海兵ルウタ   作:ニドラン

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海兵と歌姫と歌う骸骨 part12:ROMANCE DAWN─新時代の夜明け─

このssにはキャラ崩壊・設定捏造が多分に含まれます

ご注意ください!

 

 

 

part12:ROMANCE DAWN─新時代の夜明け─

 

 

 

 

 

曇天の空を、水兵帽とカバンを身に着けたカモメ、ニュース・クーが飛んでいく。

世界政府が広報のために、世界各地に飛ばしているものであり、カバンの中には新聞の束が入っている。

新聞を求める人々の下に舞い降りては、また次の島を目指して飛んでいくのだ。

新聞の片隅にはこう書かれている。

 

【逃亡した英雄と歌姫未だ見つからず、消息不明となって今日で二年…生存は絶望的か】

 

かつては連日にわたって世界中を騒がせた海軍将校二人の逃亡劇も、今となっては一ヶ月に一度、新聞に掲載されるかどうかとなっていた。

その一ヶ月に一度の知らせを、世界中の人々は一縷の望みをかけて受け取って…

あるものは嘆き悲しみ、あるものは"海の正義"に怒りを抱き、あるものは天上の怪物たちに恨みを募らせていった。

これがこの一年半で繰り返された光景であった。

 

 

 

 

 

風も吹かなければ波一つ立たない海、"凪の海(カームベルト)"…そこを一人の人間が歩いていた。

それだけでも異様な光景だろうが、その姿が黒い礼服を着たアフロヘアーの白骨死体がバイオリンを奏でているときたもんだ。

一歩足を踏み出すごとに足元の海水が凍り付き道になってゆく。バイオリンが奏でる音色も相まって、幻想的な光景が広がっていた。

やがて円を描くように海を歩くと、彼は自分が元来た島…女ヶ島アマゾン・リリーへと戻っていった。

 

 

 

 

 

「お~~い!ブルック!!どうだった~~!!」

「はい、ルフィさん!もうしばらくは船が来ることはなさそうです!やはり今日出発するのがよろしいかと!!」

 

女ヶ島の岸からルフィがブルックに向かって声をかけてくる。

周辺の沖合をぐるりと回りながら見聞色の覇気で偵察を行っていたブルックが結果を報告する。

…今日は、二年に渡る修業を終えた彼らが、とうとうアマゾン・リリーを出航する日なのだ。

 

「ありがとな!俺やウタの見聞色じゃ、遠くの方までは感じ取れねぇから助かった!」

「ヨホホ、お役に立てたなによりです!」

 

出航の瞬間が目撃されては、ハンコックたちに迷惑がかかる…そのため近くに船などがないか、ブルックが偵察を行っていたのだ。

 

「ところでブルック、後ろのやつはどうしたんだ?」

「後ろ?」

 

自分の背後を覗き込むルフィにつられて振り返るブルック。

そこにいたのは…

 

「グルルルル‥‥」

「ヨホホ、大きいぃぃ~~~~~!!」

 

ガレオン船も一呑みできそうなほどの巨大な海棲生物…海王類である。

バイオリンの音色に誘われたのか、さてはて頭上を凍らされて怒っているのか…海王類はルフィたちを睨んでいる。

 

「こいつ、焼いて食ったらうんめぇだろうな~~~。」

「でも食糧はすでに積んでますし、今からこんな大きなお魚さん焼いていたら、誰かに見つかっちゃうかもしれません。」

 

自分が食料とみなされていることに気づいたのか、海王類は口を大きく開けて彼らに襲いかかろうとした。

 

「じゃあ、しゃあねぇな。追っ払うか。」

 

山のように巨大な生物が向かってくるのに対し、何でもないようにルフィは両手をかざした。

 

 

「!!!!!?????」

 

 

ぶつかろうとした瞬間、海王類が海の方へと弾き飛ばされた。

まるで見えない分厚い壁に跳ね返されたかのようだ。

数秒、警戒するようにルフィたちを睨んだ後…海王類は海の底へと帰っていった。

 

「ん~~、レイリーなら片手で沖まで吹っ飛ばせるんだけどなぁ。」

「いえいえ、十分ですよ。お見事です、ルフィさん!」

 

仲間からの賛辞にシシシ、と歯をむいて笑うルフィ。

それから彼は島の中心、九蛇城を方向へと顔を向けた。

 

「まだかなぁ、ウタのやつ。」

 

出航の準備を整った。あとは恋人がくるだけである。

 

 

 

「ありがとう!ライブで着られる衣装が、また手に入るなんて思わなかったよ!」

「気にしなくていいわよ。みんなも可愛い服が造れて楽しかったって言ってたわ。」

「あなたは歌姫なんだもの。ふさわしい衣装の一つも持ってなきゃ。」

 

九蛇城のハンコックの自室で、ウタが色とりどりの衣装に囲まれていた。

アマゾン・リリーの住人たちが、出航するウタ達のためにと、自作したライブ用の服だった。

 

「まったく、物好きなやつらじゃ。そなたのような小娘の為に、せっせと服を縫うとはのう。」

 

少し離れたところでウタ達を呆れたような眼でハンコックが見ていた。

 

「ここだけの話なんだけどね、この衣装の半分くらいは、姉様がデザインしたものなのよ。」

「何日も部屋に閉じこもって、一生懸命考えたの。」

「余計なことを言うでない!」

 

妹たちの思わぬ裏切りにハンコックが憤慨する。

そんな彼女らをウタはニヤニヤと眺めていた。

 

「何を気持ちの悪い目で見ておるのじゃ!さっさとこの服を仕舞わぬか!!」

「わかった、わかった。そう怒らない怒らない。」

 

海賊女帝の怒りを、涼しい顔で受け流すウタ。

彼女がパチンと指を鳴らすと、ライブ衣装がカラフルな音符へと形を変え、もう一度指を鳴らすと泡のように弾けて消えた。

 

「相変わらず便利ね、それ。」

「そうでしょ~。自分でもビックリだよ、修業次第でウタウタの能力がここまで便利になるなんて。」

「悪魔の実の能力とはそういうものじゃ。それだけ修練をサボっておったということじゃ。」

「ハハハ‥‥、‥‥感謝してるよ。ここまで能力を使いこなせるようになったのは、ハンコックのおかげだもん。」

 

この二年で、ウタはレイリーだけではなくハンコックからも指導を受けていた。

ハンコック曰く、

 

