バーソロミューはメカクレ歌姫を救いたい   作:寺町朱穂

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最終回です


最終話 新時代

 

「……ごめんね、シャンクス」

 

 現実世界のウタは、すでに限界だった。

 シャンクスに身体を預けるように座り込み、先ほどまでの力強い歌声はどこへいってしまったのかと思うほど弱々しい声で、ずっとずっと会いたかった義父に語りかける。

 

「私、みんなを……信じられなかった。それなのに、助けに来てくれてありがとう」

「もういい、しゃべるな」

 

 シャンクスがウタの小さな肩を抱く。

 ウタはそれが嬉しくて、涙を流しそうだった。だが、もう涙すら出ない。それほどまでに、疲れ切ってしまっていた。

 

「ルフィたち……みんな、もどったかな?」

 

 もう自分は死ぬと覚悟しながら、目の前で静かな寝息を立てる幼馴染を見つめる。

 

「ああ……もう大丈夫だ」

「よかった……」

 

 ウタの声に喜びの色が混ざる反面、シャンクスの声色は依然として暗い。いつのまにか、シャンクスを始めとした赤髪海賊団の船員たちも彼女を囲んでいる。最近仲間入りしたロックスターですら、重苦しい表情を崩さない。

 

 

「さぁて、そろそろウタを……世界を滅ぼそうとした極悪人を渡してもらおうかねェ」

 

 そのとき、黄猿と藤虎が海兵たちを引き連れ、ウタたち赤髪海賊団を取り囲む。すぐさまベックマンを始めとする赤髪海賊団のメンバーが、そろってウタを守るように並び立った。

 

 

「みんな……」

 

 ウタは自分を守る海賊たちを見て、小さく呟くことしかできなかった。

 赤髪海賊団のみんなは自分に優しく、とても愛してくれているというのに、信じることができなかった。その自分の選択が悔やまれてならない。自分が悔しくて悔しくて、うつむいてしまう。

 

「こいつは、おれの娘だ」

 

 落ち込む自分の肩を、シャンクスが強く抱き寄せる。

 シャンクスは黄猿たちに殺気のこもった睨みを向け、怒号を響かせるのだった。

 

「おれたちの大切な家族だ。それを奪うつもりなら……死ぬ気で来い!!!」

 

 瞬間、シャンクスの身体から覇気が放たれた。ただの覇気ではない。圧倒的な量と密度の覇気は海を震わせ、海兵たちがばたばたと気を失っていく。大将である黄猿ですら喉元に剣先を突き付けられているような気とモモンガ中将までもが膝をつくのをみて、冷や汗をたらしてしまった。

 

「中将の一部までもっていくとはねェ……これが四皇シャンクスの覇気……」

「やめときやしょう。市民の皆さんもいるところで、戦争をおっぱじめるのは……」

 

 藤虎が剣を納め、黄猿も身体の力を抜いた。

 すぐに生き残った海兵たちを引き連れ、エレジアを出る準備を始める。統率のとれた動きであっという間に上陸当初よりも遥かに少なくなった軍艦が発つのと同時に、カリファも偵察を終えてエレジアを後にした。

 

 すっかり静かになったエレジアには波や風の音だけが木霊する。

 

「あのね……シャンクス……」

 

 シャンクスの腕の中で、ウタは暮れかかった空をぼんやり見つめた。

 最期の最期にシャンクスと会うことができた。シャンクスに謝罪もできたし、お礼を言うこともできた。親子としてのつながりを感じることもできたし、もう後悔は何もない。このまま、安らかに夢の世界に行きたいと思いたかった。

 

 それなのに、「生きたい」と感じてしまう。

 

 いまさら解毒薬を摂取したとしても、自分で自分の限界は察していた。身体全体に回り切った毒素を薬で浄化する前に、痛みきった身体が持つことはないだろう。苦しいくらい死が近づいているのが分かるのに、最期の一筋の夢を見てしまった。それが、自分をみっともないくらい現実世界に縛り続けている。

 

「私……私……」

 

