先頭を走るムグンファエースとの差は5馬身までつけられた。
ムグンファは下り坂を使い外によれながらもトップスピードで4コーナーへ入る。
(…くっ…!)
追い上げたいが前半で脚を使ってしまったからか思うように前に足が出ない。
息が上がり視界がぼやけ始める。
(…負ける…の…か…?)
ムグンファに追いつけるイメージが出てこない。
軽やかに駆けるムグンファの背中だけを見つめる。
―負けてもいいんじゃないか?
心の奥から悪魔のささやきが聞こえる。
―そうだよな
別にこのレースはクラシック競走じゃないし
海外からやって来たムグンファに花を持たせ―
「アスラン!!!!」
自分を呼ぶ声にはっと顔を上げる。
ずっと遠くのスタンドにいるテイオーと視線がぶつかる。
幾度となく立ち上がってきた『不屈の帝王』が、俺を見つめる。
「ここで諦めるのか」
そう問いかけるように。
「日本勢の意地見せぇ!」
「差せぇぇぇ!」
「スピカの名は伊達じゃないだろ!?」
「若獅子ぃ!」
スタンドから応援の大歓声が届く。
芙蓉や東スポ杯の比ではない。
『世代の代表』を自負する俺に
『世代の頂点』たれと背中を押す。
『さあ4コーナーを過ぎた!先頭は依然としてムグンファエース!
サクラアスランは単独の2番手!先頭まで6馬身ほど!
日本勢は!アスランはどうする!
残り310mしかありません!』
―ここで諦めたら
魂が廃る!
『サクラアスランがまくる!末脚使って食らいつく!』
ムグンファは前半に力を温存して俺に脚を使わせ、下り坂で加速した。
言い換えればそれは―
『ムグンファエース苦しいか!伸びが怪しくなった!
中山の急坂が!心臓破りの坂が立ちはだかる!』
―上りに弱い!
『サクラアスラン凄い脚!4馬身!3馬身!
アスランが追いつくか!ムグンファエースが逃げ切るか!
あと100!』
向こうが軽やかに駆けるのなら、
こっちは深く、
鋭く、
力強く!
「前へ!!!」
…
…息が苦しい。
でも、
あと少しなんだ
日本のG1のゴールはもう目の前なんだ
私を見出してくれた先生に
送り出してくれた祖国の仲間に
ようやく恩返しできるんだ!
「負けてたま―」
その言葉を言い切ることはなかった。
『届いた届いた差した差したぁ!!!
中山に一足早い春が来た!!!
サクラアスラァァァァァァァン!!!』
若獅子は
名実共に頂点に立った。
…
「やったやった!」
「アスランが差しきった!」
「おめでとうアスランちゃん!」
「ええ、見事な勝利ですわ!」
口々に歓声を上げるスピカメンバー。
(…あいつはやっぱ逸材だ。)
沖野トレーナーがそう思いをはせ、テイオーの方を向く。
穏やかな瞳で後輩を見つめる先輩の姿がそこにあった。
「テイオー。」
「うん。」
そして大きく息を吸い
「おめでとーアスラン!」
全力で祝福した。
…
(…グスッ…ヒック…)
ムグンファエースは両膝を地面に着きうなだれ、嗚咽を上げる。
…あと少しだった…
力強く踏み込むことが出来ない私にとって上り坂との相性は最悪だ。
だからこそ、『上り坂までに後続を突き放し、追いつけないようにする』という作戦だった。
京都はそれでうまくいった。
有名な『淀の坂』*1を乗り越えたという自信があった。
でも…
「…ムグンファ。」
アスランがムグンファに歩み寄り、手を差し出す。
…目の前にいるこの『日本の獅子』は、
別格だ。
…
(…怒ったりするなら分かるけどなんでこの子はこんな怯えた顔向けんだ…???)
レースが終わればノーサイド。
スポーツマンの鉄則だ。
だからエースを労おうと手を差し出したのだが…
「ヒッ」
…なんか避けられてる。
努めてにこやかな顔してるやろ?
顔か!やっぱこの頭の傷か!
だれが不良娘やねん!?
「…まあ気持ちはわからんでもないし、俺のことはどう思おうが別にいいけどさ」
ムグンファに近づき肩を抱きかかえ、立ち上がらせる。
「スタンド見て言うことあるだろ?」
その言葉に促され、ムグンファはようやく顔を上げる。
「ムグンファ!!!」
「よくやった!!!」
「お前は
「日本人やけどファンになったわ!」
「ナイスガッツ!」
「またアツいレース期待しとるで!」
日韓両国の観客から賞賛と労いの声が飛び交う。
『血湧き肉躍る、一つの映画を見ているかのようなレース』
ムグンファの走る目的は十分過ぎるほどに達成されていた。
勝者は1人、主役は2人。
2人の主役は深々と頭を下げた。
頭を上げるとムグンファから「アスラン」と声が掛かる。
「先ほどは失礼しました。あなたと競え合えたことを嬉しく思います。
この経験を必ず次に活かし、世界へと羽ばたいてみせます!」
怯えた顔はそこにはなく、信念が灯った木槿の瞳をこちらに向ける。
「日本には留まらないのか…?」
「…一旦祖国に戻り、先生と作戦を練り直します。
香港、中東、オーストラリア。挑戦したい舞台はまだ沢山ありますので…」
「そうか…じゃあ」
肩の横に手を上げる。
エースも同じく手を上げる。
「「世界で会おう!!!」」
お互いハイタッチをしてターフを去る。
ムグンファは更なる主役になるため、
アスランはテイオーから継いだ夢を叶えるため、
クラシック期に歩を進める。
(年が明けたらいよいよクラシックだ。
ここからが本番だ…!)
そう決意を新たにした。
第1章 ジュニア期 完
ムグンファエース 京都ジュニア 京都2000m 内周(高低差3.1m)
エースは若干勘違いしてます
目標達成!
ホープフルステークスにて1着
次の目標
皐月賞にて1着