バーソロミューはメカクレ歌姫を救いたい   作:寺町朱穂

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8話 海賊、動く

 

 

 残された時間は、あと2時間――。

 現実のライブ会場では、ウタと海軍による激しい戦闘が繰り広げられている。相手は海軍でも名のある将兵たちだったが、ウタが圧倒していた。

 藤虎大将とモモンガ中将は海兵たちと共に耳栓をして戦いに臨むも、ウタが操るは罪なき観客たち。海兵たちも一般市民に傷を負わせることはできず、じりじりと後退を余儀なくされていた。

 

 

 

 一方、ウタワールドのライブ会場は静かなものだった。

 

 

 ウタが観客を連れて「海賊狩り」に駆り出し、たった一人の観客が残るだけ。その観客は升席の端に座りながら、黙って空を見上げている。

 観客の名は、バーソロミュー・ロバーツ。のんびりとした潮風に感じながら、右手に空のグラスを揺らしていた。

 

「やあやあ、待たせたね」

 

 そんなところに、マーリンが戻って来る。なにもない空間から溶け出すように現れると、バーソロミューの隣にふわりと降り立った。バーソロミューはマーリンを見ると、ちょっと意外そうに眉を上げる。

 

「君がここに来るとは……てっきり、マスターのところに現れると思ったのだが」

「マスターには報告済みさ。ここに来たのは、君とも情報の共有をしておきたくてね」

 

 マーリンは彼を見て、微笑みを浮かべた。

 

「ネズキノコは無事に確保できた。いま、カルデアの医療系サーヴァントたちで解析中だよ。一時間で調合してみせると躍起になってからね」

「そうか! それはよかった!」

「ところで、君はどうしてここに?」

 

 バーソロミューは心の底から嬉しそうにしていたが、マーリンに尋ねられて笑みを止める。

 

「マスターから聞いていないのかい?」

「時間がなくてね。私はウタに招かれていない余所者なんだ。あまり長時間動きすぎるわけにはいかない。この報告を君に伝えたら、またカルデアに戻るつもりなのさ」

 

 マーリンの話を聞き、彼は「ふむ」と頷いた。

 

「マスターと海賊たちが五線譜の仕組みを解いてくれたことで、私は解放された。マスターたちについて、この世界からの脱出方法を探るのもありだと思ったが……ここで待とうと思った」

「待つ?」

「前髪がよく似合うお嬢さんを」

 

 バーソロミューはそう言いながら、グラスにワインを注ぎ始める。

 

「彼女が『新時代』を完成させるつもりなら、必ずライブは再開される。ここで待っていれば、自然と会えるだろうと思ってね」

「彼女に会ってどうするつもりなんだい?」

「話したいだけさ」

 

 彼は静かな声色で思いを呟く。グラスに注がれたワインを転がし、愛しい人のことを思うかのように言葉を続ける。

 

「私は美しき歌姫を救いたい。ちょっと手荒な方法を取るとしてもね」

「ふむ、なぜ?」

「推しを幸せにしたいのは、誰であっても同じだろう」

 

 バーソロミューは晴れやかな笑顔で、真っ赤なワインを飲み干した。

 

「ところで、マーリン。君に頼みがある」

 

 空っぽのグラスを脇に置き、マーリンと向かい会う。バーソロミューは囁くほど小さな声で「頼み」を口にする。マーリンは「ふむふむ」と頷きながら聞いていたが、最後の言葉を耳にした瞬間、悩まし気に眉をひそめる。

 

「かまわないが、君はそれでいいのかい?」

「もちろん!」

「……わかった。カルデアに帰ったら提案してみるよ」

 

 マーリンがそう言ったとき、遠くからラッパやドラムの音が響いていることに気づく。2人して顔を上げれば、遠くから楽器で構成された摩訶不思議なゴンドラのような船が接近してくるのが見えた。

 

「タイムリミットというところか」

「そのようだ。私は、ここで失礼させてもらうよ」

 

 マーリンはこの場から去ろうと杖を振ろうとし、最後に思い出したように呟いた。

 

