「どっちだ!?どっちが勝った!?」
「わ、分からん…」
「おい頭下げてくれ!映像が見えん!」
スタンドでは観客達がざわめき、ターフビジョンを凝視する。
『大混戦となりました日本ダービー!1番サクラアスランと18番レスキューホープがもつれるようにゴールを切りました!
1・2着は写真判定、写真判定です!
片や史上初の師弟3代無敗のダービー制覇!
片や史上初の地方バによる日本ダービー制覇!
どちらが勝っても歴史的快挙です!』
場内掲示板では「写真」の文字が点灯し、ターフビジョンではゴールの瞬間が繰り返し流される。
3着以下のガーランド達も自分達の結果そっちのけでリプレイを見つめ、「アスランか?」「いやレスキューホープじゃ…」と話し合う。
「アスラン、アスラン…だ、よな」
「…正直微妙じゃない…?」
「アスランさん…」
スピカメンバーも柵から身を乗り出して映像を凝視し、固唾をのんで見守る。
「…体勢はアスランが有利か…?いや、しかし…」
沖野トレーナーもぶつぶつ言いながら顎に手を当て思考する。
「…もう!私たちが不安になっていかがしますの!?」
ここでマックイーンが声を上げる。
「今一番不安を抱いているのは他でもないアスランさんです!
私たちは後輩を労い、勝利を信じるのが先決です。」
「マックちゃんの言う通りだ!」
マックイーンの檄とゴルシの賛同の言葉ではっとなり、不安感を払拭する。
(…大丈夫。
アスランなら、大丈夫。)
そしてテイオーはただ黙って、ターフ上のアスランを見続けた。
(…まさか、ここまでの接戦となるとは…)
一方、スタンド上階のルドルフは席に座り、事の成り行きを見守る。
ドリンクに口を付け、渇いたのどを潤す。
「なかなかアツい展開になったじゃないか」
「シリウス…」
シリウスはルドルフの座る席の背もたれに腕を乗せ、同じように景色を見る。
「…君は、このダービーをどう見る」
「ハッ、そんなのアタシが知るかよ。
『勝利の女神』とやらがどっちを贔屓するかじゃないか?」
「それはそうだが…」
「まあどっちが勝とうと…
アスランからすれば茨の道だがな。」
…
「ゼーヒュー…ゼーヒュー…」
荒い呼吸を少しずつ落ち着かせる。
…無我夢中だった。
ここまで苦しい走りを感じたのは初めてだ。
内ラチに手を置いて身体を預け、額の汗を拭う。
ダービーの接戦は色々ある。
エアシャカールとアグネスフライト、マカヒキとサトノダイヤモンド。
記憶に新しいエフフォーリアとシャフリヤールなどだ。
たとえどんなに接戦だったとしても、ダービーを勝つのと逃すのは天と地の差がある。
レースに主役は複数いても、勝者は1人なのだ。
少し離れた所で同じように息を整え、汗を拭うレスキューホープを見る。
(…前世だったら、競争相手じゃなかったら、こういう子は一番好きなんだがな…)
地方所属という物語のある子が、穴馬として台頭する。
競馬のロマンや物語に魅せられた者からすれば、絶好のシチュエーションだ。
仮に馬券が外れたとしても、また新たな推し馬との出会いになったと考えるだけだ。
だが
俺と彼女は同期で、
競走相手で、
自分とテイオーの夢に立ちはだかる、
写真判定がまだ明らかにならない中、レスキューホープがアスランに近寄る。
「…君と競えて楽しかった。
えっと…アスラン、さん?でいいのかな」
「アスランでいいよ。同期なんだし。
こっちも…ホープと呼んでいいかな?」
「うん。喜んで」
軽く握手を交わす。
「気を悪くしないでほしいけど…まさか地方にこんな強い奴がいるとは。
しかも移籍ではなく地方所属のままで。
それだけ今回のダービーにかけていたのか…本当にオグリキャップみたいだね。」
「?というと?」
「いやいや、地方所属でダービーに挑戦したのだから、何か夢や目標があるのでしょう?
ここまで這い上がってきた君の強さの源を知りたいなって。
どうしてダービーへ挑戦したの?」
単純な興味でそうホープに質問した。
するとホープは真っ直ぐな目でこちらを見つめる。
「君がいるから。」
「え?」
「中央で、いや、同期で最も強い君と戦いたかったから。」
ホープはにこやかな笑みを浮かべてそう言った。
時が止まった気がした。
『お知らせします。
東京レース場 第11R 東京優駿 写真判定の結果を、場内掲示板にて表示します。』
チャイムと共にアナウンスが流れ、『写真』の表示が消えて着順が表示される。
| Ⅰ | 1 | 確定 |
| Ⅱ | 18 | ハナ |
| Ⅲ | 3 | 4 |
| Ⅳ | 14 | 1/3 |
| Ⅴ | 6 | 1 |
『勝ったのは…勝ったのは!
中央の獅子サクラアスラン!!!
師弟3代無敗のダービー制覇達成です!!!』
雷鳴の如き歓声と拍手がスタンドに響く。
(勝った気が、しない。)
勝利を喜ぶ気がなかった。
「アスラン」
目の前の子が再度声を掛ける。
「今回は負けてしまったが…次は君に勝ちたい!」
純粋で、真っ直ぐな視線でもって、ホープが俺を見る。
もし、彼女の夢や目標が
『地方の意地を示す』や『故郷に錦を飾る』とかだったなら、
まだ勝利を喜ぶ余裕があっただろう。
だが、違う。
この子の目標は
〈サクラアスランと競う〉こと。
菊花賞はもちろん、その後のレースでも、
この子はほぼ確実に戦いを挑んでくるということ。
『領域』を使ったのにも関わらず接戦にまでもつれ込んだ子と、
戦い続けなければならない。
(ッ…!)
それを理解した瞬間、全身に悪寒が走った。
今回は運が良かったからギリギリ勝てたようなもの。
もし俺が1枠1番じゃなかったら
もしホープが大外じゃなかったら
もし俺がまだ『領域』を会得していなかったら
もし1つでも歯車が違っていたら
「…恨むぜ神様…」
どうやら神様はとんでもない魔境に放りだしてくれたようだ。
「あ、アスラン…?」
次はこの子に、
『実力』にて勝たなければならない。
「ああ…ごめん。
良いレースだった。
…次は、勝つ。」
少なくとも勝った方の台詞ではないが、自然とそう言葉が出てきた。
「俺は菊花賞に出る。
引き継いだ夢を、自分の夢を叶えるために。
もし俺に勝つ気があるのなら、京都にて迎え撃つ。」
ホープは少し驚いていたが、襟を正して手を差し出す。
「分かった。菊花賞で今日の続きをしよう!」
「ああ、そうしよう。
…再戦の日まで壮健なれ。」
とある小説の一節を引用して再度握手を交わし、アスランはスタンドへ、ホープは地下通路へ歩を進める。
『中央の獅子』サクラアスランと
『地方の侍』レスキューホープ。
世代を代表する2人の短くとも長いライバル関係は
こうして幕を開けた。
目標達成!
日本ダービーにて2着以内
次の目標
菊花賞にて3着以内