めでたい!
「…」
「…」
湯舟に2人揃って浸かるも、会話はない。
サラサラと温泉が流れる音と遠くの瀑声だけが浴場に響く。
「…ホープは、なぜこの温泉宿に?」
沈黙に耐え切れなくなったアスランがホープに向かって口を開いた。
「…ケガの療養だよ。練習中に足をケガしてしまって…
ここなら静かに休めるだろうってトレーナーさんが。」
「…ケガって…大丈夫か?」
「大したケガじゃないさ。
ただ、いろんな人が大げさに大騒ぎするもんだから滅入っちゃって…」
ふうとホープが溜息をこぼす。
「…ジャパンカップテレビで見てたよ。残念だったね。」
「え?ああ…ありがとう。」
今度はホープの顔がアスランに向く。
「どうだった?」
「何が?」
「世界と戦うって…どんな感じだった?」
「そうだね…」
『なめられたものだね。寝不足の状態で私やヴェニュスの末脚に挑もうなどと。』
ハーツオブオークに言われたセリフがフラッシュバックする。
「…強かった。
ただ強いんじゃない。心の余裕や実力へのプライドを肌で感じた。」
目を閉じて自然と拳を握る。
「そっか」とホープが相槌を打つ。
「僕はそれを、菊花賞でアスランから感じたんだけどな。」
「うん?」
ホープがそう言葉をつなげる。
「…僕は、だれかと競い合うのが好きなんだ。
小さかった頃は裏山でうさぎと追いかけっこしたり、漁港に集まる海鳥を追いかけたりして過ごしてた。
盛岡トレセンに行って、もっともっと速いウマと競いたいと思って中央に挑んだ。
一番強いウマ娘である君と競ってみたかったから。」
ただ黙ってホープの話を聞く。
「菊花賞で負けて、会長に怒られた時分かったんだ。君は勝つために走っていて、僕は…
…僕は、失望されないために走っていたんだって。」
「失望?」
ホープがこくりと頷く。
「走っているうちに、会長やみんなからの期待が大きくなっていることに気づいたんだ。
…いや、気づかされたんだ。
僕は、地方のウマ娘として期待に応えなければならないって。」
ホープが湯舟の中で足をさする。
「…もしかしてケガの原因って」
「うん…ちょっと無茶してしまって…ね。」
力なく笑うホープを見る。
SNSにて『#ホープに続け!』は地方ウマ娘達の間で大流行し、度々目にするが、
その台風の目ともいえるレスキューホープには、期待という名の重しが積みあがっていた。
「…期待に応える、って一番単純で一番難しいよな。」
「え?」
「自分も似たようなもんさ。
3冠を達成して、先輩方やファンの期待に応え、
『自分ならもっと期待に応えられる』と過信して、
自分を心身ともに追い込みすぎて…結果は掲示板外だ。
挙句海外ウマ娘から呆れられ、チームやトレーナーに心配かけて…この温泉で休養中ってわけだ。」
「君も療養中だったんだ…」
「そうでなきゃ6時間もかけて山奥までこないさ」
「…
「い、いやいや!そんなわけないやないですかホープ殿」
「…フフッ」
「へへっ」
互いにクスリと笑い合う。
「案外僕たちって似た者同士なのかもね」
「そうかな」
笑ってごまかしたが、心の中では真逆のことを思っていた。
(…これほど正反対な存在なかなかいないと思うが…)
夢と期待に応えるために競い合うサクラアスランと、
実力に対して期待が後付けされたレスキューホープ。
根底となる自分の軸が全く違う者同士ではあるが、だからこそ気が合うのかもしれない。
会話を重ねるうちにそう思った。
「休養がすんだらアスランはどうするの?」
「自分は…トレーナーと相談の上でだけど、
有馬記念を目指す。
…同じ轍は踏まない…!」
ホープの問いかけにしっかりと答える。
「…僕は、東京大賞典と翌年のフェブラリーステークスを目標にするよ。
期待に押しつぶされない、強い自分になって、君へ
古の侍を彷彿させる力強い目を見せる。
「分かった。楽しみに待ってる。
土俵は違えどもお互い頑張ろう。」
「ああ!」
そして湯舟から手を出して互いに拳を突き合わせてグータッチをした。
「…あのーお嬢ちゃんたち。そろそろわしらも入ってええかの?」
「「?」」
脱衣所からおばあちゃんが顔を覗かせてくる。
「…気を遣わせちゃったみたいだね。」
「上がろっか」
2人そろってそそくさと湯舟を出た。