ホライズン   作:西風 そら

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夏蕾・Ⅵ

 

   

 

 

 

 リリの馬は地上に着くと同時に、膝を折ってヘタリ込んだ。

 

「レン、若紫を頼むわ」

 

「な、………分かった」

 口答えし掛けたレンだが、竜胆色の馬のただならぬ様子に、慌てて切り替えて井戸へ走った。

 

「よくここが分かったな」

「当ったり前でしょ」

 

 リリが摘まんで示した山吹色の布の小袋が、小さく明滅して震えている。

 カノンはその時初めて、同じ物がユゥジーンの逞しい胸にもあるのに気が付いた。

 

「西風に来ていたあんた達の大将は、敗戦を認めて、二度と手出しをしないって念書に血判を押したけれど……あんた達はどうする?」

 

 リリは腕組みして、縛られた残党を睨んだ。

 蒼の長の念書は、ただの紙切れではない。破れない約束事の強い呪縛が掛けられている。

 小さい癖に居丈高な小娘を前に、獣人達は忌々しそうに唸り声を上げた。

 この場だけを上手く逃れて、やり返す事を考えている顔だ。

 

「大将に倣(なら)うのなら、念書代わりに鉤爪の手首を切り落としておくようにって、父さまに言い遣っているの」

 

 獣人達は目を見開いてたじろいだ。

 カノンも、今の残酷な言葉は聞き間違いか冗談かと、リリを見直した。

 

 しかしユゥジーンは一欠片(ひとかけら)の冗談も挟まない真剣な顔で、獣人に歩み寄り、縛った手首をネジ上げて、リリに向かって突き出した。

 女の子の小さい手の中でカマイタチの鋭い刃が渦巻いて、キンキンと高い音を立てる。

 獣人の顔が恐怖で引きつった。

 

「ま、待って!」

 

 カノンが獣人の前に立ち塞がった。

「そ、そこまでしなくてもいいだろ。もう降参しているのに、このヒト達」

 

「カノン」

 リリは聞き分けのない子供を言い含める口調で言った。

「あんたの故郷を襲ったのよ。一つ道が違ったら、あんた、帰る所をなくしていた!」

 

 端で馬に水を与えていたレンが、緊張の口を結んだ。

 砂漠の家族に二度と逢えなくなる事を想像して、背筋を凍らせている。

 

 

 ***

 

 

「その子を遠去けて頂戴!」

 リリは手の中の風の刃(やいば)をギラつかせながら、村人に命令した。

 

「ダ、ダメ!」

 カノンは肩に掛けられた手を振りほどいて、縛られた獣人に覆い被さった。

「ダメダメダメダメ――――!」

 

「カノン、子供の分際で、大人の決めごとに首を突っ込むモンじゃないわ」

「子供にだってダメな事くらい分かる! これはダメ! ダメなの!」

 

 リリが瞳をたぎらせて、カマイタチをカノンの足元に投げ付けた。

 ジャッと音がして地面が鋤(すき)で引っ掻いたみたいに抉れ、子供の靴先がパックリ割れる。

 獣人はカノンの肩越しにそれを見て、血の気が失せている。

 

「例えばあんたの言う通り、そのヒト達を見逃してあげたとしましょう。でも、蒼の長の命令は絶対なの。娘のあたしだからこそ、言い付けに背いたのがバレたら、余計に厳しい罰を受けなきゃなんない。

 すなわち、そのヒト達の代わりに手首を切り落とす羽目になる。ごめんだわ!」

 

 レンが後ろで、持っていた水桶を落っことしそうになっている。

 ユゥジーンを見たが、獣人をネジ上げた形のままで無表情。リリのいつもの大袈裟な脅しじゃない、本気なんだ。

 執務室が色々厳しいとは思っていたけれど、そこまでとは……

 

「リリをそんな目に遭わせない!」

 カノンは動かず踏ん張った

「もしそんな事になったら、罰は僕が受ける。それが筋だろ! 誓いを立てるよ、どうしたらいい?」

 

 リリはそれには答えず、気圧されてオロオロしている村人に、眉をつり上げて怒鳴った。

「とっととその子をひっぺがして!」

 

「リリ!」

 三人がかりで押さえられて、カノンは身悶えしながら叫んだ。

「リリはそんな事しちゃダメなんだ! そんな事をするのが当たり前になっちゃったら・・」

 

 ――ジャキンンン!!

 

 リリの投げた風が、鋭く光って空を切り裂く。

 

 ・・・・・・・・

 目をつぶって嗚咽(おえつ)を洩らした獣人は、ゆるゆると顔を上げた。

 縛られていた太い縄と、五本の爪先だけが、バラバラと落ちた。

「…………」

 

「とっとと遠くへ去って頂戴! もっとも、その子供があんた達の代わりに手首を切り落とされても構わないってんなら、いつまでもこの辺りを彷徨(うろつ)いているがいいわ!」

「……‥…」

 

 数人の獣人は目を伏せて、皆が睨み付ける中、自分達の馬を引いて山へ消えた。

 去り際に、一人一人が一度だけ、青銀の髪の少年の顔をチラと見た。

 

 緊張冷めやらぬ空気の中、リリが叫ぶ。

「レン!」

 

「は、はいぃ!?」

 バンダナの少年は電気に打たれたみたいに飛び上がった。

 

「あたし、蒼の里へ報告に行かなきゃいけないわ。この馬貸して頂戴」

 言うが早いか、リリはレンの乗って来た大きな草の馬に飛び乗った。

「若紫の介抱をお願いするわ。しばらく動けない筈だから」

 

「う、うん、分かった。でも、あの……」

「何!?」

「その馬、盗んで来たモノなんだ。馬事係のヒト、けっこうカンカンだと……」

 

 リリは再び眉をつり上げた。

「そんな些細な事、どうだっていいわよ!」

 

 

 紫の娘は砂塵を舞い上げて急上昇し、あっという間に流星となって東へ消えた。

 残された者は脱力感とともにシィンとなり、村人の何人かは膝から崩れ落ちた。

 まるで嵐の後。

 

「カノン」

 呼ばれて、まだ肩で荒い息をしている少年は振り向いた。

 

 ユゥジーンが瞳に色んな光を湛えて、両手でギュッと抱いて来た。

「ありがとうな」

「ユゥジ……」

 何か言おうとしたカノンだが、青年の懐にべったり付いた自分の血を見て、額に怪我していたのを思い出した。

 思い出した瞬間、稲妻みたいな痛みが来た。

 

 

 

 

 

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