ホライズン   作:西風 そら

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夏蕾・Ⅶ

   ***

 

 ・・・・

 ・・・・・・・

 

 ――爪を武器とする者は戦闘前に毒を塗る。基本じゃろうが。何でこの子に気を付けてやらなんだ。何人(なんびと)たりとも、面会謝絶じゃ!

 

 割れ鐘のような頭痛の中、遠くにそんな声を聞いて、また意識を失った。

 

 次に目を覚ますと、白い二重の天幕。

 

 痛みはだいぶ治まって、薬の匂いのする清潔なベッドに寝かされているのが分かった。

 御簾を開けて、医療師のおウネ婆さんが、湯気の立つ薬湯を持って入って来た。

 

「起きたか。何、多少キズから熱が出たが、大した事はない。とっとと元気になってベッドを開けとくれ」

 

 そう言って、カノンを支え起こして薬湯を飲ませてくれた。

 苦い湯がからっぽの胃に凍みる。どのくらい寝ていたんだろう? 

 

「おお、そうじゃ」

 婆さんはベッド脇の物入れから、蓋付きカゴを引っ張り出した。

 干した果物や飴で固めた乾菓子が詰まっている。

「ハウスの子供らが持って来るんじゃ、毎日毎日」

 

(……皆、オヤツ少ないのに……)

 

「うおお!」

 

 入り口で声がして、頬を紅潮させたレンが飛び込んで来た。

「やっと目を覚ました! カノン、この寝坊助!」

 

「静かにせんか、他の入院患者もおるのだぞ」

 おウネ婆さんはひと釘刺して出て行き、レンは一応そろりとカノンの側に来て座った。

 

「僕、どのくらい寝ていたの?」

「七日間」

「そんなに!?」

「うん、話したい事が山程あるのに、なかなか目を覚まさないんだもん。傷、どう? まだ痛い?」

「んん、大丈夫。レンも怪我したの?」

 

 カノンは、レンの肘の大きな擦り傷を見止めた。

 

「ううん、これは今日の授業で落馬した」

「えっ? レン……!」

「ああ、そうそう」

 

 レンは抱えていた鞄から、真新しい頭絡を引っ張り出した。

「草の馬の訓練、受けられる事になったんだ。今日で二回目」

 

「ホント!? レン、よかった……よかった!」

 カノンはレンの肘を掴んでギュッと握った。

 

「何言ってんだ、お前もだよ」

「えっ?」

 

 レンは鞄からもう一つ頭絡を出して、カノンに突き出した。

 それぞれの頭絡の額飾りにはお揃いの刺繍。レンのは赤で、カノンは色違いの銀糸。

 

「馬事係の頭目が、どうせお前ら禁じても禁じても草の馬に乗るんだろうから、自己流の変な癖を付けられちゃ堪らん、基礎からキチンと叩き込んでやらにゃあ駄目だ! って。だからカノンも」

「……」

 

 カノンは艶々した新品の頭絡を握り締めて、じっと見つめた。

 胸が一杯で、何て言っていいのか分からない。

 

「あ――ら、皇子サマのお目覚め?」

 

 御簾を上げて、紫の前髪が姿を現した。

 

 

 ***

 

 

「ユゥジーンに聞いた所によると、あんた大した血統だそうじゃない。嬉しいわ、味噌っカスのあたしに、こぉんな立派な親戚が出来て!」

 リリは、レンが譲った椅子にどっかと腰掛けて足組みした。

 

「で、出任せだよ。あの場を乗り切る為の」

「ふふん」

 慌てるカノンを品定めするようにねめつけて、リリは鼻を鳴らした。

「咄嗟によくそれだけ出て来たモンだわね。普段っからそんな願望あるんじゃないの?」

 

「まっ、まさか」

 カノンは詰まった。この娘にごまかしは効かない。

「そ、そうだね、あるのかも…… でも僕は、西風のカノンだ」

 

「そうね」

 リリは素直に話を切ってくれた。

 

「あ、あの、リリ、西風は? 西風はどうだったの?」

「無傷よ」

「本当に!?」

「誰一人大きな怪我はしていないわ、ルウシェルもね」

「あ、ありがとう、リリ」

 

 ほぉっと肩を降ろすカノンに、リリはちょっと優しい声になった。

「本当は、あたし達が行かなくてもよかった位なのよ。シドさんがしっかり、怪しい余所者の情報を掴んでいたの。モエギさんが亡くなって、急に暗躍し出したらしいわ。

 で、ルウシェルが闘える者を引き連れて、先回りして奇襲をかけたの。凄かったわよ、ルウの起こした竜巻。父さまの仕事なんて、残務整理位だったわ」

 

 その残務整理が戦争には大切なのだ。そこで蒼の長の権威が生きて来る。

 カノンは今一度、感謝の眼差しでリリを見つめた。

 

「それにあれ、あのヒトが大活躍だったわ。修練所の教官の」

「スオウせんせ?」

 レンが口を挟んだ。

 

