◆
移送馬車に揺られる彼らが向かっているのは、魔狼出没の報告が多いとされるヴァラク北西の
なぜなら点在する岩陰に隠れるように、獣らしき影がちらちらと見えているからだ。
おそらくは偵察であろう。狼というものは、それが魔に染まったものであっても社会的な性質が抜けているわけではない。それぞれの個体にはそれぞれの役割が割り振られ、そして彼らは自分たちの役割に忠実だ。そのため、はぐれということは考えにくい。
つまりは……。
◆
馬車の中からヨハンが外の一点を指差した。
「見えるか? ヨルシカ。あれは恐らく魔狼の偵察だろう。備えておけよ。相手は襲撃のタイミングを
ヨルシカは目をこらして外を見た。
「なあヨハン、魔狼というのは森狼などとはどう違うんだ? いや、資料などは読み込んだが、イマイチ実感がわかなくてね」
ヨルシカの質問にヨハンは少し長くなると前置きして口を開いた。その口元には本人でも自覚しない程度の
「取り込んだ魔力にもよるが、個体差が非常に大きい。森狼も個体差はあるだろうが、その比ではない。ヨルシカ、君は剣をつかっていいものとして、その剣技を持たない六歳になったばかりの子供と戦って殺せるか? 君を侮辱しているわけではない。つまり、そういうことだよ。ピンの魔狼とキリの魔狼では、それほどの差があるということだ。強力な個体はとことん強力だ。有名な例では、二〇〇年前に存在が確認された月魔狼フェンリークだろうな。月神の加護を受けたとされるその個体は、眷属を引き連れ、七つの街と十五の村を滅ぼしたとされている。まあそこまで強大な個体は滅多にいないだろうがね……とはいえ、油断はしないことだ」
魔狼とはそこまで厄介なのか……とヨルシカは
「注意すべき点はあるかい?」
ヨルシカが真剣な表情で尋ねると、ヨハンは頷いた。
「連中が襲ってきた場合、
しかし一番大事なのは、とヨハンは続けた。
「ナメられないことだ。ビビるな。君に絡んでいた傭兵共と同じだ。弱味をみせればカサにかかってくるぞ。心理的優勢を取られると厄介だ。殺れるときは出来るだけ無残に殺せ。目玉を剣の切っ先で
◆
この青年はどこか物騒な雰囲気が漂っている、とヨルシカは思った。
さりげなく周囲を見渡せば、他の冒険者たちは引いた様子はあるものの、口出しはしていない。もし誤った情報があれば小隊の命に関わることなので、すぐに口を挟むだろうとヨルシカは考える。つまりヨハンの言っていることは正しいのだ。魔獣の類を相手取る時は、概ね気勢で優越されないことが肝要である。
ヨルシカ自身、銀等級でも上位の冒険者であるため魔獣を相手にするのは初めてではない。しかし魔狼は初めてであったので、やや気負うものがあったことは否めなかった。無残に殺せというヨハンの言葉に苦笑を浮かべながらも、ヨルシカは“やるだけやってみよう”と腹を括る。
そして時を置かずに、ヨルシカは自身の肌に刺すような殺気を感じた。それは人間のものではなく、もっと荒々しいものだった。
ヨハンが言う通り襲撃が近づいているようだ。周囲の冒険者たちも刺々しい雰囲気を漂わせ、隊全体の空気が臨戦のそれにかわる。それはまるで毒性を持つ生物が危険を察知し、体色を瞬時に変容させるような光景を想起させた。
馬車が停止する。冒険者でもある御者が交戦の場をそこに決めたということだ。岩や木も少なく、地の面も荒れていなかった。
皆が馬車から降りる中、ヨハンがヨルシカの横に立って言う。
「来るぞ」