「能力に関してはレイリーよりも、わらわの方が教えられることが多いじゃろう。美貌と歌声という違いはあれど、相手を魅了するというも共通しておるしな。」

 

ということであった。

その甲斐あって、この二年でウタは覇気・能力共に格段に上達したのである。

 

「ふん。二年間で鍛えられるだけ鍛えられはしたがの、それでもわらわのほうが格上なのを忘れるでないぞ。」

「そう言っていられるのも今の内だよ。これからは、実戦で鍛えていくもんね!」

「ぬかせ。」

 

この言い合いもこの二年で繰り返されたものである。

…今日をもって終わりを告げることになるものである。

 

「それじゃ、いこっか。いい加減ルフィたちも待ちくたびれてる頃だし。」

「…そうじゃの。」

 

あっけらかんと振舞うウタに対し、ハンコック達は名残惜しそうな様子を隠せなかった。

今からこの恋敵は、愛しい人と共に…世界に挑むのだ。

 

 

 

「あっ!ウタさんが来ましたよ!」

「お~い!ウタァ~~!」

「ごめん!遅れちゃった!」

 

出港準備完了したドルフィン号の傍で待機していたルフィとブルックの元へ、ウタとハンコック達がやってきた…空から。

大きめのソファーくらいのサイズの音符が宙に浮き、そこにウタ達が乗っていた。

ウタワールドだけじゃなく、現実世界でもある程度の能力を発言することができる…これが二年間のウタの成果だ。

そのまま宙を滑るように音符が移動し、ウタ達は着陸した。

 

「あれ、レイリー?あなたも来てくれたんだ!」

「やあ、ウタ。カワイイ孫たちの船出だ。見送らんわけにはいかんよ。」

 

ルフィたちのすぐ隣に、修業完了する一か月前に、ルスカイナを離れたレイリーの姿があった。

何でも仕事の準備のために、シャボンディ諸島に一度帰らなければならないとのことであった。

 

「んじゃ、そろそろ行くか!レイリー、ハンコック、ソニア、マリー。色々とありがとな!!」

「…いくらなんでも急ぎ過ぎではないか?もうすこし話をしてからでも。」

「引き止めるようなことを言ってはいかんぞ、ハンコック。今が絶好のタイミングなのは確かだしな。」

 

すぐにでも出発しようとするルフィに対して、不満を漏らすハンコックだがレイリーが窘める。

実際、いくら凪の海だとはいえ誰にも見られる心配なく女ヶ島を出航できる機会などそうそうないだろう。

 

「それに別れの宴なら昨日やったじゃねぇかよ。」

「それでも名残惜しいのじゃ!せめて熱い抱擁を!」

「どさくさに紛れて何を言ってるのさ!」

 

見送りがボア三姉妹だけなのは、すでに昨晩に壮行会として行われた宴で住人たちと別れの挨拶を済ませたからである。

政府から狙われているルフィたちとしては、アマゾン・リリーかの出航はできるだけ静かに済ませなければならなかったのだ。

住人たちは今頃、普段通りの生活を送っていることだろう……ルフィたちの旅路を祈りながら。

 

「ルフィさん、お世話になったんですし最後に別れの言葉を交わすことくらい良いではないですか。」

「良い心がけじゃ、骸骨。その調子で小娘がルフィに近づきすぎぬように見張るのじゃぞ。」

「え、嫌です。私はお二人に思う存分イチャイチャしてほしいです。」

「なんじゃとこの白骨死体め!!」

 

恋敵の味方であったブルックのアフロを、ハンコックが掴みあげボヨンボヨンと振り回し始める。

ヨホホと笑うブルックは全く平気そうであるが。

 

「ソニア、マリー、色々ありがとう!全部かたづいたら必ず来るからね!」

「約束よ、ウタ。その時は一緒に歌いましょうね。」

「実は私たち、ブルックから楽器の演奏を教わったの。貴方たちが帰ってきたら、その成果を見せてあげるわ。」

「おう、楽しみにしてるぜ!」

 

癇癪をおこすハンコックを尻目に、妹たちは別れの挨拶を…再会の約束を交わす。

 

「ほら、姉様も。」

「これが今生の別れなんかじゃない…そうでしょ?」

「う、うむ。」

 

ひとしきりアフロ骸骨を振り回し終えたハンコックをルフィの前へと引っ張ってくる。

もじもじとするハンコック。言うべき言葉は考えてきたはずだが、いざこの時になると中々出てこないのだ。

 

「なあ、ハンコック。」

「な、なんじゃ…ルフィ。」

 

そんな彼女にルフィの方から話しかけてくる。

この二年で何度も見せてくれた笑顔で…。

 

「俺たち、全部終わらせてくるからな!全部だ!!」

「うむ…。」

「そしたらよ…。」

 

 

「もう背中の入れ墨がバレるんじゃないかって怖がる必要なくなるからな!待っててくれ!!」

 

 

「‥‥っ!!」

 

感極まったハンコックが口元を手で覆う…その眼には涙が浮かんでいる。

この男は、自分達姉妹を縛り付けている枷すらもブチ壊そうとしているのだ。

 

「これが……婚約っっっ!!!」

「違うっっっ!!!!」

 

感極まりすぎて暴走仕掛けたハンコックをウタが強引に現実に引き戻そうとする。

 

「ええい!邪魔する出ない小娘!人の恋路を邪魔するとは何事か!!」

「だったらまずはあんたが馬に蹴られてこいっ!!」

 

別れの時になって取っ組み合いを始めるウタとハンコック。

火花散らす乙女たちをよそに、レイリーがルフィへと問いかける。

 

「全部終わらせるとは、随分と大きく出たじゃないか。」

「ああ…これは、俺が海兵としてやらなきゃいけないことだからな…。」

「ほう…?」

 

何処までも続く青空へと顔を向け、ルフィは己の心の内を語り始めた。

 

「俺さ、海軍にいたころは…自分の"正義"ってやつを決めてなかったんだ‥‥。悪いやつをブッ飛ばせればそれでいいじゃねぇかって。」

 

そこでいったん言葉を切り、自分の周りを見渡すルフィ。

 

「でも追われる身になった時に思ったんだ。苦しいって。」

「苦しい?」

「俺たちを追ってくる海軍のみんな。俺たちを匿おうとしてくれた市民のみんな。みんなみんな、悲しい目をしてた。そんなみんなを見てたら苦しくなった。」

 

ぴょん、とドルフィン号に乗り込むルフィ。そのままレイリーに彼は向き直る。

 

「俺は、俺の大切な奴らには笑っていてほしい。これから大切になるかもしれねぇ奴らに笑っていてほしいんだ。悲しい顔してるのが嫌なんだ。

 みんなを悲しませる今の世界が許せねぇんだ!」

 

少しずつ、ルフィの語気が強くなる…この世界に、自身の決意を宣言する。

 

「今のままじゃ、フーシャ村のみんなも!海軍の仲間たちも!じいちゃん達も!ハンコック達も!ウタとシャンクス達も!!みんなみんな笑えねぇんだ!!

