バーソロミューはメカクレ歌姫を救いたい   作:寺町朱穂

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9話 歌姫と大海賊

 

「なにいってるの?」

 

 ウタは怪訝な目で海賊を睨みつける。

 

「私、海賊と話すことなんてないんだけど」

 

 彼女はそう言いながら、華奢な人差し指を向けた。ところが、厳しい表情を向けられているというのに、バーソロミューは涼やかな顔のまま変わらない。

 

「おや、君は約束を守らないのかい?」

「約束?」

「ビッグ・マム海賊団と一戦を交えたあと、ステージの上で約束したじゃないか」

 

 バーソロミューの言葉に、ウタは不快そうに眉を寄せた。「お話しする時間はあとでとってあげる」と言ったことは覚えているが、ルフィの登場やその前後に起きた出来事が印象的すぎて遠い昔の出来事のように思えた。

 

「べつに、あとでいいよね。それに、海賊と話なんてしたくない」

「よくないな。先延ばしにされるわけにはいかない。……では、勝負をしないかい?」

 

 ウタは「勝負?」と首を傾げた。 

 

「なに、身構えることはない。題するなら『説得勝負』になるのかな」

「……説得?」

「貴方が『言葉』で説得できればいいんだ。私が海賊を止めるように、とね。それが貴方の勝利条件」

「それでなに? 私が負けたら、この計画を中止しろって?」

「いいや、そのときは――貴方の前髪をもう少し伸ばして両眼を隠していただきたい!」

「はァー!?」

 

 ウタは心底あきれ果てた。目の前にいる男の本心がまるで理解できない。ウタが困惑している間にも、バーソロミューは話を続ける。

 

「どうだい? 悪い提案ではないと思うのだが」

「貴方、正気?」

「正気も正気。しいていうならば、1つ条件がある」

 

 彼はそう言いながら人差し指を立てた。

 

「勝負は私の船内で行う。公平に勝敗を判断するため、審判は英雄殿にお願いするとしよう」

「え、僕ですか? 構いませんが……」

 

 コビー大佐が突然話を振られ、虚を突かれたような顔をする。

 ウタはそんな「民衆を救った英雄」を一瞥すると、バーソロミューに視線を戻した。

 

「私がそんな勝負すると思ってるの?」

「勝負から逃げるのかい? それとも、貴方は私を説得できないと?」

「そんなわけないじゃん!」

 

 ウタは若干いらだった声で叫ぶと、甲板に降り立った。

 

「いいわ、受けてあげる」

「感謝する!」

 

 バーソロミューは心から嬉しそうに言うと、ウタたちを船内へ案内した。

 

「コビー大佐だったか、すまないね。私と歌姫の2人っきりという状況は、いまの観衆が許さないだろうと思って」

「いえ、かまいません。それより、どこで勝負とやらをするつもりで?」

「応接室でやるとしよう。少々手狭かもしれないが」

 

 彼の言う通り、確かに狭い室内だった。座り心地のよさそうなソファーが対になるように置いてあったが、他に目立つ家具はない。ウタはつまらなそうに壁にかけられた申し訳ない程度の絵画を見ながら、ソファーに腰を降ろした。

 

「さてと、さっさと勝負とやらを始めよっか。こんなの時間の無駄だから、海賊やめて」

「ずいぶん直球だね」

 

 バーソロミューは笑みを崩さぬまま、ウタと対面するように座る。そのまま、コビーにウタ側に座るよう促してから、にこやかに尋ねてきた。

 

「どうして、貴方はそこまで海賊が嫌いなのかな?」

「みんな言ってるでしょ。みんな幸せを望んでいるのに、海賊はおかまいなしに略奪するし人を殺すし街を焼く。みんなを不幸にする海賊なんて大っ嫌い」

 

 ウタは白くて長い足を組み、不機嫌そうに肘をついた。

 

「ねぇ、私のこと好きなんでしょ? だったら、海賊やめちゃいなよ」

「あはは、それは困るな。なにせ、私は海賊であることに誇りを持ってる。この矜持、やすやすと手放せるわけがない」

「誇り? ただ悪いことしてるだけじゃないの?」

「まあ、そうなんだけどね」

「……否定しないのね」

 

 ウタが呆れかえってもなお、バーソロミューは微笑みを浮かべたままだ。目の前にいる男の考えていることが分からず、大きなため息を漏らしてしまう。

 

