バーソロミューはメカクレ歌姫を救いたい   作:寺町朱穂

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12話 幕が上がる

 

 

「ビースト?」

 

 カリファが困惑したように呟いていた。

 

「獣ということでしょうか? しかし、トットムジカは獣より道化に近いように見えますが……」

『必ずしも見た目が獣になるとは限らない』

 

 カリファの疑問に答えたのは、ホームズだった。

 

『ビーストとは人間の獣性によって生み出された大災害であり、類と人類の文明を滅ぼす破滅の化身……端的に表現するのであれば「人類の敵」だ』

「人類の敵……」

『おそらくだが、ウタという少女にもともと人類悪となる素養が備わっていたのだろう』

 

 ホームズが静かに言葉を続けると、シャンクスの眉がぴくりと動いた。ホームズはシャンクスの動きを見逃さず、すぐに『失礼、貴方の娘でしたね』と謝罪の言葉を口にした。

 

『人類悪となりえる存在は、総じて人類への壮大な愛を抱いている。その愛が大きすぎてしまうが故に、最悪の悪へと反転してしまう――それが、人類悪だ』

 

 ホームズはシャンクスに淡々と説明を語り始めた。

 

『自らの歌によって世界規模の大量殺人を企てたとはいえ、その根底にあるのは“人を救いたい”という純粋な願いだ。彼女は自分のファンや苦しみもがいている人たちに、愛を持って接していた。それが裏切られ、暴走してしまった末路として、人類悪――ビーストとして顕現するのは何も不自然ではない』

「……」

 

 シャンクスはなにも答えない。ただ、その瞳には一瞬苦し気な色が浮かぶ。

 ボイジャーは座り込みながら、そんなシャンクスを見上げるのだった。

 

「……とっとむじかのうた、ひどくかなしいね」

 

 ボイジャーは胸をぎゅっとつかみながら、ぽつりと寂しげに呟いた。

 

「『こっちをみて』『いかないで』ってさけんでるみたい」

 

 ボイジャーは歌が好きだった。

 カルデアに来てからも、アマデウスの奏でる幻想曲や子どもサーヴァントたちの無邪気な歌声、シェイクスピアの歌唱のような朗読劇など、さまざまな音楽に耳を傾け、ゆったりと心を寄せることを好んでいたが、ウタ――トットムジカの歌声はいままで聞いた度の歌声よりも哀しく、切なく、胸をしめつけてくる。今まで聞いた曲のなかでも十本の指に入るほど迫力のある声で、とてもカッコよく感じてしまうのに、恐ろしく、寂しくてたまらないのだ。

 その理由が、ボイジャーにいま何となく分かった気がした。

 

「うたを……とっとむじかをとめなくちゃ」

 

 ボイジャーはそれだけ言うと、大きく息を吐いた。いまだ身体は痺れるが、深呼吸を数度繰り返しているうちに、随分とよくなってきたように思える。

 

「でも、どうすればいいのかな?」

 

 ボイジャーはひょいっと立ち上がると、ホームズに質問を投げかけた。

 

「ぼくだと、びーすとをたおすのは、ちょっと……かなりむずかしそう」

『まだ時間はある。ビーストが完全体になってしまえば、冠位の英霊がいなければ倒すことはできないが、トットムジカにもウタにもビーストの特徴ともいえる角が生えているようには見えない。つまり、ビーストとして羽化する前だ。時間は少ないが、討伐できる機会は残されている』

 

 角が生える前に、トットムジカを倒せばいいのだ。

 一縷の希望が見えるも、モニターの向こうでダ・ヴィンチは険しい声を上げる。

 

『ホームズはいうけど、あくまでトットムジカを討伐できる可能性があるという話だ。実際に倒せるかどうかといえば、極めて難しいことに変わりはない』

 

 ダ・ヴィンチは難しい表情で説明を続けた。

 

『解析の結果、トットムジカに接近したら呪詛を浴びて動けなくなることが分かった。それを潜り抜ける、もしくは、なんとか耐えて同時攻撃をしかけたとしても、一度の攻撃程度でどうにかなる相手じゃない。それに、聖杯を取り込んでいる以上、トットムジカに傷をつけたとしても聖杯の魔力で回復する可能性が高いんだ。畳みかけるなら、短時間のうちに命がけの相当な一撃を複数回しかける必要がある』

