「ああ――」
意外と早くにカノンが声を上げた。
「見つけたのか?」
「この石を作ったヒト、もう亡くなっているみたい」
レンとリリは顔を見合わせた。
本当に分かるんだ、カノン凄い。
「ねえ、だったらこのヒトの『継承者』を探す?」
「出来るのかよっ!?」
「これだけ使い込まれた石だと、正確に術を継承しているヒトが存在したら、出来るかも…… ちょっと待って……」
青銀の少年は、また集中を始める。
今度は長期戦な雰囲気だ。
暗い草原に二人立ちながら、レンとリリはじっと待つ。
「ねぇレン、結果がどうでも、貴方達は『細かい事を知らないで、頼まれたから協力した』って事にして」
「え、実際知らないし、いいんじゃない?」
「掟破りだと分かって協力するのが駄目なのよ」
「やだよ、嘘吐きは盗人のハジマリだし。ああ、リリはもう盗人か」
「茶化していないで。あんた達、西風の代表でもあるのよ」
「言ったじゃん、僕らリリが好きだって。好きって言ってて全部追っ被せて嘘ついて逃げるなんて、そんなカッコ悪りぃ事出来る訳ないじゃん。それこそ母さんに西風から蹴り出されるわ」
「もぉっ・・」
言ってもノラリクラリ逃げられるので、リリはその話は止めた。後で自分で何としてでも庇おう。
それより今は、見付けたヒトに如何に術を使って貰うかだ……
一度カノンに「シッ」と言って怒られて、離れて立っている二人は小声になった。
「継承者さん、存在するといいな。出来れば里との縁が無くて、尚且つ近くに居てくれればベストだね」
「そんな都合のいい事ある訳ないでしょ」
「近かったらこのまま会いに行っちゃえばいい。ノスリさんには僕からうまく言っておくから」
「ヒトの話を聞きなさいよ」
また声が大きくなりそうだったので、リリはもう黙った。
***
カノンが丘の上で一言も発しなくなって、半刻がすぎた。
夏とはいえ、湿気を帯びた草原の夜は、砂漠の少年達の手足を凍えさせる。
彼らの身体は寒さに弱い。
「ね、ありがとカノン、もういいわ……」
自分が諦めないと少年達も家に帰れない。そう決心したリリは、丘の上に向かって歩きかけた。
――と・・?
踏み出した一歩が空をきった。そこにある筈の玉砂利の地面が無い?
「ひゃっ!?」
バランスを崩す娘の身体を、後ろにいたレンが慌てて支えようとした。
しかし踏み出した彼の足の下の地面も消えた。
「うぁっ!」
――落ちる!
――いや落ちない?
二人の身体は、空振った一歩の分その場で大きく縦回転した。
レンが目一杯腕を伸ばしてリリの袖を掴み、引き寄せて回転を止めた。
星が消えた。さっきまで立っていた後ろの地面もない。
二人はお互いを掴んで支えにし、懸命に空中でバランスを取った。
「リリ、大丈夫か?」
「ええ、何なのよ、これ」
いつの間に、うっすら見えていた草原の景色も闇に溶けている。
「カノン、お――い、カノン!」
闇の中に青銀の髪が、さっきと変わらない位置に見える。
「何なんだよ、これ? お前の仕業か?」
「知らないよ。レン、そっちはどんな風になってる?」
「足元がなくなって浮いてる」
「こっちと同じだ……あっ!」
カノンが振り向いた後ろの空間が揺らいだ。
真っ暗な中、ぬらぬら光る巨大な『壁』が現れ、少しづつ横滑りしている。
――ジュリッ・・ジュリッ・・
重量感のある湿った音が響く。
壁は一か所ではなく、三人を囲むように現れ、繋がった。
それがウロコのある巨大な胴体だと気付いた時、上空に縦の瞳孔を持った黄色い眼(まなこ)がカッと開いた。目と目の間からして、とんでもなくでかい。
「け、継承者が、爬虫類とか、あり?」
「冗談! あったとしても願い下げだわっ。カノン、あんた、何やったの!?」
「僕にだって分かんないよ!」
シュルシュルと舌を出し入れする音が響く。
知性のある魔性でもなさそう。
明らかに野生の本能で攻撃しようとしている。
妖しく光る瞳孔が狭まって。
生臭い息が、三人に向かって降って来た。
――!!
