芝の獅子帝―サクラアスラン奮闘記   作:シェルト

55 / 107
共同通信杯 東京 芝 1800m 三人称視点

2月11日 東京レース場

 

『トキノミノル記念』の副題でも知られるG3共同通信杯。

ダービーと同じ府中を舞台としたこのレースは弥生賞、そして皐月賞を見据えたクラシックの登竜門でもあり、若き優駿たちが集う。

 

今日このレースを見に来た者達の目線は、単純な興味あるいは懐疑的・奇異の目でもって、ある1人のウマ娘に注がれていた。

 

 

『3枠3番6番人気 レスキューホープ [地]』

『地方シリーズである岩手盛岡からの参戦です。現在G1全日本ジュニア優駿を含めて6連勝中であり、決して油断できない相手でしょう。』

 

「地方から参戦とは…」

「オグリキャップを彷彿とさせるな」

「川崎のレース見たが確かに強い」

 

パドックにてホープが姿を現すと観客からそういった声が出る。

 

(…『岩手のオグリキャップ』ねぇ…)

そう思いながら藤井記者はカメラのシャッターを切る。

 

オグリキャップ(あいつ)を初めて見たのも似た時期やったか」と呟きながらファインダーをのぞく。

 

(『芦毛』で『地方出身』で、『そこそこ強い』という理由だけでオグリの名が付けられてるのなんだかなぁ…

まあ重賞を連覇してるみたいやし、初中央でG3選んどるぐらいやから弱くはないんやろうけど)

撮った写真を確認し、メモリーカードを入れ替える。

 

「…うぅ…や、やっぱり初めての中央でG3は調子乗りすぎただべか…」

 

後ろから独り言の様なつぶやきが聞こえたので振り向くと、中年の男性が青い顔をし、胃をキリキリさせながらホープを見ている。

 

「あんた…大丈夫かい?」

「え?あいや、大事ないべさ」

「…もしかしてレスキューホープの関係者で…?」

「え、ええ。そちらは…」

「これは失礼。記者の藤井と申します。

かなり緊張されてますが…今回出走に至った経緯をお聞きしても?」

「ああ…岩手は今の時期冬休みなんでレースがないんです。残って基礎トレに励むもんや他地方のレースに遠征する子などおります。

んでもってうちのホープにもどうしたいか聞いたら「中央のレースに出てみたい」と言うもんで…」

「なるほど…でもいきなりG3とはかなり攻めてるんと思いますが。」

「そ、それは聞かないでくんろ…弥生・皐月を目指すメンバーと競いあえばあん子の糧になると申し込んだときは思ったんだが…

い、今更になって緊張して

うっぷ、す、すんません、トイレ行ってくるべ!」

「え、あ、お大事に?」

 

ダッシュでトイレへ向かう保科トレーナーを見送り、藤井記者は改めてもう一度レスキューホープを見る。

 

「…お手並み拝見やな。」

 

 

 

 

 

 

『お待たせしました。本日のメインレース。

東京第11R 共同通信杯G3 出走時刻となりました。

弥生、そして皐月へと続くステップレースにて勝利を収めるのは果たして誰か!』

 

ファンファーレが鳴り終わり、ゲート入りが進む。

薄曇りの空からは雪が降り始め、かろうじで稍重の芝をさらにしめらせる。

 

『ゲートイン完了。スタートしました。』

 

レスキューホープは一気に飛び出さず、ゆったりとしたストライドで走り出す。

 

『先頭は7番リトルウィング、快調に飛ばしていきます。

2番手に10番スカイグラッド、1番カムハーンはすぐ後ろ。

中段グループは8番エミリアミュラー、4番グラ―ルベルト、2番ファーストレリクス。

注目の3番レスキューホープはやや後方からとなっております―』

 

 

 

 

―『偶然ではなく必然である』という言葉がある。

偶然が積み重なるとそれはもはや明白とした結果を生み出す。

 

1つ―雪国出身の彼女にとって、この雪交じりのターフは日常茶飯事であること。

 

1つ―府中の芝1800mのコース形態は、盛岡のダート1600mとほぼ同じ形態であること。

 

1つ―その盛岡には4.6mの坂があり、彼女からすれば府中の2.5mの坂などないに等しいということ。

 

そして―後方から一気に差し切るだけの鋭い末脚の持ち主であること。

 

 

すべての条件がそろったこのレースを、ある評論家はこう振り返る。

『レスキューホープのためのレースだった』と。

 

 

『―レスキューホープだ!レスキューホープだ!

これは圧勝ゴールイン!

 

大番狂わせが起りました東京レース場!

並み居る中央バを撫で切り、なんと地方所属のレスキューホープが!故郷に捧げる大金星をつかみました!』

 

スタンドはざわめきどころの話ではない。

感動と驚愕。そして興奮が場を支配した。

 

「…これは…これはホンモノや!」

藤井記者もその一人だった。

 

(下手すればオグリ並…いや、制度が改定された今なら大手を振ってクラシックレースに挑める!

オグリが成しえなかった夢を見られるかもしれん!)

 

「こうしちゃおれん!早速取材や!!!」

 

 

 

 

ウィナーズサークル

 

「中央初勝利おめでとうございます!」

「今の気持ちを!」

「中央へはいつ移籍予定でしょうか!」

「次走を教えて頂きたい!」

「強さの秘訣は!」

「岩手の皆様へメッセージは!」

 

既に記者達が押し寄せ大混乱となり、記者慣れしていないホープが目を回す。

 

「すんません!すんません!取材は勘弁してくんろ!

あとで書面にて解答しますんで今日のところは失礼するべさ!」

 

保科トレーナーが取材を強引に切り上げ、ホープを連れて控え室へと逃げ込む。

 

「あ、ありがとうございます。トレーナーさん。」

「お、おめ…とんでもないことになったべさ…」

「あのー…僕なにかやっちゃいましたか?」

 

どこぞのな○う系主人公みたいなことを言い出すホープに保科トレーナーが頭を抱える。

 

「やるもなにも…初中央・初G3で圧勝…

間違いなく中央から目を付けられたべさ。

こんな結果が出た以上中央への移籍を本格的に検討する必要があるべ。」

「え。い、移籍ですか…?」

「当たり前だ。むしろこんまま岩手に置いておいたら()が叩かれるべさ。

とにかく弥生賞までには腹くくってくんろ。

弥生でも好走となればホープに良い条件で移籍やスカウトの話が来るかもしれん。」

「移籍…」

「こうなった以上仕方ないべ。とにかく今から根回ししないと…

 

ちょっと中央の関係者と話してくるから先に宿舎で休んでてくんろ。」

 

そう言って保科トレーナーはあたあたと部屋から退出した。

 

一人部屋に残されたホープはただ閉まった扉を見つめる他無かった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。