チキンレースの結果は、ウタの勝利となった。
もっとも、ルフィは納得していない。
「さっきのは反則だ! もう一回!」
「出た、負け惜しみィ」
ルフィが海に落ちたことより結果にこだわっていると、ウタはからかうように笑った。そして、彼女はルフィにぐっと顔を近づけると、問い詰めるように囁いた。
「私が勝ったんだから教えてよね。シャンクスはどこ?」
「知らねー」
「だったら、その麦わら帽子はなに?」
ウタはじれったそうに、ルフィの眼を覗き込んだ。口調こそ普通だが、声にはどこか焦りがにじんでいる。
「預かってる」
ルフィはそっけなく答えた。ルフィの答えに、ウタは不満そうな顔を崩さない。
「預かってるって……!」
「ねぇねぇ、ルフィとウタってどこで知り合ったの?」
そんな彼女に、ナミが口を挟んだ。
「こいつはフーシャ村に、シャンクスたちと一緒に来てたんだ」
「フーシャ村って、ルフィさんの故郷でしたよね」
ブルックが言い、ルフィがその通りだと頷く。
それから、ルフィは語りだした。
いまから12年前、シャンクス率いる赤髪海賊団がフーシャ村を航海の拠点にしていたこと。自称「赤髪海賊団の音楽家」のウタと「どちらが立派な海賊になれるか」勝負を重ねたこと。
それなのに、ある日、急にいなくなってしまったこと。
とある航海から戻ってきたシャンクスたちの様子はおかしく、誰一人として笑顔はなく、疲れ切った表情だった。
「シャンクスに『ウタはどこに行ったの』かって聞いたら、『ウタは歌手になるために船を降りた』って」
その日のことを聞き、ウタは「へぇ~」と乾いた声を出した。
「なァ、ウタ。お前、なんで急に海賊になるのやめたんだよ。あれだけ赤髪海賊団が好きだったのに」
ルフィの問いかけに、ウタは一瞬だけ言葉に詰まるも、笑顔で応えるのだった。
「海賊より、歌手になりたいって思ったから。ほら、私、2年くらいの活動で世界中にファンができるほどだし」
「ふーん」
「それよりルフィは? いま、なにやってんの?」
「決まってるだろ。海賊だ」
ウタの表情が強張る。言葉を失い、黙り込んだ。
「……そっか。海賊、かぁ……」
ウタはどこか後ろめたそうに呟くと、ルフィから視線を逸らした。そんな彼女の様子を知ってか知らずか、ルフィは明るい口調で言うのだった。
「ああ。海賊王になるんだ、おれ!」
(うおぉぉー!! 主人公の決め台詞聞けた!! それも、生で!!)
これに、黒髭は一人興奮する。「海賊王におれはなる!」という言葉は、ワンピースという漫画の決め台詞。それをほとんど手の届く距離で聴けたことに喜びを隠せなかった。言葉に出てしまいそうになったが、この場の空気を壊しかねないのでなんとか堪える。口元を抑え、むごむご悶えていれば、隣にいたチョッパーが「大丈夫か?」と心配そうに彼を見るのだった。
黒髭は感動した言葉をどうにかのみ込み、チョッパーに返事をしようとした。
しかし、それはできない。
「……ねぇ、ルフィ。海賊やめなよ」
ウタの異様に低い声が升席に響いたからだ。
これには、横で聞いていたゾロたちまでも驚いて顔を上げる。
「一緒にここで楽しく暮らそう。友だちのみんなも私のファンなんでしょ? 一緒にいた方が楽しいよね!」
ウタは先ほど呟いた暗さから一変し、無邪気な声で提案する。しかし、彼女の明るい声は空々しく響いた。一味のなかでも、ウタに熱中しているウソップですら「いや、それはちょっと」とでも言いたげな表情で、ウタから視線を逸らす。
ルフィは誰にも表情は見せず、なにも言わずに升席から出ていこうとした。
「ちょっと! 聞いてんの、ルフィ!」
「ウタ」
ルフィはウタを振り返ると、二ッと歯を見せて笑った。
「久しぶりに会えて嬉しかった! 肉も食ったし、おれ、サニー号に帰って寝るよ」
「はァ!?」
「お前もやりてェことやってるみたいだし良かった! じゃあな!」
ルフィは階段を降りていく。
「帰らせないよ!」
その背中に向かって、ウタが叫んだ。
「ルフィとあなたたちは、ここで永遠にずっと、私と楽しく暮らすの」
ウタは明るい口調で言ったが、目がまったく笑っていない。
さすがに、ルフィ以外の麦わらの一味も呆れてしまう。
「ウタ、あなたの歌は好きだけど、さすがにずっとは……」
ナミが話している途中にもかかわらず、ウタは彼女に向けて音符を弾いた。
「ッ!」
ナミは音符によって弾き飛ばされてしまう。
サンジがすぐさま「ナミさん!」と駆け寄り、バーソロミューが「待つんだ、金髪の君!」と追いかける。
ウタが指を向けると、五線譜が伸び、サンジとバーソロミューを拘束する。そのまま、床に倒れていたナミもからめとると、ビッグ・マム海賊団たちのように空に貼り付けられてしまうのだった。