 その先の言葉を口にしてしまいそうで、思わず唇を噛む。口から「死にたくない」という言葉が零れ落ちてしまいそうだった。それを言ってしまったが最後、優しいシャンクスたちをさらに哀しませてしまうのは明白だった。だから、必死に我慢する。その我慢を紛らわすように、視線を彷徨わせてみれば、遠くの方に金色の星が見えた。空はだんだんと茜色に染まってくるのが分かったが、一番星が輝きだすには早すぎる。それでも、金の星が美しくて目を細めてみてしまう。

 

「……?」

 

 そのとき、おかしなことに気づいた。

 金色の星はぐんぐんとこちらに接近してくる。自分の目がついにおかしくなったのかと思ったが、そうではないことがすぐに分かった。

 

「あれって……」

 

 ウタが見上げていることに気づいたのか、シャンクスたちも星を見上げる。

 星はまるで流星のように、こちらへめがけて落下する。落下する最中、か細いながらも芯のある少年の声が静かになったエレジアに響き渡る。

 

「まにあえーっ!」

 

 金の星――ボイジャーが2人の人間を抱えて、渾身の叫びをあげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に合った!」

 

 藤丸立香はボイジャーに降ろされ、地面に足がつくとすぐにウタのもとへと走り出した。

 

「あなたは……」

「藤丸立香です。ウタさん、あなたを助けに来ました」

 

 藤丸立香はそう言うと、自分の右手を開いて見せる。そっと開かれた手のひらには、ボイジャーが持ってきた注射器型の解毒薬が光っていた。

 

「えっ……」

 

 ウタは一度だけ驚いたように目を見開いたが、ゆっくりと顔を伏せてしまう。

 

「……ありがとう。だけど、私……もう……」

「ウタさん」

 

 その先の言葉を遮るように、藤丸は口を開いた。

 

「俺、分かります。諦めたい気持ち」

 

 ウタの様子を見れば、手遅れであることくらい分かる。

 ライブ開始のときみたいに元気溌剌としていた瞳から光が失せ、どこから見ても満身創痍。痛いのだろう、苦しいのだろう。目を開けているのもやっとのようだ。この注射器を打ったところで、薬が効く前に身体が持たない。

 だが、それでも――……藤丸は空いている方の手をウタに伸ばし、氷のように冷たい手に触れる。

 

「だけど、ここで逃げ出したら駄目です」

 

 辛いのは分かる。苦しいのは分かる。疲れ切って、この世界から逃げ出したいのも分かる。

 

「だって、まだ生きることができる。俺なら……俺たちなら、貴方を助けることができる!」

「……本当?」

 

 瞬間、ウタの眼にかすかながら希望の光がちらつく。藤丸はそれを見逃さない。すぐに絶望によって塗り潰されそうになった光を救うように、力強く頷いた。そして、そのまま注射器を握りしめた手を――令呪の刻まれた腕を掲げる。

 

「令呪をもって告げる!」

 

 そのまま、藤丸は振り返る。

 藤丸が見るのは、自分の背後にいるサーヴァント……蹴り起こされて痛い頭を抱えながら、ボイジャーに降ろされる青年、イアソンだ。

 

「イアソン! 全力でウタを助けろ!!」

「あぁ、分かってる! 分かってるよ!!」

 

 イアソンは憎たらしそうに告げると、自身の剣を抜きはらう。

 

「『アルゴーノーツ! 集合!』」

 

 令呪によって身体中に満たされた魔力を惜しみなく宝具発動に注ぎ込む。

 イアソンの宝具「天上引き裂きし煌々の船(アストラプスィテ・アルゴー)」。それは、アルゴー船に乗った数多の英雄たちが駆けつけ、加勢してくれるもの。イアソンの立ち位置次第では、びっくりするほど乗ってこないが、今回はどこまでも分かりやすい人助け。おまけに、命の危険にさらされるほど弱り切った人間を助けるともなれば、間違いなく駆けつけてくる英雄がいる。

 

「ようやく僕を呼んだか」

 

 普段は誰よりも早く駆けつけるメディアリリィを差し置いて、真っ先に現れたのはアスクレピオスだった。自分を呼んだはずのイアソンを見ることもなく、どこまでも冷静な眼差しは患者に向けられる。アスクレピオスはウタの姿を見るや否や、すぐに長い袖から薬瓶を取り出した。 

