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四人は歩を進めていく。目指しているのは中心だ。
心象を象る建築物群に囲まれるように屋敷の様に見える何かが建っている。距離的にはそう大した事はないように見えるがしかし、歩けど歩けど彼我の距離は縮まらない。心象の空間あるあるネタだ。ヨハン自身が心象を物質界へ塗り重ねる奥義を会得しているからこそ、その辺の事情はよく分かっている。
ともかく目指す先に近づけないというのは、目指す先に近づかれたくないと思われている証左だ。相手がやられたくないことをやるというのは、このヨハンというチンピラの十八番でもあるので、歩き続けること自体に問題はない。
しかし行動に付随するモノが問題だ。感覚という感覚が鈍っていく様な、そんな不快感に耐えながら歩を進め続けるのは中々困難なのだ。
厄の濃さに、ただでさえ柄の悪いヨハンの
ヨハンの機嫌が悪い理由は呪いのせいだ。
魔王城の全域には憂鬱の呪いとも言うべき広域の魔術がかけられている。城の外から内へ掛けられたものが蝕み巡り、排出されて再び降りかかる循環の呪詛であり、ヨハンの見立てでは前方に見える屋敷はその循環の底にあたる。
魔術は術者の意思によって強度を変える。魔王城を覆う憂鬱が魔王の憂鬱であるならば、その出処は魔王の心の一番深い所にあるのだろう。
──魔王には憂いがあるのだろうな
そんな事を思うヨハンだが、それに巻き込まれる身としては実に良い迷惑である。要は自分の機嫌の悪さを極めて強力な呪詛に変えて、まき散らしているのだから。
ラグランジュの顔色は灰色の世界でも分かる程に悪い。ファビオラもゴッラも、随分とまあ不景気な
要するに放っておけば近い将来、ヨハン達は自殺する。
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「空が、下りてきていませんこと?」
ファビオラが掠れた声で言い出した。
見るからに陰気な灰色の空は尋常ではない。雲であれば流れる筈のものが流れずに、均一な灰色の面のままそこにあって、歩くにつれて少しずつ低くなる。手を伸ばせば届くという程ではないが、最初に荒野へ出た時よりは確実に近い。それになんというか、のっぺりとしていて雲らしくないのだ。まるで皮膚のようにも見える。
ヨハンの霊感はこの雲に対して危機の到来を警鐘していた。ガンガンガンガンゴンゴンゴンゴンとバチバチにやかましい。
「あまり視ないほうがいいな」
ヨハンが告げる。
ラグランジュはそんなヨハンを訝し気に見て、フンと鼻を鳴らして、しかし二度と空を見上げることはなかった。ラグランジュという女は男という生物全般を嫌悪しているが、自身に術師としての霊感が備わっていない事も理解している。その辺の切り分けができないほどにビョーキではないため、有用なアドバイスはちゃんと聞くのだ。
「何だか──誰かからじっと視られている気がしますわ」
ファビオラが不安げに言うと、ゴッラも自信なさげに頷く。
その感覚は正しい──とヨハンは内心でごちた。実際視られているとヨハン自身も思う。ただ、それを伝えていいものかどうか。
言霊という考え方が、魔術の世界には在るのだ。
──物事は名前を呼ばれるまで定まらない
喪服を着た連盟の怪人、禿頭で痩せぎすのマルケェスはヨハンにそう教えた。名前とは魂の形であり、呼称とは存在に枠を与える行為だ。不確定なものは、不確定なままならば無害であると。正体が不明なままならば、それは単なる肌の粟立ちに過ぎない。だが“視られている”と口にし、言葉にし、意味を与えた瞬間、その曖昧な気配が輪郭を得てしまう事もあるのだと。
「うふ、うふふ。魔を受け入れる余地を作ってはァ──いけないよ。魔は常に君を、人を視ているのだ。気づいて欲しくて、受け入れて欲しくて視続けるのだ。例えば──私のようにね。ウフフフ! それが決して悪いものではない事は君が、我が愛しき連盟の子らがよぉく知っているだろう。しかしね、それは稀なのさ。魔とは良くないモノ、悪いモノという理解で間違いない。だから──、気付かないふりをしなさい。一所懸命に見て見ぬふりをしなさい。それが君たちが言う魔術の奥義であることを知りなさい。うふふ──」
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そんな事を思い出したヨハンは黙する事を決めた。口を閉じ、霊感の警鐘を耳の中で鳴らしたままにする。バチバチとやかましいが、やかましいだけならばただの騒音だ。騒音は害ではない。害になるのは、その騒音の正体を知った時だと考えたゆえに。
ただ、魔とは何かと考えなくもない。
──魔王、ではあるまい
魔王ならばわざわざ視たりはしないだろう。そんなこそこそと、陰湿なことをする者ではないことをヨハンは知っている。何せ、自身の奥義を切らせられた相手なのだ。自身の
──どちらかといえば魔王ならば俺たちを迎え討つだろうな
天上天下唯我独尊の傲慢、そして王としての矜持をヨハンは樹海で戦った魔王から感じ取っていた。
──ならば何が俺たちを視ているのか。恐らくは……
ヨハンはそこで考えを打ち切る。
なんとラグランジュが短剣を手にして自身のそっ首に切っ先をあてがっているではないか。
突然の自殺!
となれば、火を噴くのはヨハンの投石術である。困った時、機先を制する時、とりあえず投げておくかと考えた時、ヨハンは事あるごとに投石をしてきた。何だったら、魔術の行使より投石してきた数のほうが多いくらいだ。
そしていつの間にか握りこんでいたちょっと大きめの石は、当然狙いを外す事なく──ラグランジュの側頭部に直撃した。