「いずれにせよ、一番大事なことはあちらとこちらで息を合わせることが必要になるということだな」

 

 シャンクスが剣を構えたまま、静かに口を開いた。彼の鋭い瞳はトットムジカを――その上で歌い続ける少女をまっすぐ見据えている。

 

「それなら大丈夫だ。トットムジカに本気の攻撃を続けていればいい。時が来るまでは、な」

『言うのは簡単だが、かなり大変なことだよ。長期戦は不利だ。マーリンの千里眼があるとしても、あちら側が上手く合わせられるとも限らない』

「なに、心配はいらないさ。あちら側を見通せるのは、なにも一人だけじゃない」

 

 ダ・ヴィンチの心配をよそに、シャンクスは口の端を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 ウタワールドでも、現実世界同様、黒い渦が禍々しい歌とともに巻き起こり、トットムジカが降臨していた。

 

 ルフィをはじめ、麦わらの一味や集った海賊たち、コビーとヘルメッポ、藤丸たちも力を合わせて、トットムジカに攻撃しようと試みるも全く歯が立たない。

 サンジやゾロが先陣を切り、巻き起こる渦に乗って上昇しながら接近するも、音符の戦士たちに邪魔される。ブルックが剣で音符の戦士たちを切り倒し、コビーたちが鍵盤型の足場を走りながら懸命に戦うも、容易に辿りつけない。

 唯一、最も接近できたのは、ブリュレだった。ブリュレが能力を生かして鏡のなかを移動しながら近づき、鏡から現れたオーブンがウタに一撃を食らわそうとする。しかし、魔王の巨大な手に払われ、あっさりと後方へ飛ばされてしまった。

 ジンベエもナミの援護を受けて近づこうとしたが、指一本で跳ねのけられてしまう。その時巻き起こった旋風がジンベエの巨体をも簡単に吹き飛ばした。ジンベエでさえ飛ばされるほどの風なのだ。一緒にいたナミも巻き込まれ、小枝のように舞い上がってしまう。

 

「きゃぁっ!」

「やはり、ウタを同時攻撃しなければだめなのか……っ!?」

 

 ローが戦況を冷静に観察して、悔し気に顔を歪める。

 しかし、それだけにことは収まらない。

 

「ぐっ、なんだ、これは」

「力が、抜ける……」

 

 最前線で音符たちと戦いを繰り広げていた者たちが、次々と落下し始めたのだ。

 

「オーブンお兄ちゃん、苦しい……っ」

「っ、ブリュレ!」

 

 ブリュレが喉を抑えながら倒れ込み、オーブンも冷や汗を流しながら妹を抱え起こす。

 

「……しかも、毒を吐いているとはな!」

 

 ローがすぐさまシャンブルズで毒に侵された者たちを回収し、チョッパーと協力して治療に当たる。

 

 接近戦は難しい。

 かといって、遠方から攻撃をすれば当たるというわけでもない。

 

「プリンセス・ウタ!」

 

 ウソップが攻撃の合間を縫って、スリングショットを引く。

 

「みんなを救う歌声を、こんなことに使うんじゃねェっ!!」

 

 必死に呼びかけながら、スリングショットからポップグリーンを放つ。種は魔王に当たって炸裂したが、まったく効いていない。ウソップはそのまま弾き飛ばされ、音を立てながら倒れ込んだ。

 

「ウソップ!」

 

 ルフィが咄嗟に名前を呼ぶと、ウソップはぼろぼろになりながらも起き上がった。

 

「だ、大丈夫だ……トットムジカは、おれたちに任せろ……だから!!」

 

 ウソップは荒い息をしながらも顔を上げる。その先の言葉を引き継いだのは、同じく立ち上がったサンジとゾロだった。

 

「ウタちゃんを一人にさせるな」

「ケリィつけてこい」

 

 二人に発破をかけられ、ルフィの表情も引き締まる。

 ちょうど、ウタは歌い疲れたのか、糸の切れた人形のようにうなだれ、黙り込んでいる。いまなら――……幼馴染のルフィの言葉なら、ウタの耳に入るかもしれない。

 

