アスランが生徒会室から退出した後、部屋の外にいたエアグルーヴが入室する。
「なんだ、律儀に待っていたのか。」
「すみません、以前から会長がおっしゃっている後輩がどのような人物なのか気になったので。」
「ほう?盗み聞きとは関心しないな?」
エアグルーヴが「すみません」と謝罪すると、ルドルフは「そんなにかしこまらないでくれ」と顔の前で手をヒラヒラする。
「彼女は和光同塵…今でこそ単なる新入生に過ぎないが、走りの節々から才能が見え隠れしている。選抜レースが始まれば同学年やトレーナー達は放っておかないだろう。」
「会長がそこまで評価なさるとは…どこで見つけ出したのです?」
「なに、去年の感謝祭で偶然見かけただけだ。大怪我を負いながらもテイオーを目標とし、中央に入ろうと活力をたぎらせるその姿勢があまりにも印象に残っていてね。無事入学したら是非私が彼女を導こうと思ったのだ。」
「…今年の入学試験の結果をしきりに問い合わせていたのはそれが理由ですか…」
エアグルーヴの苦言にルドルフも苦笑いをして「あのときは苦労をかけた」とねぎらう。
「しかし…そこまでこだわっていたのならば改めてリギルに勧誘した方が良いのでは。」
「いや、これ以上の無理強いは禁物だ。ここは彼女を見守ろうと思う。」
そう言ってルドルフは目を閉じ、少し微笑む。
「『テイオーに勝つため』か…かつてそのテイオーが私の所に来て『宣戦布告』してきた時のことを思い出したよ。やはり彼女はテイオーに似ているな。」
そう思い返していると、エアグルーヴから「前から気になっていたのですが…」と声をかける。
「なぜ会長はテイオーをリギルに入れなかったのですか?」
「入れなかったのではない。テイオーに関しては自由意志に任せた方が良いと思ったのだ。」
「でも今回に関しては違った…。テイオーの時と今回の違いは何でしょう。」
そう言われると「君は鋭いな…」とつぶやき、「これから言うことは誰にも言わないでくれ」と釘をさす。
エアグルーヴも少し居住まいを正し、ルドルフの目を見る。
「…テイオーはスピカに入り、確かな実績を残した。無敗でダービーを制覇したのもそうだが、数度の怪我に負けず、あの有馬記念で見せた闘志は未来永劫語り継がれるだろう。
だが…
もし、
もしテイオーがスピカではなくリギルに入っていたら。
私の目の届くところにいて、私が導いていたら。
テイオーは怪我をすることなく、3冠を達成していたのではないか。
怪我で苦しむことはなかったのではないか。
今とは違った意味で、
そう思わずにはいられないのだ…」
ルドルフの心中にあったのは『後悔』だった。
テイオーを自由にさせた結果起きた悲劇と栄達。
人々は悲劇を踏まえたテイオーの栄達に賞賛の声をあげるが、ルドルフの心中は複雑だった。
「…私のこの考えは、テイオーの競技人生を否定しかねないものだ。だから今まで話さなかったし、話そうとも思わなかった。」
「つまり会長は二の轍は踏まじと考え…」
「ああ、こんな思いはもうしたくない。だからテイオーに似た彼女を見て思ったのだ。「今度は手放さない」と。」
アスランはルドルフの執着心を『後継者として』と判断したが、
ルドルフの本心はいわば『親として』に近かった。
「杞憂に過ぎればいいが…」
ルドルフの小さなつぶやきはエアグルーヴに聞かれることなく虚空へ消えていった。