こうして、ライブは無事に再開された。
「新時代を作る」と宣言した少女に、観客はますます熱を入れ込むように声援をあげる。ライブはまさに絶好調。ウタはまったく疲れたそぶりを見せることなく、全力で歌い踊り笑顔を振りまく。彼女が口にした通り、「永遠に終わらない」のだと誰もが思ってしまうほどの盛り上がりだった。
一方その頃、藤丸立香はフォウを連れて港まで戻っていた。
空はため息を零すほど青く、海は日差しを浴びて輝いている。
エレジアに到着したばかりの頃は陰鬱とした霧に島全土が覆われ、全体像が見えなかったが、晴れていると実にのんびりとした場所だということが分かった。ほとんど廃墟のように朽ちかけている建物も多くみられたが、遺跡探索だと思えば楽しめそうだ。
まるで、天国のような静けさと長閑さである。
とはいえ、廃墟と化した場所しか見当たらなく、人が生活している空気がまったくない。ライブの演出やムードを保つため、あえて人が住まなくなって久しい島を会場にしたのだろうかと考えてしまう。
「それにしても……イアソン、どこ行ったのかな」
藤丸は桟橋に力なく座り込んだ。
イアソンに「ライブの間、フォウを見守ってくれないか」と頼もうとしたのだが、船内のどこを探しても見当たらない。
「てっきり船室で寝てると思ったんだけど」
こっそり船を抜け出して、ライブ会場に入り込もうとしたり、ライブ会場周りの物販で買い食いをしたりすることはありえなくもないが、クラゲ海賊団から頂戴した金銭は黒髭が管理している。ギリシャの英雄でありアルゴー船の船長だったはずの青年も、この世界では一文無しなのだ。
「散歩かな?」
しかたないので、イアソンを見かけた人がいないか探すことにした。ところが、停泊しているどの船にも人の気配はない。みんな、ライブ会場へ出かけてしまっているのだろう。あまりにも人気がないので、船の墓場にでもいるような気持ちになった。
「しょうがない。俺たちはここにいようか」
藤丸はそう言いながら座り込むと、フォウの頭をなでた。
イアソンがいない以上、フォウ一匹残して自分だけライブ会場に戻ることなどできない。運がよければ歌声が風に乗って聞こえてくるかもしれないと淡い願いを抱きながら、耳をすましてみる。遠くで可憐な歌声が聞こえるような気もしたが、波の音といわれてしまえばそのようにも思えてしまう。
「フォウっ!」
フォウの耳の後ろをなでていると、彼は一声鳴いた。
「どうしたの?」
「フォウ! フォウ!」
フォウは藤丸の後ろを見ている。何かあるのかと振り返れば、少し離れた木箱の影に金髪が見えた。
「イアソン!?」
藤丸は立ち上がると、いそいで駆け寄るも、すぐに別人だと気づく。たしかに金髪だったが、そこに隠れていたのはヘルメッポだった。ヘルメッポは藤丸に気づかれ「しまった」と一瞬だけ顔が歪んだが、咳ばらいをすると何事もなかったかのように立ち上がった。
「ヘルメッポ?」
「あやしげな動きをしていたからな、見張っていた」
「おお……!」
藤丸は感心してしまった。自分が不審者扱いされているのは理解していた。しかし、ヘルメッポは真面目な海兵ではなく、モーガン大佐の虎の威を借りた狐のごとく傍若無人な振る舞いをする駄目息子だったのだ。彼には申し訳ないが、立派な成長を目の当たりにしたような気持ちに陥ってしまう。
「反応がおかしくないか?」
「フォウ……」
「す、すみません……」
藤丸は深呼吸をして、どうにか気持ちを落ち着ける。
原作ではよく知った相手でも、相手は海兵であり初めて会った相手なのだ。きちんと礼をつくして接するように心がけなければと強く思った。
「あまり動き回らないことだ。ライブ会場に戻った方がいい、その方が安全だ」
