ホライズン   作:西風 そら

20 / 31

 カノンが怪我で眠っている間のお話
  


みっつめのおはなし
夏巡(なつめぐる)・Ⅰ


 

   

 

「ああ、もぉ! そこじゃないったら!」

 

 夕方の埃っぽい執務室。

 山のような未処理の書類の前で、紫の前髪のリリのヒステリー声が響く。

 怒鳴られたのは、これまた山のような書類を抱えて右往左往する、赤いバンダナのレン。

 

「東の地域の書類はそっちのファイルだって言ったでしょ!」

 

「こ、これは東でも川の分野だからこっちだろ。あうぅ、入らないぞ」

 

「川なら川って言いなさいよ! そのファイル、もう一杯じゃない? 川の中でも分類しなきゃなんないっていうの!? あああ、もぉ~~!」

 

 レンは、唇の先っぽまで出掛かっている口答えを呑み込んで、この忌々しい作業をとっとと終わらせようと努力していた。

 しかし片付けても片付けても、書類の山は一向に減らない。片付けが苦手な者が二人寄ると、厄介も二乗になるのだ。

 

「ふぉ~~いお前ら、キリキリ働けぇ。そんなペースじゃ日曜もご出勤だぞ」

 

 長椅子にドッカと収まって、執務室統括者のホルズは、片目を開けてのんびり茶をすする。

 

「げ! 日曜!?」

 

 レンが慌てふためいて手を早めた。

 明後日の日曜は、蹴り玉の試合があるのだ。

 ただの試合じゃない。里をあげてのお祭り行事、いわゆる運動会みたいな物だ。

 子供がそれに参加出来ないなんて、子供にとっては一大事なのだ。

 

「な、何であたしがこんな目に…」

 リリはいつもの自信満々っ振りは何処(いずこ)へ消え失せたか、泣きそうな声で頭を抱えている。

 

「自分で、カノンの分の罰則を肩代わりするって言ったんだろうが」

 

「厩掃除だと思ったからよ。こんな頭の痛い作業だと分かっていたら……ゔゔ……」

 

 

 執務室のメンバーが戻る時間になって、ようやく本日の作業終了のお許しを貰った二人は、ヨレヨレの足取りで帰り道を辿った。

 

「カ、カノンはいつ目を覚ますの?」

「今朝のおウネ婆さんの話だと、まだしばらくは眠っていそうだって。でも、毒にやられているんだから、起きても無理させられないよ、リリ」

「……」

 

「そんなに書類が苦手?」

「何がどう苦手か説明も出来ない位苦手だわ」

 リリは書類に書かれた文字を見ていると、頭痛がして具合が悪くなるというのだ。

 

「意外だな、執務室の一員なんて、超エリートで弱点なんてないかと思ってた」

「誰にだって苦手はあるわよ。だいたい、あの文字って代物? 何であんな同じようで違う形の羅列を、皆すらすら理解出来るのよ?」

「そ、そう?」

「『書き』は、考えながらゆっくりやれば何とかなるわ。でも『読み』ってのがさっぱりよ」

 

 レンは呆れて肩を竦めた。文字なんか、修練所の低学年で普通に習うし、生きていく内に自然に身に付いて行くモンだろ?

 

「修練所は、卒業したんだよね?」

「んん、まあね……」

 リリはちょっと口ごもった。

 

「あ、あたしは、石板を使わなくてもいいって決まりだったの」

「はあ?」

「だから、石板を使う数式や読み書きの授業は、出なくてもよかったのよ」

 

「何だそりゃ? 数式やんなくていいなんて夢のようだぞ。誰がそんな事を決めたの?」

「あのヒト、……サォせんせ」

「ふえぇ? せんせ、ズルいなあ。長娘だからって贔屓じゃ……」

 

 最後まで言い終わる前に、目の前に二本指がビッと突き出され、燃えるような目のリリがズズイと顔を寄せて来た。

「あたしの事は何て言ってもいいけれど、あのヒトの悪口は、許さないわョ! あんただろうと!」

 

「う、うん、分かった、了解……」

 レンが両手を上げて降参ポーズをし、リリは興奮した自分に恥じ入った様子で、目を逸らして指を下ろした。

 そして三歩先へ走って、切り替えるようにクルリと回った。

「カノンの所に寄って行くでしょ? 寝ている間にヒゲ描いちゃおうか?」

 

