ホライズン   作:西風 そら

6 / 31
ホライズン・Ⅵ

   

 

 

 

「ひゃああ!」

 

 泡喰ってレンの所へ戻ったカノンも、悲鳴を上げそうになった。

 鎌首を持ち上げた巨大ミミズが、灌木の間から何匹も覗いているのだ。

 

 胴体が大人の太もも程もあり、しかもミミズの癖に長い触手がうごめいてシャアシャアと威嚇している。

 レンは焚き火を挟んで尻餅をついて、ミミズと睨み合っている。腰は抜けているけれど、しっかり短剣は掴んでいる。

 カノンも慌てて隣へ駆け寄って、自分の短剣を構えた。

 

「ちくしょ! もう半年後だったら長剣を持っていたのに!」

 西風では帯剣は十二歳からで、カノンより早生まれのレンも、まだ長剣は提げていない。

 

 子供の突き出す短剣なんて、巨大蟲にとっては爪楊枝みたいな物だ。

 ミミズは数を増やしながら、段々と間合いを詰めて来る。

 

「ヤバイって、逃げよう!」

「で、でも走り出すと一気に襲って来る気が、する……」

 頼みの草の馬は水辺に置いて来てしまった。馴染みの馬じゃないから呼んだって来てくれない。

「カノン……」

「レン……」

 

 二人背中を合わせで情けない声を出した時……

 

 ――バサバサバサッ ボフ!!

 

 頭上で何かの音が響くと同時に、何かが落っこちて焚き火に直撃した。

 黒い煙がグワッと湧いて、視界が真っ黒になった。

 

「うわわっ!」

「げほほ」

 

 真っ暗な中、後ろから肘を掴まれた。

 ミミズじゃない、ヒトの手だ。

 次の瞬間、風に巻かれて頭の先から引き上げられる。

 

 視界が開いて、二人は清浄な空気の中に居た。

 黒い煙が足元でモウモウ渦巻き、森の木々が遥か足の下だ。

 

「えっ、ええっ?」

 

「バァカ! ミミズの巣の真っ只中で火を炊くなんて、アンタ達、ホンット、バカだわよ!」

 

 甲高い声がして、見上げた二人は度肝が抜けた。

 エノシラの馬と全然違う、鮮やかな竜胆(りんどう)色の草の馬。

 その鞍上で腕組みしているのは、ファーと同じ位の女の子だった。

 紫の髪がヤマアラシみたいに広がって、衣装も馬具も紫紺(しこん)染めの、紫尽くしの女の子。

 

「厳しい事を言うんじゃない。お陰で煙幕が使えたんだから、いいじゃないか」

 

 今度は二人の真後ろで、落ち着いた男性の声がした。

 振り向いて、また二人は息を呑んだ。

 こんな綺麗な青があるのか? と思うくらい深い湖みたいな青い瞳と髪の青年が、心配そうに覗き込んでいる。

 二人の腕を掴んで引っ張り上げてくれたのはどうやらこのヒトで、レンとカノンは取りあえずホッとした。

 幾ら何でも、ファーくらいの女の子に助けられたんじゃ情けなさ過ぎる。

 

 青年は大きな草の馬から身を乗り出して、逞しい腕で二人をまとめて抱え上げていた。

「さてと、三人乗りは厳しいな。リリ、どちらか引き受けて、後ろに乗せてやってくれ」

 

「嫌ぁよ、あたしの若紫は男子禁制なの!」

 

「こっちだってオンナの世話になんかなるもんか」

 レンが精一杯余裕のある振りをした。

「チ――ビ、チ――ビ! ブ――ス!」

 

「何よ、このっ」

 

「レン!」

 カノンが泡喰って遮った。

「ねぇ、君……えーと、リリ? お願いします、今だけ主旨を曲げて、僕を乗っけてください」

 

「ふん!」

 女の子は鼻を広げて、カノンの横に馬を付けた。

「あんただけ特別よ」

 

「ああ、ありがとう、僕は」

「西風のカノン、見りゃ分かるわよ」

「えっ」

 

 

 二頭は黒い煙を避けて、森の奥の三日月湖の中洲へ着地した。そこには既に、エノシラの草の馬が心許なさそうに待っていた。

 

「何だよお前、ちゃっかり自分だけ逃げてたのかよ」

 

