[悲報]中世で書いた黒歴史ノートが、次現代に転生したら予言書扱いされてた 作:山田太郎2号機
――曰く、東洋には中世より“天啓”という語があったらしい。
意味は読んで字の如く。天の啓示に打たれた者は、その多くが得た真理を世に広めんと信者を導き、やがて様々な宗教の開祖となったという。早い話、要は天啓とは選ばれた者だけが聞くことを許された神託と思えば良い。
なら、嘗て17世紀の西洋に生きた俺――いや私も、きっとあの時天啓を得たのだろう。
確かあれは私が5、6才か……もっと幼かった頃。
友達と通りを転げながら遊んでいる最中、私は突如として大量の“知識”を思い出した。ちょっと一日二日分、なんて生易しい量じゃない。まるで人一人の人生を丸ごと追体験したと錯覚するほど膨大な情報を一度に叩き込まれた。当時の両親曰く、そこで意識を失ってから先、私は丸二日も眠っていたらしい。
身体は大丈夫か、日々の付き合いで心を病んではないか――目覚めたあと、絶えず私を心配する二人を余所に、しかし私は全く違うことを考えていた。
――目を閉じると、脳裏に浮かぶのは見渡す限り巨大な箱で埋め尽くされた地平。
焦げたように黒く硬い砂利道を、見た事もない馬車が矢のように走る。その間を縫って歩く人々は、皆一様に小さな黒い板を手に持ち、それに書かれた文字や絵を熱心に見つめていた。
食べ物一つ取っても非凡だ。物を買う場に屋台や煩らわしい物売の姿は無く、あるのは共同市場と思しき建物一つだけ。そこでは高価な胡椒や生姜がタダ同然で山と積まれ、痛みやすい筈の肉と魚は脆い容器と透明な膜で包まれ、無人の冷えた棚に並べられている。
(……このまちは、いったいなに?)
突如自分の頭に流れ込んできた異国の情景。それを紐解く度に私は驚き、混乱した。
以前、常夏の国で胡椒は作られると父が言っていたから、最初は南の国の景色かとも思った。でもそれなら、市場があんなに冷たかったのに説明が付かない。それにあんなに早く走る馬車、ヨーロッパの何処を探したってありはしない。
(――なんだろう、なんなんだろう、このまち)
どれもこれも知らないもの、知らない人ばかり。頭の中にしか無いその光景は、しかし子供心ながら良いものだと思った。ワクワクした。
一刻も早くこれを誰かに伝えたい。その一心で私は、父に、母に、友に。思いつく限りこの話をした。
その結果どうなったかは――思い出したくもない。
・・・
「報告。マズい事が起きたから助けて」
「オーケー、まずは服着ようか」
そう言うと妹は此方に石を投げつけてきた。恥を忍んでわざわざ部屋を訪ねた兄に対し何と非道な仕打ちか。訴えてやる。
開いたと思ったら二秒で閉じられた扉。誠意が足りなかったかなと思い、今度はちょっと劇風にお願いしてみる。気分はロミジュリ、かのディカプリオの威光を借りる風だ。
「嗚呼愛しの妹よ、どうかこの兄を助けてはくれまいか」
「うん、分かったから早く部屋の前から消えてくれない? シンプルに誤解されるから」
「誤解など何のその。我が愛、我が妹にこの心よ、通じてくれ」
「おし待ってて、今から
悲しいが此処にジュリエットはいない。俺はさっさと逃げ出した。
「……で? 話って何」
「それが聞いてくれよ
2時間後。どうにか妹の機嫌を直す事に成功したので、俺は早速彼女に教えを請う事にした。
兄が妹に相談なんて情けないと笑うなかれ、彼女は何をやらせても200%の成果を持って帰ってくる、我が家一族きっての才媛だ。当然、コイツは俺よりほんの僅かの差、精々が数百倍ほど頭の出来が宜しい。だがそれは謙虚な俺がお袋の腹の中に大分才能を置いていったから起きた奇跡だ。元々は俺のものだったかも知れない頭脳、故に俺が妹にいくら知恵を借りたとて、負い目を感じる道理などないのである。
兄>妹。コレ絶対。コレ常識。
「……おいクソ妹、何で今俺を蹴った」
「自分の胸に手ェ当てて聞いてみれば? この露出狂」
「ハッ、この肉体美すら分からぬとは。愚妹を持つ兄も苦労するのう」
「爪楊枝が調子乗んなよハゲ」
「おいカメラ止めろ」
