一旦話は飛んで7月上旬
大井レース場
G1ジャパンダートダービー(JDD)当日
芝の日本ダービーと並ぶ砂のダービーであり、ダート街道を進むクラシック期の選手達が中央・地方問わず集結する。
特に今年は日本ダービーにて地方所属のレスキューホープがハナ差2着の大活躍をした事もあり、地方全体にてモチベーションの向上が見られ、『#ホープに続け!』が夢見る地方勢の合言葉になるほどだった。
…一方でその影響の揺り戻しも大きく…
「…今回はホープちゃんいないのか…」
「こっちのダービー獲って欲しかったなあ…」
「レスキューホープがいれば…」
「しょうがないだろいないんだから」
「いたら確実に本命バだったのに…」
有力視されていたそのレスキューホープが出ないことを惜しむ観客の声であふれていた。
そしてそれは出走者側からすればたまったものではなかった。
「なんだなんだ!みんなしてホープホープって!
あんだけ弥生賞のときはため息ついてたくせに!
いない奴の話ばっかしてむかつくジャン!!!」
控え室にレッドビーチボーイの声が響く。
「レッドさん落ち着いて。落ち着いて下さい…」
必死にカノープスの南坂トレーナーがレッドをなだめすかすも怒りは収まりそうにない。
「…いや、トレーナーさん。ネイチャさんも同じ思いって言うか…」
「そうですね…私たちも…」
「おこ!だよ!ムンッ!!!」
「そーだそーだ!シンジンが注目されないのはむかつくぞ!!!」
カノープスのメンバーまで目が据わり、耳を後ろに倒す。
「あぁ…もう…
ガーランドさんも皆さんを落ち着かせて下さい」
「そうですねぇ…宝塚ではアスラン、JDDではホープ…
ファンの皆様は空想がお好きなようで」
「ガーランドさん!?」
個性の集合体であるカノープスでは比較的常識人枠のエイトガーランドまでアハハと全く目が笑っていない空虚な笑みを浮かべる。
南坂トレーナーは頭を抱えながらも再度レッドに向き合う。
「いいですかレッドさん。確かに思うところはあるかも知れませんが…
むしろこれはチャンスです。
ホープさんの名前が多く挙がるということは、今日のレースに飛び抜けて強い子はいないということ。
いわば全員の実力が拮抗し、誰が勝ってもおかしくありません。
…ここまで言えば、分かりますね?」
トレーナーの真剣な目に呼応するようにレッドも静かに話を聞き、コクリと頷く。
「怒りや劣等感はパワーに変えるもの。
今日の思いの全てをレースにぶつけるのです!」
「…分かった!
いない奴がなんぼのもんジャン!
行ってきます!!!」
「「「頑張って!!!」」」
一方隣の控え室
「あわわ…今まで走ったどのレース場よりも立派で気後れするぜよ…」
「ステップちゃん大丈夫?」
高知からはるばるやって来たハルカゼステップと先輩のハルウララは出走の準備を進める。
地方最大の規模を誇る大井レース場の迫力と都心故の観客の多さに、ステップは呑まれかけていた。
「ええと、
人という字を書いて飲む…書いて飲む…」
「ステップちゃん!私がとーっておきのおまじないを教えてあげる!」
「おまじない?」
「うん!あのね、みんなをニンジンさんだと思うの!」
「…あれですか、観客をジャガイモやタマネギといった野菜に例えるというあれ…」
「そうそう!
…あっ!なんだかカレー食べたくなっちゃった!」
「ニンジン、ジャガイモ、タマネギ…
…プッ、ホントだ。全部カレーの具材…w」
そうやりとりしているうちにステップから余計な力が抜け、緊張が解ける。
「ありがとうございます、ウララ先輩。
…行ってきます!!!」
「行ってらっしゃい!」
…
『いよいよ始まります
TCR第11R ジャパンダートダービー
外回りのチャンピオンディスタンス2000mです。
ダート界のクラシック王者を決めるべく、各地から精鋭16人が集まりました。』
ファンファーレが鳴り終わり、ゲート入りが進む。
海風と都心部の熱風が合わさり、ジメジメと蒸し暑い空気が流れる。
『枠入り完了!