 みんなが笑えねぇ世界を、俺が全部ひっくり返してやる!!」

 

そこでルフィは、二年間自分たちを鍛えてくれた師匠に向かって、ニカリと笑った。

 

 

「そのためにも、まずは…ワンピース(海賊王の財宝)を‥‥ぶっ壊す!!!」

 

 

「…ほう?」

 

ルフィが言い出した、今は亡き相棒が遺した宝を破壊する…その言葉にレイリーが興味深そうな声を出す。

 

「あんなもんがあったら、いつまで経っても略奪する海賊が減らねぇ…みんなを悲しませるお宝なんてお宝なんかじゃねぇ!」

「‥‥なるほど。"世界の全て"ともいえるお宝は、いらない…と。」

「ああ、いらねぇ!!」

 

ルフィの笑顔を伴う宣言に、レイリーもまたその顔に深い笑みを浮かべる。

 

「そうか、ならば…一刻も早く見つけることだ。世界中の海賊が狙っているからな、早い者勝ちだぞ!!」

「おう!!」

 

自身の半生の成果ともいうべきものを壊すと言われたレイリーは笑う、それを楽しみにしているかのように…。

そんな彼の脳裏にいつかの記憶が蘇る。

 

「その次は、この世界とケンカだ!もう誰も奴隷にならねぇ、奴隷になんかさせねぇ!」

 

それは人生の中で最も輝かしかった時間、今も宝物のようにキラキラと光を放つ、冒険の始まりの記憶…。

 

「じいちゃんが!大仏やマグマのおっさんたちが!ケムリンたちが!胸張って笑って正義を掲げられるように!!」

 

(この出会いは運命だ!!)

 

「ウタが…いつでもどこでも、好きなだけ歌を歌い続けられるように!!」

 

 

(レイリー ───俺と一緒に…世界をひっくり返さねぇか!!?)

 

「この世界をひっくり返してやるんだ!!」

 

 

「俺の大好きなやつらが笑っていられる世界にする!それが俺の"正義"だ!!!」

 

 

若き海兵が、世界に向かって己の"正義"を掲げる…その姿はさながら夜明けを告げる朝日のようなまぶしさで。

 

「ああ、世界の底から…ひっくり返してやれ!!」

 

若き太陽に、冥王は心からの激励を送るのだった。

 

 

 

 

 

錨を引き上げ、帆を張る。

凪の海では風は吹かないが、ドルフィン号には秘密兵器がある。

 

「よぉ~~し!こいつの出番だ!」

 

ルフィが甲板にあるボックスの蓋を開ける、その中には人の胴体くらいの太さのシャフトがあった。

このシャフトを回すとゼンマイを巻くように動力に力が溜められ、船の両側にある外輪(パドル)を動かすのである。

 

「ゴムゴムのぉ~~ゴム動力!」

 

シャフトに両腕を巻き付け、一気に引っ張り戻す。

その勢いでシャフトが回り、ドルルン…とエンジンがかかる。

あとはストッパーを外せば外輪が回り始める…これで出航の準備は整った。

 

「それじゃあ、みんな!行ってくるね!!」

 

岸にいるみんなに向かって、ウタが両手を大きく振る。

その顔には、これから待ち受ける苦難に対する恐怖など一切感じられない。

あるのはこれから先に待ち受ける"冒険"に対する期待と熱意である。

 

「‥‥ウタ!!」

 

それに呼応するかのように、結局別れの言葉を言えなかったハンコックが、ようやく口を開いた。

 

「そなたは、わらわが唯一対等と認めた女!旅先で惨めに屍を晒すことは許さぬ!生きてこの島の地を再び踏んでみせよ!!」

「うん!!必ず戻ってくるから…その時こそ決着をつけるよ!!」

「ブルック!!」

「ルフィさんとウタさんの邪魔はしません!」

「それはもうよい!わらわはそなたらの味方じゃが、アマゾン・リリーも守らねばならぬ故についていくことができぬ…。この無念をそなたに託す!どんな時も二人を守るのじゃ!!」

「…しかと承りました!」

「…ルフィ!」

「おう!」 

「そなたの正義、とても尊いものだと思っておりまする……しかし、どうか自身の命も大事にしてくださいませ…。」

「…ああ、もちろんだ!!」

 

長き別れの間際に、女帝は思いの丈を叫びきる。

ルフィたちは彼女の思いを受け止め、この冒険を生きて戦い抜くための糧とした。

 

「出航だ────!!!」

 

ルフィの号令のもと、ドルフィン号がその外輪を駆動させ、風吹かぬ海へと進みだす。

これから待ち受ける苦難をものともせぬように、凪の海にその航跡を刻みつけて。

 

 

 

 

 

「行ってしまいましたね…。」

水平線に消えていった友人たちを見送って、マリーが呟いた。

ソニアは無言でハンコックの肩に手を置き支えている。

常に威風堂々としている姉が、いまはとても儚く見えたのだ。

 

「さて、私もそろそろ行くとするかな。」

 

弟子たちが水平線の彼方に消えていくまで、無言を貫いていたレイリーが腰を持ち上げる。

 

「なんじゃ、もう行くのか?レイリー。」

「ああ、あの子たちが新世界にいくなら、私の力が必要になるだろうからな。」

「? それなら、そなたもルフィたちも一緒に行けば良かったのではないか?」

 

それだよ、と笑いを嚙み締めたような顔でレイリーは振り返った。

 

「今しがた、感動的な別れ方をしたばかりの師匠と、いざ新世界へというタイミングで再会したら、あの子たちはどんな反応をするだろうなぁ?」

「…いい性格しておるな、そなたも。」

 

ニヤニヤとした笑いを殺しきれなかったレイリーを、三姉妹はあきれた目で眺める。

今もなお青春を謳歌する老兵は、ハッハッハと大口開けて笑うのであった。

 

 