一瞬兄の威厳(物理)を思い知らせてやろうかとも思ったが、俺ももう大人、自慢の強靱な精神力でぐっと堪えた。――クソガキが、明日震えて待ってろ。
とりあえず妹に大学であった一件を話す。もちろんそのまま馬鹿正直に伝えても何時ものように精神科に連れて行かれるだけなので、もの凄くぼかして話すのも忘れない。
「……成る程。
要は昔書いたお兄の黒歴史ノートが、どんなルートを辿ったか知れないけど他人の手に渡って、しかも全世界に公表されそうだと」
「うん」
「で、それ証拠隠滅したいから、私に何か取り戻す良い案は無いか聞きに来た、と」
「うん」
「晴れて世界デビューじゃん。やったねお兄」
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
俺は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の妹を除かねばならぬと決意した。
俺には法律が分からぬ。俺は、親に我が家の恥と言わしめたゴミである。パチを打ち、雀荘で遊んで暮らしてきた。けれども(自分に向けられた)邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
「ここじゃものが壊れる……屋上へ行こうぜ……久しぶりに……きれちまったよ……」
「うん、一人で行けば? ――お父さーん! お兄今日から屋根で寝るってー!!」
「ゆるしてくださいお願いします神様妹様」
今この時より
階段で下から縄持って登ってきた父を足で追い返してから部屋に戻ると、いつの間にか俺の分のクッションが無くなっていた。見れば邪知暴虐の妹の下敷きになり、苦しそうな悲鳴を上げているではないか。おのれ、あのクッションこそ我が友セリヌンティウスだったか。
「おいてめえ返しやがれ」
「いや、返すも何もここ私の部屋だし。このクッション二つとも私のだし」
「妹の分際で兄を直に座らせる気か。恥を知れ恥を」
「おとーさ」
「すみません地べたで良いです」
たかがクッション一つのために家を追い出されるのは勘弁願う。兄として非常に遺憾だが、今回はこの愚妹の言いなりになるとしよう。
何、まだ負けたわけじゃない。何時か妹をクッションに出来るその日までの布石である。
「……で、ホントの所無いの? 良い案」
「は?」
「いや、さっきの俺の話聞いてさ。一個くらいは思いついたんじゃねえの?」
「うん、まあ思いつくけど。というか普通なんで思いつかないのってくらい簡単だけど」
「教えてよ」
「嫌だ」
――成る程、タダでは教えないと。全く身内ながら強欲に育ったものだ。一体誰に似たのやら、恐らく親父だろう。
「なら仕方ないな」
しかしそれなら話は早い。俺は立ち上がり、ちゃぶ台机を回って妹の傍まで歩く。これから起こる何かを察したのだろう、一瞬妹の身体が強張るがもう遅い。
「見せてやろう。兄の威厳という奴を――!」
流れるような動作で妹の頬を片手で掴み、そのままベッドに押さえつけて顔を固定する。空いた片手の親指と中指で輪を作り、他の指はピンと立てて限界まで外に反らす。
ここまで来れば妹も俺の行動の意図を察したようだ。ま、もう遅いが。
「ちょ、まっふぇお兄、まふぁか――!」
「“Plus Ultra”……行くぜ、歯ァ食いしばれよ?」
親指をずらし、ギリギリまで中指へと溜めた力を一気に解放する。
その行き先は当然、指を宛がった妹の額。
「――――ッ!? ……きゅう」
パッチィ――――ンと軽快な音が鳴る。手をどけると、妹は斃れて目を回していた。どうやら気絶したらしい。
「よし。……っつつ」
正直これでもまだ足りないくらいだが、俺は優しいのでこれ位に留めてやる。またごちゃごちゃ言ってくるようなら、何度でもかましてやるだけだ。
ったく、
さしもの俺でも、女の顔に傷つけるなんてする訳無いだろうが。
「しかし困った」
あの後寝て起きて、朝の第一声がコレだった。
よくよく考えてみると、昨日は妹の知恵も俺の灰色の頭脳も一切働いていないのだ。今日する予定のパーフェクトプランなんてあるワケも無い。
