ホライズン   作:西風 そら

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ホライズン・Ⅷ

   

 

 

 

 

 

「切るのは駄目よ! 生まれてこの方、前髪以外はハサミを入れた事ないんだから!」

 

 何とか飴を取ってくれようと四苦八苦している少女に、リリが偉そうに怒鳴った。

 

「じゃあこの際、バッツリ散髪しちまえば?」

 カノンが投げやりに言った。

 

「髪を切ると霊力が落ちるのよ! 術が使えなくなっちゃうじゃない、バカでしょ、あんた!」

 

「そ、そうなの?」

 カノンはたじろいだが、すぐホントかよ? って目になった。

 

 しかしリボンの少女は、心得た顔で頷(うなず)いた。

「分かります、母様もよくそう言っています」

 

「本当なの?」

「はい、髪はオーラの源だから大事にしなさいって」

 

 男の子の方はカノンより三つ四つ年下か……多分ファーと同じくらい。

 見た事もない二人組に興味津々だ。

「ねぇねぇ、紫のおねえちゃんも巫女さんなの? さっきの風の術、母様と同じ位カッコよかった!」

 

「うん、まあね」

 リリは濁した。

 

「君達のお母さん巫女様なの? こんな山の中にも神社(かみやしろ)があるんだ?」

 

 口の軽いカノンをリリが睨み付けた。

 少女は表情を堅くして身構えたが、男の子が答えてくれた。

 

「うん、母様は海神様の声を聞くの。海から来る風や霧を読んで、占いや予言もするんだよ。すっごく当たるんだ!」

 

「この飴は、お湯がないと無理です」

 男の子のお喋りを遮って、少女は立ち上がった。

「家へ戻って水と鍋を持って来るので、火を起こして釜戸を組んでおいて下さい。タゥト、おいで」

 

「君達の村へ行っちゃ駄目なの?」

 カノンが無用心な発言をしてまた睨まれた。

 

「駄目なんです。決まりで、知らないヒトは村へ入れないの」

「何で?」

 

 

「我等は落人(おちうど)の村だからだ」

 

 声に振り向くと、林の前に、モノトーンの女性がスラリと立っていた。

 

「母様!」

 少女は男の子の手を引いて、女性に駆け寄った。

「タゥトが猪のヌシの穴に足を突っ込んじゃったの。それをこのヒトが助けてくれて……」

 

「勝手に村を抜け出したりするからだ。今日は外へ出るなと言ってあったろう」

 

 女性は、少女の示すリリの方を向いて、丁寧に礼をした。

 それから紫の頭に歩み寄って、後ろに手をかざす。

 シュワッと白い冷気が立って、飴はキレイに髪から離れてパラパラと落ちた。

 

「凄い!」

 カノンが近寄って目を丸くする。

 

「ありがとう、ああ、あたしはリリ、こちらはカノン」

 リリも振り向いて女性を見た。

 

 周囲の霧に溶け込むような色のない肌。細い灰色の髪がウェーブを描いて、雪解けの清流のように腰まで流れ落ちている。確かにこの髪なら、霊力があると言われても納得してしまう。

 

「すまぬな、外の者には名乗らぬ」

 素っ気なく言って、女性は子供達を連れて去ろうとする。

 

 カノンが思わず「待って」と叫んだ。

「ヒト捜しをしているの。村へ入る事を許して下さい」

 

 女性はゆっくり振り向いた。氷のような無表情。

「昔、戦に巻き込まれて、沢山の大切な命を失った。それ以来、我等は俗世と隔離している。外と関わらぬ」

 

「リリはその子を助けたのに」

 

 カノンが口を尖らせたが、女性は静かに我が子を見下ろした。

「タゥトや、お前は何故、無用心に猪の巣を踏んでしまった?」

 

「雲の間からきれいな紫の光がこっちへ落ちるのを見たの。どうしても確かめたくって、つい近道しちゃったんだ」

 男の子は無邪気に答え、カノンは罰悪そうに竜胆(りんどう)色の草の馬を見た。

 

「災いはいつも外からやって来る」

 女性は、鉛のように重々しく呟いた。

「空を飛べるのなら迷子でもなかろう。速やかに立ち去ってくれ」

 