「はぁ……なら、その悪いこと全部私が許してあげるから、海賊やめちゃいなって」

「申し出はありがたいが、お断りする。仮にこの場で命を落としたとしても、この罪は誰かに許されるものではないからね」

 

 ここで初めて、バーソロミューの表情が変わる。依然として微笑んでいることには変わりないが、小匙一杯分ほどの寂しさを含んでいる。ウタも変化に気づいたが、何故変わったのか分からず、眉を寄せたまま首を傾げた。

 

「どういうこと?」

「海賊とは奪って奪って奪い尽くして、最後に奪われる者のことだ。あくまで、持論だけどね。私の場合は、敵船と交戦中に大砲をまともに受けて命を落としたことが罰なのだろう。だが、それで許されたと思ってもいないし、これからも海賊行為を続けていくつもりだ。なにしろ、この生き方が好きだからね」

「……意味わからない」

 

 ウタは吐き捨てるように言った。

 

「命を落としても海賊が好きだからやめないってこと? 普通に死んだらなんにもならないじゃ……え、待って? なんか、おかしくない?」

 

 ウタは反論を口にしながら、妙な違和感に気づいた。相手の言葉を脳内で反芻しながら、数秒ほど考え込む。違和感の正体に辿り着くことはできたが、まるで意味が分からない。

 ウタは悩みながら口を開いた。

 

「命を落としたって、どういうこと?」

「言葉通りの意味だが?」

「……つまり、いまの貴方は……死んでる?」

「そうなるね」

「いやいやいや、それおかしくない?」

 

 ウタは頭を抑えながら首を振る。目の前の男は間違いなく生きている。生きている状態で自分の歌を聴かなければ、ウタワールドに取り込むことはできないのだ。ちらっと海軍の英雄に目を向けてみると、彼も同じ意見らしい。ひどく困惑しきった表情で何か尋ねたそうにしていたが、そのたびにバーソロミューが手で制していた。

 

「いつかは罰を受けると知っていたが、あんなにあっさり死ぬことになるとはね……いま、あの瞬間を思い出すだけでもゾッとする。また死ぬのは怖い」

 

 バーソロミューは一瞬だけ目をつぶるも、すぐウタに青い瞳を向けた。

 

「貴方はどうだい?」

「どうって?」

「心はこの世界で生き続けるとはいえ、自ら死を選んだ。それは、すごい勇気がいることだ。率直に聞くが、死ぬのは怖くないのかい?」

「……私は、みんなのために新時代を築きたいから」

 

 ウタは静かに答える。

 

「私を見つけてくれた、ファンの人たちのために。大海賊時代から逃げて、新しい世界を求めてる人たちのために……私がみんなの役に立つなら、肉体の命なんて惜しくない!」

 

 自分の決意を再確認するように、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。バーソロミューは黙ってその言葉を聞き終えると、大きく頷くのだった。

 

「……本当に純粋だね、とても可愛らしい……いや、そう怒った顔をしないでくれ! 髪の隙間からのぞく怒った瞳も愛らしいことこの上ないのだが、悪気があるわけではないんだ!!」

「ふざけてるとしか思えないんだけど!」

 

 ウタはいらだちを隠せぬ声色で言い放つと、不快そうに腕を組んだ。どうして、自分はこんな馬鹿げた男と話しているのだろうか。海賊なのは分かり切っているのだから、さっさと五線譜にとらえて貼り付ければよかったと後悔が胸の奥に沸き上がり、いらだちを後押しする。

 

「意味わかんない!」

 

 ウタはさっさと切り上げることを決め、あからさまに嫌悪の視線を男に向けた。

 

「こんな分からない勝負持ちかけて! 一体、なにがしたいわけ!?」

「貴方を救いたい!」

 

 バーソロミューが腹の底まで響くような声で宣言する。彼の顔からは完全に笑みが消え、これまでとは考えられないほど真面目な表情をしていた。ウタは馬鹿げた男だと目を逸らそうとするも、不思議とその顔を見返さずにはいられない。そんな自分にますます腹が立ち、怒声に近い声色で言い返すのだった。

 

「救いたい!? 私は死ぬのなんて怖くないし、計画も絶対にやめないから!!」

「いや、貴方は助けを求めている」

 

 バーソロミューは言い切ると、ウタが反論する前に素早く言い放つ。

 

「ずっと気になっていたんだ、ネズキノコを見たときから」

「……は?」

 

