イマドキのサバサバ冒険者   作:埴輪庭

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本編には関係ありませんが、閑話としてサイドストーリーを今後投下していきます。
基本的にサイドストーリーで登場したキャラクターは、直近の本編では登場させないつもりなので、ご了承ください。


閑話:連盟名簿①ミーティス・モルティス

 連盟の27本目の杖【正義の証明】

 ミーティス・モルティス

 

【挿絵表示】

 

 

 ◆◇◆

 

 ミーティス・モルティスは困惑した。

 何故なら仲間達が皆彼女を責め立てているからだ。

 

 そこまでする必要があったのか、と怒るユート。

 子供になんて事を、と怒るサリー。

 そんな人だとは思わなかった、と怒るマシュー。

 

 皆が皆、怒ってミーティスを責めている。

 

 ◆

 

「あのぅ……? なぜ皆様お怒りなのでしょうか……」

 

 血塗れのミーティスはおずおずと質問をした。

 

 彼女の足元には数名の不良孤児達の残骸が転がっている。

 そして彼女の手には血の滴る小振りなメイス。

 ユート達には彼女がこの惨状を作り出したのは見て明らかだった。

 

 そう、勿論彼女がこの子供達を撲殺したのである。

 だがミーティスはそれを当然の事だと思っている。

 なぜなら彼女はしっかりと尋ねたからだ。

 

 “もう盗みなんてやめて下さい。真っ当に生きて下さい。お仕事が無いのならば私が子供でも働かせてくれる職場を一緒に探しましょう。どうしても無ければ都市の制度を利用して、一時的に保護してもらいましょう。孤児院などに行く事になるけれど、そこでしっかり仕事をすればきっと更正できますよ。集団でスリだなんてやめてください、強盗だなんてやめてください。やめないのならば神様のバチがあたりますよ。良いのですか? ”

 

 その様に尋ねてもなお孤児達は刃物を持ってミーティスの財物を奪おうとして来たのだ。

 

 だから神様のバチがあたった。

 いや、当てた。

 

 ミーティスは思い悩んだ。

 彼等は神様のバチが気に入らないのだろうか? 

 

 でもなんで? 

 

 子供達は悪い事をした。

 だけど、それは勢いだったっていう事もある。

 だからきちんと言い聞かせた。

 悪い人になってしまうなら、なってしまうなりの理由がある。

 それは貧困だったり、家庭環境だったり。

 ならば出来る限りの助力をしようではないか、そう提案した。

 でも、それでも子供達は悪い人のままだった。

 

 だからバチがあたった。

 バチを当てた。

 

 どこがおかしいの? 

 

 そこまで考えた所で、ミーティスは気付いた。

 もしかして。

 この人達も悪い人なの? 

 

 ◆

 

「あ、あのう……ユートさん、サリーさん、マシューさん……。私は説明をしたと思うんですけど……ちゃんと言い聞かせました、よ? それでも彼等は……なおらなかったんです。悪い人のままだったんです……それで、ひぅっ!?」

 

「だからって殺して良い訳ないだろ!! 命を何だと思っているんだ!?」

 

 ミーティスが根気強くユート達へ説明しようとするも、ユートの怒鳴り声が続きの言を掻き消す。

 

 ミーティスは得心した。

 なぁんだ、この人達も悪い人なのかな、と。

 

「ユートさん……最期に聞きますけれど……私が悪いって思っているんですか? そうなると……正しい私が悪いと言い募るユートさん達が悪いってことになっちゃいます……けど。そしたら! そしたら……神様のバチがあたっちゃいますけど……」

 

 ミーティスは結論を急がない。

 しっかり向かい合って話せば分かってくれる人もいる。

 正しい筋道で、正しい理屈で話せば、きっと理解して貰える。

 そう信じている。

 だから私は正しい事を言っているんだと、正しい事をしただけなんだと、なぜ分かってくれないんだと訴える。

 

「神様だってお前が悪いって言うよ! 殺す事なんて無かったはずだ! 衛兵へ突き出せば済む事だったじゃないか!」

 

 俯くミーティス。

 だが糾弾の言葉は続く。

 

 そして、ふとミーティスがぽつんと呟いた。

 

「だったら、神様に聞いてみましょう」

 

 その声はぼそりと呟かれただけだというのに、屋外だと言うのに、不思議とパーティ全員に響き渡った。

 

 ミーティスは胸に手を当て呟く。

 

「“神威顕現”」

 

 ◆

 

 SIDE:どこぞの術師とその友人剣士。

 

 傭兵都市ヴァラクでのワンシーン。

 

「うん? ああ、まあ皆家族同然だからな。仲が悪い者は居なかった。特に仲が良かったのは誰かって? そうだな……兄さん兄さんと慕ってきた子なら居たよ。いや、ヨルシカ、君は少し穿ちすぎだ。大体彼女はまだまだ子供だよ。今はいくつ位なんだろうなあ、15、6歳といったところだろう。彼女も孤児の出でね。正確な年齢は知らないらしい。え? 俺はもっと年上が好きだよ。……強いのかって? ……そうだなあ……連盟所属ミーティス・モルティス。杖銘は秘密だ。公言するものじゃないからな……彼女を術師としてみた場合……極めて、そう、極めて強力な信仰系術師と言えるだろう。彼女は本当に降ろすのさ。何を……って神に決まってるだろう? もっとも、偽神だけれどね。彼女が作ったんだ。願って、公平で平等で正義を実行してくれる神様を」