 

 

 

世界中の空をニュース・クーが飛び交う。

いつもの数倍の新聞をカバンに詰め、いつもの半分以下の料金で、伝えたい情報を世界中にバラまいていく。

 

【逃亡海兵と歌姫、生存確定!謎の骸骨紳士を引き連れて、目指すは海賊王の財宝の破壊!?】

 

 

 

 

 

偉大なる航路、シャボンディ諸島近海を、製作者曰く、太陽を模した船首を持つ海賊船が進んでいた。

 

「あの二人!さんざん人を心配させといて、こんな声明だすなんて…狙ってくれって言ってるようなもんじゃない!!」

 

オレンジの髪の航海士が、買い取った新聞に向かって文句を垂らす。

言葉とは裏腹に、その眼は涙で潤んでいた。

 

「見た感じ、やつれてはいないみたいだな。しっかし…骸骨なんて何食わせればいいんだ?」

 

金髪で片目を隠した料理人がタバコをふかす。

彼の頭の中では、海兵と歌姫、そして謎の白骨死体に食べさせる料理のレシピが溢れかえっていた。

 

「見た感じ外傷はないみたいだけど…。やっぱり写真で見るだけじゃ限界があるな…早く会って診察しないと…。」

 

帽子の両脇から、大木も切り倒せそうな立派な角を生やした船医が写真を観察する。

その傍らには医学書が置かれ、写真からできうる限りの情報を集め、友人の健康状態を診察していた。

 

「無事でなによりだわ。てっきり二人で手を繋いで、永遠に平和な世界へと旅立ったのかとばかり…。」

 

艶やかな黒髪を長く伸ばした考古学者が、心の底から安堵する。

その口から発せられた言葉は洒落になっていなかったが…。

 

「ドルフィン号も目立った破損はねぇみたいだな!あいつもサニー号に負けず劣らずスゥ~パァ~な船だから当然だがなぁっ!!」

 

名状しがたき変態が、ガキィンとポーズをとる。

この海賊団の船大工である彼の手には、ドルフィン号の写真が載った新聞が握られている。

この海賊船"サウザント・サニー号"とドルフィン号は、同じ材木を素材とする謂わば兄弟であり、彼はその親ともいうべき存在なのであった。

 

「しっかし、また面白れぇことを言い出しやがったな、あの海兵。…この骸骨何者だ?見た感じ剣士のようだが…。」

 

三本の刀を腰に差した片目の剣豪が、新聞片手に酒をあおる。

彼の興味は、手にした仕込み杖とは別に刀を腰に差した骸骨剣士に向いているようであった。

 

「ぐうぅぅっ!な、なにを驚いているんだ、お前ら!あいつらが無事だなんて、わかりきったことだったじゃねぇか!!俺はこれっぽちも心配なんかしてなかったんだぞ!!」

 

この海賊団の船長たる長鼻の青年はそう言うものの、その顔は涙や鼻水でまみれていた。

自分の顔を腕で拭うと、太陽を模した船首に駆け寄り、注目!と叫び、船員たちと向かい合った。

 

「お前ら!二年間よく頑張ってくれた!…俺の不安からくるワガママによく付き合ってくれた!今の俺たちなら、レイリーも納得してくれるだろう!!」

 

二年前、シャディ諸島に訪れた彼ら、長鼻海賊団はある魚人と人魚によって、新世界に渡るためにとある人物を紹介された。

その人物こそが"冥王"シルバーズ・レイリーであった。

彼らは話すうちに、ある海兵と歌姫の話題が上がった。

彼らに助けられたこと、彼らが世界中から狙われていること、そんな彼らの力になりたいこと…それらを聞いたレイリーは…厳しい現実を突きつけた。

 

「今の君たちでは、ルフィ君とウタ君の力になるどころか、新世界を生き抜くことすらできないだろう。」

 

自分たちの力不足を指摘された長鼻海賊団は、レイリーから各々の修行に最適な場所を紹介され…二年間の修行に励んでいたのだ。

そして…逃亡海兵復活のニュースが報道されるのと時を同じくして、新世界を目指し再集結したのだ。

 

「俺たちは強くなった!新世界の荒波にも負けないほどに!!そ、そして…そして……!」

 

そこまで言って、長鼻の船長の声、そして膝が震え始める。

海賊団を率いるものとしては、なんとも情けない姿だが、仲間たちはそれを気にも留めていない。

彼が臆病風に吹かれることなど、彼らにとっていつものことなのだ…そのあと見せる勇気も。

 

「そしてっ!ルフィとウタの力になってやれるくらいに!!…例え世界が敵に回ったとしても!俺たちだけでも!あいつらの味方になってやるために!!」

 

 

「それぞれの野望を海賊旗に誓って………いくぞおぉっ!新世界へっ!!!」

 

 

恐怖を振り払い、放たれた船長の号令に、船員たちが天高く響きわたる雄叫びをもって応えた。

新世界蠢く大海賊たちも、政府企む陰謀も、千の太陽の如き陽気さで吹き飛ばさんと、七色の夢の風を帆に受けて船は一路、新世界へと。

彼らが"神"の名で世界を揺るがせる勢力になるのは…もうしばらく先の話。

 

 

 

 

 

偉大なる航路のどこかで、ある二人の男が…泣いていた。

 

「あいつら~~~っ!!さんざん心配させやがってっ!!」

 

背中に世界最強の海賊のシンボルを刺青にいれた、黒髪の青年が、件の新聞を号泣しながら覗き込んでいた。

 

「まったくだ!俺たちがどれだけ探し回ったと思ってるんだ!!」

 

それに左目付近に火傷の跡が見える、金髪の青年が同調する。

が、それに黒髪の青年が噛みついた。

 

「それをお前がいうんじゃねぇよ、サボ!俺もルフィもウタも!お前が死んだとばかり!!」

「だ、だから、それは悪かったっていってるだろ、エース…。俺だって好きで記憶無くしたんじゃないんだって!」

 

サボと呼ばれた金髪の青年が、黒髪の青年…エースにむかって弁明する。

サボは少年時代、ある事情から砲撃を受けて記憶喪失に陥り、縁あって革命軍に保護されたのだ。

やがて成長するにつれて才覚を表し、今では革命軍の参謀総長を任せられるほどにまで成長したのであった。

しかし、今から二年前…ルフィとウタが、憎き天竜人によって世界中から追われる身となった報道を聞いたことのショックで記憶を取り戻し、義弟と義妹を救うべく海へと飛び出したのである。