「マスターは麦わらの一味と一緒に、エレジアの城を探索中だ。なんでも、この島にまつわる伝説について調べたいらしい」

「ありがとう。万が一のときは合流する」

 

 バーソロミューが手を挙げて礼を口にすると、マーリンは微笑みながら姿を消す。ちょうど、そのタイミングで巨大な音楽のゴンドラが会場に到着する。ステージ前に降り立つと同時に無数の音符が弾け、乗船していた観客たちを席へと戻していく。

 

「みんなー!」

 

 ウタがステージの中央に降り立つ。ピンクと白の羽を生やし、観客たちに笑いかける姿は、愛らしい天使そのものだった。

 

「海賊たちは放っておいて、私たちは新時代の誕生を待とう!」

「「「うぉー!!」」」

 

 観客たちは、ウタのライブに夢中になっている。

 ウタは全力で歌い続け、激しいダンスをこなしても、汗ひとつかかず、苦しい表情一つしない。

 観客たちも全力で天使の歌声にはしゃいで盛り上がっているが、まったく疲れなかった。ライブに夢中になっているので、それがはた目から見れば異様なことだと誰も気づかない。ウタが生み出す食べ物や飲み物を口にしているとはいえ、6時間近く歌って踊って応援して、かつ、海賊探しにまで熱を上げていたというのに、まったく疲れないとは普通ありえないのだ。

 しかし、この世界においては、ありえてしまう話。

 

 なぜなら、ここはウタの思い描いた夢の世界。すべてがすべて、ウタの思うがままだ。

 そのことを知るのは、この会場に一人――バーソロミュー・ロバーツだけ。

 バーソロミューは彼女の歌声に耳を傾け、時折、懐中時計に目を落とす。

 

「……そろそろか」

 

 一度歌うのを止め、ウタがステージから観客に向かって手を振っている。

 バーソロミューは懐中時計を閉じ、立ち上がろうとした――そのときだ。

 

「だええー」

 

 ポップなドラムとは不釣り合いな鈍い声がステージに響く。

 宇宙服のような衣装をまとう太った男が警護の黒服を引き連れて、ずかずかとステージに踏み入ってきたのだ。

 

「ん?」

 

 ウタは乱入者にきょとんとした視線を向ける。

 

「気に入ったえ~。ウチに来て、わちしのために子守唄を歌うだえ~」

 

 太った男の名は、チャルロス聖。

 バーソロミューは知らなかったが、世界貴族こと天竜人と呼ばれる存在だった。世界で最も誇り高く気高き血族として、世界の頂点に君臨する者であり、絶対に逆らってはならない恐怖の存在である。

 

「て、天竜人だ」

「ま、まずい」

 

 観客から興奮の色は拭われ、誰もがその場でひれ伏した。天竜人への尊敬の情故の平伏ではなく、逆らったら海軍大将を呼ばれて自分はもちろん一族郎党皆殺しにされる恐れからくるものだった。

 

「チャルロス聖様が貴様をご所望だ。ご厚意に感謝しろ」

「10億でお前を買うえ~!」

 

 チャルロス聖は10本の指を立てるように両手を広げて言う。

 観客たちに漂う空気に悲壮感が膨らんだ。ウタが天竜人に買われてしまったら、二度と人前に出てくることはない。一生、ウタが壊れるまで聖地マリ―ジョアで奴隷として酷使されてしまう。

 ところが、そんな空気を一蹴するかのように、ウタは無邪気に手を叩くのだった。

 

「もしかして! あんたが天竜人ってやつ!? 知ってるよ、本に載ってた。誰でも奴隷にしたがる、世界一の嫌われ者でしょ?」

 

 ウタは明るく言うも、観客たちにどよめきが広がる。天竜人に逆らうなど、自殺行為以外のなにものでもない。

 

「いい加減にしろ、天竜人の逆鱗に触れるぞ」

 

 会場に紛れ込んでいた海兵の数名がステージに上がり、ウタを止めようとするも、彼女はまったく意に返さなかった。

 