 

「これを試させろ」

 

 試させろ、と言いながらも、ウタの返答を待たずに、薬瓶の蓋を開ける。そのまま緑色の液体をウタの頭上から降りかける。ところが、ウタの身体が濡れることはなかった。薬瓶から流れ出した液体はそのまま緑色の光となり、陽光のように優しく降り注ぐ。光の粒子はウタの身体に沁みこむにつれ、だんだんと肌艶がよくなっていくのが傍目から見てもよく分かった。

 

「……すごい」

 

 ウタは両手を広げながら、目を丸くした。

 シャンクスもウタの肩を抱きながら、愛娘に心配げな声をかける。

 

「大丈夫か?」

「うん。これなら……あと、もう一曲くらい歌えそう」

「歌うな!」

 

 誰よりも先に、アスクレピオスが叱りつけた。

 

「せっかく回復に傾向にある患者が再び身体を傷つけてどうする。僕がしたのは、お前の体力を回復しただけだ。あとは速やかにマスターの手にある解毒薬を投与し、丸一日寝れば毒素は消える」

「……ありがとう、みんな」

 

 ウタは顔を上げると、アスクレピオスとその後ろにいる藤丸たちに視線を向けた。

 

「私……もっと船に乗って、いろんな世界を見て、たくさんの歌を届けたいって思ったんだ。……みんなを傷つけた私なんかが抱いていい願いじゃないかもしれないけど」

「そんなことないよ」

 

 藤丸はウタの手を握ったまま言った。

 

「俺、もっと君の歌を聴きたいって思ったから」

 

 藤丸は正直な気持ちを伝えた。

 ウタがやったのは確かに悪いことだ。だが、魔王を撃破後にウタワールドで天使の歌声を耳にしたときから、もっとこの歌声を聴きたいと思ったのは間違いない事実だった。

 

「みんなに謝るのは、これからしていけばいいことだよ」

「……ありがとう」

「お礼は要らないよ。だって、俺たちがここにいれたのは……」

 

 バーソロミュー・ロバーツのおかげだった。

 藤丸とイアソンが誰よりも先に目を覚ますことができたのは、ボイジャーと向こうで待っているはずのドレイクが物理的に叩き起こしてくれたからだった。では、2人がどうして藤丸たちを叩き起こしたのかと言えば、それは数時間前――ウタワールドにいたバーソロミューが、カルデアに一時帰還するマーリンに「ウタワールドから帰れる見込みがついたら、まず藤丸とイアソンを起こしてほしい」と伝えたからだった。

 

『事態が終わるころには、彼女の身体はボロボロだろう。医者のアスクレピオスをこちらに呼ぶために、イアソンと彼の魔力を回復させることができるマスターを起こしてほしい』

 

 バーソロミューはマーリンに頼み込んだのである。

 花の魔術師はそれを聞き届けた。

 

『かまわないが、君はそれでいいのかい?』

 

 マーリンは問いかける。

 自分は起こされなくていいのかと。

 だが、バーソロミューは間を開けずに二つ返事で了承した。自分を起こしている時はロスでしかない。なぜなら、バーソロミューには医療の術も回復させるスキルもないのだから。

 

 

 

「俺たちがここにいれたのは……?」

「ううん、なんでもない」

 

 藤丸は首を振った。

 バーソロミューの気持ちを言葉で伝えるのは簡単だが、恩着せがましくなってしまう気がした。それに、バーソロミューは別に伝えた欲しいと思っているわけではないだろう。

 

「……それでも、ありがとう」

 

 ウタは注射器を受け取った。注射器を自分の腕に持っていくも、針が自分の肌を貫くのが怖いのか、手が震えていた。数度ばかり深呼吸をし、タイミングを計っていると、ウタの手に大きな手が重なった。

 

「シャンクス……!」

 

 ウタが見上げると、シャンクスは深く頷いて返す。そのまま2人は息を合わせて、ウタの白い肌に針を刺した。ウタはちくりとした痛みに顔をしかめるも、針から目を離さない。薬液はゆっくりとしかし確実にウタに注入され、ややあってからシャンクスが引き抜いた。

