「トットムジカの手足を止めるぞ!」
「指示に沿って動いてくれ!」
現実世界ではヤソップが、ウタワールドではウソップが声を張り上げる。
「まずは右足!」
「右足!!」
ウソップの指示で、ゾロが真っ先に動き出した。ビームをかわしながら間合いを詰め、剣先を魔王の右足にねじ込む。
それと同時に、現実世界でも、ベックマンが銃の照準を右足に合わせた。
ゾロの切っ先とベックマンの銃弾、両者の攻撃が同時に命中する。右足を粉砕され、身体を大きく傾かせる。
「「左腕!」」
魔王に驚く暇を与えぬよう、間髪入れずにウソップとヤソップの指示が飛んだ。
続いて飛び出したのは、ジンベエだった。水流に乗って天高く飛び上がると、急降下の勢いを背に受けるように「海流一本背負い」を放ち、魔王の左腕を破壊しにかかる。現実世界でも、ホンゴウが丸まったルウと息を合わせて蹴り飛ばし、猛烈な勢いで左腕を吹っ飛ばした。
「「左足!」」
サンジが飛び出そうとするも、そんな彼に援護を送る人物がいた。オーブンが自身の能力を溜め、サンジの右足に熱を送ったのである。悪魔の炎の火力はぐんっと上がり、すざまじい脚力で魔王の左足を蹴り潰した。
現実世界のカタクリは弟が手を貸している姿が見えたのだろう。右腕を「斬・切・餅」に変化させると、ガブと共に攻撃を放ち、左足を粉砕するのだった。
「すごいな……っ! 息、ぴったりだ!」
藤丸は船の桟につかまりながら、目の前で繰り広げられる戦いに目を輝かせた。ウソップもヤソップも誰が攻撃しろ、とは指定しない。それなのに、次は自分だと理解し、瞬時に攻勢に出る。いまも「真ん中、右!」の声に合わせ、チョッパーが船を飛び出して「柔力強化」で身体を変身させると、ロビンが観音様みたいな大きな手を出現させ、加勢している。
「「真ん中・左!」」
ナミの天候棒からゼウスが飛び出し、黒く変色すると雷撃を浴びせにかかる。続いて、ブルックが剣を構え、現実世界でもロックスターが斬撃を振り下し、同時に魔王の中心が破壊された。
「――ッ!」
ほぼ同時に五度。立て続けに攻撃を受けた魔王は舐めるな!と怨念じみた唸り声をあげながら、翼を思いっきり羽ばたかせる。黒い竜巻が十も二十も巻き起こり、藤丸たちの乗る船を転覆させようと反撃にかかって来た。
「「両翼!」」
しかし、ウソップもヤソップも動じない。
彼らだけではない。ここに集った者たち、全員が自分のなすべきことを理解していた。
「行くでござる行くでござる!」
黒髭が意気揚々と宝具による攻撃を展開する。「アン女王の復讐号」は竜巻を難なく避けながら、四十門の大砲が魔王をまっすぐ狙った。砲弾は魔王を守護する音符の騎士たちをも撃ち倒し、砲撃を緩めることなく両翼を狙う。
それは現実世界でも同じだった。
「トットムジカだっけ? アタシの名前を覚えて逝きな!」
赤髪海賊団のメンバーを自身の船に乗せながら、ドレイクも宝具を披露する。
「『テメロッソ・エル・ドラゴ』! 太陽を落とした女だ!」
「黄金の鹿号」を中心に、生前指揮していた無数の小舟の船団が浮上し、そのすべての砲が魔王の両翼をとらえた。
「
「
異なる時代を生きた二人の海賊王の宝具が現実とウタワールドで重なり合う。
海賊らしい非常に荒々しい砲撃は、瞬く間にトットムジカの両翼を撃ち抜いた。両足を失い、羽ばたくことで体勢を整えていた魔王も、翼の破壊によって完全に崩れてしまう。
「「右腕!!」」
その隙を逃すなとばかりに、ウソップとヤソップは息ぴったりに叫ぶ。
ヤソップが銃を構え、ウソップはスリングショットのゴムを引き、互いに渾身の一撃を放った。
トットムジカはなんとか唯一残っていた右腕でガードしようとするも、フランキーがすかさず口から巨大な火の玉を放つ。かつて、ウタには届くことのなかった火の玉はウソップの放った弾に当たり、巨大な火の鳥へと姿を変え、右腕めがけて突っ込んだ。猛火が巻き起こり、とうとう右腕すら失い、守ることも、動くことすらできなくなってしまう。
「ルフィ!!」
「シャンクス!!」