 

「本当に驚いたぜ…。ルフィとウタは絶対に死なせねぇ……そう思ってオヤジのもとから飛び出してみたら、死んだと思っていたお前と会えたんだからよ…。」

 

エースも若くして、世界最大の海賊…エドワード・ニューゲート率いる白ひげ海賊団の2番隊隊長を務める強豪海賊である。

彼もまた、義弟と義妹の危機を知り、二人を捜索しており…死んだと思っていたサボと再会したのだった。

 

「それよりも、今はルフィとウタを助けに行くのが先だろ!」

「ああ、こんなに派手に報道されやがって…これじゃあ狙ってくれと言ってるようなもんじゃねぇか!」

「一刻も早く二人を見つけて…!」

 

 

「「(オヤジ・ドラゴンさん)のところに連れて行かないと!!!」」

 

 

それまで同調していた義兄二人は、そこで互いの展望にズレがあることに気づいた。

お互いの顔を見合わせて、互いの胸倉を掴みあう。

 

「なに言ってんだ!?オヤジのところのほうが安全だろうが!!あいつらも会ったこともない親父なんて信用できるわけねぇだろ!!」

「あいつらは海兵やってたんだぞ!!海賊を信用しない可能性がある!俺たち、革命軍のほうが安心するはずだ!!」

 

義弟と義妹の心知らず、義兄二人が海のど真ん中で取っ組み合いを始めた。

二時間かけて、どちらの案をとるかはあいつらに決めてもらおう、という形で決着がついた。

どちらの提案にも乗らないという可能性に気づかないまま、二人も義兄弟が目指すだろう新世界へと舵をきるのだった…。

 

 

 

 

 

塩辛い海風吹く海上で、チョコレートの甘い香りを漂わせる船がいた。

 

「ウタァ…、無事でよかった…!ルフィも、ブルックも…!」

 

その船の船長、"求婚のローラ"は新聞を眺めながら、何度目かの涙を流している。

その周りでは船員たちが、バタバタと歩き回って、甲板にテーブルとチョコレートケーキを用意している。

 

「ローラ船長!準備できました!!」

「ぐすっ…ありがとう!それじゃあ、あんたたち!グラスを持ちな!!」

 

ローラの音頭に、一斉にグラスに飲み物を注ぎ、頭上に掲げる。

今日はお祝いなのだ…この二年間、船長が毎日祈り続けていた"友達"の安否が確認できたお祝いのチョコレートパーティなのである。

 

「私たちの恩人にして友達!ウタ、ルフィ、そしてブルックの旅路を祈って!そしていつか出会う旦那様に!!」

 

 

『かんぱぁ───いっ!!!!』

 

 

グラスを飲み干し、思い思いに甘いスウィーツを平らげる。

全員、その目じりに涙が浮かぶ。

この甘さを、あの勇敢な海兵たちと骸骨によってもたらされた喜びを、二年経過した今も彼らは噛み締めていたのだ。

 

「ウタ…あんたがこの先、なにを成し遂げたとしても…私たちは友達よ。…もちろん"わたし"もね。」

 

ローラが自分の足元…自分の足とつながった影に向かって話しかける。

影は…もう言葉を交わすことはないであろう友は、今日も自分の身体に付き従っている…夢見るウェディングめがけて突き進む自分に付き合ってくれている。

 

「いつか絶対、素敵な旦那様を見つけるわ!きっと、その影も素敵な影よ!頑張りましょう!!」

 

サンサンと照りつける太陽のした、陽気な海賊たちが宴を続ける‥‥その足元、影を踊らせるように歌い、笑う。

 

 

 

 

 

「お前、妻にしてやるえ。」

 

さも当然のように、口にした言葉が絶対であることを微塵も疑わずに、天に住まう愚者が愛し合う男女を引き離す。

その足元では恋人を奪われようとしている男が、血を流し倒れている。

この天竜人は二年前、ある不敬者に絶対であるはずの自分が殴りつけられて以来、ことあるごとに銃弾を放っていた。

殴られた鬱憤を晴らすかのように…もしくは、歯向かわれた恐怖を振り払うかのように。

 

「う、うぅ‥‥。」

 

血まみれで伏せる恋人をみて、女がただただ涙を流す。

今日は記念すべき日になるはずだった。

ついさきほど、この諸島にある遊園地でプロポーズしてもらえたのだ…二人一緒の未来を歩んでいくはずだったのだ。

 

「お前、なに泣いてるんだえ!?わちきの妻になれたんだから喜ぶんだえ!!」

 

腕の中で泣き続ける女に向かって、愚者が拳を振り上げる。

まずは夫である自分の偉大さをわからせる、そう思いながら振り下ろそうとした瞬間…

 

♪~~~

 

どこからかバイオリンの音色が響くと同時に、視界が真っ暗になる。

 

「な、なんだえ!?なにが起こったんだえ!!?」

 

わたわたと慌てる天竜人。

手にしていた銃も、いつの間にかどこかへ行ってしまっていた。

 

「もういいよ、ブルック。」

 

その時、聞き覚えのある女の声が聞こえた。

二年前、神であるはずの自分の寵愛から逃げ出した愚かな女…忘れることのできない、自分の心を奪った女の声であった。

その瞬間、真っ暗だっ視界が明ける、手にしていた妻はいなくなっていた。

 

「大丈夫ですか、お嬢さん。恋人さんも無事ですよ。手当しておきましたから、早く安全なところへ。」

「あ、ありがとうございます!!」

「こ…このご恩は、忘れません。」

 

 

目の前では、なんと骸骨が妻になるはずだった女と自分に歯向かった愚かな男を介抱していた。

男女は促された通りに離れていく…自分を助けてくれた異形に、確かな感謝を伝えながら。

しかし、天竜人にとって、もうあの二人のことなどどうでもよかった。

 

「変わらないんだね…。相変わらず他人を不幸にすることしかできないやつだ。」

「おお~~!やっとわちきの妻になりにきたんだえ!」

 

ウタは腕組しながら目の前の愚者を睨むが、愚者の方が彼女の態度も言葉も意に介していない。

この男にとって、この世の全てが自身の思い通りに運ぶのは摂理そのものなのだ。

 

「おい!おまえたち、はやくこいつを・・・!??」

 