 

「おやすみ、ウタ」

 

 シャンクスがウタの前髪を優しくなでる。

 

「……おやすみ、シャンクス……みんな……」

 

 ウタの眼はすでに激しい眠気に襲われ、とろんと溶けていた。

 

「シャンクス……私……ルフィの船に乗りたい」

 

 それでも、彼女は眠気に逆らうように口を開く。

 

「ルフィと冒険して……もっと世界を見て……赤髪海賊団のみんなの横に堂々と立てる音楽家に……私、なりたいんだ」

「……ああ」

 

 シャンクスは少し驚いたように眉を上げるも、すぐに柔らかい眼差しに戻る。

 

「離れていても、お前は俺の娘だ」

「……ありがとう」

 

 ウタは嬉しそうに口を綻ばせる。

 そして、ゆっくりと瞼を閉じる。目尻には涙が浮かんでいたが、どこまでも安らかな寝顔だった。

 

「……お前たち、感謝する」

 

 ウタの胸が緩やかに上下し、心地よさそうな寝息を立てる頃、シャンクスはようやく口を開いた。

 

「ウタは俺たちがルフィの船に運ぶが、それでいいか?」

「お願いします」

 

 シャンクスが姫のようにウタを大事に抱え、赤髪海賊団は大頭に追従する。

 藤丸たちは彼らの背中を静かに見送っていた。

 

 

 これから、ウタは麦わらの一味と一緒に冒険をする。

 音楽家はブルックがいるから、肩書は歌姫になるのだろうか、と藤丸はぼんやり考えていると、イアソンに背中を強く叩かれた。

 

「そら、終わったから帰るぞ!」

「分かってるって」

 

 新たな旅たちを見届けたい思いもあったが、藤丸は通信装置の電源を入れた。すると、待っていたかのように、大事な後輩の姿が浮かび上がる。

 

『先輩! ご無事でしたか!』

「もちろん!」

 

 そう言って、足元に転がっていた聖杯を拾った。

 

『では、すぐに帰還の処理に入ります!!』

 

 マシュが言うと、藤丸たちの身体が光りはじめる。

 

「さよなら」

 

 もう少しこの世界にいたかったな、という願望を抱きながら、藤丸は目を閉じた。

 すると、間もなく身体に衝撃が走る。レイシフト特有の浮遊感を抱き、目を開けると――そこは、見慣れた彷徨海カルデアベースの管制室だった。

 

「おかえりなさい、先輩!!」

「ただいま、マシュ!」

 

 藤丸は後輩に応えると、辺りを見渡した。

 ボイジャーやイアソンはもちろん、たったいま起きたばかりといったように眠たげな黒髭とバーソロミューの姿もあるが、他にも多くのサーヴァントたちの姿があった。

 

「っふ、やれやれ。これにて一件落着ということか」

 

 エミヤがそう言いながら剣を納める。他にもここで戦っていたであろう多くのサーヴァントたちが、口々に功をねぎらいながら管制室を後にした。

 藤丸は彼らの後ろ姿を見送っていると、黒髭のボソッとした低い言葉が耳に入ってしまう。

 

「……おい、バーソロ。お前、本当によかったのか」

 

 黒髭はバーソロミューになにか語りかけているらしい。

 藤丸は他のサーヴァントたちに手を振りながらも、彼らの会話に耳を立ててしまう。

 

「今回の事件は聖杯が引き起こしたことだ。俺たちが赤髪海賊団や麦わらの一味と共に戦って、あの娘を救ったって記憶は残らねぇ。いや、もしかしたら、助けたって事実自体が……」

「なくなるかもしれないってことだろ。重々分かってるさ」

 

 バーソロミューは静かに言葉を返す。

 

「聖杯をあの世界に残し、自分も麦わらの一味に加わりたい気持ちがないわけではない。だが、いまの私はマスターのサーヴァント。凡人類史を救うための存在が、そんなことしていいはずがないだろ?」

