「アスラン!デビュー日が決まったぞ!」
ダービーの興奮覚めやらぬ6月初め。
沖野トレーナーが部室に入るなり言い放った。
「ついに…!自分のデビューですか。」
「おめでとうアスラン!」
隣にいたテイオーが屈託のない笑顔を見せる。
「デビュー日は6月28日。阪神の第5Rで芝1800Mだ。」
阪神競馬場…いや、レース場か。
…ん?
「もしかして宝塚記念と同日ですか?」
「その通りだ、G1開催日だから普段より観客が多いはずだ。」
「やっぱり」
「正直今のお前に必要なのは雑音に惑わされないメンタル作りだ。
さ、デビュー戦に向けて早速トレーニングだ!」
…
「…なんですか、これ。」
トレーナーに連れられてコースに来た俺はワイヤレスイヤホンを渡された。
「周囲の音に惑わされないための特訓器具だ!まあとりあえずつけてみろ。」
慣れない手つきでイヤホンを頭の上の耳にはめる。
耳が横じゃなくて上ってやっぱり違和感しかない。
「つけたか?ちょっと音流すぞ。」
そう言ってトレーナーがスマホを操作する。
『ザッ
…先日行われた日本ダービーにて、優勝した『最強の大王』が、インタビューに応じ…』
イヤホンからはニュースと思しき音声が流れる。
「音量はどうだー?」
「大丈夫です。」
「よし、じゃあ次。」
『ザッ
…Day-FMトラフィックアップデート、交通情報センターの今村さん、お願いします…』
次はまた別の音声が流れた。
「こんな感じでラジオ音声がランダムに切り替わる。アスランはこの音声を無視してコースを走り、ラップタイムを体に染み込ませるんだ。」
なるほど。
ラジオ音声は雑音で、これに意識することなく自分の走りに集中する特訓か。
「あとこれこんな機能もあってな…
『ザッ
…俺の声聞こえるかー?…』
「!なるほど、無線にもなるわけですね?」
『そういうことだ、指示を出す時はこれで別途行なう。あ、俺の声は聞き流さないでくれよ?』
「分かりました。」
トレーナーから説明を受け、コースに向かう。
『よーい、はじめ!』
合図とともに駆け出す。
『ザッ
…なんとこの新商品が驚きの99800円!さらに!送料無料!…』
イヤホンからはラジオ音声が流れつづける。
集中だ集中。
ハロン棒の間を何秒で過ぎたかを意識するんだ!
『ザッ
…楽民カードマァァァァァァン!!!!』
「ぎゃあ!!!!」
『ザッ
…おらーずっこけてる場合じゃないぞー集中集中!』
できるか!?!?!?
…
気を取り直し練習に取り組む。
途中からテイオーが合流し、トレーナーは他のメンバーの様子を見にいった。
『ザッ
…今月末の宝塚記念への出走を表明したライスシャワー選手への独占インタビューに成功し…』
集中…集中…
『ザッ
…ラジオネーム『一流』さんからのリクエスト、『NU-KO』で『Crazy Crazy Girl!』…』
集中…集中…
『ザッ
…ゴルゴさんこんにちは、本日は、何がだなんだよおい』
集中…集中…
『ザッ
…さあ先頭は依然としてサクラアスラン、二番手にトウカイテイオーが控える。1000M通過タイムは64.2。』
集…ん?
後ろを振り返るとテイオーがスマホ持って実況しながら追従してきた。
いやなにしてんねん!
『ほらー前見て集中集中!』
しょうがないのでそのまま自分の走りに集中する。
『第4コーナーを過ぎたところで先頭はサクラアスラン。奥の方からはテイオーさまが上がってくる!さあ!ここで!テイオーが翼を広げるか!?』
おい待てなんか聞き覚えのある実況だなおい!?
『テイオーが翼を広げた!外目をついてあがって来る!サクラアスランを!あっという間に置き去りにした!』
実況と同じタイミングでテイオーが俺を追い抜き前に出る。
『これが無敵の!トウカイテイオー!』
そんでそのままゴールした。
数秒遅れて俺もゴールする。
ツッコミどころが多くて無駄に疲れた…
「お疲れアスラン!
実際のレースだと実況の声も聞こえるからこれにも惑わされちゃダメだよ?慣れてきたら参考にしてもいいけど、今は自分の走りに向き合わなきゃ!」
「な、なるほど…?」
テイオーなりに特訓につきあってくれた…のだろう…?
「…こらテイオー。そんなこと言ってアスランをおもちゃにするんじゃない。」
「オモチャじゃないもーん!」
様子を見に来たトレーナーがバインダーでテイオーをベシッと叩く。
…デビューまであと3週間
アスラン「テイオーさんあの実況は…」
テイオー「なんか頭に浮かんだんだー。『翼を広げる』っていいフレーズだよね!」