ロンメルの受難   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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本能寺の変

 天正8年(1580年7月)

 

 ロンメルは関東平定を完了したことを家臣達や家康と共に信長に報告すると、信長は

 

「で、あるか……良くやった。褒美として関東は任せる。ただ鳴海含め信濃、甲斐と関東8国では流石に多すぎる。よって2年後には鳴海と信濃は没収とし、5年後には甲斐も譲るように……東北の調略を進めながらロンメル、関東の内政に励め。東北は信忠に北伐をさせる」

 

「は!」

 

 現在織田家は伊賀侵攻を成功させ、伊賀の忍衆を織田本家に忠誠を誓わせたり、反抗的な国人衆の国替えを敢行、信長の権力は絶頂期となっていた

 

 織田包囲網が瓦解したことにより毛利も元将軍を追放し、どう和議を結ぶかの段階に入り、四国でも長宗我部元親の快進撃が続いていたが織田にはかなわないと思っており、こちらも従順の姿勢になり始めている

 

 織田勢力が全く届かないのは九州と東北のみであった

 

 ロンメルは関東に戻ると税率は四公六民を引き続き行うとし、楽市令、学校で農業を学んだ者達による農作業の指導、流民の吸収による新村の開発、街道の幅を大幅に広げ、橋を多く作り、馬車技術を民間にも解放し、物流の活性化……そして

 

「江戸開発を行う!」

 

 ロンメルは前の時代に住んでいた巨大な東京の町と同じ位置にある江戸に巨大都市を作る計画を作成し、小田原城を再建しながら堺の町を超える商業都市とするためロンメルが扱える資金を全て投入して内政を行った

 

 信長が貴族の地位を廃すという噂が徐々に広まった事で京を脱出する貴族が多数出たのでその方々を関東に移住してもらい、教職として文化の遅れた関東に文化の伝播を行った

 

 1国10高等学校、2大学を目標とし、寺小屋から高等学校、そして大学の導入を進めた

 

 約30年の蓄積してきた学校運営ノウハウと人員を使い、まず各国に高等学校を設置、場所は城を廃城としたり、大きな寺社の土地の一部を使うことで作り出し、寺社学校、農業高校、漁業学校、畜産学校等の専門学校と総合的に扱う高等学校、高等学校卒業生のみ入学可能な大学を作っていた

 

 久々にロンメルや家臣達は過労死しそうなくらい頑張り、怪異織田家の学校の卒業生を雇いまくり、人員の大規模補充をしたりしていると怪異織田家の家臣の数は2万人の文官、1万5000人の文武両官、2万人の武官、1万人の諜報官の6万5000人の部下を常時雇う体制を作り上げた

 

 そんな改革を実施しているため東北を調略しろと言われても全然手が回らず、東北はほぼ放置となる

 

 が、目敏い者はあちらからやって来てくれるもので、伊達家と最上家がこちらに挨拶に伺い、親族関係で蜘蛛の巣みたいなぐちゃぐちゃな血縁関係になっていた東北の利害調整をこちらに投げて来たのでそれどころじゃないわとロンメルはキレながらも5年以内に臣従か敵対を選択しろ、臣従すれば領土安堵、敵対及び無回答の場合は織田本軍を持って殲滅すると言っておいた

 

 関東争乱により関東全土が疲弊し、改革の真っ最中でロンメルは東北がどう動こうが無視するつもりであった

 

 半乃助達諜報官も近畿、中部、関東の諜報網構築と後進の育成、風魔残党と戦い続けており更なる組織拡張に向けて動いていたのだがこちらもこちらで手が回っていなかったので東北の諜報が上手く機能していなかった

 

 信長様からの命令もあるので攻め込むつもりは無かったが、立派な内政官に成長した利行の計算だと関東の改革完了は10年はかかり、江戸の町に至っては30年はかかるだろうと予想された

 

「とにかく人に職と食と金を与えよ。さすれば命がけの反乱を目論む者も消える。職人を保護し、改革を促し、物流を活性化させれば何とかなる!」

 

 豊かな未来を目指してロンメル達怪異織田家は邁進した

 

 

 

 

 

 天正10年(1582年6月)

 

 信長はその日本能寺にて九州討伐に向かうため安土から出て、京の本能寺にて茶会を開いていた

 

 信忠は二条御所跡地の二条殿にて九州に向けた軍儀を開き、織田家の次世代を担う信忠派と呼ばれる一派と今後の方針の決定を行っていた

 

 中国方面軍の羽柴秀吉率いる羽柴軍は毛利の臣従を完了させ、九州方面軍に改名し、長門に10万の軍勢が集結していた

 

