ホライズン   作:西風 そら

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夏紫・Ⅵ

 

 

 三人が里の馬繋ぎ場へ降り立つと、コバルトブルーをカンテラのオレンジに照らしたユゥジーンが、口を結んで立っていた。

 

「ユ……」

 

 リリが何も言う前に、ユゥジーンの掌が彼女の頬でパシと音を立てた。

 

「待って! リリは」

 庇おうとする少年達を、リリが慌てて引っ張った。

 

「ナーガ様が執務室でお待ちだ、行こう」

 

 うわぁ、長殿にバレちゃってるのか。

 そりゃ、ノスリさんが穏便に済ませたかったとしても、親だし長娘だし、そうなるよなあ。

 唾を呑み込むカノンの横で、レンがいきなり叫んだ。

 

「ユゥジーン! みんな僕が悪い!」

 

「レン、庇わなくていい」

「ううん、僕が悪いの。第三の目、そう、第三の目なんだ!」

「は?」

「カノンに『第三の目』が開いたって言ったのに、リリが全然取り合ってくれなかったんだ。そんでつい、この間の事を引き合いに出して嫌味を言っちゃったの」

 

 ユゥジーンだけでなく、他の二人も狐につままれた顔をする。

 『第三の目』って、神話の神サマが額に持っていたりする、森羅万象を見渡す超常力を持つ目の事だ。『砂漠の銀色狐』も持っている。っていうか、レンのソースは其処だろう。

 

「西風を馬鹿にしてんだろって僕が怒ってさ。そしたら今日、外で僕らを待っていたんだ。

 ノスリさんちでたまたま、すごい魔法力の石を見つけたから、石の持ち主を呼び出して白黒付けて貰おう、お互い知らないヒトなら公平だろ、って。

 黙って借りて来ちゃったのはリリが悪いけれど、リリをそこまで煽っちゃったのは僕だから、僕も悪い。だから一緒に罰を受けるよ!」

 

「ぼ、僕も!」

 リリに何か言わせる前に、カノンも声を出した。

「僕も一緒。リリに無神経な事を言って、思い詰めさせちゃったから。僕も罰を受ける」

 

 リリは困惑して二人を見る。

 デタラメも混じっているが、大体似たような物だ。だけどちょっと苦しいような……

 

「呼び出すったって、そもそもリリに、そんな術使えるのか?」

「あ、カノンが交代して呼び出したけれど、もう亡くなってたって」

 

 ユゥジーンは目を見開いた。彼は、あの石板を作ったカワセミが故人である事を知っている。そこで胡散臭かったこの言い訳に、彼の中でプラス補正が入った。

 

「そ、そうか」

 顎に手を当てるユゥジーンを、三人は神妙に見上げる。

「第三の目、ふむ、第三の目か…… うん、確かにカノンだったら有り得るかもな、なるほど、第三の目……」

 何と、納得方向に傾いている。このヒトのちょっとズレた寛容さに、三人は心から感謝した。

 

「先にナーガ様に話に行くから、ちょっと遅れて歩いて来なさい」

 ユゥジーンは踵を返して、執務室にダッシュで駆けて行った。

 

 

 遅れて固まってこそこそ歩く三人。

 

「あんた、嘘は吐かないんじゃなかったの?」

「レン、第三の目って大袈裟だよ」

「そう? でも半分以上は本当じゃん。それにこれでユゥジーン、カノンの傷痕を見てもウジウジ気に病まなくて済むでしょ」

 

 カノンとリリは思わず立ち止まって、赤いバンダナの少年をマジマジと見つめた。

 

「それに、僕は本当に第三の目だと思っているし!」

 

 二人より三歩前を後ろ向きに歩くレンの背中に、何かがぶつかった。

 

「父さま!」

「長殿」

「ひぇっ!」

 

 群青色の長い髪の背の高い蒼の長。いつ見てもめちゃくちゃ存在感がある。

 その長殿が、額飾りを揺らして、カノンの顔を覗き込んで来た。

 

「見せてごらん」

 

 レンがあわあわする横で、長殿が包帯をフワリと解いて、カノンの傷痕をじっと見る。

 長い指が二、三度傷痕を撫でて、カノンはさっきみたいにまたチリチリを感じた。と、いきなり長殿の瞳に鷲掴みにされるような感覚に襲われた。えっ、すっごい入って来る! これまで触られてもこんな感覚起きなかったのに!?