狙撃手たちは、自分たちの船長に好機だとを叫ぶ。
ルフィはギア4状態の巨体のまま左拳を構え、シャンクスは剣を抜いて跳躍する。
魔王も抵抗とばかりに、唯一残っていた口からビームを放出するも、ルフィたちは軽快にかわしていく。
「――ッ!!」
戦いの終焉が迫っている。
魔王も最期を悟ったのだろう。苦し気な金切り声をあげながら、悪あがきとばかりに絶え間なくビームと呪いの悪煙を放ち、応戦しようとするも、2人の動きは止まらない。呪いの煙が身体をむしばもうとも、シャンクスとルフィは気にせず向かって来る。おまけに、ルフィの姿はいつのまにか変わっていた。先程までの巨体は消え、白い炎をまとった小柄な姿へと変化を遂げていた。身体の大きさだけみれば弱体化したのかと思ってしまうが、そのようなことはない。むしろ、強さが凝縮され、魔王は小さな姿にもかかわらず恐怖に震えてしまう。
「―-ッ!!」
負けるものか、消えてなるものか、と言わんばかりの勢いで、魔王は最期まで抵抗する。
ところが、そんな魔王の動きが一瞬止まった。魔王の赤い目がとらえたのは、自分に向かって来る圧倒的な死ではなく、現実世界でこちらを見すえている静かな目線だった。ウタがすっかり弱々しく座り込みながらも、力強い眼差しを魔王に向け続けている。そして、魔王がこちらを見ていることに気づくと、ウタは表情を緩め、微笑みを浮かべた。
「――…………」
魔王の動きが停止する。
それと同時に、ルフィとシャンクスの一撃がさく裂した。魔王は断末魔をあげなかった。ただ静かに無数の音符となって消えていく。音符は風に揺られ、シャボン玉のようにふわりと頼りなく浮遊し、ぱちんっと消えた。
現実世界で消えていくトットムジカを見て、ウタがそっと語りかける。
「……アンタも、寂しかったんだよね……大丈夫、私は……忘れないから……」
そんな彼女のもとにまで、小さな音符が漂ってくる。ウタが音符に手を伸ばすと、指先が触れる間もなく弾け、黄金の杯が転がり落ちてきた。
「これは……」
黄金の杯。
エレジアの城の金庫にしまわれていた品だった。これを近くに置いて歌うと、いつもより力が湧いてくるような気がして、こっそり持ち歩いていたのだ。ウタは黄金の杯を指でなでてみる。すると、不思議な記憶が脳内に浮かび上がってきた。
『これは……願いを叶えてくれる、のか?』
ゴードンが波打ち際に転がり、砂まみれになった黄金の杯を拾うところだった。
『願いか……私の願いは……誰かが、ウタを救ってくれること』
ゴードンは祈るように呟く。
『シャンクスでも……ウタが教えてくれた友だちのルフィ君でも構わない……彼らを連れて来て、ウタを救ってほしい。ウタに……もっと、広い世界をみせてあげたい』
杯に向かって呟くゴードンの眼には、うっすらと涙が浮かんでいた。
『私は愚か者だ。ウタの才能を世に出したいのにトットムジカを恐れ、エレジアに閉じ込めておくことしかできなかった……ウタの歌を世界に広め、彼女をエレジアから外に連れ出してほしい』
不思議な記憶はそこまで再生されると、ぱたりと途絶えた。瞬きをすれば、ゴードンの姿はどこにもなく、手のなかで黄金の杯が静かに輝いている。
ウタは、黄金の杯をぼんやり見下ろすことしかできなかった。
「……いまのは……」
「ウタッ!」
そんな彼女に、シャンクスが駆け寄ってくる。
ウタはシャンクスに向き直り、立ち上がろうとする。
「シャンクス……わたし……」
「もういい、終わった」
ふらつきながら立ち上がろうとするのを、シャンクスが優しく支えながら座らせる。
「ホンゴウ!」
シャンクスが鋭く叫ぶと、ホンゴウが瓶を投げてよこした。シャンクスは蓋を開け、ウタの口元に差し出す。
「すぐにこの薬を飲んで眠れば助かる」
「シャンクス……会いたくなかった」
ウタがかすれた声を絞り出す。
「でも……会いたかった」
「しゃべるな。いいから早く飲むんだ」
早口に急かされ、ウタは思わず泣きだしそうになった。そのまま、「シャンクス……」と何か言いかけるも、その先の言葉はかき消されてしまう。