 これには、ウタはきょとんとしてしまう。

 なにが来ても反論できるように構えていたのに、持ち出された証拠はネズキノコ。たしかにこの計画のキーアイテムであることには間違いなかったが、助けを求める証拠とは到底思えなかった。

 

「サンジ君に頼まれ、食材を大量に用意していたね。そのなかに、ネズキノコが混じっていた」

「……え……?」

「私は彼の料理の手伝いをしていたから、よく覚えてるんだよ。あの前髪の素敵な料理人に『この食材はどうする?』と尋ねたんだ。そしたら、『食べたら死に至る毒キノコだから料理に使えない』と返されてね」

「……あれは……間違えたの。そう、間違えて出しちゃったんだってば」

 

 ウタは一瞬言葉に詰まったが、すぐに言葉を捻りだした。

 

「ちょうど、現実世界で食べてたから……間違えちゃって」

「そういえば、あのとき、他の観客たちにも気前よく食べ物を振舞っていたね。つまり、他の観客がネズキノコを食べて、この世界でも死に至る可能性が――……」

「それはない!!」

 

 ウタは叫んでから、しまったと口をふさぐ。この反応では、麦わらの一味の口にする食材に「ネズキノコ」を混入させたと認めたようなものだ。

 

「当たったようだね」

 

 バーソロミューはウタの失言を耳にすると、わずかに口元を緩ませた。

 

「あれから、私はずっと考えていたんだ。どうして、貴方が危険な毒キノコを提供したのか。それも、ルフィ君が食べる可能性が高いのに」

「……ルフィは海賊だから殺そうと思ったの」

「あのときは、海賊だと知らなかったはずだ」

 

 今度は、バーソロミューがウタの言葉を遮った。

 

「ルフィ君に『いま、なにしてるの?』と尋ねるまで、貴方は海賊をしていると知らなかった。それからだ、彼に『海賊やめなよ』と言ったのは」

 

 バーソロミューは自らの推理を語り始める。

 

「ルフィ君との再会は喜んでいたが、彼の麦わら帽子を見て、ますます美しき瞳を輝かせていた」

「……」

「その後、チキンレースで勝負をしかけてまで、ルフィ君から聞きだしたかった情報はシャンクス――父親の居場所だった。貴方は実の父親に会いたかった!」

「それ完全に的外れだよ、残念でしたー!」

 

 ウタは彼の推理を小馬鹿にするように鼻を鳴らすも、彼はまっすぐ自分を見つめたままだ。まるで、自分の推理が間違っていないとばかりの態度に、ウタは大きく肩を落とした。

 

「シャンクスは悪い海賊なんだよ……いまさら、会うわけないじゃん」

「貴方と父親の間に、どのような確執があったのかは分からない。だが、貴方は父親に会いたかった!」

「じゃあ、こうだよ!」

 

 ウタは噛みつくように自分の意見を叫んだ。

 

「私はシャンクスが憎かった! シャンクスを恨んでいた! だから、ルフィがシャンクスと来てると思って、殺せるチャンスだと思った!!」

 

 ウタは爪が食い込むほど拳を握りしめる。

 

「この世界でネズキノコを食べたら心も死ぬ! シャンクスは……ううん、シャンクスだけじゃない。ルフィもルフィの友だちも赤髪海賊団のみんなも、新時代にはいらないから!」

「しかし、私にはそうとは思えないんだ」

 

 ウタは「ふざけないで!」と言葉を返そうとして、はたっと言葉を飲み込んでしまう。バーソロミューの真面目腐った表情の奥に、憐れみや寂しさの色が見え隠れしていることに気づいたのだ。

 

「貴方は、ルフィ君……それから、シャンクスに、気づいてほしかった。どうして、ネズキノコなんて危険なものがあるのか、考えて欲しかったんだ。ネズキノコは……貴方なりのSOSだったんじゃないかい?」

「違うよ、そんなことないって」

 

 それでも、ウタは負けじと言い返す。

 

「私が助けを求めてる? よりにもよって海賊に!? 私は海賊嫌いのウタだよ? みんなを導く存在なのに、助けを求めるなんてありえない」

「……私には、そうは思えないんだ」

 

 バーソロミューは諭すように告げた。

 

