ホライズン   作:西風 そら

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夏巡・Ⅱ

 

 広場の端から蹴り玉をドリブルしながら、一人の少年が駆けて来た。

「兄ちゃん、ヒールキック教えて!」

 

「よし来た。じゃあな、レン」

 青年は麦菓子をもう一つレンに渡して、土手を滑り降りて行った。

 

 レンはふらりと立ち上がって、吸い寄せられるように、係員の詰所に歩いた。

 明るい広場の歓声が、さっきと比べて少し遠くになった気がする。

 詰所に目当てのヒトが、丁度一仕事終えて休んでいた。

 

「サォせんせ……」

 

「よおー! レン。参加出来てよかったな」

「せんせ、あの、今一つ聞いてもいいですか?」

「何だ? 相手チームの弱点は教えられないぞ」

「リリの、事です」

「ああ、何だ? リリの弱点も教えられないぞ」

 

「いえ、リリ、本当にまったく文字が読めないんですか?」

「…………」

「だって、カノンに借りた物語の本とか、手紙とか、普通に読んでいるから」

 

「ああ、レン、それは…… リリはね、文字の形から内容を読み取らないんだ」

「??」

「書かれたモノから、書いたヒトの心を読み取れるんだ。それはそれで凄い能力だと思うがね」

「……」

「その代わり、ただの形としての文字を認識出来る普通の能力を、神サマは、くれ忘れちゃったんだな」

「……」

 

「分かりにくいか? そうだな、私も当時は理解するのに時間が掛かった。そういう見え方の子供もいるんだって事に」

「あの、じゃあ……じゃあ、ただの資料とか報告とか、心の入っていない書類は?」

「ちんぷんかんぷんだろうな」

「!!」

 

 

   ***

 

 

 

「あああ、もう! これ、何て書いてあんのよぉ!?」

 

 紫の前髪を掻きむしる娘に、ホルズは長椅子から顔を伸ばして覗き込んだ。

「『西の川の治水に関する陳情書』だ。経過と事後報告も纏めて綴じておいてくれよ」

「ジ・ゴ・ホウ・コク・・? どれよぉ?」

 

「これだよ、リリ」

 

「??」

 大机の横で、当たり前みたいに立って書類を差し出している赤いバンダナの少年に、リリは元より、ホルズも目を丸くした。

 

「とっととやっちゃおうぜ」

 

「あ、あんた! 蹴り玉の試合は⁈」

「ん、うん」

「うんって、どうしたのよ!」

「いいんだ」

「いいって事ないでしょ! あんた、来年はいないかもしれないのよ。一生にいっぺんの大会でしょ!」

「うん、だから、勉強の成果を上げて、来年も留学させて貰えるように努力するよ」

「そういう事じゃなくて!」

「リリとこうやって作業する今も、多分一生にいっぺんだよ」

「…………」

 

「ん・あ――・・」

 ホルズが伸びをして立ち上がった。

「飯の時間だ」

 

「へ?」

「俺は弁当があるが、お前達は?」

「持って来ていませんよ。って、早過ぎませんか?」

「だって、お前らと昼飯食べたいってお仲間が来ているぞ」

「??」

 

 ホルズが視線で指す窓辺と戸口に、数人の少年が鈴なりに顔を連ねている。

 さっきレンが、『ごめん!』って頭を下げて別れて来たチームメイト達だ。

 

「へえ~~執務室ってこうなってんだぁ~~」

「ね、ホルズさん、試合が終わったら俺らも手伝うから、レン、試合に出してあげて」

「おねがい!」

 

 子供達の前に進み出たホルズは、しかし腕組みして怖い顔をした。

「手伝うのはダメだ。二人がやるべき罰則だからな」

 

「ホルズさぁん……」

「第一、レンには今日の罰則は休んでいい許可を出しているぞ。俺を悪者にしないでくれ。ここにいるのは奴の勝手だ」

 

「レン~~」

 少年達はレンを凝視した。

 

「ごめん、みんな」

 レンは重ねてもう一度謝った。

「オンナノコに罰則押し付けて、自分だけ蹴り玉やってるなんて、カッコ悪いじゃん、そうだろ?」

 

「う~~ん……じゃあ、リリも連れてけばいい!」

「うん、そうだそうだ、連れてこう!」

 

