バーソロミューはメカクレ歌姫を救いたい   作:寺町朱穂

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13話 カリブの海賊王

 

 藤丸立香は、上下逆さになって浮かんでいた。

 いくら足をばたつかせても、まったく元に戻らず、気持ち悪さが募るばかりだ。

 

「ッ、こうなったら……」

 

 藤丸は覚悟を決めると、自分より少し前方で無重力状態に逆らおうと奮闘する黒髭に向かって叫んだ。

 

「黒髭、船を出せる!?」

「無理だ。魔力が足りねぇ……!」

「それなら……『令呪をもって命ずる!!』」

 

 藤丸は綿毛のように漂う心細さをかき消すように、思いっきり拳を掲げた。

 

「『カリブの海賊王っ! 出航せよ!!』」

「ッ!! 心得た、マスター!!」

 

 黒髭は驚いたように目を丸くした後、すぐに不敵に笑って声を張り上げる。令呪によるバックアップを受け、黒髭の身体に膨大な魔力が満ち溢れた。黒髭は目を輝かせると、自慢の海賊船――『アン女王の復讐号』を召喚する。

 

「お前ら! 早く乗りやがれ!!」

 

 黒髭は舵を取り、海賊船を操りながら周囲の海賊たちを一人、また一人と甲板に拾い上げ始めた。

 

「たすかった……」

 

 藤丸は甲板に座り込みながら、ほっと安堵の息を零した。

 

「マイロード、よく思いついたね」

「この間、似たようなこと体験したから」

 

 藤丸は先日経験した特異点を思い出し、苦笑いを浮かべる。

 

「ここはウタワールド……トットムジカの内側みたいな感じだから……上手く宝具の召喚できるか分からなかったし、無効化されたら嫌だなって思ったけど」

 

 少なくともこの船に乗っていれば、無重力は感じられなかった。普通に座ることができているし、歩けるし、自由に会話をすることもできる。ここを基点として、トットムジカに攻撃をしかけることだってできるかもしれない。

 

「――ッ!!」

 

 ただ、トットムジカは目障りな船の出現に嫌気を覚えたのだろう。ぎらりと目が光らせ、口から漆黒のビームを放った。

 

「ははんっ! この船をなんだと思ってやがる!」

 

 しかし、黒髭は動じない。

 面舵いっぱい旋回させ、ビームをやすやすと回避した。

 

「なにせ、俺はカリブの海賊王!! おまけに、俺の船に乗船するは麦わらの一味と名ありの大海賊ども! いまの船の性能は文句なしの一級品よ!!」

 

 黒髭の船は搭乗している者の力量が上がるほど、船自体の性能が強化される。アン女王の復讐号は、宇宙にも等しい無重力空間を平穏な海にでもいるかのように悠々と進んでいく。そのうえ、黒髭はカリブの海賊王――……この空間がトットムジカの世界とも等しくなっていたとしても、『海賊王』という単語はONE-PICE世界のおいて最も知名度のある肩書といっても過言ではない。

 

 故に、いまの黒髭エドワード・ティーチは、いつになく絶好調。

 トットムジカが雨嵐のようにビームを浴びせて来ても、かすり傷負わずに避けられるほど能力向上していた。

 

「とはいえ、拙者も舵を取るので手一杯。攻撃の指揮は得意な奴に任せる」

「それなら、コビーが指揮を!」

 

 ナミの呼びかけに、コビーもすぐに頷くと、邪魔なマントを投げ捨てながら立ち上がった。

 

「はい! まずは観客の保護が最優先です! 攻撃に巻き込まれることを阻止する必要があります!」

 

 コビーはビームの音に負けぬように、声を張り上げながら指示を出した。

 ぬいぐるみになった観客たちは、トットムジカの周りを漂っている。さながらそれは、遠目からは土星の環のように見えた。このまま突き進んでいくことはできるだろうが、魔王に接近すればするほど、観客たちが攻撃に巻き込まれてしまう恐れは十分にありえた。

 