「――ッ!!」

 

 ルフィは両足をポンプのように振るわせる。もうもうとした蒸気が肌から昇り、その勢いのまま突進する。

 藤丸はその様子を後方で眺めながら、拳を強く握りしめる。

 

「マーリンっ! ルフィに防毒の魔術かけて!」

「もちろんさ! ……と、言いたいところだが、いまのボクには難しい注文かな」

 

 そう言いながらも、マーリンはルフィに向かって杖を向ける。すると、ウタに向かって駆けだしたルフィの身体が一瞬、ぼうっと光を帯びた。

 

「毒で損なうであろう分の体力を回復させるのが精いっぱいだ。トットムジカの支配力が増している現状、僕の力も制限がかかっていてね……」

「それでも、ありがとう! ……みんなの体力も回復できる?」

「了解した、マイロード。やれるだけのことはやってみるよ」

 

 マーリンは毒に侵された者たちに魔術をかけ始める。

 藤丸はその様子を一瞥すると、すぐにルフィに視線を戻した。ルフィは必死にウタに叫び語りかけるが、ウタは見向きもしない。魔王はうるさい虫でもいたかのように手を振るい、ルフィを叩き落とそうとする。ルフィは何度も何度も懸命に立ち上がり向かっていくも、音符が次々と現れ、彼の身体を玩具のように弾いた。

 

 それなのに、ルフィは無抵抗。一切の反撃をしようとせず、ウタに向かって叫び続けている。

 

「ウタ、聞け――ッ!」

「……ッ、海賊と話すことなんか、ない!!」

 

 ここにきて、ウタが怒りに任せるように叫ぶ。忌々し気にルフィを見下ろすと、上空に手をかざし、鋭い黄金の槍を生み出した。そのまま生成したばかりの槍を躊躇くことなく投げる。鋭い槍の切っ先は落下し、なすすべもなく倒れたルフィの身体を勢い良く貫こうとする。

 

「っ、黒髭!!」

 

 藤丸は咄嗟に叫ぶが、その前に黒髭が動き出していた。

 

「うぉおおお!」

 

 黒髭はルフィの前に躍り出ると、間一髪のところで槍をつかまえた――が、槍の先端が黒髭の腹辺りを突き、黒髭は痛そうに顔を歪ませた。

 

「黒髭、大丈夫!?」

「デュ、デュフフ……ノープロブレム、ですぞ」

 

 黒髭は苦しそうに笑いながら槍を捨てる。そして、ルフィに向かって親指を立てるのだった。

 

「はやく、ウタたんを……大事な幼馴染を……助けに行ってこいやっ!」

「ひげのおっさん、ありがとう! おっさん、名前が気に入らねェけど、いい奴だな!!」

 

 ルフィは礼を口にすると、ウタへと再び駆けだした。

 黒髭はルフィの背中を眩しそうに見つめたあと、がっくりとその場に倒れ込む。強がっているようだったが、腹部がかなり赤く染まっている。口元からも血が流れ落ち、ぽたりと地面に落ちた。

 

「重症じゃん!? すぐに止血するから!」

「しゅ、主人公を守れたんだ……これが――……」

 

 黒髭が何か言おうとするも、その先は聞き取れなかった。

 

「すまなかった、ウタ!! 頼むから、聞いてくれっ!」

 

 ゴードンがおいおいと涙を流しながら、ウタに向かって叫んだのだ。

 

「全部私が悪かった!! 私は……私は嘘をついていたんだ! シャンクスは悪くない! 悪いのは……あの日、エレジアを焼いたのは、トットムジカなんだ!!」

 

 ゴードンは声が枯れるほど叫んだ。音楽の島の国王だっただけあり、彼の声は非常によく通る。少なくとも、ルフィには届いたらしく、ルフィは一瞬、ぴたっと動きを止める。

 だが、そこまでだった。

 既に、ウタの身体の周辺には黒い旋風が渦巻いている。ゴードンの嘆願と真実の告白は風に遮られ、彼女の耳に届かない。その現実に、トットムジカはさも愉快そうにニタリと笑うのだった。

 

「――ッ!!」

 