 取り付く島も無い。

 焦ったカノンが言葉を探していると、再び林の方から足音がした。

 

「アイシャ、どこ?」

 

 今度は大人の男性の声。

 瞬間、女性の顔に動揺が走ったが、すぐに平静を装った。

 

 カノンには分かった。

 今、繁みをかき分けて目の前に現れたその男性こそ、自分が探していた人物だと。

 

 

 

   ***

 

 

 

 本当に、一目で分かった

 

 西風の子供達の中で異質に浮いていた自分と同じ、色素の薄い肌、瞳、髪。

 そして何より、この身体中の血液が引き寄せられる感じ!!

 

 高揚した心は、しかし次の瞬間、地底に叩き落とされた。

 少女と男の子がそのヒトを振り向いてこう言ったからだ。

 

「父様!」

 

 

 さすがにリリも驚きの目を見開いた。

 カノンは完全に凍り付いている。

 だって、この姉弟の姉の方は明らかにカノンよりも年上だ。

 

「ソ、ソラ・・?」

 カノンが震え声で小さく呟いた。

 

 しかしその声は、彼の大声で打ち消された。

「さっきの流れ星は、君達かぁ! 凄いな!」

 後ろめたさなど微塵もない、好奇心一杯の子供みたいな声。

 

 口をパクパクさせるカノンの前にアイシャが立ち塞がり、男性から見えなくした。

「ね、リューズ、子供達を連れて家へ戻ってくださる。この少年は私にご用なの」

 さっきまでの冷徹さとは打って変わって、女性を感じさせる柔らかい声だ。

 

「そうなの? 分かった。おいで、シア、タゥト」

 リューズと呼ばれた男性はあまりにあっさり、姉弟を連れて霧の林へ歩いて行った。

 

 

 後にはカノンとリリ、それから炎のような瞳で二人を睨む、アイシャと呼ばれた女性。

 

「人違いだ」

 アイシャはきっぱりと言い放った。

「以前も間違えられた。似た人物がいるようだな。さしずめお前の父親といった所か? 成る程、少しばかりは似ているな」

 

 灰色の女性はスゥッとカノンに近寄り、頬に手を掛けて覗き込んだ。

 

「じゃ、じゃあ、何で先に帰しちゃったのさ」

 その手を払い除けながら、カノンは言い返した。

 

「子供達に妙な話は聞かせる物ではなかろう。人違いだったとしても」

 女性はカノンの前を離れて、リリに向いた。

「リューズは我が村で生まれて今日まで育った。嘘だと思うなら村人に確かめてみればよい」

 

「村人は大切な巫女様の為なら、偽りを口にするのをためらわないでしょうね」

 リリは腕組みして、アイシャに負けない視線で睨み返した。

 

「その幼子(おさなご)の姿は、まやかしだな?」

 

「ふふん、海神の巫女様ってのも、伊達じゃあなさそうね」

 

 睨み会う二人の間でギリギリと空気が軋む。

 次に一体どうなるのか、カノンは身を固くして後ずさった。

 

 やがて紫の瞳の方がフッと力を抜いた。

「やめた」

 

「え、えっ?」

 カノンは思わずそちらを二度見した。

 

「よく考えたら、何であたしがこんなおっかないヒトと渡り合わなきゃならないのよ。そんな筋合い無いじゃない」

 

「リ、リリ、そんな」

 

「元々はあんたの事でしょ。自分で何とかしなさいよ」

 リリは不機嫌にダン! と足を踏み鳴らした。

 

 アイシャも驚いた眼差(まなざ)しで彼女を見ている。

 

 女の子は肩を怒らせたまま、大股で自分の馬に歩み寄り飛び乗った。

「いつまでもヒトに頼って、ほんっとウンザリ。付き合ってらんない!」

 

 そうして男の子の方をチラとも見ないで、旋風を起こして飛び去ってしまった。

 

 

 あんまりだ……

 茫然と立ち尽くすカノン。

 

 その姿があまりに哀れだったのか、アイシャが肩を降ろして声を掛けて来た。

「置き去りとは随分な友達だな」

 

