芝の獅子帝―サクラアスラン奮闘記   作:シェルト

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何も見えていなかった 三人称視点

船橋市内のとある病院

 

救急外来の待合室にて保科トレーナーは両手を組み、祈る様な表情でただ時間が経つのを待つ。

 

処置室の引き戸が開き、白衣を着た医者が出てくる。

 

「!先生!ウチの子は…ホープは…!」

「落ち着いて下さい」

 

憔悴しきった保科トレーナーを医師はなだめる。

 

「点滴を打ち今は寝ています。かなり疲れていたのでしょう。

血液検査の結果を鑑みるに…少し重い感冒(かぜ)とみられます。」

「か、感冒…」

 

全身から力が抜け、ベンチに座り込む。

 

「今は季節の変わり目ですからね、寒暖の差で体調を崩されたのが一つと…」

ちらりと医師が保科トレーナーをにらむ。

 

「…環境の変化についていけずメンタル面から免疫力が低下していたと見受けられます。相当精神的な疲労が溜っていたのでしょう。」

「…!そ、それ、は」

「ひとまず体温が下がるまでは絶対安静が必要です。それから―」

 

保科トレーナーは医師の話をどこか遠い世界の話の様に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「…保科さん…」

 

ホープがいる処置室前のベンチでうなだれている保科トレーナーに声がかかる。

 

「あんたは…先日の…」

「記者の藤井です。

…すみません。病院まで押しかけるのはどうかと思ったのですが…やはり気になってしまって…」

 

そう言いながら藤井記者は保科トレーナーに缶コーヒーを手渡す。

保科トレーナーは缶を開け、一気に飲み干す。

ブラックの苦みがのどにしみこむ。

 

「…感冒、だそうです。

ひとえに熱があるのに出走させた()の責任です…」

「そうでしたか…」

 

コーヒー代の120円を藤井記者にわたす。

 

「…人間でさえ。いや、大の大人でさえ転居や転職で環境が変わればメンタルを崩す人もおるべな…」

 

ぽつりとそんな言葉が出る。

 

「…こん子は…良くも悪くも『一人で勝手に成長する』子です…

 

こっちが指示を出さずとも、自分で考え、行動し、次に繋げる…

いわば『天才』だべさ…

 

鋭い末脚と、囲まれてもひるまないメンタルの強さに恐怖すら感じるほどに…

 

地方重賞を連覇し、中央でも勝ったところで確信しました。

『ホープに地方(岩手)は狭すぎる』と…

 

そして()の役目は、こん子を少しでも良い条件で中央に移籍させることだと悟りました。

中央の関係者とむっためがして(一生懸命)交渉し、送り出すのがトレーナーとして最後の仕事だと…」

 

保科トレーナーが歯ぎしりをしてうつむく。

 

「だけんじょ…だけんじょその結果が…っ!

教え子のSOSにすら気付けないとは…っ

ホープが中央に、環境の変化に慣れず無理をさせてしまっていた…

 

何が最後の仕事か、

何も見えていなかった!

 

()は…()はトレーナー失格です…っ!」

 

「保科さん落ち着いて、血が…」

 

そう言われハッとなった保科トレーナーは自分の手を見る。

 

空になったスチール缶は両手の力で裂けており、裂けたところが手に刺さり血が出ていた。

ポケットティッシュで傷を抑える。

 

「これから、どうされるので?」

藤井記者は静かに問う。

 

「…岩手に戻ります。

今はホープの心身を休ませねば…」

「…わかりました。どうかご自分をあまり責められませぬよう…」

 

藤井記者はそう保科トレーナーを気遣い、一礼して辞去した。

 

 

 

 

 

藤井記者は病院から出て、再度病棟を見上げる。

 

(…あのときレスキューホープに、オグリキャップの幻影を求めたものは少なくない。

自分含めて…

 

13歳の子どもに、重すぎる期待を周囲の人間が押しつけてしまったのだろうか…)

 

既に日は暮れ、冷たい風が吹き付けた。

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