「みんな、やっと会えたね! ウタだよ!」
ウタは歌唱を終えると、観客たちに向かって笑顔で呼びかけた。
会場が歓声に包まれる。バーソロミューはもちろん、藤丸と黒髭も周りの観客たちと一緒に盛り上がった。
「ゴメン……ちょっと感動しちゃった」
ウタは目元をぬぐい、ぎゅっと唇を結ぶのが見える。
「大丈夫だ、ウタ姫……私も感動してる……っうん、か、可憐だ……!」
バーソロミューが頬を赤らめながら涙ぐむ。目元の涙を拭おうとしないのは、一瞬でも長く彼女の姿を目に焼きつけたいのかもしれない。
そんな彼の隣では、黒髭もぐすんっと鼻をすすっていた。
「こんな隅っこの拙者にもファンサしてくれるなんて……! うぉー! ウタちゃーん! まじ天使!」
大海賊2人とも、大変な盛り上がりようである。
「フォウっ! フォウ!!」
「フォウ君も盛り上がって……え、って、フォウ君!?」
藤丸は驚いて飛び上がりそうになった。
船に置いてきたはずなのに、いつのまにか足元にいたのである。幸い、観客たちはみんなウタに注目しているので、突如迷い込んできた小動物の存在なんて気づいてもいない。
「駄目だよ、フォウ君。……ごめん、黒髭、バーソロミュー。俺、船に戻してくる」
「同行しますかな?」
「大丈夫大丈夫。すぐ行って戻って来るだけだから。それより、バーソロミューが暴走しないように見張ってて」
会場の入り口と船が停泊している場所は目と鼻の先。
数曲聞き逃してしまうかもしれないが、次のMCまでには戻って来れるだろう。
藤丸はフォウを抱えると、出口へと急いだ。観客たちの熱気はすさまじく「ウタちゃーん!」「ウタ様!」と声がかれんばかりの声援を送っている。
「船にいたのにどうしてついてきたんだか……」
「フォウ! フォウフォウ!」
「あー、こら、暴れないでって……うわっと!」
フォウはライブを楽しみたいのか、藤丸の腕でじたばたと暴れる。精いっぱい抑えつけていたのだが、ふいをついて腕から抜け出てしまった。ぴょんっと軽快に飛び降りると、どこかへ向かって駆けだしてしまう。
「まって!」
藤丸は急いで追いかけようとした。この大観衆に紛れ込まれてしまったら、見つけるのも一苦労だ。
しかし、その心配は徒労に終わる。運よく近くにいた人が、フォウを軽々拾い上げてくれたのだ。
「ありがとうございます!」
「いえ、礼には及びません。はい、どうぞ」
藤丸はその人からフォウを受け取るとき、既視感に気づいてしまった。
ピンクの髪、大きな丸いメガネ、特徴的なバンダナに精悍な顔つき……海軍の制服ではなく、ライブに来る客らしい軽装のため気づくのが遅れたが、まちがいなく知っている。
「もしかして、コビー?」
「え、いや、その」
誤魔化すように口ごもるも、声は間違いなくアニメで聞いたものと同じ。
実際にアニメや漫画で登場する主要キャラの存在に、藤丸の心の底から興奮が沸き上がった。
「やっぱり! コビー曹長ですよね!」
「知り合いか?」
藤丸が目を輝かせていれば、隣にたたずむ金髪の青年が声をかけてくる。なぜか布で目を隠した金髪の青年を見て、藤丸の心はますます踊った。
「ヘルメッポ!」
「え? 俺のことも知ってるの?」
「はい! 俺、扉絵連載の……」
と、ここまで口にしたとき、どこまで話していいのか不安になる。
それに、いまはライブの最中。特に観客たちは声をそろえ「U・T・A!」と歓声を上げ、会場の一体感を肌で感じるほど。せっかく休暇を取ってライブに来ているというのに、ながながと話しこまれては迷惑なことこの上ないだろう。