「な、何でそうなるのよ!?」

 目を真ん丸にして後ずさるリリに被さって、腕組みしたままのホルズが子供達に迫った。

 

「リリには罰則休みの許可を出していないぞォ」

「ホルズさんってばぁ~~」

「しかし、お前らと飯を食うのは許す。飯の時間、何処で何をするのも関知はしない」

「??」

「とっとと連れて行け」

 

「やったあ! 行こうぜ!」

 少年達が執務室に雪崩れ込んで、レンの手を取った。

 

「ありがとうございます、ホルズさん! ありがとう、みんな!」

 レンは皆にお礼を言って、それからドサクサに紛れて隅に行ってしまったリリに、手を差し伸べた。

「行こう、リリ」

 

「だ、だから、何勝手に決めてんのよ!」

 

 壁に張り付く女の子に、男の子達も手を差し出した。

「行こうぜ、リリ」

「応援頼むよ!」

「行こ行こ!」

 

 生まれて初めての事態に目を白黒させる紫の前髪の娘に、レンはもう一度言った。

 

「行こう、リリ!」

 

「・・ふふん、そんなに言うのなら……」

 

 リリのこまっしゃくれた言い方は中途半端に引きチギられた。

 皆に引っ張られて、いきなりダッシュで走らされたからだ。

 

「ちょ、ちょっとは手加減しなさいよ! あたし、徹夜明けなのよぉ~~」

 

 子供達の輪の中で遠去かるリリの悲鳴を、ホルズはにこやかに見送った。

 

(エノシラ、シド、凄いぞ、お前さんらの息子は)

 

 里へ来たばかりのリリを、自分はじめ、大人達は扱いあぐねた。

 とにかく、他の子供が当たり前に出来る事に、ことごとく躓(つまずく)くのだ。

 今だって、過ぎた能力の気難しい娘は、一部の者を除いて、里の中で孤立している。

 

(大した息子を送り込んでくれたよ。有り難うよ、お二人さん)

 

 

 ***

 

 

 大机にはレンが決勝ゴールを決めた記念の蹴り玉が乗り、その横で、とうとう二人の子供は書類整理をやり終えた。

 

「やったあ!」

 

 リリは文字を読めないと割り切って、役割を分担し、作業を効率的に進める工夫をして、その日の夜には全ての書類が棚に収まった。

 

「おお―― ご苦労さん、二人とも」

 ホルズがいつの間に用意したのか、熱い飴湯を手渡してくれた。

 

「有り難うごさいました、ホルズさん」

 

「俺は何にも手伝っちゃいない。お前ら二人だけでやり遂げたんだ。……ほい」

 

 ホルズは、これまたいつの間に用意していたのか、小さな木フダを取り出して棚に貼り付けた。

 レンとリリの名が綺麗に彫られている。

 

「お前さん達の努力の証だ。ずうっと残るんだぞ」

「マジで?」

「ああ、奥の棚を見てみろ」

「え? わあっ!」

 

 奥の書棚もよく見ると、子供の名のフダが幾つも貼られていた。

 

「へえ――」

「そのジュジュってのはユゥジーンだ」

「ホント? 凄い、一杯ある! ユゥジーン、罰則チャンピオンだったの?」

「はは、違うが……」

 

 ホルズが言葉を止めたので、レンもその視線を追った。

 リリが、ユゥジーンの棚より一つ前の棚を凝視している。棚の列の一番最初だ。レンは近寄って、その棚のフダを見た。

 

「シン……リィ? 子供の名前じゃないね?」

「ああ……」

 

 ホルズはちょっと目を細めてから、リリに話し掛けた。

 

「あいつもここで、ちょっとの間、執務室の一員だったんだ」

 

「そう……そうなの。そっか、あんた、ここに、いたんだ。ここで、過ごしたんだ……そっか……」

 

 リリは砂漠の遺跡で宝物を見付けたみたいに、木フダの埃を指で拭った。

 

「しんりぃのナマエ……シンリィのカタチ、あんた、こんな文字だったのねぇ」

 

 

 

 

 ~夏巡・了~

 

 

 

 





挿し絵:夏巡 
【挿絵表示】

挿し絵:レン 
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