芝の獅子帝―サクラアスラン奮闘記   作:シェルト

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同期の意見 後編

「―まあ冗談はこれくらいにしといてやな」

「是非最初からそうしてほしかった」

 

仁義なき不毛な戦いは一旦置いておいて、ハーンが本題に戻る。

 

「『足りないもの』やっけか。ウチからすると割と明らかなんやけど…」

「明らか?」

「ああ、足りへんものって『領域』のことちゃうか?」

 

ハーンの口から発せられた『領域』という言葉に少し背筋が伸びる。

 

「ハーン…領域知ってたのか」

「いや、ウチも去年のスプリンターズステークスでちょっとそれっぽいのに目覚めてな。

 

あんたと戦った皐月賞を改めて見返したら似たような感じやったから、これが領域ってやつなんかと思った次第や。」

 

ふふんと少し照れくさそうに笑うハーン。

なるほどと相槌を打つ。

 

ハーンは去年、シニア混合G1でいの一番に勝ち星を上げたクラシック級ウマ娘だ。

瞬発力に優れたクラシック級が勝つこともあるレースとは言え、シニア級に混じってのレースは難度が上がる。

 

そんな状況下でも勝ったハーンは強いと思っていたが、領域に目覚めたのなら得心がいく。

 

「アスランが勝った3冠レースと、秋の前2戦。違いは何かと聞かれたら領域の有無やと思う。

ジャパンカップも有馬記念も、ウチが皐月賞で味わったあのターフを揺るがすような走りやなかった。

 

シリウス先輩が言いたかったんは、

領域を『安定的に』発揮する能力が不足している、ってことやないかな。」

「安定的にか…」

 

ハーンが真面目にライバルの走りを冷静に分析して言語化する。

アスランも姿勢を正してハーンの話に聞き入り真剣な顔を見せる。

 

とてもついさっきまで小学生以下の語彙力でケンカしていたとは思えない変わりようである。

 

「ま、ウチも領域出せたんはスプリンターズの一回だけで練習では出たことないし、何度も繰り出してるアスランに偉そうなこと言える立場やないんやけどな」

「いや、そんなことないよ。同じ領域に目覚めている人の意見なんて希少だし、それが同期ともなればなおさらさ。」

 

快活に笑うハーンと満足そうに微笑むアスラン。

 

すっかり領域トークで意気投合し自分たちの世界に入った2人だが、

 

「…あのーアスランちゃんにハーンちゃん。」

「「ん?」」

「…さっきからその『領域』?ってなんのこと?」

 

領域に目覚めていないスチームは完全に置いてきぼりとなっていた。

置いていかれまいと恐る恐る聞く。

 

「ああ、ごめんスチーム。

領域ってのは…

…えーっと…」

「なんやこう…パーってなってガーってなって」

「こう視界が開けてズバッと」

「?????」

 

ほぼほぼ擬音とジェスチャーでフワッとした説明を受けるもスチームはハテナマークを浮かべるだけだ。

 

「いやなんか説明の仕様がないんよ。個々人の感覚というか感性というか」

「『無我の境地』が一番近いかな…?」

 

シングレだと心理学用語のフローとかピークエクスペリエンスって言葉使ってたかな。

 

心身ともに研ぎ澄まされ、一定の条件を満たしたとき、圧倒的なパフォーマンスを見せる。

それが『領域(固有スキル)』だ。

 

「まあ…ようは『自分の走りの最適化』ってとこやないかな。」

 

ハーンがまとめた言葉に深く頷く。

領域とは自分の走るスタイルの完成形(理想形)というのは、今までのレースで実感している。

 

自分の場合それは、

 

(先行でも差しでも)中盤まで足を溜め、

4コーナーで外へ持ち出して好位置につけ、

走法をピッチからストライドに変えて、

ギアを変えてスパートをかける。

 

まさしく『王道のレーススタイル』の時に発動する。

 

「…つまり…裏を返せば、自分の前2走は『自分の走り』ができてなかったってことか。」

「おそらくな。とりあえずウチから言えるのはこんなところや。」

「ありがとうハーン。糸口がつかめた気がする。」

 

手を差し出してハーンと握手する。

 

『自分の走り』に磨きをかける。

当面の指針は決まった。

 

「後は…自分と何度も対戦してるガーランドにも聞いてみたいんだけど…」

 

腰を椅子から持ち上げてキョロキョロとカフェテリアを見渡す。

 

「あ、ガーランドちゃんはいないよ?だってほら…」

「…あー!そうだ!海外遠征中だ!?」

 

しまったという顔をしながらへなへなと力なく席につく。

 

「そういやガーランドとレッドは遠征か。どこ行っとるんやったか」

「確か…サウジアラビアだったかな?そのあとドバイ行くんだって。」

 

ハーンの質問にスチームが答える。

 

「ほーん。砂漠の国のレース場かー。砂ばっかで走りにくそうやなー」

「いやいやハーン、なにも砂丘でレースするんじゃないんだから。」

「そうなんかお笑いおん」

「当たり前でしょ。むしろオイルマネーで府中並の立派なレース場が整備されてて、ダートメインだけど芝のレースもあるし強豪が集いやすい環境が―」

 

久々の海外競馬の話題に思わずテンションが上がる。

 

「アスランちゃん詳しいね」

「まあ一度は日本を飛び出して海外勢と戦ってみたいってのはあるね」

「なんや、ジャパンカップでその海外勢にコテンパンにされとったくせに?」

「わかってないな。海外で戦うことに意味があるんじゃないか。

ハーンも今年は香港とか狙ってみたらどう?」

「私はそうだなぁ…レース発祥の地イギリスとか憧れるなー」

 

やいのやいのと海外レースの話で盛り上がる3人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…へぇ…アスラン海外興味あるんだ…

 

いいことひらめいた!)

 

その様子を遠くから見ていたテイオーは、気づかれないようにカフェテリアから去り、

屋上へと向かった。

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