8月下旬。
残暑が厳しいなか、メジロマックイーンは羽田空港にいた。
北海道の療養所へ戻るため、一足先に合宿から離れ、再びリハビリに専念するためである。
「…全く…予想していた以上にハチャメチャな合宿でしたわ…」
口からは愚痴が出るが、不思議と笑みがこみ上げてくる。
(あの輪の中にまだちゃんと入れないのがもどかしいですわ…)
スピカのあの空間にまだ完全復帰できないことを嘆き、少し顔が曇るが、ふりふりと頭を振り、気を取り直す。
完治には至ってないが、着実に良くなってきているのだ。
主治医からも「順調なら3学期には間に合う」と言われており、これからは走りの感覚を取り戻す訓練も必要だろう。
(…そして、テイオーとまた…)
そう出発ロビーの待合室にて思いをはせていると、後ろから「マックイーンお嬢様」と呼びかける声がする。
「あらじいや、どうかなさいましたか?」
「申し訳ありません。どうやら飛行機の到着が遅れているようで、もうしばらくお時間がかかるかと。」
「それは仕方ありませんね。ラウンジにてお茶でも頂きながらゆっくり待つとしましょう。」
そう言ってベンチから立ち上がり、上級会員やファーストクラス限定のカウンターへ向かおうとしたその時。
「キャーッ!!!」
遠くから絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
なんだなんだと周囲にいる人達も声のした方を見る。
よく見ると一人の男性が猛スピードで走って行くのが目に入った。
「置き引きだ!捕まえてくれ!!!」
その言葉に騒然とするフロア。
「じいやはここにいなさい!」
「お、お嬢様!危険です!」
「この程度大したことではありませんわ!」
そう言ってマックイーンは足に軽く力を入れ、スプリントをかけ始める。
(下手人はヒトの方…私の相手ではありません!)
犯人めがけて駆け出すマックイーン。
するとその脇をヒュッと何かが通った気がした。
それが自分と同じウマ娘だと気付いたのは数瞬たったあとだった。
(なっ…!)
その栗毛のウマ娘はあっという間にマックイーンを突き放し、混雑するロビーを器用にすり抜けて行く。
そして犯人に追いつくと襟首をつかみ、目にも止まらない速さで相手を組み伏せ、制圧した。
「
すぐさま警備員や警察が駆けつけ、窃盗犯はあえなく御用となった。
警察の聞き取りが終わり、被害にあった女性からお礼を言われる短髪栗毛のウマ娘。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「いえ、私は大した事はしていません。お怪我がなくてなによりです。」
女性と別れたところでマックイーンが近づく。
「
件のウマ娘がその声に反応し振り返る。
キリッとしたつり目に緑色の瞳が特徴的であり、ボーイッシュな印象を受ける。
「先ほどは実に見事な大捕物でしたわ。韓国の方とお見受けしますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、その、私は…」
少し驚いた顔を見せ、言葉が詰まる。
「おーい」
「あっ!先生!
すみません、こちらで失礼します!
声を掛けて下さりありがとうございました!メジロマックイーンさん!」
そのままそのウマ娘は、『先生』と呼ばれた同じく栗毛の―自分とあまり変わらない年に見える―ウマ娘のもとへ駆けていき、ロビーを去った。
「ま、マックイーンお嬢様…お怪我は…」
ここでようやく執事が追いつく。
「…いえ、大丈夫ですわ…」
マックイーンも執事と共にその場をあとにした。
(…今の私は本調子ではなく、先ほどのスプリントも全力というわけではありませんでした…
でもあの方はそんな私を軽々と抜き去り、下手人を引っ立てた…
確かな体幹と脚力の持ち主ですわ…
…一体何者なのかしら…)
ふとここで立ち止まり、彼女達が去った方を見る。
(…そう言えば私名乗りましたっけ…?)
「…まったく…日本に来て早々に問題起こさないでくださいよ?」
「ち、違いますよ!
あ、さっきメジロマックイーンさんにお会いしました!」
「ほう!あの天皇賞ウマ娘の。サイン貰えばよかったかな…」
「先生も人のこと言えないと思いますよ?」
韓国から来た2人のウマ娘はそう会話しながら進む。
「大体日本に来た意味忘れたとは言わせませんよ?折角北海道以外のレース場でスクーリングの許可下りたんですから」
「分かってますよー
しかしさすが先生!先生の名前出したとたん許可下りたんですから」
「…韓国に渡ってもなお、私を覚えている方々がいるっていうのはありがたい事です。」
そう栗毛の『先生』はしみじみと語る。
「船橋駅前行きのバス間もなく発車しまーす」
「あっ!乗りまーす!
さあ、行きますよ。
「はい!『
…一応調べたから大丈夫だと思うけど同名馬がいたら名前変更せな…