 近畿方面軍の明智光秀は秀吉の援軍に向かうべく5万の大軍で備前を移動中

 

 北陸方面軍の柴田勝家は北陸の内政で精一杯であり、動員をかければ5万が集結可能であった

 

 紀伊に国替えとなった丹羽長秀は紀伊、和泉の2国及び四国監視の任についており動員兵数2万5000人

 

 石山本願寺跡地を改修した大阪城には津田信澄の軍1万が駐屯していた

 

 徳川家康はこの時京観光をしており、本国では優秀な長男信康が三河、遠江、駿河、伊豆4国を統治しており、動員兵数4万人

 

 伊賀の滝川一益常備兵1万(ロンメルの次の信濃国守内定済み)

 

 伊勢の北畠具継……動員兵数3万人

 

 信濃、甲斐、関東8国の相模、武蔵、安房、上総、下総、常陸、上野、下野という莫大な領土を有する怪異織田家、動員兵数10万人

 

 これが主な織田家の布陣であった

 

 尾張や美濃、大和、近江、飛彈、山城、河内、摂津の直轄地からは更に15万人の兵が動員可能であった

 

 ほぼ全ての者がこの時天下は信長の物になると思っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜……本能寺の周辺が騒がしくなる

 

「何事だ」

 

 煩い音に信長は近くにいた森蘭丸に声をかける

 

「は、ただいま確認して参りま……うく!?」

 

「蘭丸!?」

 

 蘭丸の肩に深々と矢が刺さる

 

 信長は刀を手に取り障子を破ると周りを兵が囲んでいることに気がついた

 

「誰の兵だ!!」

 

「織田木瓜を確認! 織田家の者による犯行です!!」

 

「で、あるか……信忠であろうな……ははは! 良い男になったではないか! 朝廷廃案に反対しておったからな! 奴の犯行なら納得がいく」

 

「それだけではありません! 明智殿の旗印も確認できております!」

 

「明智……明智だと? 奴は備前にいるハズだ! 違うなんだ? 信忠ではないのか? 誰の軍だこれは!」

 

「信長様お逃げください! 我々が時間を稼ぎます!!」

 

「いや、無理であろう……この兵数に囲まれては無理だ……弥助! 弥助はおるか!」

 

「ハイ、信長サマ」

 

 黒人の家臣弥助を信長は呼び出した

 

「余の首を持ち、ここから脱出せよ。お主の怪力であれば僅かながらに可能性がある」

 

「信長サマ、ボクが盾二ナルノデお逃げクダサイ!」

 

「良い、余は足が最近悪くなってしまい走れん……人生50年……良い夢を見れた……願わくは余の夢が繋がれる事を願う……」

 

 享年47歳……信長本能寺にて散る

 

 一方二条殿でも謎の兵が館を囲もうしていた

 

「信忠様逃げますよ!」

 

「阿久利黒! すまぬ! 安土城に入れば城代の(斎藤)利治殿が居られる。皆の者安土にて落ち合おうぞ!」

 

「妖怪中将阿久利黒参る!!」

 

 館を囲もうとしていた兵を阿久利黒や森長可が暴れまわり血路を開くと馬に乗った信忠達は館から脱出

 

 謎の軍勢から命からがら逃げ延びることに成功した

 

 翌日には安土に到着した信忠は生き延びた家臣や利治等の安土城に詰めていた家臣に命令し、兵を集める準備に入る

 

「あの軍勢はなんだったのだ? なぜ織田木瓜を使用していた? なぜいるハズもない明智の旗印があったのだ?」

 

「忠義に厚い明智殿の犯行とは思えない。明智殿が主犯だった場合京を封鎖しているハズだからこんなに簡単に安土に逃げられるハズがない……父上は!!」

 

「わかりませんが本能寺の方面から火の手が上がっていたのは確かにです」

 

「……くっ! 当主として動くしかあるまい! 利治殿集められる兵数は」

 

「今日だけですと3000、1週間で1万でしょう」

 

「わかった。最悪我が居城岐阜城にまで後退する」

 

「「「は!」」」

 

「阿久利黒、着いて早々悪いが伊賀の滝川一益殿に連絡を取ってくれ、京が何者かに落ちた想定で動く。京を任されていた明智殿が留守の隙を見た犯行だ。明智殿5万をすぐに畿内に戻す必要がある。滝川一益殿に連絡次第丹羽長秀殿、北畠具継にも連絡をして京奪還軍を編成する。良いな」

 

「わかりました」

 

 

 

 

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