「エドワードさん、トットムジカの周囲を回るように前進させてください! ナミさんとロビンさんは観客のみなさんをかき集めてください。ブリュレさん、集めた皆さんを鏡のなかへ! それから――……」

 

 コビーが陣営を指示し、場を整える。その間にも攻撃の手は緩まることなく、トットムジカの高笑うような歌声は止まらなかった。

 あいかわらず、絶望的な状況であることに変わりはない。

 

 

 

 

 それは、現実世界でも同じだった。

 トットムジカを中心にエレジア一帯が無重力状態に陥っていたが、それだけで終わらない。

 

 

「な、なんだ、これは!?」

 

 最初に目を疑ったのは、エレジアから遥か離れた場所にいる存在――五老星だった。電伝虫が白目をむいて震えたかと思うと、その口をこじ開けるように音符の騎士が這い出てきたのだ。音符の騎士はトットムジカそっくりの口元に不気味な弧を描くと、五老星が事態を把握する前に襲いかかる。

 

「『嵐脚』」

 

 音符の騎士が五老星に触れる直前に、CP0のロブ・ルッチが足技を食らわす。音符の騎士は四散したが、すぐに電伝虫から新たな音符の戦士がゾンビのように昇ってくる。

 

「トットムジカめ……音声の届く場所ならどこでも分身を召喚できるというのか!?」

 

 五老星の一人が苦々しい表情で分析する。

 

「電伝虫を破壊するか?」

「駄目だ。状況を把握することができない!」

「魔王を討伐することしか、残された道はない!!」

「しかし、そのようなこと現実に可能なのか?」

 

 五老星たちは切羽詰まった様子で、口々に話し合いをする。その間にも、音符の騎士の来襲は止まない。ルッチも豹の身体に変身し、五老星たちを守りながら薙ぎ倒していく。五老星たちが青ざめ、血の気が引いていくなか、ルッチだけは先程までとは打って変わり機嫌がよかったのは別の話である。

 

 

 マリ―ジョアと同じ現象は、彷徨海カルデアベースでも発生していた。

 彷徨海カルデアベースの管制室に突如として衝撃が走る。管制室全体が地震のように大きく揺れ、ゴルドルフが悲鳴を上げた。

 

「な、なんだね、いまのは!?」

 

 ゴルドルフの疑問に答える前に、その正体が姿を現す。

 音声システムにビリっと電気が走ったかと思えば、そこから黒い泥が垂れ落ちる。泥は地面に落ちるや否や音符の騎士へと姿を変えた。音符の騎士はにたりと笑い、その槍先をゴルドルフに向ける。しかし、その槍先は新所長を貫く前に、すぱんっと切断された。

 

投影、開始(トレース・オン)!」

 

 エミヤが槍を切り捨て、そのまま音符の騎士の胴体を撫で切った。

 

「トットムジカの影響がこちらの世界にも及んでいるということか」

 

 エミヤは呟きながら、絶え間なく流れ落ちる泥より現れる音符の騎士たちに向かっていく。

 

「想定以上に患者の病状が悪化しているようですね」

「まったく! だから早く解毒薬を投与するべきだったのだ!」

 

 ナイチンゲールも白手袋を嵌めなおし、アスクピレオスは額に筋を浮かべながらエミヤの後に続いた。

 

「……まずいな、戦いが長引けば長引くほど不利になる」

 

 サンソンが長剣を振り、騎士の首を切り落としながら冷汗を流す。倒したばかりの騎士の背後からも新たな騎士が生成され、こちらに向かって来るのだ。これでは倒しても倒してもきりがない。おおもとのトットムジカをどうにかしない限り、戦い続けなければならないのだ。いくら彷徨海には歴戦のサーヴァントがそろっているとしても、音声システムがあるのは管制室。大規模な戦闘ができる作りではないし、ここの機能が万が一にも落ちてしまったが最後、レイシフト先の藤丸たちを観測できなくなってしまうのだ。

 

「ボイジャー君、緊急事態だ!」

 