傍に控えていた護衛に向かって命令しようとして、驚愕する。

天竜人を護衛するにあたって選ばれた、屈強なはずの男たちが泡を吹いて倒れたいたのだ。

彼らに外傷はない、まるで恐ろしいナニカに遭遇したかのように、青白い顔で倒れ伏していた。

 

「ほんとに…ムカつくなぁ、お前…!」

「ひっ…!?」

 

聞こえてきた忌々しい声に思わず振り向けば、神であるはずの自分を殴り飛ばした麦わら帽子の狂人がそこにいた。

瞬間、殴られた痛みと鬼を彷彿とせる形相を向けられた恐怖が蘇ってきた。

しかし…

 

「お、お前!あの時のことは許してやるえ!早くその女をわちきに渡して、お前は奴隷になるんだえ!!」

 

案ずる必要はない、この世の全ては自分の思いのままなのだ、あの時のことは何かの間違いだ。

そんな根拠のない認識を修正することなく、自身の危機もわからないまま愚者はわめきたてる。

 

「なんで俺がお前の言うこと聞かなきゃいけねぇんだよ…。」

「なんでって、わちきは偉いんだえ!偉いんだから、わきちの言うことは聞かなきゃいけないんだえ!!」

「どうしてあなたは偉いんですか?なにか凄いことをおやりになったので?」

「そりゃあ…そりゃ、あ…。」

 

麦わらと骸骨の問いに、天竜人の言葉が詰まる。

自分たちが偉いのは当然のことだと思っていた、生まれた時からそう言われてきた。

なぜ、どこが偉いのか? 人生初の問題に直面した愚者は半ばパニックになったまま、自分の懐をまさぐり始めた。

なにか、なにかあるはずだ。偉い自分は、この状況を打破する道具をもっているはず、持っていて当然なのだ。

そんな妄信を裏付ける道具は…偶然にも所持していた。

 

「これを見るえ!これはわちきたちしか持ってないんだえ!これを押せば、すぐに海軍大将たちがやってくるえ!!」

 

そう言って、プラチナの輝きを放つ電伝虫を掲げる。

やはり自分は偉いのだ、これで目の前の愚民は自分にひれ伏すだろう…そう確信するも。

 

「「…………」」

 

まるで憐れむかのように骸骨の眼窩が歪む。

麦わら帽子の男は落胆の感情をかくすことなく顔に浮かべる。

 

「…正直にわからないと答えたら、あんたにも可哀想なところもあったんだけどね。」

「…へ?」

 

女は静かに歩み寄ると

 

ポチッ

 

電伝虫のスイッチを押した。

 

「これでもう電伝虫で脅そうとしても意味ないけど?あとなんかある?」

「え、ええ、えっとぉ…。」

「そ。じゃあ…当分悪い事できないようにしてあげる。」

 

その場に美しい歌声が流れる。

天竜人チャルロス聖は、魂が抜かれたかのように倒れこんだ。

これから彼は、大将たちがやってくるまでの十数分間、体感時間で数日は悪夢の世界を彷徨うのだ。

もっとも彼が振りまいた不幸に比べれば、そんなものは生易しいと言わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

【天竜人暴行事件再び!逃亡海兵、三大将の追撃を振り切って魚人島に突入!!】

 

 

 

 

 

「いやぁ、随分大体的に報道されちまったなぁ。」

 

海軍本部の一角で、海軍が誇る三大将が揃っていた。

その一人、青雉ことクザン大将が自分たちの失態を報道する新聞を読んでいる。

しかしその顔は、どこか嬉し気な表情を浮かべていた。

 

「これじゃあ、海軍の面子丸つぶれだねぇ~。」

 

そう言う黄猿ことボルサリーノ大将の声からは、なんの感情も窺えない。

しかしその眼は新聞に載せられた、かつて自分たちに懐いていた元海兵二人の写真に向けられて、離れない。

 

「‥‥‥‥‥‥。」

 

最後に残った大将、赤犬ことサカズキだけは新聞を見ることなく、無言で窓から外を眺めていた。

既に夜は更け星空が広がっている。

…今頃は、かつての愛弟子たちも暗い海底を進んでいるころだろう。

 

「しっかし惜しいねぇ~。あんなに強くなって、海軍に残ったままだったら、あっし達も安心して引退できたんだけどねぇ~。」

「まだ引退って歳じゃねぇだろうが。…まあ、もう海兵じゃねぇってのは、惜しいとしか言いようがねぇわな‥‥。」

 

二年という短期間で、自分達海軍最高戦力を振り切るだけの力を身に着けた。

そんなルフィとウタの力を、そしてそこに至るまでの努力を、クザンとボルサリーノは心から惜しんでいた。

 

「………なにを馬鹿なことをいっちょるんじゃ。」

 

そこで、今まで無言を貫いていたサカズキが言葉を発した。

心底呆れた、そんな感情を目に浮かべて同僚二人に向き直る。

 

「お前らだって聞いたじゃろう。あの二人は、まだ海兵じゃ。」

「「………!」」

 

その言葉に、クザンとボルサリーノは、二年ぶりに再会した問題児が告げた"正義"を思い出す。

 

 

『じいちゃんやオッサンたちが笑ってられねぇ世界なんて俺は嫌だ!みんなの"正義"を邪魔するもんなんて、俺が全部ぶっ壊してやる!!』

 

 

「これは一本取られたねぇ~~。」

「ああ、お前もたまには良い事いうじゃねぇか!」

「ふんっ。お前らが腑抜けたこと言うちょるだけじゃっ!!」

 

しっかし! と、サカズキはわざとらしく苛立ちを声に乗せ、葉巻を灰皿に押し付けた。

 

「あんの小僧!なにを偉そうなこと言うちょるんじゃ!生意気さはなんも変わっとらんわ!!」

「確かにぃ、相変わらずデカイことを言う坊主だったねぇ~~。」

「よく言うぜ、本当は安心してるんだろ?…あいつらが、なんにも変わってないことによ。」

 

抜かせ! と吐き捨てて、再びサカズキは窓から夜空を眺め始めた。

愛弟子のことになると途端にわかりやすくなる同僚に、クザンとボルサリーノは肩をすくめた。

 

(…やってみぃ、ルフィ。お前が信じて掲げた"正義"じゃ。その"正義"を貫けば、それでええ。)

 

灼熱のマグマの如く、苛烈な正義を掲げる男は、変わることなく"正しい海兵"だった愛弟子へ、届かぬ言葉を夜空へと投げかけるのであった。

 

 

 

 

 