「私には、貴方が小さな女の子に見える。優しすぎるあまり、この世界から逃げ出したい女の子に」

「……なにをいってるの?」

「ネズキノコを使って、ファンと一緒にウタワールドに閉じこもり、新時代を作るだけが目的じゃない。大規模ライブを開催した、もうひとつの目的は――……」

 

 バーソロミューはウタを見つめながら、彼女の真意を口にしようとする。

 ところが、その先の言葉は紡がれずに終わってしまう。

 

「おい! 大変だぞ!!」

 

 空間に大きな穴が開き、ブルーノが冷や汗をかきながら現れたのだ。

 

「観客たちが暴動寸前だ!」

「そんなっ!?」

 

 ウタはブルーノの言葉を聞き、弾かれたように立ち上がった。

 

「止めなくちゃ!」

 

 ウタはそれだけ言うと、すぐに窓を蹴り破った。バーソロミューやコビーが制止する声が聞こえた気がしたが、無視して外に飛び出してしまう。そこで見た光景に、ウタは目を疑ってしまった。どこを見渡しても、観客たちが怖い表情で言い争っている。ウタに助けを求めた女の子が屈みこんで泣き、「帰るよ」と伝えた羊飼いの少年が不安げに周囲を見渡していた。

 

「み、みんな! やめて!」

 

 ウタが呼びかけると、大半は彼女の方に目線を向ける。しかし、3割ほどの観客たちはウタを無視し、声を荒げて争っていた。

 

「ねぇ、喧嘩はやめて! やめてって言ってるでしょ!」

「んなこといいから、さっさと現実世界に返せ!」

 

 ウタの気持ちを否定するような声が、なぜか背後の船から聞こえる。振り返れば、船の甲板にまで観客が上がり込んでいた。どの観客も苦しげな表情で、ウタが「海賊狩り」の際に生み出した棒などの武器を手にしている。

 

「うそでしょ……?」

 

 ウタは急いで甲板に戻り、観客たちの前に降り立った。

 観客たちの不満を爆発させているような怒った顔を見て、ウタの心は引いてしまった。庇護対象だと思っていた彼らから純粋な敵意を向けられ、この場から逃げたい気持ちにかられてしまう。それでも、なんとか踏みとどまると、ウタはやっとの想いで笑顔を作った。

 

「ねぇ、そんな物騒な物は片付けよっか。ここは、みんなが望んだ幸せでいられる世界なんだよ? そんな怖い顔しないでさ、みんなで仲良く永遠に暮らそうよ」

「それは、無理なんだよ……お願いだから、帰してほしいんだ」

 

 観客たちは、ほとんど泣きそうな表情で語り始めた。

 

「ウタちゃん、頼むから出してくれ。おれ、ポチに会いたいんだ」

「あたしもお願い! ミーコがお留守番してるの!」

「病気のかーちゃんに親孝行するって決めたばかりだったんだ。かーちゃんに会いたいんだよ……!」

 

 ウタは言葉を失くした。

 彼らの表情は、映像電伝虫で「生きているのがつらい」と語りかけてくる人たちのモノと重なってしまう。「海賊にすべてを奪われてつらいんだ」と涙ながらに語る口で、「帰してくれ」と頼み込まれる。

 

「べ、別に、そんなこと気にしなくていいよ」

 

 ウタは必死に語りかける。自分の顔がちゃんと笑えているかどうか不安に思いながら、彼らの心からの想いを否定する。

 

「ほら! ペットなら、私がいくらでも出してあげるからさ! 犬とか猫とか、この世界に存在しない理想の可愛い動物だって生み出せるよ。それに、病気のお母さんもきっと配信を見てくれてるって。だから、安心して――」

「おれのかーちゃんは電伝虫の使い方がわからねぇ!!」

 

 観客はウタの言葉を遮ると、胸ポケットから銃を取り出した。

 

「頼む、ウタちゃん。おれたち、こんな真似……したくないんだ!」

「ポチとそっくりな犬を出してくれたとしても、本物のポチには変えられないんだよ……おれが期日までに預け先から引き取りに行かねェと、最悪殺されちゃうんだ!」

「お願いです、ここから帰してください!」

 

 観客たちは武器を手放さない。

 海賊に向けていたような敵意と憎しみが、ウタに注がれている。

 ウタは彼らの言葉を否定しようとした。しかし、その言葉が喉まで登ってきているのに、どうしても詰まって出てこない。

 

「あんたなら、わかってくれるだろ?」

「私は……わたし、は……」

 