スタートです!』
そんな空気を切り裂くように、16人のダービー候補生がホームストレッチを駆け抜けていく。
『先頭は9番レッドビーチボーイ、後続を大きく突き放していきます。
2番手に1番コトブキガエシ、3番手集団は14番ナイスデスナ、3番フリューゲルライン、16番ベニノダイヤモンド。
後方集団は4番カシワラムセス、10番ウィンベッセル、2番ハルカゼステップ、11番メタルペガシスが固まって2コーナーを過ぎていきます。』
大井レース場は1周1600mと中央に匹敵する規模を有している。
最大の特徴は長さ386mの最終直線。
普段小回りな他地方のレース場に慣れている子からすると未知の領域であり、
後方から豪快に捲ってくる差し・追込み勢の末脚が爆裂する光景がしばしば見られる。
『さあ4コーナー過ぎて先頭は依然レッドビーチボーイ!
南関東随一の直線区間を逃げていく!
そして後方から、大外まくってハルカゼステップがやってくる!
土佐が誇る高知優駿バが前を捉えにかかる!』
凄まじい加速力で駆け上がるステップとトップスピードを維持するレッド。
砂塵舞う熱戦を制したのは―
『―逃げ切った!レッドビーチボーイ優勝ゴールイン!
地方勢には負けられない中央勢の意地!
勝ったのは『浜の赤い超特急』レッドビーチボーイです!
ハルカゼステップは力及ばず2着ですが素晴らしい末脚。
3着はダービー経験者のメタルペガシスといったところ。
勝ち時計2:04.1。上がり3F35.4。
確定までお待ち下さい。』
…
「勝った!シンジンが勝った!」
「やったやったった~!」
「レッドおめでとう!…次は私だって…!」
「と、いうことはついに…!」
「トレーナーさん!ついにカノープスからG1バが出たよ!」
「…ええ、そうですね。」
最前列のカノープスメンバーは狂喜乱舞し、南坂トレーナーは感慨深い顔をする。
「…ここまで、長かった…」
「はい、トレーナー」
ナイスネイチャがハンカチを差し出す。
「おめでと、トレーナー。」
…
「…すみません、ウララ先輩。
負けました…」
「ステップちゃん…」
カノープスとレッドで大騒ぎのウィナーズサークルから離れたスタンド沿いにて、柵越しにステップがウララに話しかける。
「そんなに落ち込まないでステップちゃん!
その言葉を聞いたステップは反射的に頭に血が上る。
「っ!なんでそんなひどいこと―」
と、言いかけたところでぴたりと止まる。
ウララがあまりにもキョトンとしていたからだ。
ハルウララは良くも悪くも『嘘のつけない』子である。
出てくる言葉は飾らない本心そのものであることは、ここ数カ月一緒に過ごしたステップは理解している。
同時に言葉足らずな面もあり、正確に理解するまで色々誤解したのも1度や2度ではない。
それを踏まえてステップはもう一度言葉の真意をかみ砕く。
序盤は後方に控え、足を溜め、
あの長い直線に備えた。
そして溜めた足を直線で解放し、逃げのレッドを捉える…
誤算だったのは、レッドが思った以上に根性をみせて逆噴射しなかったこと。
強いて言えば敗因はそれだけであり、途中の展開は理想的で、タイムも自己ベストだった。
つまり『負けたけど良いレース』とは
『内容が良いレースだった』と同義であり
ウララからすれば最大級の褒め言葉(のつもり)なのだ。
ぶち切れる寸前にそれに気づけたステップは深呼吸して血を冷ます。
(…やっぱ私まだまだだなあ…)
そして再度ウララの顔を見る。
「…ありがとうございます。ウララ先輩。
次は
その言葉を聞いたウララはパァと花が咲いた様な笑顔をみせる。
「うん!次も頑張ろうね!」
「はい!」
そのまま土佐の師弟はハイタッチを交わした。
終わってみれば2人の主役を生み出していた。