「先っぽの渦巻いてる奴か?」

 レンも気を取り直して笑顔になって、二人並んで診療所に向かって駆け出した。

 

(それにしても、リリにも苦手な物があったんだな)

 レンは走りながら、新たな発見に感じ入っていた。

(しかも読み書きなんて簡単なコト。執務室の一員ったって、案外長娘だから特別に入(はい)れているだけなのかもしれない)

 

 

 翌日も、修練所の終了の鐘と同時に、蹴り玉の誘いも断って、レンは執務室にダッシュした。

 とにかく今日中に罰則を終わらせて、明日の蹴り玉大会に出場したい。

 

「おお、ご苦労だな」

 大机のホルズが、書類の山を積み上げながら待ち構えていた。

 

「こんにちは、リリは?」

「今日の任務は厄介だからな、戻れても夜中になると思うぞ」

「え、ええ――っ!」

 

「リリは執務室の仕事が本業なんだ。子供の本業は勉強と罰則。文句を言う前に手を動かせ」

「うう……」

 

 過去の書類の山を分類して、閉じて、棚に収める作業。

 山積みになった未処理の書類は見事なまでにバラバラで、リリでなくとも文字の羅列を見ていると気持ちが悪くなる。

 文字大好き書物中毒のカノンなら楽々こなすんだろうか? まったくあの時、自分が悪者に引っ掻かれればよかった。

 

「いやダメだ」

 書類を抱えながらレンは頭を振った。

 ケガしちゃったら蹴り玉大会に出られないじゃないか。

 

「何が駄目なんだぁ?」

 ホルズが長椅子で、独り将棋(シャタル)の駒を並べながら、呑気に聞いてきた。

 暇ならちょっとくらい手伝ってくれてもいいのに……

 

「あの、ホルズさん。実は明日、蹴り玉の大会があるんです」

「おお、知っているぞ。お前、上手いんだってな」

「は、はい、それで…」

「じゃあ、さっさと終わらせてくれ。罰則が理由で試合にエースを欠くんじゃ、俺がガキどもに恨まれっちまう」

「……」

 泣き落としも効きそうにないか……

 

 

 その夜は遅くまで執務室で粘ったが、ユゥジーンが戻った時、いい加減ホルズに追い出された。

 もっとも、どう頑張っても今日中に終わりそうになかった。

 

 半泣きで俯(うつむ)きながら歩くレンの横で、ユゥジーンが気の毒そうに慰める。

「罰則はケジメだからなあ。こればっかりはどうしてあげようもない」

 

「だって、そもそも馬を盗んだのは、ユゥジーンを助けたいからだったんだよ!」

 

「ホルズ様だって解っているさ。ただやっぱり、許しちゃうと他の子供に示しが付かない。草の馬の訓練が受けられる代償みたいな物だからね。まあ今回は残念だったって事で……」

 

「今回? 僕、来年はいないんだよ!」

 

 レンはその夜は悔しい気持ちで眠れなかった。

 やりたい事が自由にならない。子供って損だ。

 

 

   ***

 

 

 

 日曜日。

 忌々しい程の晴天。

 

 こんなに明るい朝なのに、起きた瞬間鉛みたいな気持ちになるなんて。

 レンがどんよりした表情で顔を洗っていると、後ろから蹴り玉が飛んで来た。

 

「わっ!?」

 

 受け止めた正面で、ユゥジーンがウインクして言った。

「よ! 悩める青少年! 行けるみたいだぞ、蹴り玉大会」

「えっ?」

「明け方リリが戻ってね。今日は自分が一人で罰則やるからって、ホルズ様に掛け合ってくれたらしい」

 

「ホントに?」

「本来なら徹夜明けは休養日なんだ。リリに感謝しろよ」

「うん! うん!」

 

 レンはたちまち子供らしく元気になって、蹴り玉をドリブルしながら会場へ向かって駆けて行った。

 

「ゲンキンだなあ」

 見送りながらユゥジーンも、懐かしそうに目を細めた。

 まあ、自分だってあの位の年頃は、蹴り玉が人生の最重要事項だった。

(ただ、リリ……あいつ、大丈夫かな……) 

 

 