 息が上がる。

 肩が上下に大きく揺れる。ウタワールドにいるというのに、現実世界にいる自分まで胸が苦しくなっていく。ただ首を横に小さく振るのが精いっぱいで、それを見た観客たちが落胆する姿に、ますます締めつけられる思いだった。

 ウタの前にいる観客たちは一瞬冷めた瞳になったが、徐々に怒りの色が濃くなり始める。

 

「っ! この世界から、出しやがれ!!」

「あんたの歌なんか、聞かなければよかった!」

「失望した! お前がそんな人間だったなんて!」

「ひぃっ」

 

 ウタは恐怖で一歩後退する。もはや、言葉を返すこともできない。

 観客はそんな彼女にいらだちを覚えたのか、とうとう一人が銃の引き金を引いてしまう。「ちょっと痛めつければ言うことを聞いてくれるかもしれない」という淡い考えが頭の片隅にあったのかもしれない。だが、本人としてもそこまでやるつもりはなかったのだろう。バンっという破裂音のあと、すぐに「しまった」と顔が青ざめていたからだ。

 

「――っ!?」

 

 銃弾は、ウタに当たらなかった。

 

「……間に合った、か」

 

 ウタの壁になるように、バーソロミューが間に入ったからだ。バーソロミューの脇腹辺りに銃弾が命中し、じんわりと赤いシミが広がっていく。ウタはそれを見て、顔から血の気が完全に失せた。

 

「だ、だめ!」

 

 すぐに彼に駆け寄り、脇腹に手をかざして治そうとする。

 

「どうしてこんなことを……! すぐに治してあげるから!」

「その必要はないさ、この程度の傷……どうってことない」

 

 バーソロミューは痛みにうめいていたが、笑顔だけは絶やさなかった。

 

「貴方の白肌に傷がつかなかったのだから、それでいいんだ」

「銃弾程度、どうってことないよ。そんなこと、わかってるでしょ?」

「そうだね、わかってた。だけど、身体が勝手に動いていたんだ」

 

 彼は小さく微笑む。

 ウタは「意味が分からない」と頭を振る。家族でも友達でもないのに、どうしてここまでしてくれるのか理解できなかった。

 

「なに、推しの涙が観たい男はいないってことさ」

 

 そんな気持ちを読み取ったかのように、男は囁くように言うのだった。

 

「涙?」

 

 そこでようやく、ウタは自分の目じりに涙がいっぱい溜まっていることに気づいた。目線を少しでも下に落としたら最後、ぼろぼろと零れ落ちてしまうだろう。

 

「思い起こせば、いつも苦しそうだったね。特に、ルフィ君と戦っているときの歌は悲鳴のようにしか聞こえなかった……貴方の心は、ずっと泣いていた」

 

 涙で歪んだ視界のなか、バーソロミューの笑顔だけがハッキリと見える。

 

「父親に会いたいなら、私が探し出してみせる。だから、こんなことは止めよう。もうすぐ、現実世界で仲間が解毒薬をもって来る。それを飲んだら、一緒に航海に出よう」

 

 男は脇腹を抑えながら、ウタに笑いかける。

 ウタは彼の顔を見て、胸が苦しくなる。涙が零れないように鼻をすすり、目元を乱暴に拭った。

 

「私……そんなこと……」

 

 ウタは言葉を出そうとするも、うまく紡げない。みっともない涙声になっているのが分かった。

 

「そんなこと、できない。シャンクスは大海賊だし、極悪人だよ。それに……私に、シャンクスと会う資格なんてないんだ……」

 

 ウタは震える声で呟く。

 しかし、その声は「シャンクスと会いたい」と訴えているようにしか聞こえない。

 

「大丈夫、私が傍についているから。どのような嵐に見舞われても、巨大な波が押し寄せても、恐ろしい海賊船に襲われても――シャンクスと再会するまで、必ず守ると誓おう」

 

 

 バーソロミューは騎士のように片膝をつくと、手を彼女に差し出すのだった。

 ウタは目を丸くし、彼をじっと見つめる。涙で潤んだ視界のなか、唯一ハッキリ映しだされた青年の微笑みを見つめていると、自然と強張っていた口元が緩むのが分かった。

 

「さあ、行こう」

「……っ」

 

 促されるような言葉に、ウタはもう一度、袖で涙をぬぐう。

 ゆっくりと彼に向って、手を向ける。

 

 

 そして――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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