「どうすっかな」
階段を降り、顔を洗う。途中昨日階段で足蹴にした父が修羅の顔でコッチを睨み付けてきたが、対抗して羅刹の顔したら今度は菩薩みたいな生暖かい目でコッチを見てきやがった。――何、今度精神科に行こう? 一人で行ってこいダボが。
「まあ、今日先生に詳しい話聞いてから考えるか」
「……おはよう」
と、突如後ろから掛かる聞き慣れた声。振り返ると案の定、クッションを両手に抱いた妹が立っていた。いつになく元気がない気がするが、なんか変なものでも食ったんだろうか。
「おはよう妹。そんな好きならそのままクッションと同化すればどうだ」
「ねえお兄。昨日のことだけど」
「あ? 何だ、また食らいたいってか」
「……ううん、何でも無い」
ははーん。コレはいよいよ本当に夢の中で変なモンでも食ったな。でなきゃコイツが俺相手にこうもしおらしくなんかならねえ。むず痒いが、コレはコレで面白いので放置しておこう。
「で、お前今日の朝はどうする。パンか飯か、それともこの兄か。さっさと選べ」
「……お兄」
「あ?」
「……冗談。お兄といっしょの」
「ん」
お、ラッキー。
これで洗い物の手間が省ける。
・・・
「――そういえば、生徒会長ってお兄さんいるんですよね」
昼休み。生徒会の皆で作業をする中で不意にそんな話題が出た。私が頷くと、何故か周囲が少しだけ色めき立つ。“私”の兄だから、きっと同じように優秀で完璧だ――多分そう思われてるんだろう。
……それにほんの少し、腹が立つ。
「ねね、会長のお兄さんってどんな人なんですか?」
「……どんな、ひと?」
「ホラ、あるじゃないですか。“イケメン!”とか“スポーツ万能!”とか。あ、もしかして全くの逆だったり――」
「お、せいかい」
「なーんて、冗談……えっ!?」
意外だった。まさかこんなに早く言い当てられるなんて。……なんて、嘘。そんなの皆の顔を見れば直ぐに分かる。
ごめんね、うちのお兄は皆が思うような品行方正完璧超人じゃないの。
「……お兄はね、どうしようもない奴なの。ウザいし、いつも偉そうに命令するし、その癖自分が困ったら直ぐに私を頼るし。たまに全裸で部屋に来るし」
「……それは兄としてどうなの。いやその、兄妹の威厳的な意味で」
「さあ? 威厳ならそこの排水溝にでも詰まってるんじゃない? 一応、お兄も昔
「えっ!? そうなの!? ……あ、じゃあでも頭は悪くないんだ。この学校、一応進学校だし」
「ううん、お兄は頭もカラッポ。……ここに入れたのも、私が教えてあげた山がたまたま当たったから」
「え……ちなみに、生徒会長とお兄さんって何歳差……?」
「5」
「……会長のお兄さんって、やっぱ色々凄い人なんですね」
何の、この程度でお兄を知った気でいられては困る……と言いたかったけど、何だか変な空気になってきた。これ以上はこれからの活動士気に関わりそうだったので、私は開き掛けていた口を閉じた。
まあ、お兄があれだけロクデナシだったからこその今の私、という部分も……まあ、ミジンコの爪先くらいは無くも――無くもないし。お兄にはそれくらいの扱いをしてやらないと、どんどんつけ上がって手に負えなくなっちゃうから。
「でも、そんなお兄さんを反面教師にして今の生徒会長があるって考えたら、何だか会ってみたいような気も「ダメ」……ひっ」
「……駄目。駄目だよそんなこと」
だから、ね?
そんなお兄に大事な生徒会の皆を会わせるなんて絶対、絶対にありえない。損な役回りは、不本意ながら、不幸にも妹に産まれてしまった私だけで充分なの。全部間に合ってる。
――だから本当に、ゴメンね?
だって
主人公
妹とは犬猿の仲(本人談)。高校では美人生徒会長に引きずられながら生徒会やってた。
最近下着がよれたものから一つずつ消えてっているのが悩み。
妹
天才。生徒会長。基本は口下手だけど、家族(特に兄)の前だとうるさくなる。典型的な内弁慶。
主人公とは血が繋がってる。ちゃんと妹。だから間違いなんて起こったことないし、高畑エンドなんて認めない(本人談)。