「安全って、どういうことですか?」
まるで、ここが危険とでもいうような口ぶりである。
「もしかして、人がいないことに関係してるんですか?」
ヘルメッポは、なにも答えない。
「船に残った仲間の姿が見当たらないんです。仲間が危険に巻き込まれてるってことですか!?」
イアソンは、まがりなりにもサーヴァント。
普通の人間が束になってかかっても勝ち目は万が一にもありえないし、戦闘機を引っ張り出して来ても倒すことはできないだろう。
ただ、ここはワンピースの世界。世界の道理が異なってもおかしくない。悪魔の実の能力者がサーヴァントと同等な力を誇ることだって考えられるのだ。
「どちらかといえば、おれたちの方が巻き込まれてる」
「え……?」
そのあと、ヘルメッポの口から事実が淡々と語られる。
藤丸とフォウは目を丸くして聞くしかなかった。最初は驚きでしかなかったが、だんだんと焦りが込み上げてくる。
「――……という事情で、おれとコビーが派遣された。この陰謀を阻止するために」
「そんな……! 俺たちも協力します!」
ライブ会場で楽しんでいるであろう二人組に知らせなければ、という思いが膨らむ。
「協力はありがたいが、これ以上、一般市民を危険にさらすわけにはいかない。お前はおとなしく会場に戻り、ライブを楽しむふりをしていろ」
「……できません」
「?」
「その話を聞いてなにもしないなんて、俺にはできません」
藤丸の脳裏に、カルデアにいるマシュ・キリエライトの姿が浮かぶ。
「俺のことを待ってる人がいるんです」
マシュだけではない。新所長やダ・ヴィンチちゃん、ホームズたちカルデアにいるみんなの姿が次々と想起され、漂白された地表とこれまで挑んできた異聞帯でのことが思い返された。
自分にはやるべきことが残っている。特異点を解決して、みんなの待つカルデアに戻らなければならないのだ。
「外部との連絡はとれないんですか?」
「電伝虫はあるが、ここに来てから反応がない」
「……カルデアと連絡がとれないのは、それが関係してるのかな」
藤丸は小声で呟きながら、カルデアとの通信装置を突いてみる。もちろん、なにも起きないが、ヘルメッポが語った現象が起きているのであれば、通話が繋がってはまずいのだ。カルデアと通信が繋がってしまったら、被害がさらに拡大してしまう。最悪、この特異点どころの話ではなくなってしまいそうだ。
どうすればいいのか、頭を悩ませた――そのときだった。
「たしかに火急を要するかもしれないが、あと数時間の猶予はある。それだけあれば、君には十分さ。なにしろ、君は何度も過酷な状況を乗り越え、事態を修復してきただろう?」
背後から、どこか楽観的な声をかけられたのは。
※
話をライブ会場に戻そう。
会場では、ウタのライブが続いていた。ウタは音符型のフロートに乗り、ファンに手を振りながら会場中を飛び回っていた。
「ライブはまだまだ続くけど、みんなお腹すいたりしてない? よーし、食べ物とか楽しそうなの、いっぱい作っちゃう!」
ウタが両手を広げると、フロートから大量の音符が飛び出した。音符は食べ物やぬいぐるみ、おもちゃに姿を変えると、四方に散りながら観客たちに降り注ぐ。
「みんな、ここでは好きなときに好きなものを食べて、歌って踊って私と一緒に楽しく過ごせばいいからね!」
ウタは笑顔で観客たちに語りかけた。
「私と一緒なら、どんな夢でも叶う! みんなを怖がらせるものなんて、どこにもない! 新時代、最高ーっ!」
「「「うおぉー! ありがとう、ウタ!」」」
観客たちはそれぞれ大きな果実やぬいぐるみを受け取りながら、大喜びで声援を送った。
「いやぁ~、やばいですな、こりゃ」