「いえ、なんでもありません。オフなのにすみませんでした!」
藤丸はそれだけ言うと、フォウを抱えたままライブ会場を後にする。背後で歓声とどよめきが聞こえた気がしたが、ウタが皆を驚かす演出をしたのだろうと振り返ることはなかった。
ここで振り返っていれば……と、のちのち藤丸立香は後悔することになるのだが、このときは知る由もなかった。
※
時同じくして、バーソロミュー・ロバーツは石化していた。
麦わら帽子の少年が突如ステージに降り立ったかと思えば、ウタの方からぎゅっと抱きついたのである。ショックのあまり、怒りすらわいてこないのだろう。呆然とたたずむその瞳には、うっすらと涙がにじんでいた。
「え、ええー!? 麦わら~!? 主人公登場とかすごくね!?」
一方、黒髭は黒髭で驚きを隠せなかった。隣で言葉すら発することのできないバーソロミュー・ロバーツのことなど気にもとめず、懐から双眼鏡を取り出し、ルフィが飛び出してきた場所を探し始める。
「船長がいるってことは……お、おお! ナミたんとロビンたん! デュフフ……いい!」
黒髭は双眼鏡で麗しい女海賊に見惚れていたが、その時間は長く続かなかった。
「なんで、プリンセスウタと知り合いなんだ!?」
「なんだー!?」
「麦わらの一味」からも疑念と悔しそうな声が湧き出し、ルフィがさも当然のことのように答えを口にする。
「だってこいつ、シャンクスの娘だもん」
ルフィがあっけらかんと言い放つと、会場が一瞬、静まり返った。
黒髭すら度肝を抜かれ、あっけにとられてしまう。手にしていた双眼鏡が音もなく地面に落ちたことにも気づかぬほど、黒髭は立ちすくんでしまった。
「え、なに? 赤髪の娘?」
シャンクスといえば、赤髪海賊団の大頭。四皇の一人でその名を知らぬものなどいない大海賊。ワンピースのメタ的にいえば、記念すべき第1話から登場し、主人公のルフィを謎の山賊ヒグマと近海の主から守り、トレードマークの麦わら帽子を預けたキーパーソンである。
「つまり、ウタたんは、シャンクスの娘で、歌姫で、紅白な髪で、メカクレで、あの雰囲気だと主人公の幼馴染ぃ? ふむふむ、なるほど……」
ここまで考えたとき、黒髭は一気に冷めた目になってしまった。
「公式夢女主かよ! どこから生えてきた!?」
何度も何度も読み返した1話には、ウタの存在なんてどこにも匂わせすらなかった。
こんな設定モリモリなのに物語で一度も言及されてなかったこともあり、黒髭はウタの存在自体が後付け感が凄く思えてならなかった。
「原作じゃこんな無理やりなことやらねぇよな……つーことは、これはアニオリ? もしくは、アニオリ映画? ウタたんの能力が、月島さん的な記憶改竄系で偽の記憶植えつけとかありそう? いやいやでもなぁ……うーん」
そこまで考えて、黒髭はぶるぶる頭を振った。
とりあえず、現状から今後ありえそうな展開を思案することに頭を切り替えることにする。
「アニオリ映画でゾロの幼馴染が生えてきた前科あったな。とりま2時間程度の映画だと仮定して……ウタたんが悪いことするけど、それは黒幕に騙されていただけで、ルフィが『うるせー』でぶっ飛ばす展開と見た!」
黒髭は小声で口にしながら、自分の説に大きく頷いた。ラストでルフィが「ウタ、お前、俺の船に乗れよ!」と勧誘するも、ウタは嬉し泣きをしながらも「私はエレジアが大好きだから」と断る展開まで妄想できる。ともなれば、これからアクシデントが発生し、バトル的な展開になるに違いない。そうなったら、介入するか、静観するか。どちらを選んでも、面白いことになりそうだと、黒髭は口元に笑みを浮かべる。
