ロンメルの受難   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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西上作戦 2

 元亀3年(1572年7月)

 

 武田侵攻が始まる少し前

 

 黄衣、大雪、小雪が次々に懐妊が発覚

 

 一政も相変わらずハッスルするわ忠輝、右恵、左恵、前秋もお嫁さんが欲しいとのことだったので家臣達や商人で良さそうなのを身繕い婚姻し、孕ませまくった

 

 武田侵攻はそれだけ命の危機であると体が訴えかけているかのように……本能が子孫を残すべく動いたのだろう

 

「平野殿、飛び道具の数を教えてください」

 

「は! 鉄砲は3000丁、弾薬は10万発分、弓8000張、弩1万張、矢が各々30万本と50万本」

 

「前秋、兵糧は何ヵ月持つ?」

 

「5万人が1年間活動できるだけの兵糧は確保しています」

 

「よし! さぁ信玄勝負といこうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 元亀3年(1572年9月)

 

 西上作戦開始

 

 秋山虎繁、高坂昌信の2部隊が東美濃に侵攻を開始したと忍衆から情報が入る

 

 この時信濃、美濃では武田の三ツ者とロンメルの忍衆が激しい諜報戦が行われており、誤情報や真偽不明の情報を町田半乃助が長年の経験から精度の高い情報を仕分けし、ロンメルに伝えていた

 

 これは忍衆を束ねる半乃助しかできない特殊技能であり、ロンメルは半乃助の判断に絶大な信頼を寄せていた

 

「武田の人数は」

 

「約3000、これならば岩村城は落ちないでしょう」

 

「よし、予定通り一政、忠輝、右恵、岡部元信に連絡、早急に撃退するように」

 

「は!」

 

「やはり美濃は別動隊による陽動、残りは奥三河か遠江のどちらに武田本隊が侵攻するか……徳川の救援要請がき次第すぐに動く」

 

「「「は!」」」

 

 家臣団に命令をすると戦の準備を始めさせ、警戒態勢のまま数日が経過した

 

「論目流様報告です! 奥三河の土豪衆が武田の調略で次々に寝返り、東三河の武節城を山県昌景率いる5000の兵が攻略とのこと」

 

「報告の続きです! 長篠城が陥落したとのこと! 岡崎城、吉田城、浜松城の3城への障害となりえる場所が残すところ二俣のみしか存在しなくなりました!」

 

「山県昌景隊は長篠城にて侵攻を停止しております!」

 

 次々に入る報告はどれも徳川領土に侵攻した山県昌景の報告ばかりでロンメルが求める報告は入ってこない

 

「し、失礼します! 朗報です! 岩村城救援隊! 武田別動隊と決戦となり快勝とのこと! 高坂昌信討ち死に、秋山虎繁は信濃に撤退したとのことです」

 

「よし! 美濃の防衛は成功した」

 

 岩村城の戦いは包囲された岩村城を助けるべく急行した救援隊5000が夜襲をかけ、岩村城からも挟撃するべく城兵が黒川の指揮の下に突撃し、精鋭武田軍に少なくない損害を与えた戦闘であり、信濃から美濃への直接攻撃の心配が無くなった重要な戦いである

 

 救援隊は岩村城で1泊した後、鳴海に戻り、鳴海本隊と合流した

 

「よくやった一政、忠輝、右恵、岡部殿」

 

「岡部殿の作戦がズバリでした。我々は個々の部隊指揮をしていたまで」

 

「いやいや、さすが論目流様のご子息戦上手ですなぁ! 我が一族も見習わねば!」

 

「一政や岡部殿達の活躍でとりあえずこれで当面の間美濃からの武田侵攻は無くなった。いや、武田本隊が美濃に侵攻してくる可能性が少ないけどあるか……半乃助」

 

「は! 武田本隊の場所が判明致しました」

 

「どこだ!」

 

「犬居城を攻め落としそこを拠点にしている様子!」

 

「伝令! 徳川から救援要請!」

 

「よしわかった! 元救援隊の面々は鳴海にて待機、徳川への援軍は鳴海衆5000、尾張衆、水野衆合わせて5000も動かすぞ! 水野衆は吉田城へ、他は浜松城に救援に向かう! 出陣だ!」

 

 ロンメルの号令の元出陣した徳川援軍1万は岡崎城を通り2日後には遠江に入った

 

 その頃武田軍は東遠江の天方城、一宮城、飯田城、挌和城、向笠城を次々に陥落

 

 馬場信春隊と武田勝頼隊が只深城を攻略しそのまま勝頼隊は二俣城攻略部隊の援軍に、馬場隊は信玄のいる部隊と合流すべく進むと二俣城救援に駆けつけた徳川家康本隊と遭遇戦となり馬場隊がこれを圧勝