リリが両足を振り上げて、レンを思いきり蹴った。
「うわあっ」
支えのない少年は簡単に飛ばされ、カノンにぶつかり二人絡まって、蛇の視界から遠ざかった。
「カノン、レンを連れて遠くへ逃げて!」
リリは手の中に熱風のエネルギーを作りながら叫んだ。
蛇は空気の温度に曳かれて、娘の方に集中してくれている。
(あたしの風つぶてって、どのくらい効くのかしら……)
足元が定まらない中、こんな大きな相手に何が出来るだろう。でもあの子達は逃がさなきゃならない。
***
――リィン
闇を突き抜ける清亮(せいりょう)たる鈴音。
リリは、自分と蛇との間に見えない膜が張った気がした。
――リン、リン
更に鈴の音が響いて、頭上の蛇が段々に、気もそぞろに頭をもたげ始めた。
リリに向いていた殺意は薄れ、フィと後ろを向いて闇の深い方へと動き出す。
――ズッ・・ズズ・・
周囲に巻いていたとぐろも解けて、最後の尻尾が遠ざかる。
「リリ!」
「うへぇ、怖かった」
少年二人が泳ぐように寄って来た。
「何をしたの? あの鈴の音、何?」
「いいえ、あたしは……」
次の瞬間、蛇の去った方向からキンと鋭い音。
同時に眩い光が伸びて、視界を真っ白にする。
暗闇に慣れていた三人は目を覆った。
一拍置いて、ぶわっと風圧。
地面のない空間で、三人はクルクル回りながら必死に態勢を保った
「何なんだよ、もう! カノン、使ったのは『持ち主の居場所を捜す術』だったんだろ?」
「うん、でも、手応えを感じた瞬間ガクンと足元の地面が消えちゃって。ごめん、きっと何かしくじったんだ」
「ううん、カノン、あんた凄いわ……」
呟(つぶや)くリリの見ている方向を、少年二人も慌てて振り返った。
空中に浮かんだ巨大な蛇が、光の粉を撒き散らしながら分解して消滅して行く。
その真下に、薄青のヒト型がボォッと光っている。
ヘビがすっかり消えきると、そのヒト型が、肩を不自然に揺らしながら、ゆっくりとこちらに歩き出した。カノンと同じ、青銀の長い髪。
本当に凄い…… リリは息を呑み込んだ。
カノンの術は『探す』のを通り越して、目的のヒト・・『継承者』の所まで、自分達を飛ばしてしまったのだ。
当のカノンは、歩いて来たヒトが誰だか分かった途端、苦虫を噛み潰した顔になっている。
「カノンか? 僕の結界に入り込むなんて、誰かと思ったら」
手にした錫杖を杖がわりにぎこちなく歩いて来た男性は、少年を見てやはり複雑な表情をした。
「リューズさん、海霧(かいむ)の村の……」
リリが呆然と言った。
「はい、お久し振りです。蒼の長の姫君」
「なになになに? どういう事!?」
パニックを起こすレン、口を結んでムスッとするカノン。
「んじゃ、リューズさんが、その石のヒトの『継承者』だった訳?」
リリに説明を受けて、レンは目を回しながらも納得した。
隣のカノンは憮然としている。既にこのヒトには確執も何も無いのだけれど、だからって今自分が書物の中に追っている『ソラ』にはなり得ない。出来ればもうあまり会いたくなかった。
そんなカノンの手から翡翠石を取って、リリはリューズの手に乗せた。
石がほんの僅かに瞬く。
「ああ、カワセミ殿の石板だ…… 懐かしいな」
彼は石を両手に包んで、染み入るように目を閉じた。
「僕を継承者と思ってくれていたのか……そうか……そうか」
閉じた睫毛がビクンと揺れて、涙がスッと流れる。
「そんな、泣く程、思い出のお師匠さんなの?」
レンが素直に口に出した。
「いや、これは通信用の石板の、おそらく中心部分。『手紙の欠片』が残っているんだ。最後の、離別の手紙……」
「ええ、そう」
リリが受けた。
「だから、このヒトが蒼の一族とお別れしたと分かったの。それでね」
さっきから何気に離れて行くカノンの両肩をガッと掴んで、リリはリューズの前に押し出した。
「リリ!?」
「いいから、じっとして!」
抵抗気味の少年に有無を言わせず、額の包帯をスルスルと解く。
「これ、この傷痕! これ、消して頂戴!」
一瞬意味が分からず、カノンはポカンと口を開けた。
リューズは無惨に抉れた痕を見せられて、目を見開いて表情を強張らせる。
「消せるでしょう? その石の魔法力の強さで分かったもの。このくらいの傷痕なら綺麗に出来るヒトだって。じじさまだってあたしの擦りむいたの、いつもあっと言う間に治してくれたもの」
リリは何だか慌てている。
色々あり過ぎて思考の追い付いていなかったレンが、やっと一つの事に思い至って、頓狂な声を上げた。
「ちょっと待て! リリが盗みをやってまでやりたかった事って、カノンの傷痕を治す事だけ!?」
ボケッとしていたカノンも、そこで気付いて更に唖然としている。
「だけって何よ、だけって! 凄く凄く大切な事よ!」
「ええ、だってオンナじゃあるまいし、向かい傷の一つや二つ……」
「リリ、僕は気にしていないし……」
「黙りなさいっ」
紫の前髪が逆立った。
「あんたの身体はあんた一人の物じゃないのっ! ルウシェルが、死んでしまいたい程に辛い時に心を奮い立たせてこの世に送り出してくれたその身体、粗末に傷なんか付けて、許される訳ないでしょ! あんたが許したって、このあたしが許さないのよっ!」
男の子二人はタジタジとなってしまった。
その理屈は分からないでもないが……
リューズは、捲し立てる女の子に返事はせずに、ただ黙って傷痕に指を触れる。
触られた所がチリチリするのは痛いからなのか魔力のせいか、カノンは緊張し過ぎて分からなかった。
「ナーガ様は、何と仰っているのですか?」
指を傷痕に当てたまま、リューズが唐突に聞いた。
「長殿は、この傷痕は消せないって仰いました」
カノンが先に答えてしまい、リリは、(あっ)という顔をした。
居ずまいを正して、青銀の男性はリリに向き直る。
「ナーガ様にこれを消せない筈がない。その上であの方がそう仰ったのなら、僕に手出しする事は出来ません。蒼の長の決め事は絶対です」
「で、でも、石の持ち主・・師匠のカワセミさんは里とお別れしたヒトだし、リューズさんは海霧の者で、蒼の一族とは無関係でしょう!?」
リリの言葉に少年達は、彼女が誰にも言わずに、里の外に術者を探していた理由を、やっと理解した。
「無関係という事はありません。僕は里を出奔した大長様にも教えを受けた事があります。里から外れたとはいえ、この世の摂理から外れてはいらっしゃいませんでした。蒼の長の言霊は、一部族の範疇を越えた、この世の摂理に沿って発せられる。僕はその教えを継承させて頂きます。お役に立てず申し訳ありません」
カノンは、目の前の男性を見上げた。
西風の里人の思い出話にも、歴史書の中にも居なかった、自分の知らないソラ。