「と、友達なんかじゃない。昨日知り合ったばかりだよ。手伝ってくれるって言ったのに、あんなに気紛れな子だったなんて」

 言っている内にカノンは鼻声になった。気の毒そうにされると余計に惨めになる。

 

「……一人では帰れなかろう。外に通じる海岸まで連れて行ってやる」

 余程カノンの様子が不憫に見えたか、アイシャは態度を和らげて、案内を申し出てくれた。

 見かけは怖いが、芯から氷みたいなヒトでもないみたいだ。

 

「さっきのそっくりさんに、もう一度会えない?」

 素直に後ろを歩きながら、カノンはそっと聞いてみた。

 

「ヒト違いだと言ったろう。それとも会ってはっきり否定されれば諦めが付くのか?」

 

「諦め? どうだろ?」

 

 子供が意味ありげな言い方をしたので、女性は振り向いた。

 

「僕、諦めなきゃならない程の執着は無いもの。生まれた時からいないお父さんなんて」

 

 女性は怪訝な表情をした。

「では何故捜しに来た?」

 

「……書物の部屋が、取り壊しになるんだ……」

 

「は?」

 

 唐突な話にアイシャは困惑したが、言った少年も、思いもせず転がり出た自分の言葉に戸惑っている。

 ちょっとしてからカノンは、頭の中を整頓して喋り始めた。

 

「ルウシェルが……ルウシェルとソラとを繋ぐ場所が、無くなってしまう。その前にきちんとケジメを付けてあげないと、ルウシェルは永遠にあの部屋から出られなくなる。そんな気がする」

 

「……ルウシェルというのは、お前の母親か?」

「うん」

「母親を呼ぶには変わった呼び方だな」

「だってルウシェル、僕に対して、『誰だっけ?』とか聞くんだもん。あと稀に、自分の名前も忘れる」

「…………」

 

「ソラがいなくなってから、過去の記憶が穴だらけになっちゃったんだって」

「…………」

 

「未来が、生きて来た過去の上に重ねて行く物だとしたら、ルウシェルの土台は穴だらけのスカスカなんだ。そのスカスカの穴の上じゃ、ルウシェルはいつまで経っても未来へ行けない。

 穴を埋めてあげなきゃ。例え悲しい悔しい真っ黒な土砂ででも、埋めてあげなくちゃならない」

 

 

 ドウドウという水音が近付いて来た。

 繁みを抜けると広い岩盤の河原になっていた。海岸に落ちる竜返しの滝の真上らしい。

 平らな水の流れが崖淵で速度を速め、霧の空に途切れている。

 その遠く、霧が緩んだ隙間に、空と海を分ける紺碧の横一線が見える。

 

 砂漠の砂以外の、海の地平線。初めて見た……

 

「こっちだ」

 

 茫然と海を見つめるカノンの脇をすり抜け、アイシャは慣れた感じで、流れの緩い所の飛び石を渡った。

 カノンもへっぴり腰で着いて行く。

 

 嵩の高い大岩の上に、太い縄梯子が巻き上げられ、先端が大岩にくくり付けられている。

「ここを降りると、海沿いに道がある。外との唯一の交通手段だ。決まった商人が来る日にだけ梯子を下ろす。先日はリューズが、滝下で倒れている子供を見付けて、つい降りてしまったようだが」

 

 カノンはそぉっと平石から首を伸ばして下を覗いた。垂直に落っこちる水が、遥か下の方で白煙を上げている。

 

「こ、ここを降りるの?」

 

「何だ、男の子の癖に恐いのか?」

 アイシャがゆっくりと梯子を降ろし始めた。

「まあ、どうしても怖かったら、私が先に降りて下で支えていてやってもいいぞ」

 

 カノンは、女性の色のない横顔をマジマジと見た。

「優しいんだね」

 

「子供の癖に世辞なんか言っているんじゃない」

 アイシャはちょっと黙り込んでから、口を開いた。

「さっき言っていた……母親の過去の穴をどうやって埋めるか、考えているのか?」

 

「分かんないよ。いっそ、寂しい事も全て忘れさせてくれる術でもあればいいのに」

 

 ガラガラと激しい音がして、半分降りていた梯子が一気に下まで落ちてしまった。

 アイシャがビクッと揺れて手を滑らせたからだ。

 

 

 

 

 

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