向こう正面のスタートまで歓声が響くなか、ゲートが開く。
ゲートが開いて真っ先に目の前に飛び込んでくるのが、
高低差4.3m『淀の坂』だ。
『先頭ハナを取ったのは2番リブラソニック、13番リトルウィングはすぐ後ろ。
2馬身離れて先行グループ、4番ゴールデンバウム、12番ブライトンミラクル、6番アイスナンバー、1番グランダリア。
1馬身離れた中団グループ、9番サクラアスランはこの位置、虎視眈々と前を見つめます―』
最初の坂を下ったあたりで観客の誰かが気付く。
「…遅くねぇか…?」
菊花賞はクラシック最終戦かつ、最初の長距離戦。
長距離適性を見極めるためのレースでもあり、最初は全員探り探りで走る。
結果、レースを通して派手な展開やデッドヒートは起りにくく、勝負は3コーナーから4コーナーの下り坂、及び最終直線。
ライスシャワー曰く「直線入ってよーいドン」の状態が起りやすい。
『さあ各ウマ娘最初のホームストレッチを通過、大きな歓声が選手達を後押しします!
最初の1000m通過タイムは63.9。かなりのスローペースとなりました。』
『各ウマ娘が互いを牽制しあっている様子ですね。どこかで勝負を仕掛けたいところですが。』
1コーナーを通過し、2コーナーに入った残り1600mのタイミングで、
軽いざわめきが起った。
『さあ2コーナーの地点で後方集団にいた11番エイトガーランドが動きました。
内側からスルスルと位置を押し上げていきます。
最後尾地方の夢を背負う3番レスキューホープは動きません。』
後方のガーランドがこのタイミングでスパートをかけ出したのだ。
(…以前の弥生賞では動かないレスキューホープに気を取られて大幅にロスした…
同じ轍は踏まない。
マークをホープからアスランに切り替える…!)
ガーランドの作戦変更による捲り。
この行動に誰よりも驚いたのが、アスランだった。
(…!?もう動くのか!?)
常よりライスシャワーから指摘されていた『伏兵』の存在。
もしそれを上げるとすればただ一人。
ジュニア期を含め、全ての重賞戦で掲示板入りを果たし、
俺とホープを除くと最も出走成績が良く、
そして、先日の神戸新聞杯で圧勝した善戦マン。
エイトガーランドしかいなかったからだ。
(ただの掛かりか…?
いや、外ではなく内を突いている以上考えなしの捲りではない。
…俺が内に入るのを阻止するのが目的か…)
ちらりと周囲を観察する。
向こう正面で残り1200mになろうかという地点だ。
(想定より早いが…やむを得ん。
出る!)
『アスランです!残り1200mを切ったところでサクラアスランが動きました!
先頭めがけて速度を上げています!』
今度は大きなざわめきが起った。
この行動に驚いたのは観客だけではない。
(アスランが動いた!?)
(早すぎる!)
(何か考えが…!?)
(どうする…私も続くか…?)
(直線一気は嫌だ!前に出る!)
他の選手達もアスランの行動に苦慮する。
付いていくもの、控えるもの、先へ行くもの。
スローペースだった前半とは打って変わり、馬群が慌ただしく展開する。
均衡は破られた。
『そして各ウマ娘京都外周コース、4.3mの淀の坂に挑みます!』
坂において注意すべきは上りではない、
府中のような直線の坂ではなく、右に大きくカーブしながら駆け下りるコースでは、軸足への負担が段違いとなる。
…テンポイントを始め、決して少なくない名馬達が、この下り坂に呑まれている。
「ゆっくり上り、ゆっくり下る」というかつての鉄則は、こうした背景から生まれた。
(向こう正面で仕掛けた以上下りでスパートかけるわけにはいかない!
ゆっくり、かつ確実に速度を上げる!)
『さあ4コーナーから直線コースに向いてきた!
無敗の3冠の夢を背負い!サクラアスランが前に出る!』
(あと400m!)
―僕とアスランの距離が離れていく。
このまま
―いやだ
何のために僕は、
南部杯ではなく、菊花賞を、
アスランと戦うことを選んだのか。
『―あくまで菊花賞を選ぶ、か…
…分かった!
保科トレーナーは、僕のわがままを受け入れてくれた。
『―そっか、菊花賞へ…
…やっぱりホープは私が見込んだ主役さんだね!』
ヴィノロッソ先輩は、寂しげに笑いつつも背中を押してくれた。
『―南部杯ではなく菊花賞にでる!?おめは何を言っているべさ!
オラを…岩手を裏切る気か!!!』
グレートホープ会長とは、初めてケンカした。
会長…僕は証明してみせます。
菊花賞を、中央を選んだ意義を。
負けるわけにはいかない。
誰にも文句は言わせない。
僕がこの世代で
いや
この世で一番強いウマ娘だってことを!!!
その瞬間
レスキューホープの視界が白黒に反転した。