イマドキのサバサバ冒険者   作:埴輪庭

186 / 197
サイコパス野郎

 ◆

 

 ──受けたと同時に斬っていたか。

 

 オルセンの腕が地に落ちるまでの僅かな時間。その場の時は凍り付いていた。誰もが腕を注視し、集中力が僅かに緩む間隙……ザザが身を低くして、まるで肉食獣の様にオルセンへ肉薄していた。オルセンが腕を喪い、バランスを崩した所へ剣を横薙ぎに叩きつける。狙いは腹部。

 

 ──重剣・石衝(せきしょう)

 

 インパクトの瞬間に全身の肉を引き締める事で、剣撃に体重をそのまま乗せる事が出来る。しかしインパクトの瞬間と言っても刹那にも満たない僅かな時間であるため、これが出来る剣士はそう多くない。“百剣”のザザはその数少ない一人であった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 オルセンは首元から頬にかけて、殺気の火がちりちりと自身を炙っている事を感得した。目を遣ればそこには銀光。瞬間的に腹部に魔力を集中させ、斬撃を弾く。ザザの業を以てしても肉を裂くには至らない。

 

 だがそれでよいのだ、とザザは考えている。元より切り裂く事が難儀を極める事は理解していた。それだけオルセンから感じる魔力の総量は大きく、身体能力向上の度合も異常なものがあるだろう。だから復帰を僅かにでも遅らせるため、そして次撃に繋がるための“崩し”をザザが担ったのだ。

 

 オルセンはザザの斬撃を腹で受け、無傷のままに防いだ。しかし衝撃までは打ち消せない。重剣・石衝による重い一撃はオルセンの足元を僅かによろめかせ、そこへランサックが先端に黒雷を纏った槍を一息に、一切のブレなく三度突く。狙いは腹部、ザザが狙った箇所と同じだ。これは流石に先端が僅かにオルセンの肉に食い込んだ。ただし、ダメージとまでは言えない。

 

 しかし、ランサックもまたこれでいいのだと考えていた。二者が同一の箇所を狙った事で、崩しはより大きく作用する。オルセンは先程より大きく足をよろめかせ、完全にバランスを崩していた。

 

 ◆

 

 それを見ていたヨハンは“流石にやる”と胸中独語した。のんびり観戦しているのはヨハンだけではなくて他の者達も同様である。今オルセンに向かい合っているのはクロウとザザ、ランサックの三者のみだ。

 

 タイランなどは“ちょっとクロウちゃん大丈夫なの!?”と騒いでいるし、ゴッラはおろおろしている。ケロッパはふわふわと浮きながらどこかのタイミングで介入しようと機会を窺っている様だ。カッスルとカプラは周囲に気を配っており、ファビオラは飛び出そうとしてラグランジュに止められている。

 

「あの魔族はどうにも厄介そうだ。俺も破壊力を重視した術を使えばいいのかもしれないが、この場所はやや狭い。同時に戦うにせよ三、四人が限度だろうな。それ以上だと同士討ちになりかねない」

 

 ヨハンはそう言い、周囲を見渡した。ヨハンのそぶりに、なんとなく視線が集まる。

 

「この城にいるだけで俺達は気が滅入っている。精神を搔き乱されている。そんな状態で付け焼刃の協調が使い物になるかどうか疑問だ。互いが互いの力を削ぐ事になりかねない。強引にでも介入するなら、あの三人が明確に押されてからが良いだろう」

 

 他の者達もヨハンの考えには同感といった風な様子であった。ファビオラは不満そうだったが。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ザザとランサックの動きは洗練されていた。近接戦闘者としては上澄みだろうとヨハンは思う。ヨルシカと比べてもザザの動きの方が切れ味は鋭い。

 

 ──ヴィリなんぞより余程優れた剣士だな。

 

 とはいえこれは辛口に過ぎる評価ではある。連盟術師ヴィリは己が抱く英雄像を自身に投射し、彼女が知る英雄と呼ばれる者達の得物を一時的に創り出す剣士だが、その本質は剣士ではなく魔術師だ。本職と比べられてはヴィリも浮かぶ瀬がない。

 

「崩しの後は勇者君か」

 

 傍らのヨルシカが無感情に言った。ヨルシカはクロウの情緒不安定さを警戒しており、彼に余り好意的ではない。情緒不安定な者に注意を払うというのは極々当然の事ではあるが、言葉が妙にささくれだったり、棘があったりする。

 