 

 ◆

 

 ミーティアは孤児である。

 

 父親はならず者で、母親は春を売って暮らしていた。

 父親が気晴らしに母親を強姦して産まれた子供がミーティアだ。

 

 だが母親はミーティアを産んだ後、肥立ちが悪化して死んだ。

 父親はミーティアが女だという理由で、彼女を捨てる事はなかった。女というのは後々使えるからだ。

 

 死んだ母親は意外にも敬虔な女神イレアの信徒であった。

 女神イレアはこの地域一帯で信仰されている報いの神である。

 善には善の報いを、悪には悪の報いを。

 この至って単純な教えは民衆に多く受け入れられた。

 

 ミーティアがこの教えを知ったきっかけはイレアを奉ずる教会だ。

 教会は説法を聞けばぎりぎり飢えなくて済む程度の食事を食べさせてくれる。

 ミーティアの父もまごうことなき社会的弱者ではあるが、説法を聞く等まっぴらごめんだと自分よりさらに弱い者を痛めつけ日々の糧を得ていた。

 

 だがミーティアは幼く、そんな真似は到底出来ない。

 また、彼女自身にとっても生来の善性さゆえか悪を為す等とんでもない事だったのだ。

 

 だから彼女は教会で学び、育った。

 1日1善ではないが、毎日小さな善をコツコツと積み重ねていった。

 自分より幼い者が飢えていれば、自分の糧を渡し、道が汚れていれば掃除をし、老人は迷っていれば手を引いて案内したりもした。

 毎日毎日善を、小さくても確実に積み重ねていった。

 

 だがそんなミーティアに彼女の父親がくれてやったのは様々な形の暴力だ。

 言葉の暴力、体の暴力、そして語るに唾棄する暴力。

 

 彼女は日々とある疑問に悩まされる事になる。

 

 善には善を。

 悪には悪を。

 

 ならばなぜ神様は私に少しでもいいから善で報いてくれないのだろう。

 

 ミーティアの中で、女神イレアへの思慕が、信仰が、ドロドロとした憎しみに変わっていく。

 一度疑念を抱けば彼女の中の綺羅綺羅とした何かが、黒くておぞましい何かへ完全に変容してしまうのはあっというまだった。

 

 そんな折、転機が訪れる。

 その晩は酷く寒く、凍える程だった。

 そんな日に毛布一枚与えられず放置され続ければどうなるかなど自明の理であろう。

 更に運の悪い事にその日の寒さは普段よりも一段と厳しく、体は冷え切り震えてしまっていた。

 しかし父親は容赦無くいつもの行為を続ける。

 寒さと全身の痛みで朦朧とした意識の中、ミーティアは思う。

 

 本物の神様が欲しい、と。

 女神イレア……偽物の神様なんて要らない、と。

 善には善を、悪には悪で報いてくれる本当の神様が欲しい……と。

 

 普通に暮らしていたならば決して目覚める事の無かった才能が目覚めてしまった。

 術とは世界を改ざんし、騙し抜くペテンの業。

 ペテンではあってもそれが真であると真摯に想いを編み上げ形と成す。それが術。

 

 ミーティアは創り上げた。

 その類稀な絶才で。

 彼女を怖いものから守ってくれる神様を……。

 それが、彼女の術だった。

 

 ◆

 

 父親がアレをしていた時、ミーティアの頭が割れる様に痛んだ。

 そして視界が純白に染まった。

 

 気づいた時には父親だったものの残骸があった。

 

 全身から血をかぶり、真っ赤に染まったミーティアは暫くの間動くことができなかった。

 今まで感じた事のない疲労感、そして憎んでいたとはいえ父親を殺害してしまった衝撃で。

 

 そんな彼女の肩がコンコンと家の扉を叩く音で跳ねあがる。

 衛兵だろうか? 

 私は捕まってしまうのだろうか? 

 

 ミーティアは怯えて動けない。

 やがてノックの音が止み、ほっとしたミーティアは再び肩を跳ね上げた。

 

 がちゃり、と音がしたからだ。

 鍵を開けてはいない筈なのに。

 

 足音は玄関からはいってきて、やがて寝室の前へ。

 そして寝室の扉を開けて入ってきたのは、黒い僧服を着た一人の中年男性だった。

 ガリガリと言ってもいいほどに痩せこけていて、それでいて目からはギラギラと異様な精気を放っている。

 

 男は言った。

 

「やあ。私は連盟の術師マルケェス・アモンと言います。強い業の香りがしたのでやってきてみれば。成程。君でしたか。単刀直入に言います。私と、いえ、我々と家族になりませんか?」

 

 それが、ミーティアと連盟の出会いであった。

 やがてミーティアはミーティス・モルティスと名前を変え、連盟の名簿へ名を連ねる事となる。

 

 

 ◆

 

 全てが終わったミーティスはくるりと周りを見渡した。

 元の形がなんだかもわからない肉が散逸している。

 

 ばっちいなぁ、と思いながらミーティスは路地裏を出ていった。

 

 ◆

 

 神威顕現。

 ミーティスが思う悪。

 その悪の肉体を触媒として彼女が創り出した偽神を降臨させる。

 偽神が為す事は単純だ。

 それは

 

 ───皆殺し

 


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