 トットムジカは巨大な手を開くと、いとも簡単にルフィをつまみ上げる。ルフィは「離せ!」とじたばた手足を必死に動かすも、まったくびくともしない。まるで、巨人が悪戯猿をつまみあげ「どう成敗してやろうか」とでも楽し気に悩んでいるように見える。

 

「ウタ――ッ!? あ、そのマーク……おれが描いたやつか!?」

 

 そのとき、ルフィが何かに気づいたらしい。ウタの手元を凝視し、驚いたように瞬きをしている。こちらにはウタも気づいたのか、虚ろな眼差しをルフィに向ける。

 

「おれたちの新時代のマーク……!」

「……うるさい……」

「ウタ、もう止めろ! こんなのは自由じゃねェ……こんなの新時代じゃねェ! お前が誰よりも分かってんだろ!!」

「……ッ」

 

 ウタの眼に涙が浮かぶ。震える唇が何か呟こうと小さく開くも、その声を遮るようにどす黒い音符が突然吹き上がる。音符は完全にウタの身体を包み込み、ルフィも漆黒の渦に巻き込まれてしまう。ルフィの叫び声が木霊するも、その身体は藤丸たちの位置から視認することはできない。

 

「ルフィっ!?」

「まずいわね……遅すぎた」

 

 ナミが悲鳴を上げ、ロビンが悔し気に呟く。

 それと同時に会場が――世界が大きく揺れ、ぐにゃりと曲がった。

 

 

 トットムジカが新たな楽章を奏で始めたのだ。

 

 

 魔王の形態の背中から巨大な羽が伸び、歓喜と絶望の唄を歌い始める。魔王の唄に合わせるように世界が書き換えられていく。先程までのライブ会場も五色の湖もどこにもない。それどころか、足場すらなくなっていた。漆黒の世界には嵐が吹き荒れ、すべてのモノを吹き飛ばそうとする。どこかに足をつけて、体勢を整えることすら許されない。

 

「ひ、避難する連中はこっちに!」

 

 ブリュレが鏡を広げたが、運よくそちらに風が吹いて飛ばされた者しか逃げ込むことはできなかった。ブリュレ自身、その場に踏みとどまろうとするも、無重力状態なため上手く動くことができないのだ。

 

「っくそ、動けねェ!!」

 

 こんな状況、とてもではないが戦えるわけない。

 トットムジカを攻撃しようにも、接近することは不可能である。

 駆けだしたくても、強く踏み込んで跳びだしたくても、空中を浮かぶしかできない現状ではどうすることもできない。あたりを渦巻いていた風が吹き終わってしまえば、誰も彼もぷかぷかなすすべもなく浮くことしかできなかった。フランキーやジンベエが泳いで進もうとしていたが、いくら前に手を掻きだしても足をばたつかせても一向に進むことはできない。

 

「こんなのどうやって戦うんだ……!!」

 

 ブルーノが逆さまになりながら、悲鳴を上げる。そんなブルーノのすぐそばでは、ウソップがトットムジカが消えた方向に向かって叫んでいた。

 

「ルフィ――ッ!! 返事しろ――ッ!!」

 

 しかし、その声に対する返事はない。

 ルフィの姿はどこにも見当たらない。トットムジカの周りには、ぬいぐるみの観客たちが物言わぬ衛星のように漂っていた。もしかしたら、そのなかにルフィも姿を変えて交じってしまっているのかもしれない。

 

「これは……」

 

 進むことも戻ることもできない。そのうち、身体の上下が逆転し、懸命にもがくもどうすることもできなくなった。

 この空間すべてが、トットムジカによって支配されていた。トットムジカは歌いながら、悲鳴をあげたり苦悩したりする者たちを嘲笑う。

 

「――ッ!!」

 

 トットムジカは心地よく歌い続けた。

 音符の騎士たちが無尽蔵に現れ、歌声に合わせてダンスを披露する。しかし、観客たちは何も言えない。黙って耳を傾け、文句を言えずに観ることしかできない。

 

 

 

 

 トットムジカの奏でる新楽章は、幕が上がったばかりだ。

 

 

 

 

 

 





トットムジカ、もうちょっとだけ強くなる予定です

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