 とはいえ、ヨハンはそれを咎めはしなかった。クロウの精神の形が奇妙なのはヨハンもよく知っているからだ。ヨハンはクロウの精神世界を覗いた時、クロウの(うち)に潜む何かによって、“出ていけ”とばかりに叩き出された事を思い出した。しかしヨルシカとは違って、ヨハンはクロウに対して隔意はない。

 

 ──連盟にはもっとイカれている奴が山ほどいるからな。

 

 そんな事を思いながらヨハンは頷く。

 

「ああ。勢いを重視しているのかな? あんな低い体勢……まるで四足獣の様だが。随分溜めている……。む、速い」

 

 ヨハンの言葉通り、クロウはザザの仕掛けからランサックの追撃の間の僅かな時間を使って“溜めて”いた。そして、オルセンが大きく揺らいだ瞬間に、まるで弾丸の様に飛び出して強襲した。型もへったくれもあったものじゃない、単純な突撃だ。

 

 ◆

 

 オルセンの青い巨体に向かって疾走するクロウは、その一秒にも満たない時間を何十秒何百秒にも感じていた。これは精神と肉体の活性度に差がありすぎた場合によく見られる現象だ。例えるならば、短く他愛もない夢を見たと思ったら何時間も眠っていたというようなモノである。クロウの肉体が酷く傷み、死に近づいているというのもある。相互の作用でクロウは瞬間を永遠とする一時限りの魔法を手に入れていた。

 

 そんな引き延ばされた時間の中でクロウは思うのだ。

 

 ──はやく帰りたいな。

 

 と。どこへ帰りたいのかは実の所クロウ自身にもよくわかっていない。アリクス王国かと言えば否だし、前世のあのマンションかと言えばそれも否であった。では場所ではなく人だろうか。誰かの元へ帰りたいのか……と言えば、これもまた否だ。確かにクロウは今や多くの友人(らしきもの)がいるのだが、彼らの元へ帰りたいのかと言われると首をかしげざるを得ない。

 

 ──しんどくない場所。

 

 クロウは漠然とそんな事を思う。世の中はとかくしんどい事が多すぎるようにクロウには思えた。危険な魔物が跋扈(ばっこ)するこの世界は勿論、前世の世界もだ。争わず、憎み合わず、人はただ個人でもって世界を完結させ、他者が存在するにせよそれは無害で互いに干渉しあわず。そんな静かで完璧な世界がどこかにあるはず……という思いがクロウの中にある。これは孤立主義と言えるかもしれない。

 

 そして、クロウの思う“静かで完璧な世界”とは、すなわち死である。彼の希死念慮の根源とはまさにそこ(孤立主義という思想)であった。だが、それならそれでとっとと自殺でもしてしまえばいいのかもしれないが、そうはいかないのが人間だ。人間は色々と面倒くさい。前世で芽生えた承認欲求が邪魔をして、安易な死を()しとしない思いが生えてくる。

 

 認められたいのだ、多くの人々に。クロウ様ありがとうと言われ、皆に覚えておいてもらいたい。その満足感を胸に“静かな世界”へ旅立ちたい。

 

 ──俺は……僕は、頭がおかしいのかな。

 

 そんな事を思っていると不意に心が凪いで来る。荒れ狂っていた精神の荒海が、途端に凪いだそれへと変じた。自分で自分に呆れた時、人の精神はこのようなアゲサゲをする事がある。動から静へ、挙動の面でも精神の面でも百から零へ急転したクロウだが、その激変に対応できなかったのがオルセンであった。

 

 ◆

 

 とある小部族の長であるオルセンは魔王に未来を懸けていた。一族の未来、己の未来。魔族の領土、果ての大陸の環境ときたら酷いものだった。魔族達ですら対処できない強大な魔獣が跋扈し、狂ったような自然環境が各所で広がっている。しかもそれは年々規模を拡大していくのだ。

 

 ──この地そのものが呪われてイル……星の魔のせいよ、だが我は勿論の事、魔王様ですらあの魔を取り除く事はできヌ……。

 

 魔王を除けば魔族最強、上魔将マギウスがその様に言った時、オルセンは僅かな失望を覚えた。しかし。

 

 ──陛下が大陸への侵攻を決断しました。恐らくは我々にとって、最後の攻勢となるでしょう。

 

 上魔将“蛇の魔女”サキュラがそう告げた。上魔将とは魔族の中でも力のある部族の長達である。

 

 マギウス。

 デイラミ。

 シャダウォック。

 そしてサキュラ。

 

 彼らの言葉は魔王の言葉に次ぐものと思っていい。

 