 

 家康は脱糞し、命からがら浜松城に逃げ帰るという失態をしてしまっていた(一言坂の戦い)

 

 ロンメル達が家康と合流したことにより兵数は1万7000まで回復したが、武田軍の想像以上の強さに三河武士と呼ばれ精鋭揃いの徳川軍も恐怖を抱いてしまっていた

 

「織田の方々援軍忝ない! 本当に助かる!」

 

「信長様からの命令は時間稼ぎ、この浜松城に1万7000で詰めていれば例え武田軍とはいえ1年は持ちましょう。1年も時間が稼げれば織田本隊が近畿より駆けつけられます! 更にこちらには御曹司であられる奇妙様が付いております」

 

「うむ! この戦父上が来るまでの辛抱! 家康殿なんとしてでも遠江と三河を守り抜き武田の侵攻を食い止めましょうぞ」

 

 徳川家康としては二俣城に援軍を送りたかったのだが浜松からの進路を馬場隊、山県隊、勝頼隊の3重の陣で遮断されており援軍を送り出せぬまま時間が過ぎていく

 

 その間にも武田は東遠江の制圧に力を入れ浜松より東は掛川城と高天神城を残すのみとなり、ロンメルが浜松に入って1ヶ月が経過した

 

 

 

 

 

 

 

 元亀3年(1572年12月)

 

 二俣城が遂に陥落し、遠江の防衛線が崩壊

 

 武田本隊がいつ浜松を攻撃してくるかわからなくなったそんなある日

 

 浜松の城下町にてとある噂が広まっていた

 

 何でも信玄の病状が悪化し、堅城な浜松ではなく岡崎城と浜松城の間にある吉田城を攻略しようとしているとのことだった

 

「半乃助」

 

「は! 信玄の病状が悪化しているのは間違いないとのこと。かがり火や煙からしてそろそろ動き出すかと」

 

「よし!」

 

 ロンメルは徳川の評定に参加し、今後の方針を決めることとなった

 

「信玄の病状が悪化しているというのはこっちも服部を通じて理解している……となると二俣城を攻略して合流した信玄本隊の数は2万5000、高天神城や掛川城の城兵を召集すればこちらも1万8000となる。決戦は可能だ」

 

「しかし徳川殿、それでは時間が稼げません」

 

「わかっている! だがこのまま浜松城に籠り続ければ遠江の豪族だけでなく三河からの信頼を裏切ることとなるそうなれば我等親子は父や祖父の様になる可能性がある」

 

 徳川家康の父や祖父は家臣の裏切りにより命を落としており、豪族の力が強い三河では奥三河が敵に落ちた以上東三河と西三河だけは絶対に死守しなければ家康の家臣団が崩壊する危険性が有った

 

 つまり戦わずして徳川家が崩壊してしまうのだ

 

 更に信玄の病によって弱っているという情報は徳川家臣団に勇気を与え、籠城派から一気に好戦派が多数を占める様になっていた

 

 問題なのはこの好戦派に織田方にも佐久間や平手が賛成している点である

 

 奇妙様と津田様はロンメルを怒らせた怖さを知っているため籠城派になっているが佐久間の権力で押しきられる可能性も有った

 

 どうしたものかと悩むロンメル

 

 すると評定にこんな情報が飛び込んできた

 

「信玄は自身の病気の悪化に焦り、軍を急ぎ吉田に向けて進軍を開始致しました! 翌日には三方ヶ原を抜け、明後日には吉田城に到達してしまわれます! 殿ご決断を」

 

「「「殿!」」」

 

「論目流殿すまぬが籠城策は取り止めじゃ。酒井策を」

 

「は! 三方ヶ原の西は大軍が進むには困難な祝田の坂があります故に軍を長くして進まなければなりません。なのでここは鶴翼の陣をとり武田軍が半数程祝田の坂を通りすぎたところを襲えば武田本隊に大打撃を与える事ができましょうぞ!」

 

「ま、待ってください! それでは待ち伏せに有った場合徳川家康殿が危機的に!」

 

「殿は我が護る! 臆病風に吹かれたか大妖怪!」

 

 徳川一の猛将本多忠勝がロンメルを挑発するがなおロンメルは食い下がる

 

 そこに奇妙様を連れた佐久間が評定に入ってきて

 

「ロンメル、我等は徳川の援軍ゆえに徳川の意向を尊重すべし」

 

 と言われてしまった

 

「佐久間ぁ!!」

 

「織田家筆頭家老である儂に歯向かうとなれば織田家に対する反旗と致す! 論目流これは奇妙様からの命令じゃ!」

 

 ロンメルは涙を流しながら渋々承諾

 

 徳川織田連合軍は三方ヶ原に向かい出陣したのだった

 

 

 

 

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