「おい! どういうことだ!」
カタクリの声がエレジアに響き渡ったからだ。
ウタとシャンクスが弾かれたように顔を向ければ、カタクリにいまだ眠ったままのブリュレが襲いかかっているところだった。ブリュレだけではない、他の観客たちも目を閉じたまま海兵たちをゾンビのように襲い続けている。
「魔王を倒せば、心が戻って来るんじゃないのか!?」
「みんな……おねがい……やめて! 戦いはもう……おしまいにして!」
ウタは必死に語りかけるが、彼らは夢から覚める様子はない。
ウタは愕然とする。
ウタがルフィたちと一緒に魔王に取り込まれた時点で、あの世界は「ウタのウタワールド」ではなく、「トットムジカに支配されたウタワールド」に書き換えられてしまっていたのだ。
自分がこのまま眠ってしまえば、自分の命は助かるだろう。
だが、観客たちは違う。トットムジカの作り出した世界に取り残されたまま、ずっと身体は操られたままだ。
「ウタ! 早く薬を飲め!」
そう思ったとき、ウタはシャンクスに差し出された水筒を払いのけてしまう。薬の入った瓶は、からんっと音を立てながら地面に転がった。蓋を開けてしまっていたせいで、なかの液体もほとんど飛び出してしまう。それを見たシャンクスの表情から力が抜けた。
「ウタ……」
「歌わなくちゃ……みんなを元に戻してあげないと」
ウタはそう言いながら、手をついて立ち上がる。
多少、足元はゆらついたがまだまだ動ける。喉奥から血の味が込み上げ、一歩一歩歩くのも億劫だったが、進むことはできる。
「シャンクス、昔、言ってくれたでしょ? 私の歌には、みんなを幸せにする力があるって……ッ!」
ウタは震えながら顔を上げ、よたよたと目の前のステージに足を進める。しかし、なにもないはずのところで、ぐらりと視界が揺れ、気がつくと床にひざまずいてしまっていた。呼吸も荒く、身体も怠く、頭も奥がずきずきと痛い。
きっと、限界が近いのだ。
それでも、いまの自分にしかできないことがある。
こんなところで、立ち止まっているわけにはいかない。
「私は……赤髪海賊団の音楽家、ウタだよ!」
シャンクスたちのためにも、自分に手を差し伸べてくれたルフィのためにも、自分を信じてここに集ってくれたファンのみんなのためにも、自分は歌うのだ。
今度こそ、自分の歌でみんなを幸せにしてみせる!
ウタは奥歯を噛みしめ、立とうと足に力を籠める。
そんな自分の目の前に、そっと誰かが手を差し伸べてきた。シャンクスだった。彼は小さく笑うと、お姫様に接するかのように優しく手を差し出してくる。その表情は、昔のままで……ウタは微笑みながら、父親の手を借りて立ち上がる。
「キキッ」
ウタが立ち上がると、一匹の猿――赤髪海賊団のモンスターが映像電伝虫を目の前に置いた。
幼い頃、ウタが歌うと駆け寄ってきて、一緒に踊ったり手を叩いたり楽しく過ごした記憶がよみがえる。ウタは「懐かしいな」と力なく微笑み、静かに歌い始めた。
「―――」
柔らかな旋律が、エレジアに響き渡る。
それと同時に、分厚い雲の隙間から光が差し、優しく降り注ぐ。柔らかい歌声がすべてを包み込み、観客たちは遊び疲れて眠りに落ちるように動きを止める。カタクリに襲いかかっていたブリュレも攻撃を止めると身体をぐらつかせ、受け止めた兄の胸で小さく寝息を立て始めた。
「てんしのこえ……」
ボイジャーが呟く。
ウタはもう限界に近いというのに、そんなことを一切感じさせない――どこまでも美しく、とても温かで澄んだ歌声に、ボイジャーは涙を流しそうになった。
気がつけば、観客たちは全員動きを止め、心地よさそうに眠り始める。
ウタワールドが消え、トットムジカの支配から完全に開放された。今度こそ、人々の心が自分の身体に戻ってきたのだ。
※
「ねぇ、なんで殴らなかったの?」
心を奪われたすべての人を解放するなか、ウタは意図して残した人物がいた。
もちろん、その人物もこのあとすぐに解放する。だが、その前に少しだけ……どうしても、ウタはルフィと話したかった。
「おれのパンチはピストルより強いって言っただろ」