 

「ふむ……」

 少しして長は目を離して、カノンの両肩に手を置いた。

「後は貴方次第ですね。しっかり精進しなさい」

 

 そう言って、顎が外れそうなレンと、茫然とするリリに向き直った。

 

「レン、鋭い洞察力です。大切になさい」

「ひ、ひゃい!」

 

「リリ、何をやったかは分かっているね。ノスリ殿の所へ行きましょう」

「はい……」

「それと、病み上がりのカノンに負担をかけるのは良くない」

「はい」

 

「ぼ、僕は大丈夫です!」

 青銀の少年が声を張った。

「その石とリリのお陰で、今日、沢山の事を知る事が出来ました。感謝しています!」

 

 長は目を細めて頷き、リリは小さく手を振って、ノスリの自宅へ向けて坂を登って行った。

 

 レンとカノンはユゥジーンと連れ立って家へ戻り、ちょっとだけを説教されて、床に着いた。

 

 疲労困憊のユゥジーンが寝入ってから、毛布を被って二人はコソコソ話した。

「ナーガ長があんなコト言うなんて。ホントのホントに第三の目?」

 

「そんな大仰なモンじゃないよ、レン」

 カノンは静かに否定した。

 

「だって、リューズさんの言うことにゃ、長殿がその傷痕を残したのには意味が有るって」

 

「だから、砂漠の灰色狐みたいに、この傷に力が宿るとかじゃないって。予知夢を見たのは怪我をする前だし、里へ来た時から術の力はちょっとづつ上がっていたんだ」

「そ、そうなの?」

「うん、でもまだまだだよ、今日の術だって、結果オーライだけれど、所謂失敗じゃん」

「ま、まあ……(あれはあれで凄いとは思うけれど)」

 

 苦笑いするレンにニニッと微笑んで、カノンは毛布を被って仰向けに寝転んだ。

 開け放した窓から青い月が見える。

 

 いつも隣にいたレンが、どれだけ広く大きな心の持ち主だったか。

 リリが、どれだけ一途に愛の深い娘だったか。

 そしてあのヒト、……リューズさん。どんな立ち位置でも前を向いて真摯に生きる姿。

 

 きっとこれからも、沢山の事を『知る』事が出来る。そういう意味でこの傷痕は、やっぱり第三の目って言えるのかもしれない。

 

 

 

 山茶花林の奥、ノスリの住む小さなパォ。

 

 命の力が交差するというこの場所で、ノスリは揺り椅子に背をもたせ掛けて目を閉じている。

 リリの処遇は、ナーガに頼んで、最初に言った『自分のうっかり』として押し通させて貰った。

 それより余りある言葉をあの娘に告げられて、今はそちらで頭が一杯なのだ。

 

「だってこれ、里へのお別れの『手紙の欠片』だったから。ノスリ様に宛てた惜別の手紙」

 

『砕けてしまって書かれていた事すら知らなかった手紙』を、あの娘はサラリと『読んで』、教えてくれた。

 それには、カワセミから自分に対する言葉、まだ親友と呼んでくれる言葉が、しっかりと遺されていた。

 

「その石は、お前さんが持っていなさい」

「でも……」

「俺は、中身の言葉だけ貰えれば十分だ。後はお前さんが継承してくれ。歴(れっき)とした大長殿の系統だ。頼んだな」

 

 

 

 青い月の家路を辿る父娘。

 懐に石を握りしめ、頬を何度も触る娘に、父は静かに声を掛けた。

 

「どうしたの?」

 

「ん、ジーンにぶたれた」

 

「そう……」

 

「ぶたれて嬉しいなんて、バカみたいだね」

 

「それは、良かったね……」

 

 

 

 

 ~ 夏紫・了 ~

 

 

 




挿し絵:おでこ 
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