 ──ですが、何名かの魔将は残します。陛下は全て向かわせろと仰いましたが、陛下を狙う者もいる。オルセン、そして……。

 

 魔王の言葉は確かに重いのだが、上魔将は時にそれを破る事もある。というのも魔王とは彼らの支配者ではなく、導き手であるからだ。魔族で最も強大だから魔王の名を冠しているだけで、魔王自身は特別な存在でもなんでもない。厳密に言えば、魔族にとって魔王の命令は尊重すべきものではあるが、従わねばならない義務はないのだ。結局、オルセンをはじめ何人かの魔将が魔王城の護りにつく事になった。

 

 そして、“こうなった”。

 

 魔王と魔王城の抑制力に限界が来たのだ。そう、魔王城とは権力を象徴する城ではなく、地表から現れようとした星の魔の一部を大地に縛り付ける(くさび)である。そして魔王は触媒だ。楔は魔王の魔力を使い、極めて大規模な封印の術を常に起動し続けているのだ。それに限界が来たとなれば、変化は劇的だった。“侵食”が速やかに行われ、護りに残った者達は皆変容してしまった。オルセンをはじめ、力ある魔将達も僅かな雑兵達も。理性をなくした正真正銘の怪物となり果ててしまった。

 

 魔王が全員を出せと言ったのは、これを危惧しての事だったのかもしれない。しかしそれを口に出せば敢えて残ろうとする者もいるだろう。

 

 ちなみに勇者は何かと言えば、餌である。これまでの人魔大戦で歴代勇者達は最期まで魔王を斃し切る事ができなかった。それはなぜかと言えば、勇者は魔王に決して勝てない様に出来ているからだ。魔王は勇者を糧とし、封印のための魔力を回復させる。しかし肝心の勇者は代を経るごとに劣化し、イム大陸の力ある存在を喰おうとしても邪魔をされ、もうどの様な小細工を弄しても封印を維持し続ける事は困難だとなった時、第四次人魔大戦の開戦が決定されたのである。

 

 ◆

 

 クロウの静動の激変にオルセンはついていけなかった。残った腕でカウンター気味に構えていた拳は雷を纏い、致命となるには十分な程の威力を有している。しかしそれも当たればの話である。クロウは直線的な突撃から、ふわりと頬をなでるような緩やかな足取りでオルセンの前で立ち止まった。クロウに敵意や害意はない。戦闘の場に似つかわしくないメランコリックな様子ですらある。

 

 歴戦の戦闘者であるオルセンは、達人だからこそ“意”をアテにする。殺意や敵意に敏に反応し、的確な反撃を返せるのだ。かつて、三対一でクロウ達はオルセンを仕留めきれなかったが、それはオルセンが武に深い造詣があるからだった。しかし今のクロウの様に意を消されてしまうと、そこに僅かなりとも間隙が生じてしまう。要するに、戸惑ってしまう。

 

 その僅かな隙とも言えぬ隙の内に、オルセンの首をクロウの“コーリング”が緩やかに薙いだ。

 

 命を断つその瞬間でさえクロウはオルセンに殺意、敵意、害意を抱いていなかった。彼が考えていた事はある意味で青年らしい悩みだ。クロウは思いに耽る事で気付いてしまった己の中の“おかしさ”に疑問を抱いた。『自分はもしかしたらちょっとおかしいんじゃないか?』と心を憂鬱色で染め上げていた。戦闘の真っ最中にそんな風に悩むなんて異常以外の何ものでもないのだが、精神の高揚と痛打を受けて肉体が酷く傷み、死を強く意識したという状況が生み出したシンキングタイムが良くなかった。

 

 メンヘラは考えれば考えるほど沼に嵌るのだ。そして沼に嵌ったメンヘラは、周囲とのズレを更に加速してしまう。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ぽん、と打ちあがったオルセンの首を、クロウは両手を広げて受け止めた。ぼんやりと首を見ているクロウだが、その表情は妙に哲学的だ。つまり、何か小難しい事を考えている顔という事である。やがてクロウはオルセンの首をそっと床に置き、パンパンと手を合わせてから仲間達の方へ振り返って言った。

 

「なんていうか……人生は難しい。そう思います」

 

 クロウの言葉を理解できた者は誰もいなかった。ただ、ヨハンとケロッパはうんうんと頷いている。クロウの事はさっぱりよくわからないが、人生が難しいというのは本当の事だからだ。術師連中は非術師と比べて良くも悪くも割り切りは早い者が多い。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。