「そうそ、囮役を買って出て、単騎で獣人達を狭い谷へおびき寄せたの。なかなかの度胸の持ち主だわ。西風にもあんなイイオトコ、いるのねぇ」

「げえ! リリ、マッチョが趣味なの?」

「バァカ!」

 

 なんだか、もういつものリリだ。山の集落での稲妻みたいな目のリリは、夢だったのかと思えた。

 

「元気そうだったと執務室に報告しておくわ。退院はいつなの?」

「今日、もう、出られるって」

「あ、あら、そう」

 

 立ち上がり掛けていたリリは、ちょっと動揺した。

「じゃあ、後で、荷物、取りに行くわ、レン」

「??」

 

「リリ、カノンが入院している間、ずっとうちに泊まっていたんだ」

 レンが言って、リリは罰悪そうにした。

「カノンのベッド、借りていたわ。事後承諾でゴメンなさい」

 

「あ、ううん、構わないよ」

 そんなにお父さんといたくないのだろうか? そっちの方が心配だ。

 

「リリ、荷物は明日でいいじゃないか」

 レンが膝をポンと叩いた。

「今日は僕、床で寝るから、カノンの退院祝いやろうぜ。パジャマパーティー第二弾だ」

 

「えっ、ホント? いいの?」

 

 素直に喜ぶリリを見て、カノンも何だかホッとした。

 リリには色んな顔があるんだろうが、こんなリリでいられる自分達でいよう……と思った。

 

 リリが出て行ってから、カノンはレンの手を借りて、ベッドから足を降ろして立とうとした。

 まだ地に足が付かない感じでフラフラする。

 

「あんま無理すんなよ」

「うん、だけれど、早くお礼を言いたいヒトがいるの」

「……」

 

 

 赤いバンダナの少年は眉間にシワを入れた。

 皆にお礼を言われるべきなのは自分なのに、一体この上誰に感謝したいってんだ? こいつは。

 

 あの日、気絶したカノンを診療所へ運んだ後、リリとユゥジーンとした会話を、レンは話すつもりはなかった。

 

「まぁったく、あの子には恐れ入るわ。こっちの思惑以上に、しっぽり動いてくれるんだから」

「えっ、どういう事?」

「手首を切り落とすなんて、父さまが命令する訳ないじゃない」

「そうなの? 僕、思いっきり本気にしてびびっちゃった。何の為にそんな嘘?」

 

「剣よりも効く武器が世の中にはあるって事さ」

 ユゥジーンが、自分の懐に付いた血をつくづく眺めながら言った。

「少なくとも奴等は、二度とこの地に足を踏み入れない」

 

 それから二人が何だかしみじみ黙ってしまったので、レンも口を閉じた。

 

 いつだって、青銀の髪の親友は、自分の三歩先を歩いている。

 友達や大人達、女の子達が、気安い自分に話し掛けながら、このミステリアスなオレンジの瞳の少年をチラチラと見ているのを、レンはちゃんと知っていた。

 

 

 レンに支えられながらカノンが向かったのは、厩だった。

 馬房をくまなく見て回ってみたが、あの赤い瞳の馬は見付けられなかった。

 彼が来てくれなかったら、ユゥジーンの危機に到底間に合わなかった。

 

「一番にお礼、言いたかったのに」

「僕も、カノンは馬を盗んで飛んで行ったと思ったんだ。でも、あの村に着いた時、草の馬はユゥジーンのしかいなかったから、不思議だった」

 

「よぉ! レン!」

 

 馬事係が現れてカノンは緊張したが、レンは軽く片手を上げた。

「こんにちは、おじさん」

 カンカンだったという厩係ともうこんなに仲良くなっているなんて、さすがはレンだな……と、カノンはいつものように感心した。

 

「ああ、俺も飛び去るお前の後ろ姿は見たが。こっちで居なくなっていたのは、レンが盗んだ一頭だけだった。本当に草の馬だったのか?」

 

 そう言われると自信がない。

 初めて独りで飛んだので、怖くてひたすらしがみついていた。

 ただ‥‥‥

「凄く速かったけれど、優しい馬だったよ。僕が慣れていないのを分かって、静かに飛んでくれていた。

 確かに見た事がない変わった色をしていた。白っぽくて、粉を吹いたみたいに……」

 

 立ち止まる足音がして、振り向くと、瞳を大きく見開いたユゥジーンが立っていた。

 笑いたいのか泣き出したいのか、何とも言えない表情でカノンに歩み寄って、口を開く。

 

「砂漠の枯れ草みたいな、ぐしゃぐしゃなたてがみだったろ」

 

「?? うん」

 

「地平の夕陽みたいな、真っ赤な瞳をしていたろ」

 

「うん、知っているの? ユゥ……」

 

 ユゥジーンが目を細めて、ここにはないモノを見ている感じなので、何となく話し掛けるのが躊躇(ためら)われた。

 

 

 

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