黒髭は降ってきたビール瓶をキャッチすると、ためらいなく飲み始めた。
「ぷぁー! 喉ごし爽やか! デュフフ、ウタたん最高ーっ!」
黒髭も上空を飛び回るウタに歓声をあげた。
食べ物は美味い、酒も頼めば無限に出てくる。それを叶えてくれる女の子は歌が誰よりも上手く、巨乳なのに清楚感があって、それでいて明るく無邪気な笑顔で可愛く笑うときた。まるで、楽園に迷い込んでしまったかのような錯覚を受ける。
「ああ、実に天国のようだ」
バーソロミューもうっとりと呟くと、隣で作業を続ける青年に語りかけた。
「君もそうだと思わないかい、前髪が素敵な料理人さん?」
「……まあ、コックにとって天国だな。ウタちゃんに頼めば、どんな食材でも用意してくれる」
サンジは満足しているような辟易としているような中途半端な表情で答える。この頃になると、サンジはバーソロミューの申し出を承諾したことを後悔していた。バーソロミューからずっと熱のこもった視線を向けてこられるのは精神的にしんどい。モモイロ島カマバッカ王国で修行した2年間の悪夢が蘇りそうになる。
「君の腕前は本当に素晴らしい。私が知る数多くの料理人と比べても、間違いなく一流だ」
バーソロミューは芋の皮むきを手伝いながら話し続ける。
「私は料理について専門的な知識があるわけではないが、下ごしらえがしっかりしている。丁寧な仕事ぶりから、君の真面目さが感じられるよ。どうだろう? 私の船で料理を作っていただけないだろうか?」
「駄目に決まってんだろ、メカクレ魔神」
サンジが答える前に、黒髭が突っ込みを入れた。
「だいたい、いまはテメェの船は使ってねぇじゃん。マスターが選んだのは、俺の船だっつーの」
「素敵な料理人さん、この食材はどうします?」
「聞けよ!」
黒髭の話など意にも介さず、バーソロミューはサンジに質問をしていた。ここ数時間、ずっとこんな感じの相方に、黒髭はほとほと呆れてしまった。
「まったく……せっかく『麦わらの一味』と御一緒しているというのに。全世界のファンが待望するような状況にいるっていうのに! メカクレ野郎のお守とか、これ如何に! うおー、マスター早く帰ってきてくだちい!」
しかし、そんな黒髭も「麦わらの一味」からは「変わった奴」として扱われている。
「……いやー、まさか、バルトロメオみてぇな奴が他にもいるとはなぁ」
黒髭もウソップから奇妙なものでも見るような視線を向けられていた。
なにせ、黒髭はライブの合間合間にルフィたち一味にそれぞれ「これまでの旅であったこと」を質問して回っていたのだ。黒髭としては、ここがアニメ沿いなのか原作沿いなのか、それらとも、そのどちらとも異なるパラレル的な世界なのか確認するため質問して回っていたのだが、根掘り葉掘り質問するので、「麦わらの熱心すぎるファン」として認知されてしまったのである。
「黒ひげって名前なのにな」
チョッパーがミルクをぐびぐび飲みながら言った。それを受けて、ロビンもくすりと笑う。
「あだ名が黒ひげで、本名がエドワード・ティーチというのは、ちょっと悪趣味ね」
「ぐっ、ロビンたん……拙者が(この世界に来てから)地味に気にしてることを」
「気にしてるって言う割には、スーパー笑顔じゃねぇか」
「ちっちっち、フランキー将軍。ミステリアスなのに可愛い女子からの言葉責めは嬉しいもんなんですぞ、デュフフフ。それにしても……よくこんなイイ席が取れましたな」
黒髭は周囲を見渡した。
この会場は浅瀬を囲むように客席が作られているのだが、一味のいる場所はいわばアリーナ席。それもセンターステージまで神レベルの近さの升席である。すると、ウソップが鼻をこすりながら得意げな顔で答えてくれた。