「バァカ!」

 女の子は背筋をそらせてレンを睨み付けた。

「あたしが助けなきゃ、大ミミズに襲われてた。自分の馬を守れないヒトに草の馬に乗る資格なんてないわ! この子は持ち主の元に帰らせる。いいわね!」

 

 少年二人は黙った。それは困るけれど、反論出来ない。

 

「まあまあ、リリ」

 青年が割って入ってくれた。

「自己紹介がまだだったね。俺はユゥジーン。蒼の里から君達を迎えに来たんだ」

 

「えええっ?」

 

 

   ***

 

 

「エノシラさんが、蒼の里と交信を取れる手段を持っていたの、知らなかったかい?」

 

 焚き火に薪を放り込みながら、コバルトブルーのユゥジーンは、畏(かしこ)まって座る二人の少年を、交互に見た。

 二人ともフルフルと首を横に振る。

 

「ソラが行方知れずになった時、シドが不眠不休で蒼の里まで飛んで、ナーガ長に助けを求めたんだ。それで、今後何かあった時すぐSOSを届けられるようにと、ナーガ様がエノシラに双子石を貸したんだ、これ位の」

 

 ユゥジーンが手で示す拳大の大きさを見て、レンは思い当たった。高い棚の奥の厳重に包まれた翡翠石を引っ張り出して、こっぴどく叱られた事がある。

 

「その石を鋼(はがね)で叩くと、キィンと音が鳴る。双子石は離れていても共鳴するんだ。片割れは蒼の里の執務室にあるから、西風が連絡を取りたがっているのがすぐ分かるって寸法。ゆっくり三回叩くと『通信用の鷹を寄越せ』、連打で『緊急SOS』」

 

「へえぇ、スゴいや。母さん、なんで内緒にしてたんだろ」

「あんたが面白がって連打しないようにでしょ」

「するかよ、ガキじゃあるまいし!」

 

 ちょっと、したかも……と思いながら、レンはイーッと舌を出した。

 

「で、今朝早くに石が鳴った。あ、夜間は俺が石を預かっているんだ。んで、執務室に行って鷹を飛ばした。エノシラさんからの通信は滅多にないけれど、いつもあまり明るい内容じゃなかった。大概、重い病気の治療法の相談だったからね。でも今回は、鷹が帰って来た途端、蜂の巣をつついたみたいな騒ぎになった」

 そこまで話して、ユゥジーンはリリと顔を見合わせて、ニッと肩を竦めた。

 

「何で? 何で、蜂の巣をつついたみたいになったの?」

 レンが焦れて聞いた。

 

「そりゃあさ」

「『西風のルウシェル』の子供がやって来るってんだもの!」

 リリが薪枝をボキッと折って、焚き火に放り込んだ。

 

「へ?」

 聞き役に徹していたカノンが、呆けた顔を上げた。

 

「その後はしっちゃかめっちゃか。高空飛行出来る者同士で、出迎え争奪戦」

「はぁ……」

「で、平等且つ神聖なアミダくじによって、俺がその栄誉を勝ち取ったのさ」

「そ、そうですか……」

 

 ピンと来ていないカノンを、リリが覗き込んだ。

「あんたのお母さんは、それだけ人気者だったのよ」

 

「に・ん・き・もの……」

 

 カノンの頭の中のルウシェル年表では、確かに蒼の里に留学した履歴はあるが、十一歳の時のホンの三ヶ月程だ。しかもあのヒトが人気者だなんて、どうにもピンと来ない。 

 

「明日は高空気流に乗せてやる。あっという間に蒼の里へ着くぞ。着いた瞬間揉みくちゃになる覚悟しとけよ」

「……」

 

「何だよ、それじゃ僕はオマケかよ?」

 レンがふてくされる。

 

「いいや」

 ユゥジーンは、今度はレンに向き直って身を乗り出した。

「お前は俺の弟だ」

 

「どひぇえっ?」

 少年は座っていた丸太から落っこちた。

 

「ダメダメ、ユゥジーン、そんな言い方したら、この子変な誤解してる」

 

「あぁ、はっは」

 青年は涼やかに目を細めた。

「エノシラさんね、若い時からハウスの皆のお母さんをやっていたんだ。ハウスって、親のいない子供達の施設。俺もそこで育ったから、お前の兄貴みたいなもん」

 