「聖地なんて行かないよ。ここではみんな一緒! 天竜人のおじさんも奴隷もみんな同じ仲間なんだから! これから仲良く過ごそうね!」

「同じだと~!? この女、死刑だえ!」

 

 チャルロス聖はウタの物言いが気に障ったらしく、大声で宣言する。警備の黒服が命令に従い、銃でウタを撃ち始めるも、当然ながら彼女にダメージはない。

 

「だーかーら、そういうのは無意味なんだってば」

 

 ウタが平然と振舞うのを見て、チャルロス聖も銃の引き金に手をかける。しかし、狙ったのはウタではなく、自身の部下であるはずの黒服だった。

 

「使えないやつは、もういらないぇ~」

「なんてことするの!」

 

 ウタは黒服に駆け寄り、傷口に手を添える。

 

「大丈夫、私が助けてあげるからね」

 

 ウタが手をかざせば、傷口はみるみるまに消え失せる。その様子を見て、チャルロスはますます憤慨し、じだんだを踏む。

 

「海兵ども! なにしてるんだえ!」

「……すまない」

 

 海兵たちがウタを包囲する。

 

「あんたたち海軍は、正義の味方を名乗ってるんじゃないの!?」

 

 ウタはステージの床を乱暴に蹴り、怒りをあらわにする。

 海兵は言葉に詰まった。人を銃で殺したり、人を買おうとしたりするのを前にして、まっとうな海兵であれば正義の旗を掲げ阻止しようとするだろう。このような横暴を見逃すわけにはいかない。ただし、今回の場合、相手は天竜人――海兵たちはウタから視線を逸らし、心苦しい気持ちを押し込めるように拳を握った。

 

「天竜人は、この世界の神にも等しい」

 

 海兵の心苦しい言葉を聞き、ウタは「そっか!」と無邪気に笑う。

 

「本当は、こんな奴の命令は聞きたくないんだね! でも、安心して! ここではみんな平等でみんな仲間だから!」

 

 笑顔で語るその姿は、まるで子どものようだった。

 当然、そんな理屈がチャルロスに通用するはずもない。ウタは五線譜でチャルロスたちをぐるぐる巻きにすると、先ほどまでの海賊たちのように空へと貼りつける。

 

「あれ?」

 

 ウタは捕らえたはずの海賊たちがいないことに気づいたらしい。彼らの行方を問おうと口を開こうとした、そのときだ。

 

「あ、あの! こんなことしたらまずいよ、ウタ!」

「天竜人に手を出したら、世界政府や海軍が襲って来るよ!」

「大丈夫だって!」

 

 心の底から不安を隠せぬ観客たちに、ウタは不思議そうに返す。

 

「ごめん、ウタ!」

 

 そのなか、一人の少年が声を上げた。

 

「ぼく、そろそろウチに帰らなきゃ。羊たちの世話があるんだ。ありがとう、楽しかったよ」

 

 彼はふわっとした笑顔を浮かべるが、ウタは「ありえない!」と目を見開くのだった。

 

「ちょっと待って。なんで辛くて苦しい生活に戻ろうとするの? それより、上にとらえていた海賊知らない?」

「ウタさん!!」

 

 いらだちを隠せぬウタの背後に穴が開き、コビーと「ドアドアの実」の能力者であるブルーノが飛び出してきた。

 

「もうこんなことは終わりにするんだ」

「あんたも海軍? 天竜人を助けに来たの?」

「ぼくは、みんなを救うために来た」

 

 コビーがウタに問いかける。

 すると、観客に再びどよめきが走る。しかし、今回はどちらかといえば好意的な驚きに満ちていた。

 

「コビー大佐!?」

「おお、コビーさんだ!!」

 

 ウタはそんな観客たちの反応に驚いているようだった。

 観客の一人から「ロッキーポート事件で民衆を救ってくれた英雄だ」と説明してもらい、「私、知らなかった」と動揺する。

 その隙をつくように、コビーは観客たちに語りかけた。

 

「皆さん、聞いてください! ぼくたちのいるこの世界は現実ではありません!」

 