「……」

「それに、前髪が尊い歌姫とルフィ君との再会は、必ず物語で描かれるはずだ。私は本当の物語を見てみたい。彼らが辿るであろう結末を見届けてこそだ。どのような過程と結末が描かれようとも、それが最も美しい結末に導かれるだろうと……私は信じたい」

「……そうかい。お前がそれなら、俺はもう何もいわねぇよ」

 

 大海賊2人らしからぬ静かな会話だった。

 そこで、藤丸も思い出す。

 聖杯によって起こされた事件は、本来なかったこと。あの世界はゆっくりと、しかし確実に正されていく。もしかしたら、本来の原作において、ウタはルフィの船に乗ることができなかったかもしれない。だが、それでも――藤丸としては、この少しの間だけでも、ウタが麦わらの一味との冒険を楽しめるようにと祈るばかりである。

 

 

 

「藤丸君、ちょっといいかな」

 

 藤丸が耽っていると、ダ・ヴィンチが声をかけてきた。

 

「どうしたの?」

「霊基グラフが光りはじめていてね、どうやら新しいサーヴァントが召喚できる気配があるみたいなんだ」

「本当!?」

 

 藤丸は目を輝かせると、ダ・ヴィンチもにかっと笑って返した。

 

「このタイミングで召喚が可能になるってことは……!」

「うん、トットムジカは私たちの世界にも影響を及ぼしていたからね。その縁ができたのかもしれない。さあ、呼んでおいでよ」

 

 ダ・ヴィンチの言葉に胸が弾む。

 

「バーソロミュー!」

 

 藤丸は大声で大海賊に呼びかける。

 きっと、これから召喚に応じてくれる人と真っ先に出会いたいのは、彼に違いなかったから――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、ウタだよ。いまはカルデアの仮の音楽家になるのかな? 私の歌で世界を救ってみせるから、大船に乗った気持ちでいてね!」

 

 

 藤丸がその場で召喚すると、光と共に歌姫が現れる。

 ライブの開始時のパーカーを被った姿の少女は、興味深そうに周囲を見渡した。

 

「へー、ここがカルデアっていうんだ。で、あなたがマスター?」

「はい、藤丸立香で――……」

「ああ、前髪の麗しい歌姫!! 再び会えて光栄!」

 

 藤丸の言葉を遮り、バーソロミューが満面の笑みで割り込んできた。 

 

「ふ、再び? えっと、会ったことあったっけ?」

「ふむ、以前の記憶はないようだが、サーヴァントあるあるだ。それはそれ。これはこれ! これから素敵な時間を一緒に過ごしていけばいいだけのこと!」

「なにこの人、ちょっと勢いが怖いんだけど……」

「バーソロ、ひかれてるぞー」

 

 バーソロミューの熱量に、ウタがたじたじになっている。

 藤丸がその様子を微笑まし気に見ていた、そのときだった。

 

 

 

『あーあー、聞こえてるかい?』

 

 カルデアの通信機から、女性の声が聞こえてくる。

 藤丸たちは首を傾げ、通信機に目を向けた。

 

『よかった、聞こえてるみたいだね』

「この声は……ドレイク!?」

「そういえば、ドレイクさんもレイシフトしていたのでした!」

 

 マシュが青ざめる。

 藤丸はウタワールドにいたので、ドレイクがいたことを知らなかったのである。

 

「ドレイク、無事!?」

『一応ね。でも、どうやら不具合で帰還できなかったみたいでさ。リュウグウ王国ってとこに飛ばされちまったみたいなんだ。悪いけど、迎えに来てくれないかい?』

 

 ドレイクがからっとした声で救援を要請する。だが、問題はそこではない。

 

「リュウグウ王国だと!?」

 

 さっさと管制室から去ったはずのエミヤが現れ、驚きの声を上げる。

 

「エミヤ、知ってるの!?」

「2年後、シャボンティで集まった麦わらの一味が最初に訪れた魚人島にある国のことだ! 国王の名前はネプチューン。いや、国王よりもこの国にはONE-PICEにおける重要人物、しらほしと言う名の巨大な人魚がいることで有名だな」

