11月中旬
次走のジャパンカップに向け、練習コースで調整が続く。
「はっ…はっ…ふっ!」
府中の直線を意識し、末脚と踏ん張りに力を入れる。
風を切る音を感じながらゴール版前を駆け抜ける。
「タイムは!」
「…2:25.9だ。流石に脚に疲労が溜まっている。
今日はここまでにしよう。」
「ですが」
「走れなくなってからでは遅い。ストレッチは入念にな。」
沖野トレーナーに食い下がるも甲斐なく。
気落ちしているところへテイオーがやって来る。
「そうだよアスラン。焦る必要なんてないんだから」
「焦ってはいませんよ。
ただ…この前のダービーのタイムに近づけないのが不安で…」
「そーゆーのを焦りって言うの!
いいからストレッチするよ!」
そのままテイオー主導でストレッチが始まる。
「なんだーアスラン。世界相手にビビッてんのか?
ゴルシちゃんぐらいのヨユウがねぇとダメだぞ!」
「あなたは余裕をかましすぎなのです!まったく…」
ゴルマクコンビの漫才で全員が笑う。
本当、居心地が良いチームだ。
「わかってますよゴルシさん。不安を払拭するには自信しかない…ってね。
今日は過去レースの分析に当てますよ。
テイオーさん当時の様子聞かせてください。」
「おっけー!」
「あとスぺさんも…
…そういえば今日スぺさん見てない気がするんですが…」
「スぺ先輩なら今日は休みよ」
「『知り合い』が来るって今空港に行ってるはずだぜ?」
スカーレットとウオッカが答える。
「うーん…そうですか。
ジャパンカップのこと聞きたかったんですが…」
「ちょっとアスラン!ボクじゃ不満だって言うの!?」
「一言もそんなこと言ってな
あたたたたっ!?
足これ以上開かないですって!」
同時刻
成田空港
「エルちゃん!さっきプライベートジェットが着陸したって。」
「じゃあソロソロ来ますネ、スぺちゃん!」
スペシャルウィークとエルコンドルパサーは到着ゲートの前である人物を待っていた。
2人の後ろにいるカメラマンや記者たちもその時を待ち構えている。
「あっ!見えました!」
「ヘーイ!モンジュー!こっちデース!」
エルとスぺに声をかけられたスラっとした脚の持ち主。
モンジューが呼びかけに気づき、歩いてくる。
「お久しぶりデス。長旅お疲れ様デシタ!」
「メルシーエル。わざわざ出迎えありがとう。」
エルとモンジューが固い握手を交わす。
カメラのシャッターが一斉に切られる。
「おや…ジャポンの君もいたのか。」
「お、お久しぶりですモンジューさん!」
「今日は
「ごめんなさい!あの言葉がそんな意味とは知らずとんでもないことを!」
「いやいいのさ、個人的にはサムライみたいで気に入っているのでね。」
「あうう…」
スぺの反応を見てモンジューが笑っていると、くるりと到着ゲートを見る。
「Vénus!
そうモンジューが呼びかけた先から、青い目のウマ娘がやって来る。
「エル。この子が私の弟子、ヴェニュスパークだ。」
「あー。ハジメ、まして。ワタシの、名まえは、ヴェニュスパーク、デス。」
「わぁ…!日本語上手です!」
「ブエノ!初めまして、エルコンドルパサーデース!」
スぺが感嘆の声を上げ、エルはヴェニュスパークとお互い笑顔で握手を交わす。
「しかし助かったよ」とモンジューが安堵の表情を見せる。
「まさか君が訪日中のヴェニュスのサポートに名乗りを上げてくれるとは…」
「これぐらいお安いごようデース!」
エルが快活に笑って胸を張る。
「あなたがエルをどう思っているかは分かりまセンが…エルはあなたを超えるべきライバルだと今でも思ってます。
そしてそのライバルの弟子が、日本で
慣れない外国で走ることの苦労はエルがよく知っています。
悔いなく正々堂々と戦ってもらうために!
このエルコンドルパサー、一肌でも二肌でも脱いでみせましょう!」
「頑張ってくださいヴェニュスさん。
私はチームメイトもジャパンカップに出るので大きな声で応援できませんが…
凱旋門賞バの走り、是非見せてください!」
「感謝する、2人とも…!」
「メルシー!」
モンジューとヴェニュスパークの子弟が頭を下げる。
「ブエノ!気にしないでくださーい!」
「2人ともお腹空いてませんか?ごはん食べに行きませんか?」
「スぺちゃんはお寿司食べたいだけでは?」
「いいじゃないか、ジャポンのスシ、ぜひ食べたいものだ」
エルとスぺとモンジューの3人は歓談しながら歩き始める。
「ヴェニュス、行くよ」
「Oui,maître.」
遅れてヴェニュスパークが後に続く。
「…La victoire est à nous.」
(…今のは…!)
ヴェニュスパークの静かな宣戦布告を聞き取ることができたのは、取材に来ていた藤井記者だけだった。