「っへへ。俺たちもびっくりしたんだけどさ、キャンセル待ちに駄目もとで申し込んでみたら当たったんだ」
「まじでか!? さすが、麦わらの一味! 運強ぇー!」
黒髭が驚きの声をあげたとき、音符に乗ったウタが一味の席へと滑り降りてきた。
「ルフィ! みんな! 楽しんでる?」
「はひ! プリンセス・ウタ!」
ウソップがしゃきんと背筋を伸ばす。
「変わった食材もあるしね。天国だよ、ここは」
サンジが微笑して言い、チョッパーは「楽しいことだらけだな!」と満面の笑みを見せた。
「よかった、ルフィの友だちにも喜んでもらえて」
「淡い瞳を前髪で隠した素敵な御方、まさか来てもらえるとは……! ぜひ、私と話を!」
「うん、あとでね」
ウタは愛想よく笑うと、肉を食べ続けるルフィに顔を近づけた。
「ねぇ、これで全員?」
「あぁ」
「そんなことないでしょ? その帽子の――」
「ホントだって」
ルフィが遮るように言うと、ウタはムッとした表情を浮かべた。
「ルフィ、久しぶりに勝負しない?」
「いまのおれに勝てるわけねェだろ」
ルフィはそっけなく言い放ち、骨付き肉をとると網の上に置いた。じゅうっと肉の焼ける音がする。
「なに言ってるの! 私が183連勝中だってのに!」
「違う! おれが183連勝中だ!」
ロビンが「認識の違いが激しすぎる」と冷静にコメントをする。
「いやぁー幼馴染同士の会話、好きですなぁ……!」
黒髭は頬を赤らめながら、うんうんと頷く。
彼が頷いている間にも話が進み、ルフィとウタが「チキンレース」で184戦目の勝負をすることになる。ウタの身体から音符が飛び出し、空中に集まったかと思えば、50メートルほどの長い板を作る。その上に座るのは、ルフィとウタ。彼らの前には、離れた場所からでも美味しそうに見えるモモ肉のローストチキンが一皿ずつ現れた。
「ふむ……それで、2人の背後に巨大な牛が出現……なるほど、襲いかかって来る前に逃げるという勝負か。海賊っぽいレースですな」
黒髭は二人を見上げながら、納得するように頷いた。
「麦わらの一味」はもちろん、観客もみんながウタの勝負に目が釘付けだ。誰もが空を見上げ、2人の勝負の行方を見守っている。
そのときだった。
「ところで、黒髭。ひとつ聞きたいことがある」
いつのまにか、バーソロミューが黒髭の隣まで来ていた。
「かの前髪が素晴らしい歌姫の能力について、どう思う?」
「ああ?」
「君の意見が聞きたい」
バーソロミューはウタから目を逸らさず、さも雑談のような軽い口ぶりで尋ねてくる。黒髭は一度だけバーソロミューに顔を向けたが、すぐにウタたちの勝負に視線を戻した。
「……なにかしらの代償はあんだろ」
「『悪魔の実』とやらの能力者でも?」
「万能の力なんてもんは、この世界にはねぇんだよ。少なくとも、知る限りは」
黒髭は一度、口を閉ざす。
それから、横目でバーソロミューの真剣な顔を一瞥した。
「てめぇもオタクなら想像がついてんだろ、ライブのからくり」
「…………」
「ま、いつかは終わるだろ。そのうち限界がくる」
「……限界が来る前になんとかしたい、と言うのは欲張りすぎなのだろうか」
「別にいいんじゃね?」
黒髭は興味なさげに呟いた。
「俺たちは海賊だぜ? 欲張ることをやめたら、海賊失格だろ」
「っふ、違いない」
バーソロミューの口元に笑みが浮かぶ。
それと同時に、ルフィが牛に吹き飛ばされる。バーソロミューの口元が動いたように見えたが、ルフィが海に落ちたときの音で聞こえない。
「なにか言ったか?」
「いや、なにも」
バーソロミューはサンジの隣に戻っていく。
黒髭は、オタク仲間の背中をつまらなそうに眺めるのだった。