『そうそう。しらほしって嬢ちゃんと喧嘩しちまってね、ちょいっと国中から追われてる最中なんだよ』

 

 あはは、と明るく笑うドレイクの背後で、魚人たちと思われる怒声が響いている。

 

「……すぐに助けに行かなくちゃ!」

「帰ってきてそうそう悪いけど、すぐに魚人島へレイシフトの準備だね!」

「うそ、マスターって魚人島に行くの!? はいはーい! 私も行く行く!」

 

 藤丸の後ろで、ウタがぴょんぴょんっと手を挙げる。

 

「魚人島って、マリア・ナポレさんがいるところだよね! 私、絶対に行きたい!」

「いやいや、ウタたん……遊びに行くんじゃねぇんだけど」

 

 黒髭が呆れた顔をするも、その言葉はウタに届いていないらしい。

 

「いいね、前髪で瞳が隠れた美しき歌姫! 私もぜひご同行しよう!!」

「遊び気分で同行するんじゃねぇよ! いや、BBAなら一人でもなんとかできそうだけどさ!」

 

 黒髭とバーソロミューが言い争いをしている。

 藤丸はその様子にくすりと笑いながら、ウタに向き直った。

 

「それじゃあ、最初のレイシフト……お願いするね、ウタさん」

「もちろん! 赤髪海賊団の歌姫の実力、思う存分にみせてあげる!!」

 

 フードを被ったウタはにまっと笑う。

 そんな彼女の背中から、もぞもぞと肩に這い上がるようにシルクハットを被った小さな塊が現れる。まるで、ぬいぐるみのようなそれを見て、藤丸は一瞬ぎょっとした。

 

「それは……」

「ん? ああ、これ? この子はトットムジカ。私の相棒ってところかな。悪さはしないように見張っておくから大丈夫、大丈夫」

 

 ウタの笑顔に答えるように、トットムジカと呼ばれたピエロのぬいぐるみはぶんぶんと激しく頭を揺らす。それを見て、藤丸も少し安心したような気持ちになった。

 

「それじゃあ、レイシフトお願いします!」

 

 藤丸はダ・ヴィンチたちに向き直ると、レイシフトのコフィンへと足を進める。

 他のサーヴァントたちもコフィンへ向かい始めたが、ウタがふとバーソロミューに振り返った。

 

「ありがとう」

「ん?」

「なんだかね、あなたにお礼を言わないといけないなって思ってたの。あなたに助けられたことがある気がして」

 

 そんな記憶ないのにね、とウタは笑った。トットムジカも深々と頭を下げる。

 バーソロミューはそんな彼女たちを見て、きょとんとした顔になったが、すぐにいつもの快活な笑顔を浮かべて返す。

 

「礼には及ばないさ。それより、早くレイシフトしよう。貴方の冒険が待っている」

「……うんっ!」

 

 ウタは大きく頷くと、レイシフトのコフィンへと駆けだした。

 バーソロミューはその後ろ姿を安らかな表情で静かに見守った。

 

 あの世界のウタは救うことができたが、それは一時的なものかもしれない。すぐに歴史の修正力が働き、本来の世界のウタの辿る道と同じ結末になるかもしれない。聖杯の力を受けていない世界でのウタはどうなったのか……それはバーソロミューに知る由もないが、サーヴァントたちがいてもなおかなりぎりぎりの勝敗だった。ルフィたちが勝利して現実世界に戻ることができたとしても、ウタが元気に過ごすことができるかどうか……その可能性は限りなくゼロに等しい。

 

 だが、いまここでなら話は変わってくる。

 少なくとも、いまの彼女は元気な姿でここにいるのだ。ならば、その姿を間近で少しでも長く目に焼きつけていたかった。

 

 

「少しでも貴方を救えたなら……それでいい」

 

 バーソロミューは小さく呟くと、自分もコフィンへと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 サーヴァントになったウタが繰り広げる新時代が、これから幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





本編はこれにて終了です。
本来でしたら年内に終わらせたかったのですが、間に合いませんでした……。
ここから数話番外編「扉絵連載:ウタのニューワールド」が始まりますので、これからも楽しみに読んでいただけると幸いです!
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