ルフィは静かにたたずんでいた。
そんな幼馴染に、ウタは軽い調子で返す。
「昔はやってきたじゃん、へなちょこグルグルパンチ」
「あれは本気じゃねェ」
「出た、負け惜しみィ!」
両手を顔の傍でひらひらさせ、へらっと笑って見せる。しかし、そのとき……ルフィと話すときは、自分が屈んでちょうど目線があったはずなのに、目線が合わないことに気づく。いまさらながら、ルフィが自分を見下ろしていることが分かったのだ。ルフィはいまにも泣き出すのを堪えているかのように、苦しげな顔をしている。
「あ……いつの間にか、ルフィの方が背が高くなってんだね……」
ウタが呟くと、ルフィは力なく噴水の縁に座り込む。
弟のように思っていた幼馴染を見て、ウタは右手を広げる。すると、破ったはずの麦わら帽子が出現した。そして、まるで時が戻るかのように損傷部分が直り、あっという間に元通りになった。
「これ、返すよ……私にとっても大事な帽子……」
ウタは麦わら帽子をルフィの頭に被せる。
そのことで、ルフィは何かを完全に察したかのように、一粒だけ……涙を落とした。
「ウタ……お前、俺の船に乗るんじゃなかったのか」
ルフィの声は微かに震えている。
「……ありがとう、ルフィ。誘ってもらえて、すっごく嬉しかった」
ウタは麦わら帽子を被った幼馴染の頭に、ぽんっと手を乗せた。
「知ってる? 私の歌声はね、どこでも響くんだよ。この大空も大海原もすべてが私の舞台……だから……だからね……ルフィ……私の姿がそこにいなくても……」
その先の言葉を告げようとするも、どうしても喉に引っかかってしまう。ウタは小さく首を振り、ルフィの耳元に口を近づけた。
「いつかきっと……これがもっと似合う男になるんだぞ」
それだけ言うと、ルフィを解放する。ルフィが何か言いたそうに口を開いたのが見えたが、それを聞いてしまうと、情けないくらいに泣きじゃくりそうだった。
だから、幼馴染にこれ以上みっともない姿を見せたくなくて……一足先にウタワールドから解き放ってしまう。
これで、残すところはあと一人。
「……最後は君だよ、私のファンさん」
ウタは首を後ろに向けながら、ぱちんっと指を鳴らす。
少し離れた場所に置かれていたティディベアが震え、みるみるまに一人の褐色の海賊へと姿を変えた。
「最後とは光栄だね、天使のごとき歌声を持つ姫君。てっきり、ルフィ君が最後かと思っていたよ」
「聞きたいことがあったから」
ウタは褐色の海賊に歩み寄り、不思議そうに顔を覗き込む。
「どうして、ルフィを連れて来てくれたの?」
「もちろん、君を助けるためさ」
彼はあっけらかんとした笑みを浮かべてみせる。
「私は海賊だ。欲しいもの、見たいものは力尽くで手に入れる……それが流儀でね。現実世界で、君の輝かんばかりの笑顔を見るため……ちょっと無理して、麦わらのルフィ君をトットムジカに取り組んだというわけさ」
おかげで最終決戦のときは魔力切れで加勢できなかったけどね、と海賊は朗らかに語る。
そこで初めて、海賊の身体の節々に生々しい傷が走っているのが分かった。洒落た服もかなり切り裂かれ、口端に血の筋が浮かんでいる。なんでもないように笑っているが、無理をしているのは明らかだった。
「……そっか」
ウタは小さく呟く。
「ごめんなさい、助けようとしてくれたのに」
自分を助けようとしてくれたのに、彼の望みは叶わなかったのだ。
「そんな残念そうな顔をしないでくれ。大丈夫、君はルフィ君の船に乗ることができる。私が保証するよ!」
「……その気持ちだけ受け取っておく」
ウタは自信満々に笑う顔を見ていられず、彼の心も手放すことにする。
「ありがとう、バーソロミュー・ロバーツ。短い間だったけど……私も夢を見ることができたよ」
最後の心も手放す。
これで、全員が現実世界に帰り――……自分の役目が終わる。
「……ああでも……」
誰もいなくなったウタワールドで、ウタは呟いていた。
「私も……航海したかったな……」
彼女の嘆きは誰に届くこともなく、胸の内だけで寂しげに響くのだった。