「みんなー!」
突然の豹変に混乱する3人をよそに、ウタは観客に向かって声を張り上げる・
「また海賊を見つけたよ! どうしよう?」
この言葉で、観客たちの表情が一斉に強張った。両手に力をこめ、唇をかみしめている子どももいる。それだけ、みんながこれまで海賊に散々苦しめられてきたのだ。この上、ライブまで台無しにされてはたまらない。
「UTA!」
観客の一人が声を上げる。
他の観客たちも次々と加わり、ウタに向かって叫ぶ。
「「「UTA! UTA! UTA!」」」
観客たちのコールが会場に木霊する。
「オッケー! じゃあ、みんなのために私が海賊をやっつけちゃうね!」
ウタの言葉で、アニマルバンドたちによる演奏が始まった。
人々の怒りを掻き立てるような荒々しい伴奏が響き渡る。照明が落ち、カラフルなレーザーライトが点滅して客席を照らし出した。
ウタ自身も大きく手を打ち鳴らす。観客たちは彼女にそろえるように、手拍子を始めた。手拍子をするたびに、リズムに乗って音符が現れ、鎧をまとった屈強な戦士の姿へと変わっていく。
「いくらルフィの幼馴染だからって、こりゃあ自由にしすぎじゃねェか」
抜刀して構えたゾロに、音符の戦士たちが槍を抱えて襲いかかる。突き出された槍先がゾロの刀を叩き、火花が散った。音符の騎士は弾けて消えたが、弾けた破片が結集して再生し、ゾロへと襲いかかる。
「あ、これやばい」
その光景を視た途端、黒髭はすぐさま霊体化した。だが、誰も1人の男が消えたことにも気づかない。麦わらの一味は倒しても倒しても復活して押し寄せてくる音符の戦士たちに手を焼き、観客たちはウタの歌と海賊倒しに熱中し、ウタは音符のフロートに乗り、ルフィと向き合っていたからだ。
「ルフィ、あんたが海賊だって言うからいけないんだよ。私の友だちなら海賊は諦めて」
「なに言ってんだ、おめェ」
ルフィは戦闘態勢を取りかけるも、すぐに思い直して、身体の力を抜いた。麦わら帽子を深く被りなおし、静かに自身の決意を告げる。
「やっぱやめた。のらねェ。戦う理由がねェ」
「あんたがやらなくても、私はやるよ」
ウタの冷たい歌声がスタジアムに響き渡る。人々を虐げる存在への怒りに身を任せるように、圧力のある激しいメロディを歌う。歌声と共にカラフルなレーザービームが会場中を照らし、音楽と光り鼓舞されるように、音符の戦士たちの凶暴性はますます増した。
もちろん、麦わらの一味が黙ってやられるわけはない。
それぞれが死力を尽くし、音符の戦士たちと戦うも、ウタが歌えば歌うほど戦士の数は増えていく。フランキーのように隙を見て、ウタに直接攻撃を試みようと口にためた炎の塊をレーザーのように放出したが、彼女の白い肌に傷一つつけることは叶わない。ウタはフランキーを見ようともせず、彼女を庇うように出現した音符の盾によって渾身の一撃は飛散する。
「――!!」
このままでは、キリがない。
麦わらの一味が疲弊し、攻撃が弱った頃を見計らい、ウタは五線譜を飛ばした。五線譜は麦わらの一味がいる升席全体を覆いつくし、一味をからめとってゆっくりと宙に昇っていく。
「っ! ウタ、おれの仲間になにすんだ!」
ルフィは五線譜に貼り付けられ身動きの取れない仲間を見ると、音符の戦士たちを跳ねのけながらウタの方へと身を乗り出した。しかし、この声はウタに届かない。激しく身を焦がすような歌にかき消されて届かない。
「――っ!」
ウタは必死なルフィをあざ笑うように、人差し指を立てた。指先から飛び出したレーザービームが、ルフィの身体を貫く。そこに五線譜が絡みつき、ルフィの身体をぐるぐる巻きにすると、ステージ上まで運んだ。
ウタの圧勝である。
ウタが憎たらしい海賊に勝利し、観客たちの熱狂はピークに達していた。
「ダメだよ、ルフィが海賊王になるのは……」
ウタは暗い瞳でルフィを見下ろすのだった。
「……んー、間一髪でしたな」
黒髭は元の観客席に戻り、息をひそめていた。
あと一歩、霊体化で脱出するのが遅れていれば、五線譜にからめとられ、ビッグ・マム海賊団や一味と仲良く空に貼り付けられていたはずだ。
「それにしても……こりゃ、やばくね?」
黒髭は周囲を見渡した。ライブの観客たちは度を越した熱狂を帯びていた。
これまで自分を苦しめてきた海賊への憎しみを、ステージで転がっているルフィへぶつけていた。
「「「海賊いらない! 海賊追い出せ!」」」
もちろん、彼らが憎いと思った海賊のような行為をルフィはしていない。彼らの怒りをルフィに向けるのは筋違いである。だが、彼らがそのようなことを知るはずもない。ウソップや仲間たちが「ルフィはそんなことをしない!」とでも言うように口を動かしているのも見えたが、観客の声にかき消されてまったく聞こえなかった。
