競馬界においてスペシャルウィークとは、オークスからダービーまでの1週間を示す通称である。
全てのホースマンが目指す檜舞台であり、この1週間でダービー一色に染まっていく。
それはウマ娘の世界でも同様であり、学園や生徒達、そして社会全体が色めき立ち始める。
そんなアスラン達のスペシャルウィークの様子を見てみる。
日曜日
『―内を突いてタイキスチームだ!タイキスチームが桜花賞の雪辱を果たした!
優勝はタイキスチームです!』
同室の同期であるタイキスチームはオークスにて1着に輝き、樫の木の女王の座に就いた。
ウオッカとのトレーニングが功を奏したのか、脚質を逃げから先行に変えたスチームは早め仕掛けで一気に抜け出し快勝。
満面の笑みでスタンドに一礼した。
大はしゃぎするウオッカとタイキシャトルの隣でアスランは静かに拍手を送る。
(次は自分の番、か)
1週間後のダービーに、改めて心をはせた。
月曜日
「ダービーの秘訣…ですか?」
芝のコースで併せ馬のトレーニングを終えた後、ウマ娘のスペシャルウィークにそう質問した。
「あまり私が言えることは無いかもしれませんが…」と前置きし、少し悩んだ後に話し出す。
「『諦めないこと』だと思います。」
「諦めないこと」
言葉を繰り返し、スペの目を見る。
「私はお母ちゃん達に約束したんです、
『日本一のウマ娘になる』って。
その一番の早道が日本ダービーでした。
キングちゃんにスカイちゃん、そしてエルちゃん。
みんなとても強くて大変だったけど、
諦めないでゴールだけを見続けたからこそ、ダービーウマ娘になれたのかなって私は思います。」
スペもまたアスランの目を見て手を両手で包み込む。
「だからアスランさんも、諦めないでゴールを目指してください!」
「はい!」
火曜日
「ダービーの秘訣?」
坂路で併せ馬のトレーニングを終えた後、ウオッカにスペと同じ質問をした。
「そうだなぁ…
オレなら『後悔のない走りをする』ってところかな。」
へへっと少し照れた後、言葉を続ける。
「オレは昔からダービーは夢だった。
だから路線変更してでも、
不利なのは分かってるけど、悔いの残るダセぇ走りだけはしたくなかった。
折角の大舞台なんだ、どーんと挑戦して全てを出し切ってこい!」
ウオッカが背中を叩き、気合いを入れる。
「分かりました!坂路もう1本お願いします!」
「おう!」
水曜日
「ダービーかぁ…なんだか懐かしいな」
チームでのトレーニングが終わった後、すっかりルーティンと化したライスシャワーとの河川敷のランニング中、ライスからそんな言葉が漏れた。
「アスランちゃんは2冠が掛かってるね、ライスも応援するよ」
「ありがとうございます」
「でも…気をつけてね」
ライスは凛とした目でアスランの目を見つめる。
「それだけ注目されるってことは、マークされるってことでもあるよ。
ダービーを、ううん、むしろ
私が対戦相手なら、必ずそうする。」
「…ブルボンさんの時のように、ですか?」
「うん」
是政橋の所まで来て、信号待ちのタイミングでそう伝える。
「だから…ゴール板を過ぎるまで、そして、
「その金言胸に刻みます。」
木曜日
「いよいよか…」
「ドキドキするね…」
ダービーの枠順が決まるこの日。
スピカの面々は部室で抽選会に行っている沖野トレーナーからの連絡を待っていた。
「大丈夫ですよ!トレーナーさんにフクキタルさん特製のお守り持たせましたから!」
「それ逆に大丈夫なんです?」
バイブレーションと共にスマートフォンに通知が表示される。
「来た!」
「何枠!?何番!?」
「ま、待って下さい今開きます…」
通知をタップしてトレーナーからのDMに添付された出馬表を凝視する。
「良い枠引いたじゃない!」
「お守りの効果ありましたね!」
「でもこれ差しだと包み込まれるかもしんねーな」
「では…一旦先行に戻すのもありですわね」
あーだこーだと言い合うスピカメンバー。
もう一度出馬表を見てつばをのむと、後ろからポンと叩かれる。
「心配しないでアスラン。
ボクたちがついてるから!」
顔を上げてみんなを見る。
ダービー馬・有馬記念馬・天皇賞馬。
スペのスマホの画面に映る宝塚記念馬。
そしてトウカイテイオー。
そうそうたる優駿達が朗らかに笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。
この枠順で練習してもいいですか?」
「もちろん!
野郎共!練習だ-!」
「「「おー!!!」」」
金曜日
「忙しい時分にすまないね、アスラン。
ダービーの前にどうしても君とは話しをしておきたくてね」
放課後、シンボリルドルフに呼ばれて生徒会室におじゃました。
「ダービーは生涯一度きりの最高峰のレースだ。
…緊張するか?」
「そうですね…緊張半分、期待が半分といったところです。
あのダービーを、見る側ではなく走る側として参加できるのですから。」
「ほう…『期待』と形容したか。一身是胆とは正にこのことだな」
ルドルフがクスリと笑う。
「時にアスラン、この言葉の意味は分かるか?」
そう言って壁に掛けられている標語を示す。
「『
「その通り。歴史に名を刻む者には、比類無き力がある。
そして君は皐月賞にていち早く『領域』を発露した。
故に、私は君にこの言葉を使う。」
ルドルフが鋭く、そして強者の視線にて目を見る。
「サクラアスラン。『絶対』を示せ。
3冠を目指す君にとってダービーは目標ではない、
その意味を忘れるな。」
「はい!」
威勢の良い返事を聞いたルドルフは一転して優しげな笑みを見せる。
「コーヒーが冷めてしまったな、煎れ直すとしよう。」
「ご相伴預かります。」
土曜日
「ダービーの秘訣か…」
ダービーを控えた前日。
軽めの調整を終え、芝生の上で黄昏れているとシリウスシンボリがやって来たため、スペ達同様の質問を投げかける。
「お前の事だ、スピカの面々や皇帝サマにも似た質問してるんじゃないか?」
「ええ、先輩方の声を聞きたくて。」
「なるほど、そうであるならアタシから言えるのはただ一つ。
一旦全部忘れろ」
「え」
意外な言葉が出てくる。
「お前が聞いてきた奴らの中で、一人でも同じことを言った奴はいたか?」
「いえ…いませんでした。」
「だろうな。」
そう言ってシリウスは空を見上げる。
「ダービーってのは不思議なレースだ。
ダービーに勝つことを夢だと言う奴もいれば、理想を実現するための手段として。
または、他のレースと同じように振る舞う奴もいれば、単なる通過点として見る奴もいる。
ダービーほど走る目的が人によって異なるレースってのはないだろう。」
そして視線をこちらに向ける。
「それはお前も同じだ。テイオーから引き継いだ夢の為ってのもあるだろうが、お前自身の『走る理由』ってのがあるはずだ。」
そう言われ、胸に手を当てて少し息を吸う。
「…頂の景色を、自分で見てみたい」
「そうだ、その自分の軸さえぶれなければ心配ない。」
ふとシリウスがスマホで時間を確認する。
「明日の今頃はゲートの中か。
じゃ、アタシは失礼するか。
今日は早めに休めよ」
そう言い残し、シリウスは颯爽と立ち去った。
快い初夏の風が身を包む。
最も『運のある』者が勝つ日本ダービー
その意味が分かるまで
あと24時間
人生初のダービーは色々と忘れられないものになりました