「へえ~」

 そんな話は、うっすら聞いた覚えがある。

 

「だから里には、お前の兄貴姉貴が一杯だぞ」

「うひゃ、ホント? 僕もう長男やらなくていいの?」

「ああ、末っ子だ。兄貴達の言う事を、よく聞くんだぞ」

「それは嫌だぁ」

 

 ニコニコするユゥジーンの前で、レンも嬉しそうにカノンを見た。

「ね、母さん達、結構簡単に留学を許してくれたでしょ」

「うん」

「大丈夫だって。ナーガ長さんに会ったら……」

 レンはその後は口をパクパクだけして、親指を立てた。カノンの目的は忘れちゃいないぞってサインだ。

 

 二人の素振りにあまり気に止めないで、ユゥジーンは話を続けた。

「俺、見習い時代、成り行きで西風で駐在員をやった事があってさ。シドさんには随分世話になったんだ。あと、シドさんが蒼の里に手伝いに来た時も、同じ下宿だったんで夜中まで飲み明かしたりしたよ」

 

「へぇ、父さん、どんなだったの? どうやって母さんを射止めたの?」

「その辺はシドの名誉の為に口を閉じていよう」

「あぁん!」

 

 ここでユゥジーンは、レンとばかり話しているのに気を遣って、青銀の髪の少年にも話し掛けた。

「ソラさんは、すっごい術者でさ。物静かで大人って感じで」

 

「あ、はい……」

 たちまち少年の額に縦線が入った。

「あの、えと、僕、水汲んで来ます」

 カノンは水筒を持って立ち上がった。

 

「水は足りているぞ」の声を尻目に、少年はとっとと水場へ駆けて行く。

 戸惑うユゥジーンの肩に、後ろからレンが手を置いて首を振った。

 

 

 

 

 三日月形の湖の畔で、カノンは水筒を抱えて座り込んだ。

 ここでちょっと時間を潰そう。皆が眠くなる頃に戻れば、ソラの話をあまり聞かずに済む。

 

「なぁにやってんのよ」

 

 紫の前髪が繁みから出て来た。

 リリと呼ばれていたその女の子は、あちらで話している時よりも声のトーンが低い。

 

「夜営の時の行動は二人一組だわ。そんな事も知らないの?」

「ごめん……」

「まったく、口答え坊主も嫌いだけれど、あんたみたいに何を怒られているのか考えもしないですぐに謝る子供も嫌いだわ」

 

 ずっと年下の女の子に居丈高に叱られて、さすがにカノンもムッとしてそっぽを向いた。

 しかしリリはお構いなしにツカツカ歩いて、隣にドッカと座った。

 

「まぁでも、ユゥジーンも無神経だったわね。会った事もないお父さんを誉められてもねぇ」

「……」

「話の雰囲気から、あんたが喜ばなきゃいけない流れじゃない。全然嬉しくもないのにねっ」

 

 カノンは目を見開いて紫の女の子を見つめた。

 

「ああ、あたしも似たような気持ちになった事があるから、ちょっと分かるだけ。あんた程じゃないけれど、父さまと離れて育って、どうにも好きになれなかったから」

「そうなの?」

「皆が父さまの事をあれやこれや誉めて来るけれど、喜べ喜べって強要されてるみたいで。ああいう事されると、本人はいないのに、どんどん拒絶反応ばかり募(つの)っちゃって」

「ああ、うん、何となく分かる」

「ふふ、ありがと」

 

 リリは、今度は、考えないで答えてるとか言って怒らなかった。ホントに考えて答えているかどうか、判るみたいだ。

 

「でも、今はまあまあの仲良しなのよ」

「そっか……」

 

 カノンがまた黙り込みそうになったので、リリは話を替えた。

 

「さっきナーガ長に会ったら……とか言っていたけれど、父さまに何か御用かしら?」

「えっと?」

「ナーガ・ラクシャって、あたしの父親」

「えっ」

「偉いのは父さまで、あたしは全然偉くないわよって……・・どしたの?」

 

 カノンがオレンジの瞳をたぎらせてにじり寄って来たので、さすがのリリもたじろいだ。

 

「出来るの? 君も?」

「えっ、何? 何なの?」

「蒼の長の術っての。『同じ血を持つ者を特定する』って術!」

 

   

 

 

 




挿し絵:リリと若紫
【挿絵表示】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。