空が茜色にそまる時間帯、海軍本部の元帥室に現元帥"仏のセンゴク"はすでにそこにいた。

いつもは誰よりも早く勤務に入る彼だが、今日ばかりは先客がいた。

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥。」

 

今彼の目の前にある書類は、先客…長年、この海の"正義"を守り続けてきた同志にして相棒ともいうべき男が残していったものだ。

 

『…すまん。結局、最後までお前には迷惑をかけっぱなしだった…。」

『‥‥今更だ。こっちとしては慣れたものだ。」

 

最後の最後でらしくない態度を見せた戦友に、心配するなと伝えるので精一杯だった。

この薄っぺらい紙が海軍に、そして世界に与える影響はいかほどだろうか。

これを受け取るのを拒否しなかったのは、あの豪快だが誰よりも平和に責任を感じている男が、どれほどの苦悩を重ねた上での決断なのか理解できたからだ。

 

「‥‥お前も、人の親ということだ。ガープ…。」

 

どこか悲しげに、そしてかすかな羨ましさを滲ませて、もうこの場所に来ないであろう戦友に思いを馳せる。

この書類の内容を公表するまであと数時間、その際の阿鼻叫喚を考えると頭が痛くなってはくるが

それを納めるのが元帥の役目であり、自身の正義に不自由を強いられ続けた親友への最後の手向けだと、センゴクは信じていたのだった。

 

 

 

 

 

海軍本部の港にて、"海軍の英雄"と呼ばれた老兵が、停泊する小型の船に乗り込もうとしていた。

常日頃からつけていた、正義を象徴するコートは自室に置いていった…彼がこれからの生涯であれを着けることは、もうないのだ。

 

「…なんじゃい、見送りに来たのか?よく、わかったのう…コビー、ヘルメッポ。」

 

振り返らぬまま、自身の跡をつけていた若き海兵二人に声をかける。

孫から友だと紹介されたこの二人に、最後に稽古をつけてやったのはいつだったか、ガープにはもう思い出せなかった。

この二年、後悔と迷いを振り払うように…海賊を捕縛しつづけた日々、周りを省みぬまま暴れまわる日々だった。

そんな自分を、見送りに来てくれる人物がいるとは思わなかったのだ。

 

「ガープ中将!今まで、大変お世話になりました!!」

「海軍のことは気にせずに…ルフィさんとウタさんのこと、よろしくお願いします!!」

 

だから、迷うことなく背中を押してくる言葉を送られたとき、ガープは思わず振り向いてしまった。

弟子たちは、傷だらけだった。

記憶の中で新品同様だった正義のコートはボロボロで、体中に痣や切り傷だらけ、巻かれた包帯は赤く滲んですらいた。

そんな傷だらけの身体で、彼らは自分を見送りに来たのだ…自らが掲げた"正義"を捨て去った自分を。

 

「こちらは任せてください、伊達に"海軍の英雄"に鍛えられてはおりません!!」

「ルフィさんとウタさんが帰ってくるまで、海の平和は我々が守ってみせます!!」

 

続けて告げられた孫たちの名前、そこでようやくガープは気づいた。

弟子たちは、見送りに来ただけではない…託しに来たのだ、自分たちの友を。

その瞬間、ガープの身体に力が漲り始めた。

重かった足腰は羽のように軽くなり、霞むようだった視界は明確になってゆく。

あふれ出る勢いのままに老兵は、師匠としての最後の言葉を叫んだ。

 

「コビー!ヘルメッポ!訓練をサボるなよ!!ルフィもウタも、まだまだお前たちよりも強いじゃろうからなぁ!!!」

「「はいっ!!!」」

 

力強い返事を受けて、長らく身を置いていた古巣に背を向けて、白み始めた空に両手を掲げた。

 

「待ってろよ!ルフィ!!ウタ!!じいちゃんが今行くからなぁ~~~~~っ!!!!」

 

正義ではなく愛の為に、老兵は大海原へと漕ぎ出した。

 

 

 

 

 

偉大なる航路後半の海域、新世界‥‥そのさらに奥に存在する海域で、ある男が水平線から顔を出す朝日を見つめていた。

その手には、昨晩手に入れたばかりの新聞が握られている。

"世界経済新聞社"が今一番注目されている"歌姫 ウタ"の直撃インタビューに成功したことで急遽刷られた、号外新聞である。

 

『ワンピースを壊した後のことは、まだ秘密!まだ始めたばっかりだし、一つ一つコツコツいかないとね!』

 

共に掲載された写真では、かつて子供の頃にした"負け惜しみ"のポーズがとられていた。

そのすぐ横に並ぶ文字列が、そのポーズが誰に向けられたものかを示していた。

 

『個人的な目的はあるんだけどね…。実は私、捨て子なんだ。12年前ある村に置き去りにされたの!今どこかの海にいるであろう、人でなしの親を…ブッ飛ばしてやるんだ!そしてね…。』

 

 

『12年間分の歌声を…嫌って程聞かせてやるんだ!!』

 

 

ポタリポタリ、と涙が新聞を濡らしていく。

この新聞を呼ぶたびに、四皇の一人と数えられる男の眼から、涙が零れ出した。

 

「‥‥待ってるぞ、ウタ…。」

 

太陽は完全にその円形を空に映し出していた。

その光景は一日の始まりを…そしていずれ来るであろう、新たな時代を祝福するかのようだった…。

 

 

 

 

 

海底深くに存在する魚人島、そこを納める"リュウグウ王国"

その国は今、存亡の危機に立たされていた。

新魚人海賊団を名乗る荒くれ共が、ギョンコルド広場にて国王ネプチューンを始めとする王族を捕らえていた…はずだった。

 

「ちくしょう!!どうなっていやがるんだ!!」

 

クーデターの首謀者、ホーディ・ジョーンズが、その焦燥感のままに怒声をあげる。

捉え奴隷にした海賊たち10万人、それを率いて魚人島の王座に就き、その勢いで海上にいる人間を根絶やしにするはずだった。

しかし…

 

「どうなっているんだ…!?」

「あれだけいた海賊が…全員‥‥。」

「‥‥気絶している…!」

 

広場の周りから、国王の処刑を見せつけられようと集められた民衆が戸惑いの声をあげる。

それもそのはず、広場を埋め尽くしていた10万の海賊は、口から泡を吹き出し倒れこんだのである。

もはや新魚人海賊団で立っているのは、船長ホーディ含めてたった6名であった。

 

