせ、はなせ――!」

 レンが毛むくじゃらの腕にぶら下がって噛み付く。

 

「小僧が!」

 獣人はもう片手で、後ろからレンの首を掴もうとした。

 細い子供の首なんかひと捻りにしてしまいそうな容赦の無い鉤爪。

 

「レン、逃げて! お願い逃げて!」

 

 ――ガツン!!

 

 額に食い込んでいた爪が外れた。

 落とされた地面から振り向くと、鍬(すき)を握りしめて必死の形相の村人。

 さっき逃げ出した村の男達が、手に手に武器を持って、視界のない獣人の足を払って叩きのめしていた。

 

「ぼうや、ぼうや、大丈夫か?」

「は、はい、ありがとぅ」

「礼を言いたいのはこっちだ……」

 

 

 獣人達はほとんどが打ち倒された。残った数人が縛り上げられ、皆に取り囲まれたが、まだ目を剥いて毒づいている。

「俺達をこの人数だけだと思うなよ! 本隊はもっと肝心の、別の所を強襲している!」

 

「蒼の里か? お前達には見付ける事も出来まい」

 ユゥジーンが二刀を収めながら冷静に言った。

 

「ふふん、もっと効率のいい場所だ。砂漠の西風の集落を押さえられたら、貴様ら、身動きが取れまい」

 

 レンとカノンはその場で跳ね上がった。

 朝の双子石は、それだったんだ!

 

「その小僧が蒼の里の皇子なら、尚更だな!」

 

 

 ―― お生憎サマ! 

 

 頭上に紫の光が広がった。

 

「あんた達のショボい鉤爪なんて、父さまの剣の一振りで、一網打尽だったわよ。西風のヒト達に指一本触れる前にね!」

 

 紫の前髪の女の子が、愛馬若紫と共に上空から降りて来る。

 

「リリ!」

 

 

 

 

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