 大会場所の修練所の広場は、参加する子供達や応援の家族で賑わっていた。

 たまの行事に、皆楽しそうにニコニコしている。

 就学前の小さい子が駆け回り、気の早い家族は土手に宴席を広げている。

 

 レンが駆け付けると、同級生達は歓声を上げて出迎えてくれた。

 よかった! 参加出来て、ホントに。

 

 最初の方は下級生の試合だったので、レンは仲間達と土手に座って見学していた。

 

「よ! 馬盗人(うまぬすっと)小僧!」

 

 人聞きの悪い声に振り向くと、見知った厩番の青年がいた。

 馬事係の中で一番若いこの青年は、レンが馬を盗んだ馬房の係りで、戻ってからこっぴどく叱られた。

 しかし、レンが草の馬の訓練を受けられる許可を、何でか嬉しそうに持って来てくれたのも、彼だった。

 

「弟が出場するんだ。お前の対戦相手のチーム。俺がコーチしたんだから、なかなか手強いぞ」

「へえ! お手柔らかに」

 

 青年は、レンに麦菓子を差し出して隣に腰掛けた。

 

「懲罰が厩掃除じゃなくて、時間のかかる書類整理をやらされているって聞いて、参加出来ないんじゃないかと心配していたよ。間に合ってよかったな」

 

「いえ、罰はまだ終わっていないけれど、リリのお陰で来られたんです。今日は一人で書類整理を引き受けてくれて。後で埋め合わせしてやんなきゃですよね」

 

「リリ……?」

 青年は不思議そうな顔をして首を傾げた。

「リリ……って、あのリリだろ、長娘の? 彼女、書類整理なんか出来るのか?」

「えっ?」

 

「俺が修練所の高学年の時、あの子、入所して来たんだけれど」

「……」

「いや、そうか、努力して読めるようになったのか、彼女」

 

 青年は自己完結して話題を切ろうとした。

 

「リリ、修練所に入った時は随分苦労したって言っていました」

 レンはわざと知ったか振ってみた。

 

 思い通り青年は、この仲良しっぽい少年にはリリは何でも話しているんだろうと、気を許してくれた。

 

「そう、本当に、当時はどうなる事かと思ったな。文字を覚える事を強要した教官を吹っ飛ばすわ、教室の黒板を粉々にするわ、挙げ句にはヒステリー起こして屋根のてっぺんで大竜巻だもんな。

 誰も取り押さえられなくて、俺ら半日外へ出られないで震えていたっけ。あれは強烈だった」

「…………」

 

「さすがの長様も、あの時は困り果てていらしたな。入所三日で、早、就学する事を諦めて」

「そう? でも、修練所は卒業したって……」

 

「ああ、あのヒト」

 青年は、遠くで係員として走り回るサォ教官を指した。

「あのヒトが、毎日彼女ん所に通って、我慢強く話し合ったって。んで、彼女は文字の授業は受けないって事で修練所に通い出したんだ。父兄とかあちこちから文句が上がったのも、サォせんせが説得して回ったって。良いせんせだよな。俺、今でも好きだよ」

「…………」

 

「聞いていなかった? 彼女から」

「う、ううん。少し聞いてた。そ、そう……数式やんなくていいって、お得だなあって思った!」

「お得ねえ…… 確かに、上級生の講義に勝手にバンバン出まくって、好きな講義だけで単位の帳尻合わせて、とっとと修了しちまったけれど。あれ、お得っていうのかなあ? 友達もいなくていつも独りでさ。

 だから今、お前らとつるんでるの見て、不思議な感じ……ってのが正直な感想さ。この間もビックリだったし」

 

「この間って?」

「お前が盗んだ馬に乗って、彼女が帰って来た時。馬事係の詰所に捩(ね)じ込んで来たんだ。レンの馬泥棒の責任は自分にあるんだって」

「え??」

 

「何だか、カノン……? あの子が予知を早くに伝えて来たのに、取り合わなかった自分がイケなかったって。彼女があんなに必死で沢山喋るの、初めて見た」

「…………」

 

「それで、まあ、事情も事情だし、お前の草の馬の訓練の凍結も解除になったのさ。これは聞いていなかったろ? 伝えておいた方がいいと思ったから」

「…………」

 

 

 

 





 挿し絵:執務室 
【挿絵表示】

 挿し絵:土手 
【挿絵表示】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。