「…おい、ジンベエ。これでいいんだよな!」

「ああ、見事なもんじゃわい!よくやってくれたぞ、ルフィ君!!」

 

いまリュウグウ王国を守る最後の希望となっているのは、逃亡海兵の一味、ルフィ・ウタ・ブルックの三人と、なんと王下七武海"海侠のジンベエ"であった。

 

「凄いです…ルフィ様!」

 

その後方では、リュウグウ王国の姫君…巨大な、ビッグキスの人魚しらほし姫が座り込んでいた。

ひょんなことから彼女と知り合った逃亡海兵一行は、ジンベエに頼まれ、魚人島を救う"ヒーロー"としてこの場に立ってるのだ。

 

「いやぁ、流石ですルフィさん。これなら手早く終わりそうです。」

「まあ、念には念をいれたほうがいいよね。」

 

剣を構えるブルックの横から、ウタが投げキッスの動作をする。

そこから繰り出された音符のマークが宙を舞い、五線譜に形を変えると倒れる海賊の手足にと巻き付いていった。

 

「これでよし!丸一日はこのままだからね!」

「おお、気を遣わせてスマンのう、ウタ君。」

「で、こっからは普通に戦えばいいんだよな?」

 

民衆への被害を防ぐ措置を施したウタに、ジンベエが礼を述べる。

そんな彼に、ルフィがこれからの展開について確認をとった。

実のところ、残った6名も、覇王色の覇気で仕留めることは十分可能であった。

しかしそれを他ならぬジンベエが待ったをかけたのだ。

 

「ああ、戦うことなく倒してしまっては、かえって魚人島のみんなに"人間は恐ろしい力を持っている"と勘違いさせてしまいかねないからのう。ここからは"ヒーロー"らしく戦ってくれい!!」

「要するに、いつもやってるように戦えばいいんだろ。任せろ!!」

「気をつけてよ、ルフィ!あんまり広場を壊しちゃダメなんだからね!!」

「ヨホホ、ミュージカルみたいですね~。ワクワクしてきました!!…おや?」

 

さあ決戦だ!といったところで、ブルックが何かに気づき、頭上を見上げた。

 

「あのお船、止まったみたいですね。」

「ほんとだ、やるな~~~。ウソップのやつ!」

 

魚人島のすぐ上で、超巨大な船"箱舟 ノア"が停止していた。

突如として現れた、この巨大船は魚人島を圧し潰さんと向かってきていたのだが…、見れば緑色のクラゲのような海草がノアに巻き付き、浮力を与えて停止させたようであった。

 

「言ったでしょ、ジンベエ!ウソップたちに任せれば大丈夫だって!!」

「いやぁ、大したもんじゃわい!彼らもあとで"ヒーロー"として迎えねばならんのう!!」

 

そこにタイミングよく長鼻海賊団の面々が魚人島に接近。

それに気づいたウタが、【あの船止めて】のメッセージを音符に変えて送信。

見事彼らは魚人島を救ってくれたのであった。

 

「よし!じゃあ後はあいつらを「む、麦わらぁっ!!」…ん?」

「お前らは…俺たちを、本当に助けてくれるのか!?」

「いったい、なんの理由があって味方してくれるって言うんだ!」

「教えてくれ……教えてくれ!!」

 

さっさと終わらせて宴にしようと張り切るルフィに、周囲の民衆が声を叫んだ。

目を向けてみれば、みな怯えた目をしていた。

彼らは怖いのだ……今まさに、自分たちを絶望に叩き落した事柄を、いとも容易く解決してしまった"人間たち"が…。

 

「うるせぇなぁ‥‥なんで助けるのかだって?んなもん決まってんだろ!」

 

ぶっきらぼうな口調で答えたのもつかの間、ルフィは…ニカッっと笑顔を向けた。

その笑顔はまるで、魚人島の民が望んで止まなかった、太陽を彷彿とさせる笑みだった。

 

 

「お前たちが苦しんでいるからだ!!待ってろよ…お前らが笑って歌えるようにしてやるからなぁっ!!」

 

 

答えを聞いた民衆が茫然とする。あまりにも単純明快過ぎたからだ。

困っている人がいたら助ける、大人が子供に教えるような理屈で、目の前の"人間"は命をかけて戦おうとしているのだと。

だからこそだろうか、いち早く声をあげたのは、他ならぬ子供たちだった。

 

「がんばれ~~~~!!麦わら帽子のおにいちゃ~~ん!!」

「歌のおねえちゃん!!まけないでっっ!!」

「がいこつさんも!もう…こわくないからぁっ!!」

 

無垢な命が、震える身体から精一杯の声を上げてエールを送る。

その光景が、魚人島の民衆の心を解かした。

今まで"人間"に人魚が、魚人が苦しめられたのは決して消えない歴史。

それでも…

 

「麦わら~~~!頼む!勝ってくれぇっ!!!」

「お願い!子供たちの未来を守ってぇっ!!」

「私たちは…お前たちを信じるぞ~~~~~~っ!!!」

 

この人間たちが、見ず知らずのはずの自分たちを守ってくれているのもまた、目を背けてはならない現実なのだ。

一緒に戦う力はないなら、せめてこの場に留まり応援し続けることを‥‥彼らもまた、自分たちの命を託す覚悟を決めたのだ。

 

「久しぶりだなぁ、この感覚!なんだか燃えてきちゃった!!」

 

久方ぶりに受ける声援を胸に、歌姫が闘志を燃やす。

 

「ヨホホ、私は初めてです、こういうの。…期待は裏切りません、決して。」

 

黄泉がえりの剣士が、密かに、静かに、そして熱く湧き上がる熱情を剣に込める。

 

「あいつらと宴できたら、おっもしれぇだろうなぁ~~~!」

 

麦わら帽子の海兵は、すでに平和の光景をその瞳に浮かべていた。

顔を上げ、両手を掲げて…命を、幸福を守る戦いを宣言する。

 

 

「いっくぞおぉっ!!戦闘だぁっ!!!」

「「おおぅっ!!」」

 

 

かくして、新時代は始まった。

 

 

 

 

 




これにて、【海兵と歌姫と歌う骸骨】は終わりでございます。

物臭な自分がこの作品を書ききることができたのは
読んでくださった皆様と、素敵な概念を発想し設定を練り上げっていってくださった某所の方々のおかげです。
この作品の半分は、あなたがたの手によって創られたといっても過言ではありません。

本当にありがとうございました。

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