 ダ・ヴィンチが現場のボイジャーに通信を繋げようとしたが、通信装置からも音符が出現してしまう。

 管制室は混乱の渦に叩き落される。命令する声に悲鳴、叫び声、戦闘音と多種多様な音が入り混じっているというのに、ただひたすらに魔王の奏でる歌だけが不気味なまでに響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、魔王に取り込まれたウタは暗闇の中にいた。

 ウタは一人うずくまり、耳を塞いでいた。それでも、ウタを責め立てる人々の声が耳の奥に響く。

 

『お前のせいだ』

『この惨劇はお前がやったんだ!』

『お前の罪だ!!』

「うるさいっ! 全部、全部わかってるんだってば!」

 

 ウタは噛みつくように叫び、頭を振った。

 エレジアを滅ぼしたのは、シャンクスではない。シャンクスではなく自分なのだということに、本当はとっくに気づいていたのだ。

 

 映像電伝虫で歌の配信を始めて、一年ほどが経った頃――ウタは事件の日の記録を残した電伝虫を見つけてしまったのだ。

 映像のなかのエレジアは、火の海と化していた。真っ暗になった空には魔王がいて、町中を攻撃している。立ち向かうのは、シャンクスたち赤髪海賊団だ。その光景に合わせ、配信者の男性は必死に叫ぶのだった。

 

『気をつけろ! ウタという少女は危険だ! あの子の歌は世界を滅ぼす!!』

 

 シャンクスはエレジアを滅ぼすどころか、人々のために魔王に立ち向かってくれたのだ。そして、すべての罪を背負って立ち去ることで、いままでずっとウタのことを守り続けていたのだ。

 自分は人殺しだった。

 シャンクスを激しく恨んでいたのに、庇ってもらっていたのだ。

 

「どうしろっていうの!? 世界中に私の歌を待っている人たちがいるのに……っ!」

 

 ウタは涙を流す。

 ウタは海賊嫌いだと公言していた。だからこそ、海賊に虐げられていた世界中の人々が自分の歌を聴いてくれていたのだ。だが、真実を知った今では……海賊を恨むことなど到底できない。

 そもそも自分に海賊を嫌う資格なんてないのだ。本当は、子どもの頃からずっと……ずっとずっと海賊が大好きだった。でも、いまさらそんなこと言えるはずがないのだ。

 

 ウタが目的を見失っていたとき、道を示してくれたのはとある少女から届いた声だった。

 

「ねぇ、ウタちゃん。ここから逃げたいよ。ウタちゃんの歌だけずっと聞いていられる世界はないのかな?」

 

 自分を必要としてくれている人がいる。

 たとえ、自分に嘘をつくことになっても、ファンを裏切ることなんてできなかった。自分の声はすでに世界中から愛されているのだから。

 

「そうだ! 私は海賊嫌いのウタっ! 私を見つけてくれたみんなのためにも……」

 

 ぼろぼろと涙を落としながら、ウタはしゃくりあげる。

 ファンたちは自分を拒絶し暴動を起こした。助けを求めてきた少女は望んでいた世界(ウタワールド)にいるのに泣きながら座り込んでいた。

 何百、何千人の声が聞こえる。

 誰もが口をそろえて、ウタを責め立てる。ウタのことを救世主だと崇めた口で憎悪の言葉を叫んでくる。それでも、彼らのために……きっと、彼らなら分かってくれるだろうと無理やり思い込む。なにより、ここまでのことをやってしまったのだ。

 

 もう引き返せない。

 

「……新時代を……私が、作らなくちゃ」

 

 こんなの駄目だということは、百も承知だ。方法が間違っているなんて、ずっと前から分かりきっている。それでも、自分では止められない。冬の海に沈んでいくように、暗くて寒くて息が詰まって絶望的だったとしても、これをやりきるしかないのだ。

 

 

 ウタは自分の心を隠し、どこかにいるファンのためにあり続けることを選ぼうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのときだった。

 

 

「ウタ、ここにいたのか」

 

 優しい声に、泣きはらした顔を上げる。

 

 

 憎悪と絶望の嵐のなか、褐色のテディベアに手を引かれた幼馴染がたたずんでいた。

 

 

 

 

 

 

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