「そーいや、バーソロ、ずいぶん静かだな。おーい、まだ意識とんでんのか?」
黒髭は、いまだ微動だにしないメカクレオタクに声をかける。
「大丈夫かっての? おーい」
「……めなければ」
「ん?」
「止めなければ!」
バーソロミューはそれだけ言うと、地面を勢いよく蹴り上げる。
「お、おい! なに考えてやがる!」
黒髭が止めるのも聞かず、バーソロミューはステージに優雅に舞い降りる。またまたの乱入者にウタとルフィが目を丸くする前で、彼はカトラスを引き抜いた。
「詳しい挨拶はのちほど。レディ、ここは危険だ。なにやら、物騒な奴がいるようでね」
バーソロミューが言い終えるか否かのタイミングで、猛烈な熱風が空から落ちてきたのだ。
「『
周囲を焦がすような熱風がステージに吹き荒れる。
バーソロミューはウタを咄嗟に抱きしめ後方に跳び、ルフィもほぼ同時に位置まで下がった。
「ふむ……実に暑苦しい漢のようだ」
攻撃してきた人物は燃えるようなオレンジの髪に上半身裸の巨漢だった。バーソロミューは知らなかったが、彼の名はオーブン。ビッグ・マム海賊団の一員であり、3億の賞金首である。
オーブンは大きな鏡を取り出すと、鏡のなかから枯れ枝のように痩せた鷲鼻の女性が姿を現したのである。
「その子はアタシたちの獲物だよ」
女性は怪しげな笑い声をあげながら、バーソロミューたちを見下ろす。そんな鷲鼻の彼女を見て、ルフィはハッと目を見開いた。
「お前は……枝!」
「枝?」
「そこのお嬢さんは、エダという名前なのかい?」
ウタとバーソロミューが首を傾げると、鷲鼻の女性はいらだちを隠せない様子で声を張り上げた。
「ブリュレだよ! ビッグ・マム海賊団の!」
「隣の人は?」
「ビッグ・マムことシャーロット・リンリンの四男、オーブン。楽しそうだな、混ぜてくれよ」
「ホント、偵察に来てみたらこんな面白いことが聞けるなんてね。ウタ! 悪いけど、ママへの手土産にさせていただくよ」
ブリュレはそう言うや鏡をひっくり返す。すると、鏡のなかから手下と思われる海賊たちがわらわらと飛び出して来たではないか。あっというまに、手下たちは3人を取り囲み、下品なに笑いながら武器を構える。
「レディ、私の傍から離れないように」
バーソロミューはウタを本物の姫君を扱うかのように降ろすと、自信満々の表情でオーブンたちと向き合った。
「えっと、あなたは?」
ウタはバーソロミューに問いかける。
バーソロミューは武器を構えたまま、顔だけ少女の方へ向けた。
「あなたの慕う大勢のファンの1人です。髪の隙間から純粋な光が見え隠れする、夢のように素敵なレディ。……ですが、もし、私の名を呼んでくださるのでしたら、バーソロミューと」
バーソロミュー・ロバーツはキザな微笑みを浮かべたまま、ぽかんと口をあけた少女にウィンクを放つ。
「バーソロミュー!? お前が『バーソロミュー・くま』だって!?」
ブリュレが若干驚いたような声を出したが、すぐにオーブンが否定する。
「ありえない。容姿がまったく違う。名前だけ同じ別人だ」
「ふむ、そういえば、ここは黒髭も名前だけ似た別人がいる世界だったか。私と同名の者がいるとは、実に興味深い。もっとも、その話はあとで聞くとしよう」
バーソロミューは側面から襲ってきた手下どもを見ることなく、華麗なカトラスさばきで蹴散らしてみせる。ふんっと軽く鼻を鳴らし、世の女性の大半が昏倒しそうな頬笑みを浮かべるのだった。
「レディのライブを中断させるわけにはいかないんでね。スタイリッシュに昂るとしよう!」