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ヨハン組は静かだった。
理由は四つある。
ラグランジュは男とろくに口をきかない。ファビオラはクロウ以外の男に余り興味がない。ゴッラは元々寡黙だ。そしてヨハンの長話は聴衆がいなければ始まらない。
黙りこくって魔王城とはまた辛気臭いにも程があるがしかし、雑談しながらよりはマシだろう。
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隠し扉の先は石の回廊であった。
三つの隠し扉のうち一番奥の扉で、踏み込んで十歩も進まぬうちにヨハンは足を止めた。
ラグランジュの髪が灰色になっている。染めたのではなく、金髪が色を失ったのだ。
ファビオラの唇からも赤みが抜けている。ゴッラの肌は元から黒いので変わりようがないが、その黒に艶がない。ヨハンが自分の袖を見ると、連盟術師の外套は使い込んだ藍色である筈が今は炭を薄めた様な灰色をしていた。
「い、いろ、が、ない」
ゴッラが言った。
ラグランジュが自分の髪を一房つまんで眺め、無言で手を離す。ファビオラは慌てて懐から手鏡を取り出して自分の顔を覗き込み、小さく悲鳴をあげる。
「嫌ですわ、まるで死人の顔……」
ヨハンは義手の手首を折り曲げて水晶を露出させ、杖の先に魔力を灯す。黒い。万色の黒。あらゆる色を取り込んで出来上がったヨハンの黒は、色のない場所でも黒のままであった。
──黒は、色ではないからか。それとも
ちらと見れば、壁の色も変わり始めていた。
石壁だったものが肉壁に変わる。その肉が乾いて裂け、透けた骨が砂になって崩れ落ちる。それが歩く速さに合わせて起きていて、四人が一歩進む毎に壁は一年ずつ老いる。魔腑の洞で見た肉壁と同じものが、今は四人の歩みに追い越されて朽ちていく。
やがて壁はなくなり──。
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気づけば四人は荒野に居た。
地面は灰で、踏むと靴の甲まで沈む。空は灰色で夜でも昼でもなく、太陽も月も星もない。ただ均一な明るさだけがある。
遠くに影がある。
丘の上に崩れた城。城壁を三重に巡らせた街。その城の尖塔は半ばで折れているが、残った半分の輪郭だけでラグランジュには十分に分かる。
帝城イヴィレイタール。初代皇帝ソウテキの築城以来、戦火にも老朽にも屈した事のない城が折れていた。
街の南には円形の建物がある。屋根のない石の器を見て、ゴッラは立ち止まった。闘都ガルヴァドスの闘技場で、観客席の一角が崩れて器の縁が欠けた鉢の様になっていた。
もう一つ、白い館がある。門柱に彫られた紋章は距離があって読めないが、ファビオラには読めた。フラガラッハ家の館だ。
親切な事に、四人分の故郷が並べてあるのだ。ヨハンの分だけはない。路地裏は何処の街にもあるので、わざわざ並べる必要がなかったのだろう。
「未来ですの?」
ファビオラが言った。
「そう見える様に作ってあると考えるべきだろうな。心象の空間だ。誰かの、いや、何かの見ている夢だと思っておけばいい。この扉の先には封印の触媒がある。触媒を護る為に世界を一つ用意する術者がいるとすれば、それは魔王か魔王より上のものだ」
ヨハンは灰を一掴み取って指で擦る。粒が細かく、骨を焼いた灰の細かさだった。
「……未来だとして、何の未来だ」
ラグランジュが言った。男に向けての問いではなく空へ向けての問いであったが、ヨハンは答えた。答える相手がいれば喋る男なのだ。
「負けた後の未来だろう。俺たちがか、魔王がかは知らん。城が折れているのを見る限り、その両方だろうな」
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ゴッラは闘技場を見ている。
「おれ、あそこ、で、ゴッラに、なった」
ヨハンが歩きながら顔を向けると、ゴッラは灰を踏みしめながら続けた。言葉は途切れるが、途切れるだけで止まらない。
「なまえ、なかった。ひろった、おっさん、が、つけた。ゴッラ。それから、たたかう。たおれない。たおれなければ、まけない。おっさん、そういった。おれ、たおれなかった。みんな、ゴッラ、ゴッラ、って、いった」
ゴッラの来歴は簡単だ。
南域の娼婦の腹を破って生まれて荒野に放置され、小型の肉食獣を食い千切って生き延びている。東域から西域へ流れてガルヴァドスに辿り着き、路地裏の悪たれ共の王になった所を闘技マニアの帝国貴族に拾われた。
その貴族が教えた事は一つだけだ。闘技場では立っている者が勝つ。倒れなければ、負けではない。ゴッラはそれを守り、守り続けて絶対王者になったのだ。
ちなみにその貴族は賭博で身代を潰し、屋敷の梁で首を括った。
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「先客がいますわ」
ファビオラが灰の上を指した。
足跡だった。四人分の足跡が、四人の進む先へ向かって続いている。ヨハンが膝をついて一番大きな足跡を見遣り、軽くゴッラを見た。次に自分の靴の踵を、小さめの足跡の踵に重ねた。これがまたぴったりだ。
「俺たちだ」
「馬鹿な。私たちは今ここにいるではないか! この先にはこれから進もうとしているのだぞ! 」
ラグランジュの反論は当然のものだった。
「ここは先の時間だ。過ぎた事しかない場所に、これから来る者の足跡は残らない。逆に言えば、この場所にはこれから来る者の足跡しか残らないという事だ」
「何を言っているんだお前は……」
ラグランジュがヨハンにキチガイを見る目を向けるが、ヨハンは気を害した様子もなく先へ向かおうと促した。無礼には暴力で返すタチにできているこの男だが、キチガイを見る目はもう向けられすぎて慣れてしまっているのだ。それにヨハン自身も、自分を含む連盟の魔術師は大体キチガイだと思っているため怒りはわかない。
四人は自分の足跡を追った。足跡を踏んで歩くと踏んだ足跡が消えて次の足跡が先に現れ、しかし追い付く事はない。
そんな足跡は闘技場の手前の窪地で数が変わる。四人分の足跡が、ある地点から三人分になっていた。消えたのは、一番大きな足跡であった。
ファビオラが息を呑み、ラグランジュがヨハンを見る。
ヨハンは説明せず、ふう、と息をつくのみであった。