4月20日 中山レース場
G1皐月賞当日。
クラシック3戦の初戦である皐月賞。
最も『速い』者が勝つ、王道の中距離戦だ。
ようやく慣れた勝負服を着込み、パドックへ進む。
『8枠18番2番人気 サクラアスラン』
『休養明け初戦がこの皐月賞となります。通い慣れたこの中山2000mで1冠目を獲得することができるか、注目です。』
ジャージを脱ぎ捨て、右手を肩の辺りまで水平に上げ、片マントをなびかせる。
「アスランー!」
「若獅子!」
「1冠目頼むでー!」
ホープフルステークスでの激闘やジュニア期の最優秀選手に選出されたことも相まって、多くの観客が声援を送ってくれる。
ありがたいことだ。
(…3冠を目指すのはテイオーの夢のため、自分のロマンのためでもあるが…)
パドックから去る際に拳を空へ突き上げる。
一際大きい歓声が上がる。
(…俺に夢を見ているファンの為にも、必ず!)
決意を新たにし、地下馬道へ向かう。
今回自分は8枠18番のため、パドックも最後であり、待つこと無く通路を進む。
「おう、ようやく来よったか、お笑いおん。」
出口付近に芦毛のウマ娘が立っていた。
「…ハーン。今日勝ったらその呼び名禁止、でどう?」
「いーや、これはウチとあんたのアイデンティティみたいなもんや。」
「…さいですか」
4枠8番1番人気。
朝日杯を制覇した『草原の王』
オーケーハーンが声をかける。
ハーンの勝負服は、モンゴル帝国や中華王朝の武官が身につけていたとされる綿襖甲をモデルとしており、赤と黄色を基調とした華やかな衣装に身を包んでいる。
「それ重くないの?」
「あほう、マジもんの鎧使うかいなw」
「それもそうかw」
お互いに軽口を言い合う。
「ハーンとは東スポ杯以来か、朝日杯王者にも勝ってみせる!」
「あ、ああ、そうやな…」
「…ハーン?」
…どうもハーンの調子がおかしい。
空元気というか、顔が曇っていると言うか。
そもそもここで俺を待っていたのも少し気になる。
「…何かあったか?」
「…やっぱあんたには、伝えとこう思ってな…」
ハーンは真剣な顔つきでこちらを見る。
「…アスラン、あんたとウチが戦うのは…これで最後や。」
「…えっ…?」
ハーンの口から思ってもいなかった言葉が出る。
「…朝日杯からこの皐月を目標に調整してたんやけどな、調整中に分かったんや。
ウチは…ウチの足は、中距離向きじゃないって。」
「…それは」
「何度練習しても2000m走る前に息が途切れてまうからな、この3ヶ月トレーナーと練習しつつ脚質を調べてもらったんや。
そしたら…ウチはどうやら1800mが限界のマイラー。
いや、それどころか、脚質的には
ハーンが拳をギュッと握る。
「…アホみたいな話や。あんたを追っかけて中央に来たのに、笑いの次はレースでしのぎを削りあえると思ったのに…
中長距離へ、ダービーへ行けないなんて…
あんたと戦える土俵が違うだなんて…
三女神様は意地悪や…
この2000mは正直ぎりぎりや。
トレーナーからは回避も提案された。
せやけど…この皐月を逃したら、
ダービー・菊花を目指すあんたと同じレースで戦えない。
この皐月賞が!あんたと戦える最後の機会なんや!」
いつもの勝ち気で陽気な関西弁が似合うハーンの姿は無く、
ただ、涙目でこちらを見る気弱な少女がいた。
『ライバルと同じフィールドで戦えない。』
その悔しさや心境は、痛いほど伝わってくる。
この一戦に色々な思いを持ってきたのだろう。
「…分かった。ハーンの思いはよく分かった。」
そうであるならまとめて受け止めるしかできない。
ただし、
「その代わりハーン。一つ約束してほしい。」
「…なんや」
彼女は一つ大きな間違いを犯している。
「…本気で勝ちに来てくれ。」
思った以上のドスの利いた低い声が出る。
ハーンがビクッと身体を震わせる。
「今の話を聞いていると…ハーンはこの皐月賞に『アスランと戦った思い出』を作りに来たように聞こえたのだけど…違うかい?」
「そ、れは」
「思い出が欲しいのなら学園で模擬レースでもやって作ってあげるよ。
でも…ここは中山、皐月賞だ。
ダメ元ではなく、勝ちたいからここに来た…
そうでしょ?
ハーンの目をじっと見つめる。
ハーンは唇を震わせ、涙を拭ったかと思うと、
自分で自分の頬を思いっきりひっぱたいた。
「…当然や!
ウチはあんたに、サクラアスランに勝つためにここに来た!
無敗の3冠がなんや!
1冠目から阻止したるからな!
覚悟しとき!!!」
決意のこもった目を見せる。
もうそこには気弱な少女はいなかった。
「…そうこなくっちゃ。」
フッと笑い、2人揃ってターフへ駆け出す。
…さあ
皐月賞の時間だ!