出立⓵
◆
「本当に宜しいのですか? 最初は金貨二〇〇〇枚という額の高さに驚きましたが、今は逆です。ロハとは流石に申し訳ないのですが……」
ヨハンがミシルへそう言うと、彼女は首をフルフルと振った。
「良いのです。今回の件は助かりました。術師ヨハンが居なければあの悪魔はエル・カーラを喰い荒らしていたでしょう。……あれ? でもそもそもあの悪魔が術師ヨハンを恨んでなければ」
「なるほど、そう言うことでしたらこれ以上の固辞は失礼にあたりますね。あり難く受け取ります。ではまた何処かでお会いしましょう。教師コムラードへも宜しくお伝え下さい。療養所を訪ねたのですが面会謝絶でした」
形勢不利とあらば逃げる。戦いとは基本的に避けるべきものなのだ。ヨハンは一礼し、踵を返し、ミシルの屋敷を辞去した。
『……の、……盟の……師が、……合に……お気を……くだ……』
早足だったので聞き取れなかった。些細な事だろう、とヨハンは気にも留めない。
◆
「教師ヨハン!」
屋敷の外で待っていたのはルシアン、マリー、ドルマだった。見送りらしい。殊勝な事である。
「やあ。もしかして見送りにきてくれたのか?」
そう問うと、ルシアンが頷く。
「とてもお世話になりましたから」
嬉しい事を言ってくれるじゃないか、とヨハンは思う。そして……流石に気になるのでぶるぶると震えているマリーに話しかける。
「マリー。涙を拭きなさい。顔を上げなさい。術師が顔を下げる時。それは手も足も出ない敵を見下す時だけだ」
顎を掴んで彼女の涙を布で拭いとってやった。
「君が、いや、君達が一人前の術師になる事を確信している。ところでマリー。君の涙を拭ったこの布だが……術の触媒として使っても良いかい? 君が俺を良き教師として慕ってくれている事は理解している。その真心……誠心なる想いは、一度だけ俺を致死の一撃から護ってくれるだろう」
流石に無許可は倫理的に良くない、とヨハンなりに思ったので確認を取ったのである。
「はい! 教師ヨハン……! 是非使って下さい!」
嬉々としてそう言っていたのでありがたく受け取った。生身の腕のほうでしっかりと彼等と握手をし、手を振り待合馬車乗り場へ向かう。ヨハンの霊感が囁く。どうも彼等とは再び関わりそうな気がするのだが、根拠はない。
次の目的地はアシャラ都市国家連合。自然に囲まれた大地の実り豊かな小都市群だ。名産品は白葡萄酒。そして燻製肉。運が良ければヨルシカとも再会できるだろう。
◆
「決めたわ。私、学院を卒業したら冒険者になる。そして教師ヨハンを……あ、もう教師じゃないのか……ヨハンさんを追うの。最初は恋かとおもったけれど、多分違うわ。小さい頃、神様に祈る時に感じてた気持ちに似てるかも。とにかく、あと二年だからあっという間ね。ルシアン、ドルマ、あんた達も付いて来なさい。ルシアンは私と一緒に居れて嬉しいでしょ? ドルマ、あんたはお金が大好きなのよね? 腕が立つ仲間が居ればお金稼げるわよ」
マリーがまたとんでもない事を言い出した、とルシアンは思う。いや、とんでもなくはないのかもしれない。ただ、自分達があの人のお陰で……せいで? 何かを逸脱してしまった事は薄っすら分かる。正直いって考えがまとまらない。
「少し考えてみるよ。でも、何て言うのかな、三人なら何しても楽しそうだね、冒険者って何する人達なのか良く分からないけどさ。でもなるべく人殺しはしたくないな。後、マリーとも一緒に居たい」
そういうと、マリーは“そ、そう……”と少し恥ずかしそうだった。ドルマはとても疲れてる様子だった。昨晩の疲れが残っているのだろうか、とルシアンは心配になる。