 コビーは説明した。

 ウタワールドのこともネズキノコのことも――……。

 

「みなさんは、ウタに騙されていたんです!」

 

 観客たちの反応は、さまざまだった。

 

「ウタ! 本当に騙して閉じ込めたの!?」

 

 女の子が半信半疑に尋ねるも、ウタは「違うよ、違うって!」と手を振りながら言うのだ。

 

「騙してないよ。私はみんなが幸せになれるように導いているだけ!」

「え……」

 

 女の子は言葉を失った。

 ウタは「閉じ込めた」ということを否定しなかった。それは、コビーが語った内容が正しいことの表れでもある。この言葉を耳にしてから、観客たちは二分されてしまう。

 

「ここはみんなが望んでいたトコだよ! 大海賊時代はもうおしまい! 平和で自由な時代が来るんだよ! 最高でしょ?」

「ああ……ここで生きていた方が幸せか」

 

 ウタの信念に賛同する観客もいるが、多くの観客たちは沈んだ表情だった。

 

「だけど、仕事あるし……」

 

 少年が羊の心配をするも、ウタは「はぁ?」と首を傾げる。

 

「だーかーら! 仕事なんてしなくていいんだって、勉強も!」

「それでも! ずっとは困ります」

「頑張ってきたこともあるし……」

「遊んでばっかりってのもなぁ」

 

 多くの観客たちが申し訳なさそうにぽつぽつと自分の意思を口にする。

 

「ウタさん、あなたの計画を中止するべきです。いますぐ――」

「待って!」

 

 ウタはコビーの説得を遮ると、ステージを大きく蹴り飛ばす。背中に生えた紅白の翼を羽ばたかせ、空から観客たちに呼びかけた。

 

「みんなは自由になりたかったんじゃないの? 病気やいじめから解放されたいってのはウソ!? 海賊に怯えずにすむ毎日が欲しいって言ってたじゃない!!」

「帰りたいっつってんだろ!」

 

 観客の男が吐き捨てる。

 

「……え?」

 

 ウタは表情を凍りつかせた。みんなが幸せになれると思ってやったことなのに、命まで捧げたのに、怒っている人がいるとはとても思えなかったのだ。

 呆然とするウタの耳には、激しく言い争う観客たちの声が流れ込んでくる。

 

「やめなよ、ウタはみんなのためにやってくれたんだよ」「おれ、頼んでねーし!」「あたしも帰りたい!」「あんたら、うるさい!」「ウタに賛成」「あたし反対なんだけど」「学校好きだもん!」「それ関係ないでしょ」「やりすぎなんだよ、ウタは!」「あァ!? なんだ、こいつ」「やるってんのか!?」――……。

 

 賛成意見も反対意見も脳内をぐるぐる回り、ウタは混乱してしまう。

 

 そして、ひとつの解決策を思いつきかけた、その瞬間だった。

 

 

 

 ドォンン!!!

 

 

 世界を揺るがすほど巨大な大砲の音が響き渡る。

 

 突然のことに観客たちは口を閉ざし、コビーは目を見張り、ウタの頭に空白が生まれた。

 大砲など、ウタワールドのエレジアには存在していない。大砲が搭載されている海賊船の類は、ウタがすべて消去済みである。ならばなぜ、この世界に大砲の音が鳴り響いたのか。

 

「君たち、ちょっとおとなしくしてくれないか?」

 

 簡単な話、ライブ会場の中央に新たな船が出現したのだ。

 帆船「ロイヤル・フォーチュン号」は巨大さ故に一部升席を崩し、ステージと花道に座礁してしまったが、船長はまったく気にしてないらしい。バーソロミューは甲板を歩きながら、ちょうど同じ高さに浮かぶ歌姫に笑いかける。

 

「あなたは……」

「紫の瞳を前髪で貞淑に隠した歌姫さん」

 

 バーソロミューは仰々しく一礼すると、紳士らしい上品な顔で頼み込むのだった。

 

 

「どうか、この海賊に貴方の時間を奪わせてもらえませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

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