ルフィが五線譜から解放されるや否や起き上がり、ウタに訳を聞こうと近づくも、それはできずじまいだった。善意でステージに近づいた観客たちが、桶にくんだ海水をぶちまけたのである。当然、能力者のルフィは海水を頭から浴び、その場に倒れ込んでしまった。
「ウタちゃんに近づくな、海賊が!」
「海水で力が入らない能力者なんて怖くないぞ!」
観客は怒りの形相を浮かべ、ルフィを殺そうとする。ウタは黙って見守るだけで止める様子もなく、この位置からでは表情が読み取れない。
黒髭は冷や汗をかきながら、ルフィを助けに行くべきか否か悩んだ。このままでは、まちがいなく主人公が死んでしまう。しかし、あの場に降りたところで勝算はあまりない。なんとか逃げられたのは、どさくさに紛れて霊体化したというズルがあったからだ。ウタの能力から推測するに、堂々と正面から戦って逃げられるとは思えなかった。
このままでは、主人公が死んでしまう。
黒髭がはらはらした、そのときだった。
「バリアボール!!」
何者かが叫びながらステージに降りて来る。
緑髪の青年――バルトロメオである。全身をウタグッズでコーディネートした彼は球体上のバリアで自分とルフィを包み込む。
バルトロメオはルフィの大ファンであり、彼のバリアは完全無敵。簡単に破ることはできないので、黒髭はほっと安堵する。
そのうち、バルトロメオごとルフィが消え、代わりに大きな石が現れる。
「消えた……? ありゃ、オペオペの能力? ってことは、トラファルガーがいるってことか」
ルフィたちがどこへ消えたのかは分からないが、状況的にトラファルガー・ローの能力だろう。
「みんなー、海賊狩りだよ! 逃げた海賊を探すよー!」
「「「おー!」」」
ウタが観客を先導し、ライブ会場から出ていく。
黒髭は観客の波に乗るように歩きながらも、隙をついて列から抜け出した。
「おい、お前どこに行くんだ?」
めざとい観客からは「海賊の仲間か?」と厳しい目で見られるも、そのたびに黒髭は面倒くさそうに言うのだった。
「便所だよー! べーんーじょっ! ウタたんの前で用を足せねぇだろ!」
生理現象を我慢するほどつらいことはない。
たいていの観客は気の毒そうな目で見送ってくれる。
「さてと、主人公はバルトロメオとトラファルガーがいるなら大丈夫だろ。つーか、やっぱり、ここは映画時空じゃねぇ? 出てくるメンバーが豪華すぎる。さっさと、ウタたんを操ってる黒幕を探さねぇと」
黒髭はメタ的に考察をしながら、ひとまずライブ会場に戻ろうとした。
ここがアニオリ映画時空なら、まちがいなくウタは被害者だ。夢女主ヒロインが悪役になるとは考えられない。黒幕に操られているに決まっているが、肝心の黒幕の影も形も見当たらない。
「ライブ会場に戻って、ロビンたんにでも話を聞くか。ついでに、あのメカクレ野郎も助けねぇとな……」
「黒髭ー!!」
そんな黒髭の背中に声がかかる。
「おお、マスター!! 無事でしたか! ……ん、え、ええ!? その隣の御仁は!」
黒髭は振り返り、ちょっと驚いたように目を見開く。
藤丸立香の隣にいた金髪の海兵――ヘルメッポにも驚いたが、なにより黒髭が衝撃を受けたのは、藤丸立香の隣にもう1人、一緒にレイシフトしてはないはずのサーヴァントがいたからである。
「やあ、待たせてすまなかったね」
そのサーヴァントは、誰よりも白かった。ゆるふわっとした見た目と優し気な声からは、草原に吹く風のように爽やかな好青年のように見えるだろう。
「花の魔術師、マーリンの登場だ」
「いやいやいや! おたく、今回のレイシフト適正ねぇんじゃね!?」
「そうだね。そもそも、私はレイシフトしてきたわけじゃない。もちろん、徒歩できたわけでもないよ」
彼はふざけた口調で笑うも、すぐに見た目が揺らいだ。
「おっと。すまない。この世界で姿を保つのはかなり難しくて」
「黒髭、時間がないんだ。説明したいんだけど、バーソロミューは!?」
「あー、それが、ライブ会場で捕まってるって感じ」
「ええ!? すぐ助けなくちゃ……!」
藤丸はライブ会場に向かって駆けだした。黒髭もマーリンやフォウ、ヘルメッポと一緒に、彼の後を追いかける。
「それで、マスター。時間がねぇって、つまり何故?」
「落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
藤丸は走りながら、隣を並走する黒髭に語りかけた。
「俺たち、ウタが作り出した夢の世界に捕らわれてるんだ!」